特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第75話:新たな時代

 翌日の昼過ぎ、異例の速度で開かれた記者会見は、奇怪な熱狂のただなかにあった。

 

 しかし、それも無理からぬことだろう。

 

 黒土製薬、警察の合同記者会見。

 

 そこで発表された内容が、これまで人類が築き上げてきた常識を根底から覆すものだったからだ。

 

『――この薬物を以降、H.A.D《ハッド 》と呼称し、規制対象薬物として正式に認可することが決定しました。』

 

 人々が見つめる画面の中では黒土未来と警察関係者が記者に囲まれている。カメラのフラッシュ音がうるさく、未来の声をかき消す。かなり耳障りな音だ。

 

 それでも彼女はしっかりとした声で周囲に語っている。

 

『ある事案において発見されたこのH.A.D《ハッド 》はその違法性が指摘されており、大半が未知の物質で構成されており、当社を含む研究機関、並び製薬企業にて、検査・調査が秘密裏に行われ、今日に至ります。』

 

 まっすぐに、射抜くような視線がカメラを貫く――その視線に、かすかな恨みがこもっていることに気が付ける者は、おそらく、画面の向こうにはいなかっただろう。

 

『結論から申し上げます、この薬品は異世界由来の物質によって構成された違法薬物であり、その影響は尋常の薬品の範囲を大きく逸脱している――我々はそう判断しました。』

 

 その一言に、1瞬、記者たちの間に流れた歪で緊迫感に満ちた空気を、感じたことのない者は幸いである。

 

『……黒土社長。それは具体的に、どのような症状を引き起こすのですか? 既存の覚醒剤のような、極度の興奮状態や一時的な身体能力の向上……といった類のものでしょうか』

 

 最前列に陣取っていた記者が、どこか訝しげな、それでいて得体の知れない不安を押し殺したような声で尋ねた。

 

 無理もない。製薬会社と警察が並んで開く会見など、通常は大規模な薬害訴訟か、反社会勢力による密造ルートの摘発程度だ。

 

 だが、彼らの目の前に座る未来たちの顔は、そのどちらとも違う、もっと根源的な『危機』に直面した者のそれだった。

 

 未来はゆっくりと首を横に振り、隣に座る警察庁の幹部へと視線を促した。

 

 重苦しい沈黙の中、白髪交じりの幹部がマイクを引き寄せる。

 

『結論から申し上げます。このH.A.Dを服用した人間は、細胞レベルで肉体が作り変えられ――異界の魔物と同等、あるいはそれ以上の力を有する異形へと変貌します。』

 

 水を打ったような静まり返った会場。

 

 誰もが、自分の耳を疑った。今、この国の警察トップは何と言った?

 

 人間が、魔物に変わる?

 

『冗、冗談でしょう!?』

 

『人間が化け物になる薬など、SF映画じゃあるまいし! みだりに市民の不安を煽るような発言は――』

 

『冗談ではありません!』

 

 幹部の一喝が、会場のざわめきを切り裂いた。

 

『昨晩、都内住宅街にて発生した未確認生物による破壊活動、および勇者殺害事件。これらはすべて、このH.A.Dを服用した一般市民……我々が便宜上【怪人】と呼称する存在によって引き起こされたものです。我々はすでに、その物的な証拠と変異のメカニズムの一部を把握しています』

 

 その瞬間、会場は文字通り爆発した。

 

「ふざけるな! 人間が魔物に変わるだと!? 証拠を出せ!」

 

「その容疑者は今どこにいるんですか! 人間に戻ることは可能なのか!」

 

「警察はこれをテロリズムと認定しているのか! 勇者たちは対応できるんですか!」

 

「流通ルートは! すでに市中に出回っていると言うことですか!?」

 

 怒号にも似た質問が4方8方から飛び交い、瞬くフラッシュの嵐が未来たちの顔を白く飛ばし続ける。

 

 マイクを握る記者たちの顔には、特ダネに飢えた狂気と、これまで人類が安全の担保としてきた『前提』が崩れ去ったことへの明確な恐怖が入り混じっていた。

 

 魔物は、異世界から現れる理不尽な災害。それがこれまでの前提だった。

 

 防空レーダーや勇者たちの監視網によって、ある程度の予測と対処が可能な『外部からの脅威』。

 

 だが、もしも隣に住む人間が、すれ違っただけの学生が、あるいは自分自身に絶望した弱者が、突如としてポケットの錠剤を飲み込み、街を破壊する怪物に変貌する可能性があるとしたら。

 

 それはもはや、いつ誰が爆発するかわからない、透明な地雷原の上を歩かされるに等しい。

 

『――皆さん静粛に!これより、詳細についてご説明します!』

 

 騒乱と、それを差し止める声が広がる――今、世間に大きな波紋が生まれた。

 

 

 

 

「うーむ……?まあ、ここが限界かなぁ……?」

 

「そうですねぇとりあえず、しょっぱな1発目のインパクトで被害者のことを隠す――消極的ですけど、これが限界ですかねぇ。」

 

「会社の影響考えるとなぁ、まあ、薬のことは周知できたし、とりあえずはこれでいいんじゃないか?」

 

 今回、黒土製薬と警察がここまで強引かつ大々的に「薬」の存在を公表したのには、裏の目的があった。

 

 それは、昨晩スレイバーへと変貌してしまった少年――竹林の社会的抹殺を防ぐことだ。

 

 もしも「ある特定の高校生が怪人になった」というミクロな事実だけが先行してしまえば、ネットの特定班によって彼の身元は1瞬で暴かれ、一生消えないデジタルタトゥーが刻まれる。家族ごと社会から袋叩きに遭うのは目に見えていた。

 

 あえてマクロな『世界の危機』として発表したのだ。

 

 『誰でも怪人になり得る恐ろしい薬が流通している』という特大の恐怖で世間を塗りつぶし、個人の事件から目を逸らさせる。言うなれば、ボヤを隠すために山に火を放ったようなものである。

 

 とはいえ、これはどっちみち、必要な話ではあった、薬の危険性は依然色濃くあったし、周知せずに転売などされれば、それこそ、この世の終わりだ。

 

「問題は、対策が俺ら以外ないことだが……」

 

「一応、治せそうな勇者に当たりは付けましたが……さて、協力するかどうかですね。」

 

「『水鏡』の奴も入ってんだろ?あいついい奴じゃし、大丈夫じゃね?」

 

「いや、どっちかっていうと、取り押さえるのが。あいつのこと発生と同時にあっちこっち連れまわせねぇだろ。誰かが取り押さえて連れてかねぇと、勇者だと殺すぜ?」

 

「あー……」

 

 新たな時代の1歩を踏み出した世界は、いまだ、混乱のただなかにいた。

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