特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第78話:魔法少女の戦場

『――はい、よくできました。アゴの先端を1撃で的確に打ち抜く見事な1撃……なんだと思いますよ、私には良し悪しがわかりませんが。弟子の晴れ姿に七星先輩が泣いて喜ぶでしょう。』

 

「せやろ? うちも少しは加減ってやつを覚えてきとるわけよ!」

 

 インカム越しに聞こえてきたゆかりの呑気な声に、灯は自慢げに胸を張る――それなりに正義の味方としての行動理念に理解が及んできた彼女だが、いまだに、見ず知らずの他人の救助は優先順位の高いタスクとは言えないらしい。

 

 足元には、泡を吹いて気絶している筋肉だるまの勇者。だが、そんなものを構っている暇はない。目の前には、未だ母親たちを茨で拘束している異形の怪人がそびえ立っているのだ。

 

『いいですか、先だって語っている通り、それは人間です――それも、肉体が、変異しているだけの人間。』

 

「ん、あれやろ、肉体変質系の怪人がどうこうとか言うてたやつ。殺したら死んでまういう話やっけ?」

 

『ですです、なので、一旦御影の魔法で拘束し、検体として回収します――いいですね?』

 

「了解――これ、うちいるん?」

 

『念のためです、可能な限り、怪人側に攻撃させないようにしてください、毒とかありそうですし。後、運搬要員。』

 

「あいよーいくで、御影ー」

 

「……」

 

「……?御影?」

 

「え、あ、うん。拘束だよね、やるよ。」

 

 サファイアブルー의ケープを翻し、御影が1歩前に出る。

 

 その顔に、勇者としての覇気はない。ただ、静かな――あまりにも静かすぎる無機質な瞳で、蠢く怪人を見つめていた。

 

『……これ、放置するとまずくねぇ?』

 

 いつだったか、七星が言っていた言葉が脳裏をよぎる。

 

 目の前で暴れているのは、元は人間だ。竹林と同じように、何かに絶望し、何かにすがりたくてあの薬を飲んだ哀れな末路。

 

 そう、頭では理解している。

 

 けれど、胸の奥はひどく冷たかった。可哀想だとも、救ってあげたいとも思えない。

 

 「家族の邪魔になるから排除する」という以外の感情が、ちっとも湧いてこないのだ。

 

「……いつか……」

 

 いつか、いずれ、どこかで……

 

 自分も、ああな――

 

 強く目を閉じて、次に目を開いた時、御影の心に迷いはなかった。

 

 両手を胸の前で合わせる。

 

 胸元のハート型のジェムが淡い光を放ち、怪人の足元の地面に不可視の魔力陣が展開された。

 

「――『縛鎖の陣』」

 

 アスファルトを透過して、青白い光の鎖が何本も飛び出す。

 

 それは蛇のように怪人の巨体に絡みつき、茨を振り回そうとしていた太い腕や、どす黒い粘液を滴らせる胴体を強引に締め上げた。

 

「ギ、ギィィィッ!?」

 

 動きを封じられた怪人が、不快な鳴き声を上げる。

 

 だが、薬によってもたらされた執念は想像以上だった。

 

 光の鎖に全身を軋ませながらも、怪人の背中から無数の茨が槍のように突き出し、全方位に向かって乱れ飛んだのだ。

 

 その矛先には、気を失っている母親たちや、パトカーの陰に隠れる警官たちも含まれていた。

 

「おっと、そいつはあかんやろ!」

 

 赤の魔法少女――灯が、地を蹴った。

 

 日曜朝の女児向けアニメから飛び出してきたようなフリフリのスカートが、空中で鮮やかに翻る。

 

 それは、七星のものに比べると技と呼ぶのもおこがましいが――しかし、それは確かに技だった。

 

 手にした刀を流麗に振るい、迫り来る茨の雨を的確に弾き落としていく。

 

「――円が一番強い、らしいで?」

 

 クルリ――と、刀がからめとるように円運動を刻む。

 

 ひゅるん――と、風切り音が響き、巻き取られた茨の群れはあらぬ方向に向けて弾かれる。

 

 それは、嵐に抵抗できない木の葉のように見えた。

 

 言葉と共に、灯は茨の猛攻をスレスレで躱しながら、怪人の懐へと一気に肉薄する。

 

 目指すは、怪人の急所――ではなく、あくまで「無力化」のためのポイント。

 

「じゃばだぁぁぁぁぁDaaaaaa!」

 

 怪人が残された力で、口から強酸性の粘液を吐き出そうとする。

 

『灯! 気をつけて、そいつの粘液は――』

 

 インカム越しのゆかりの警告を待つまでもない。明らかに危険物、だが、喰らう理由などない。

 

「心配ご無用!」

 

 灯は身体を低く沈め、下からかち上げるような強烈な掌底を、怪人の顎先……というより、粘液を吐き出そうと開いた口の下部に見舞った。

 

 バン!と膨らんだ風船を破裂させたような音が響く。

 

 衝撃を肌表面だけに伝える方法――激突と同時に手を引き込み、肌だけで衝撃を炸裂させる1撃は、これもまた、七星から習い受けた妙技だ。

 

 肉体の超人の技法も、勇者の卓越した身体能力ならば、模倣はできる――もっとも、七星の技に比べれば、まだまだ課題の多い模倣品だが。

 

 衝撃に慄き、顎が弾かれ、酸性の物体を再び飲み込む。

 

 喉が膨らむ――逆流したのだ。

 

「御影!」

 

「――うん!」

 

 御影が魔力をさらに練り上げる。

 

 光の鎖が怪人の体を完全に大地へと縫い付け、その動きを停止させた。

 

 ドスン、と膝をついた怪人は、それでもうわ言のように「aiAitura……Koro……」と呟きながら、ゆっくりと意識を手放していった。

 

「……ふぅ。とりあえず、確保完了やな」

 

 灯が額の汗を拭う真似をして、小さく息を吐く。

 

 怪人に拘束されていた母親たちも、茨の力が抜けたことで解放され、地面に力なく倒れ込んでいる。息はあるようだ。

 

 その光景を、御影は静かに見つめていた。

 

 事件は解決した。誰も殺さずに済んだ。

 

 それでも、自分の心に「安堵」や「喜び」が湧いてこないことに、彼女は気づかれないようにギュッと唇を噛み締めていた。

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