――事件が起きたのはそれからわずかに2日後のことだった。
車が絶えず行き交う大通り。止まらないエンジン音、お互いにすれ違い進んでいく人々。ごくごく平凡な日常がそこにあった。
だが平和とは簡単に崩れるもの。遠くから聞こえるクラクション音、法定速度を無視した車が走り追突する。
交通事故かと思えば違う。道路を爆走する怪物がいたのだ。
体格はバスより一回り大きいくらい。木製の巨大なトカゲが道行く車を蹴散らしながら走っていたのだ。
逃げる人々、遠巻きに眺めながら写真を撮る者。道路のど真ん中を走り回る魔物に皆注目していた。
それは――馬車だった。
そう、中世の世に走るあの馬車だ。
ただし、それを牽いているのは馬ではない。
節くれだった太い丸太と、錆びた鋼の鋲で組み上げられた、全長10メートルにも及ぶ巨大な『鉄製の牛』だ。
それが四肢を無骨なピストン運動のように回転させ、アスファルトを削り、火花を散らしながら猛スピードで疾走している。
魔力駆動のゴーレム、あるいは異界の車駕(しゃが)か。
御者すらなく走る異形の車――異界の者たちは、それをチャリオット・ゴーレムと呼ぶらしい。
木々をなぎ倒し、悪路を物ともせぬそれは、魔人魔王たちの乗り物であると同時に、戦場の兵器だ。
人など乗せぬはずのその背に飛び乗っているのは――緑の超人。
『――交差点右折、そろそろ避難範囲入る?』
『入りまーす、あと300mで待機。』
ゆかりの返答に苦笑する――カーナビを聞きながら思うのだが、世の人間はなぜ、何百メートル先というあやふやな指示で、道を間違わずに走れるのだろう。
首をひねりつつ、彼は、馬車の誘導を続ける。
『にしても先輩、よくチャリオット・ゴーレムなんて乗りこなせますね。暴れ馬どころじゃないでしょうに』
『乗りこなしてはないんだけども、単にあれさ、耳元で嫌いな音出して、そっちに進まないようにしているだけ。』
ゆえに、風圧帯抜きでは体勢の維持すらできない。
『あと50――見えます?』
『見え、ました!』
言いながら、タイミングを計る――さて、うまくいくといいが。
耳元で鳴らす音を増やし、走るルートを直進させる。
この手の化け物は、基本的に知性がそれほど高くない、ゆえに、本能的に嫌うもののそばには近寄らない。
それを利用しての進路決定、および、その軌跡の先にいるのは――2人の友人。
『3.2.1――今!』
飛ぶ。
空中に飛び上がった扇の眼下で、極薄の光の筋に馬車が切断されたのは一拍後のことだった。
「――はい、制圧完了です、ええ、はい。被害は――アスファルトが蹄型に陥没して……ええ、補修工事で済むかと。」
報告を上げる天塚を見つつ、扇と七星は変身を解かずにガードパイプに腰掛ける。
「ここ2日、強いの多くねぇ?発生頻度的に考えて。」
「多いねぇここ5年だと最多じゃないかね。」
『そうなりますね、最後にチャリオットが見つかったのは5年前ですし。これほど高頻度でゴブリンやオーク以外が出てくるのも稀です。』
口からこぼれたのは愚痴――というよりは純粋な驚嘆の言葉だ。
正直、あまり類を見ない強さの魔物が、ここ数日湧き出している。
今回のチャリオット・ゴーレムもそうだ。
先ほども言ったが、これらは魔人、ないしは魔王の乗り物。基本的に、こちらの次元には来ない類の生物だ。
それが、ここ2日で3体、出現している。
少ない――と思うかもしれないが、『5年で1体見るか見ないか』のレベルの個体が、ここ2日で3体だ、正直、あり得ない。
「勇者が動けねぇタイミングってのが気になるよな。」
『狙っているってことですか?』
疑念を発するように、通信装置が声を発する。
「ありそうじゃね?黒幕の暗躍的に考えて。」
「……ないって言えないのが怖いよなぁ。」
しかし、そうなると、敵の力はかなりのものだ、少なくとも――
「「異世界から魔物を呼び出せる」」
そうでなければ、強い魔物が3体も出てきた理由がわからない。
「……怪人の方は?」
『今のところ、出現したという話は出ていません、あの発表以降、七星先輩が倒したあの個体も鳴りを潜めていますし。』
「……勇者と戦えるかね、あれ。」
『変身した奴次第だとは思いますけどね。』
「ただ……お前の攻撃は効いている。ってなると……」
「勇者の攻撃には耐えられない。」
『……一応、うちの御影は拘束系の魔法が使えますし、灯は最近加減ができるようになっていますから、どうにでもなるとは思いますけどね。』
「その2人以外の勇者よ。」
危険だ、過剰すぎる。
言ってしまえば、熊の退治に核兵器を落とすに等しい。
民間人に剣や槍を装備させたとて熊には勝てないが――核など全く必要ないのだ。
『……ただ、普通のヒーローだと……』
「強すぎる……面倒な力加減にしてくれる。」
ただ単独で倒すだけでも、最低4人は必要だろう、取り押さえるだけとなるともっと必要になる。
それゆえ、現在、勇者は動けない――怪人に対して、力を使う可能性があると判断されたためである。
御影、灯両名が、ここにいないのもそのせいだった。
「……目立ちたいだけの勇者が、怪人に攻撃しないと良いんだが……」
七星の一言が、現実になったのは、それから4時間後、日の暮れた夕暮れのことだった。