――妖霊。
この単語に、聞きなじみのない存在は、今日の日本に――いや、この世の中に1人もいないと言ってもいいだろう。
初めて勇者がこの世界に帰還した折に語った、『彼に力を与えた存在』であるそれに、一体なぜ創作物のように『精霊』だの『神』だのと言った単語が与えられなかったのかを語るのは、少々、紙面が足らない。
1つだけ確かなのは、そこに血を流すほどの抵抗と争いがあり、および同時に、それでも、否定できない力があったことだけだ。
激しい抵抗と、混乱の果てに――それが一般人に知られることはなかったが――彼らは妖霊、すなわち『妖しき力を持つ霊体』と呼びならわされるようになった。
そして、当初謎とされていたヒーローの力の源が『妖霊から剥離した力の一部、あるいは、古くなって捨て去った体の一部』であることがわかってからも、それは変わらなかった。
むしろ、そういった傾向が増えたと言ってもいいだろう。
彼らは過去の人間が想像するような人間の形をした生命体ではないことも、このころにわかってきた。
彼らは基本的に『光る球体』のような形をした、確固たる意志を持たない生命体であるらしく、勇者曰く『そういったものの中で、力があり、形を保てる存在が自分たちに力を与えている。』のだと、彼らは語る。
この内容からもわかるだろう、扇のヒーローとしての力の源たる「くちたる大気の生霊」や天塚の「あまねくを照らす光球の生霊」は実のところ、こういった勇者たちに力を与えている妖霊たちの一部――言ってしまえば、涙や血……まあ、そういった物質に近いのだ。
コピュラ内部に秘められている彼らは『確固たる自我』のようなものを持たず、外部からの命令の出入力によって、力を発揮する――だから、機械的にヒーローを複製できるのだ。
まったく意思を持たないわけではないが、あくまでもそれは『危ないものから逃げる』とか、『これ以上力が出せないから使わない』程度の本能に近いものでしかない。好悪を判定するほど高度な精神活動は行いえない。
死にたくないから器物の中に逃げ込んで、意思もないから逃げることもしない――というのが、最近の『ヒーロー学』における、器物の妖霊たちの広くみられる見解だった。
そして――ここまで語っていて疑問に思ったことだろう。
『そんな連中がなんで、人に加護なんて渡してんだ?』と。
実際、その疑問は、勇者の存在が初めて確認されてから、ずっと疑問の的だった。
考えてもみてほしい、次元のはざまに住む彼ら、妖霊たちに異世界のことなど関係がないはずなのだ。なのになぜ、異世界の人間にこの世界の人間が拉致されるに際してわざわざ加護などという訳のわからないものを付けてやっているのか?
それも、答えがあった。
曰く『気の毒に思ったから』だというのだ。
『向こうの世界の人間が危機に瀕しているのはわかる、そのために外から人を呼ばねばならぬ理由もわかる。が、そのためにむざむざ悲惨な場所に力のないものがさらわれ、無残に死ぬことは気の毒だ。』と、彼らは言ったのだという。
言葉尻だけ聞けば、それは慈悲深き超生物の恩寵のように、聞こえなくもない。
では当然起こる疑問である、『なぜ、人を介してではなく、自ら手助けに行かないのか?』という疑念に関しては、答えが出ていた。
曰く『妖霊は、物理的な肉体を持たないがゆえに、『原子』が存在する世界に侵入することができない』というのだ。
ゆえに、勇者として呼び出された者たちに、世界をゆだねるしかない――というのが、妖霊側の言い分だった。
じゃあ、お前らの力で向こうの人間に加護をやれよとか。
なら、元の世界に帰還した後にまで加護が付いたままな理由は何なのだ?とか。
そう言った疑問は、いまだに解消されていない。
ただ、1つ、ここまでの話で明確なことがある――妖霊たちは、本来、この次元にも侵入できないはず、ということである。
「――それが、世の中における妖霊の『普通』です。」
「ええ。存じていますよ。」
そう言って、渋い顔でこちらを見つめる自分たちの社長に向けて、天塚は微笑んで見せた。
「それでも、あなたは今回の事件の主犯が――」
「――妖霊だと言います、僕らのリーダー《扇雄介》はこの手のことで嘘などつきませんし、つく利点もない。」
そして、彼の能力は社長――黒土未来が最もよく理解していた。
勇者に支配された自分たちの支配を目の前で打ち砕いたことはいまだに記憶に新しい――聞けば、彼が自分たちの精神的な負荷を減らしたおかげで、あの事件における会社の退職者がいなかったとも聞いている。
社員には秘密にしているが、超能力とやらを利用してだろう彼の新しい試みであるメンタルヘルスと占いは社員にも好評を博している。
だから、その力は疑っていない。
だが……これはあまりにも一般的な常識から外れすぎている。
「まあそれを言い出したら、僕らの存在自体、常識から外れすぎていますけどね。」
「……貴方にも、超能力が?」
「まさか、ちょっとした予測ですよ。」
そう言って肩をすくめる男に、女社長は頭を抱える。
こんな情報をこちらによこして、一体どうしろというのだ?