特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第82話:赤い女の計略

 薄暗い廃倉庫の一室。明滅するモニターの青白い光だけが、その異様な空間を照らし出していました。

 

 カタカタと、楽しげなタイピング音が響きます。

 

 キーボードを叩く人影は、柔和で子供のような笑みを浮かべていました。

 

 彼女がスクロールしているのは無機質な文字列――いや、彼女の『薬(H.A.D)』を求める、合法・非合法を問わぬ『お客様』からの注文書の山でした。

 

「うんうん。悪くない売り上げですね。やはり、大手製薬会社と警察から公的に情報が出ると、皆さんの食指が伸びるようです。恐怖は最高のスパイス……良いマーケティング戦略です。さすがですね、ローンウルフ様」

 

 そう言って快活に笑う女を、背後のソファに腰掛ける男は、底知れぬ嫌悪と生理的な恐怖が混じった目で見つめていました。

 ローンウルフ。

 

 かつて、動画配信サイトで魔物の権利を声高に主張し、安全圏から歪んだ正義を説いていた男。

 

 そして今は――「H.A.D」の力を完全に制御し、最も進んだ『適合者』へと至った男。

 

 彼は今でも、自分がこの世で最も慈悲深く、賢明で、選ばれた人間であると自負している。だからこそ、神の視点から愚民どもを啓蒙してやっているのだと信じて疑わない。

 

 だが、そんな増長しきった彼をして、目の前の女は直視に耐えない『異形』でした。

 

 女の身を包む真紅のタイトスーツは、右半身がドロドロに溶け落ちている。

 

 露わになった上半身の半分は、凄まじい高熱によって炭化し、どす黒く焼け焦げていた。通常の人間であれば即死するか、激痛のショックで発狂しているはずの致命傷だ。

 

 だというのに、血の1滴すら流れていない。

 

 焼け爛れた肉の断面からは、臓器の代わりに不気味な光の粒子が脈打つように漏れ出している。

 

 女は自身の半身が消炭になっていることなど全く意に介さず、精巧なビスクドールのような左半分の顔だけで、無邪気に微笑んでいるのだ。

 

 生物としての前提が狂っている。

 

 痛覚も、死の概念も存在しない、人間の皮を被っただけの『何か』。

 

「……気持ち悪い女だ」

 

 ローンウルフは、胃の奥からせり上がる吐き気を飲み込みながら、忌々しげに顔をしかめた。

 

「?何か?」

 

「――いや、別に何でもない、それよりいいのか?あの男、例の連中につかまったんだろう?俺ほどじゃなくても、あいつも薬の力の影響があるんだろう?」

 

「ええ、もちろん。そうでなければ皆様の願いは叶えられませんから……ああ、あなたは『最初の1人』ですから、レベルが違いますけれどね?ですが、いいのです。」

 

 くすくすと、半分無くなっているはずの喉から声が響く、それは、喉ならざる場所より響く音ならざる音でした

 

「薬の原材料がこの次元の――『物質を見る測定法』では探りようがないのは間違いありませんから、対処する方法を見つけ出すこともできないでしょう。脊椎の変異も今の科学で可逆させることはできません。」

 

 売り子の指が、画面の地図上をなぞる。光の点が次々と増えていく。それは、H.A.Dの注文が入った場所を示していました。

 

「それよりも、次は、もう少し『品揃え』を増やしましょう。この薬は、ただ力を与えるだけではありませんからね。お客様1人1人の『願い』に合わせた、最適な『商品』を提供すべきです」

 

 彼女の美しい顔は、まるで営業スマイルのようだった。しかし、その瞳の奥には、人間的な感情の欠片もなく、ただ、数字と計画が冷徹に計算されているだけに見えた。

 

「そう、か。」

 

「ええ、つきましては、あなたにはお願いが……」

 

「わかってる、今はまだ、信者を増やしている段階だ、俺だってさっさと主張を全世界に発信したいが……受け入れには時間がかかるんだ。」

 

「難しいならお手伝いしますよ?」

 

「必要ない、真理の体現者たる俺の言葉よりも民衆に響く言葉などない――待っていろ、時期に、俺の主張が世界を制するときがくる。」

 

 そう言って、厳しい表情で、男が部屋から『飛び』出す。

 

「……顔ばかりタカにしても、所詮は鶏、か。」

 

 吹き荒れた風を感じながら、彼女は手元に落ちてきた羽をつかむ――猛禽のものとは似ても似つかぬその羽は、どことなく鶏のそれに似ていた。

 

「……さて……この体では、ご新規さんに売りには行けませんね。」

 

 そこまで考えて、自分の体を粉砕したとしたら、彼らはあの男とはずいぶんと役者が違う。

 

 スペースキーを1押し、次の瞬間、画面に映る表示に、新しい点が加わる。

 

 先ほど見ていた表示に被さるように生まれたその白点は、注文を取りやめた者たちの存在を示唆している。

 

「……動きの速いこと、やはり、物理世界では向こうに勝てませんね。」

 

 ネットという電子の領域ならばあるいは――そう思ったが、もとよりこの世界に生まれ落ちた者たちと戦うのは難しいようだ。

 

 おそらくは、天塚あたりの何かしらの策略だろう――設楽をつぶされたあたりで警戒はしていたつもりだったが、ここまで厄介とは。

 

 新規の顧客を集めようにも、体がこれでは探しにも行けない。

 

 本来なら、すぐに治るはずなのだが、あの夜闇の男が反射をしながら放った1撃が自分に与えた回復能力を阻害する『何か』のせいで、傷が治る兆しは見えない。

 

 自分の体の半分を防御の加護越しに消し飛ばしたあの格闘家の力と言い、並外れた力だ。

 

『――こんなに早く生まれるとは……子供の時間は短いというのは本当なのですね……』

 

 困ったような、誇らしいような、そんな不思議な表情で、女は笑った。

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