特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第77話:勇者とぷり……勇者

 泣き叫ぶ幼い少女の声が、夕暮れの冷たい空気にむなしく吸い込まれていく。

 

 彼女が涙を流しながら手を伸ばす先にいるのは、優しい母親ではない。

 

 皮膚がひび割れ、そこからどす黒い粘液と、植物の蔦のような繊維が絡み合って形成された、全高3メートル近い『怪人』だった。

 

「下がれ! 撃つぞ!」

 

 パトカーの陰に身を隠した警官たちが拳銃を構え、声を枯らして警告する。だが、その銃口は小刻みに震え、誰1人として引き金を引けずにいた。

 

 いや、正確には、引いても意味がないことを知ってしまったのだ、今、足元に転がっている自分の同僚の犠牲によって。

 

 通報があってからかれこれ、15分。

 

 特殊火器戦術チームの出動も要請しての一大捕り物は、ぎりぎりのラインでとどまっていた。

 

「その人たちから離れろ!」

 

 叫ぶ。

 

 警官の視線の先にいるのは子供――()()()()

 

 地面より湧き出したような茨で拘束された女性……母親たちだった。

 

 不可思議なことに、この怪人は、頑なに公園に来る母親だけを攻撃し、その身に茂る茨で、体を拘束、締めあげているのだ。

 

 ささくれ立ち、有刺鉄線のごとくとがった茨が肌に食い込み、だらだらと血を流す女性たちはもはや意識もないのか、ぐったりと体の力を抜き、中には痙攣している者までいる。

 

 体は紫に変色を始めている者までいた――毒があるのか、あるいは、何かの魔術的な力なのか、勇者足りえぬ警官たちにはわからない。

 

 助け出そうにも、近寄れば「邪魔をするな。」の一言と共に払われる茨の一撃が体を打ち据え、1撃でばっきりと骨を砕かれ、行動不能にされた。

 

 手が、出せない。

 

「――ヒーローは、ヒーローはまだか!」

 

「この際、勇者でもいい!あれを、あの化け物を殺せ!」

 

 恐怖は恐慌を呼び、結果的に、混乱のただなかで、警官たちは自身の善意すらなくしかけていた。

 

 自分たち唯一の武器である銃は、まったくと言っていいほどあの怪物には通じない。

 

 重厚な鎧を纏い、身の丈に合わない巨大な戦槌(ハンマー)を肩に担いだ男。

 

 勇者だ。

 

「遅れてすまない! この『剛力』の勇者、ダンが来たからにはもう安心だ! 俺がその醜い魔物を叩き潰してやる!」

 

 その一言に、警官たちは頬を緩めた。

 

「安心しろ、あの化け物はこちらで始末する。」

 

 朗々と叫ぶその姿は、その背にした太陽の輝きも相まってまさしく英雄的な姿だった。

 

「あ、ありがとうございます、民間人の保護はこちらで――」

 

「――ふん!」

 

 ――この行動をとるまでは、そう感じていられたのだ。

 

 振りかぶった戦槌が振るわれ、怪人が大げさな動作でその1撃を躱し――()()()()()()()()

 

 民間人を救出するための微細なコントロール――ではないことは、火を見るよりも明らかだった。

 

 ()()()()()()()

 

 そう、彼は状況を正しく理解していなかった。あるいは、理解する気がなかった。

 

 目の前にいるのは、彼にとって倒すべき『魔物』。

 

 そして、魔物に捕らわれた者たちは、すでに『手遅れ』の犠牲者――いや、『路傍の石』でしかない。

 

 彼にとり、人を救うことなど二の次だ。

 

 彼が望むのはただ1つ――問題を他の勇者よりも早く解決したという名誉と、称賛の言葉だけだ。

 

 巻き込まれた人間など、『初めからいなかった』ことにしてしまえばいい。

 

「――おい、やめろ勇者! まだあの人たちは生きている! 当たるぞ!」

 

「うるさいぞ! 俺の邪魔をするな!」

 

 警官の悲鳴にも似た制止を、ダンは苛立たしげに一蹴した。

 

 大上段に構えられた戦槌から、さらに莫大な魔力が溢れ出す。

 

「――悪く思うなよ。俺の正義の犠牲になれェッ!」

 

 無慈悲な殺意と共に、戦槌が横薙ぎに振り切られる。

 

 その軌道は、怪人だけでなく、拘束された母親たちを真っ二つに両断するコースを描いていた。

 

 ――ガァンッ!!

 

 だが、その1撃が『路傍の石』たちを砕くことはなかった。

 

「な……!?」

 

 ダンが驚愕に目を見開く。

 

 振り切ったはずの大槌が、空中でピタリと止まっていた。

 

 この感覚には覚えがある――魔法だ、拘束の魔法。

 

 こんな力のある術を使えるのはただ1人――勇者、だけだ。

 

「――なんだぁ?正義の執行を邪魔する不届き者が……」

 

 忌々しげに振り返った男の視界に飛び込んできたのは、あまりにもこの凄惨な戦場にそぐわない、場違いな色彩だった。

 

 サファイアブルーのハート型ジェム。

 

 肩を覆うショートケープと、動くたびに花びらのように舞う半透明のフリル。

 

 そして隣には、燃えるような赤いリボンとバルーンスカートを纏った少女。

 

 日曜朝8時半のテレビ画面からそのまま抜け出してきたかのような、あざといまでの『魔法少女』の出で立ち。

 

 それが、夕闇の迫る公園に静かに降り立っていた。

 

「……はっ!なんだそのふざけた格好は。お遊戯会でもやってるつもりか、小娘ども!」

 

 剛力の勇者ダンは、怒りよりも先に呆れたように鼻を鳴らした。

 

 同業者であることはその魔力の質でわかる。だが、だからといって自分に意見するなど百年早い。彼はそう確信していた。

 

「おい、遊びならよそでやれ。俺は今、この醜い魔物を駆除して、名実ともにトップクラスの勇者に――」

 

「――うっさいな、邪魔やで。」

 

 ぼそり、とつぶやかれた一言がどこから出てきたのか、男が察することは、なかった。

 

 顎を見事に打ち据えられて脳が揺れ、そのまま、地面に倒れ伏したからだ。

 

 何が起きたのかわからぬまま、首に落とされた手刀に男は意識を失った。

 

 剛力の勇者ダンの、晴れ舞台のはずだった戦いは、何ともかなしい結末で幕を閉じた。

 

「おー、七星パイセンのパンチ、使えるやん!ほんまに黙ったで御影!」

 

「もうちょっと警告とかした方が良いんじゃ……?」

 

「ええやろ、人殺しとかきもいし、邪魔やったし。よっしゃ、縛り上げんで御影!」

 

「うん。」

 

 そう言って、2人のコスプレイヤー――もとい、勇者姉妹は、傲然と敵に向かって、歩き出した。

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