特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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悪食/Dが止まらない
第84話:会議は踊る、されど……


 「――以上が、我々の持つ情報のすべてです。」

 

 黒土製薬の最深部に位置する特別会議室。

 

 分厚い防音壁と最新の電磁波シールドで完全に外界から遮断されたその空間は、重苦しい沈黙に支配されていました。

 

 巨大な円卓の上座に立つ黒土未来は、凛とした声でそう締めくくり、手元の端末を操作しました。

 

 壁面の巨大スクリーンに投影されていた『H.A.D服用による変異体《怪人》に関する調査報告書』の文字が消え、代わりに各々の手元に紙の資料が配られています。

 

 円卓を囲むのは、この国の治安と超常事態を管理するトップたちです。

 

 先日の記者会見に同席した警察庁の白髪交じりの幹部、ヒーローたちの活動を統括する『ヒーロー管理委員会』の理事、および政府の特命担当官。

 

 誰もが、手元の資料に落とした視線を上げられずにいました。

 

「……にわかには信じがたい内容だな、黒土社長」

 

 沈黙を破ったのは、ヒーロー管理委員会の理事でした。神経質そうに眉間を揉みほぐしながら、うわ言のように繰り返します。

 

「人間のコンプレックスや不満をトリガーにして、肉体を魔物と同等の化け物へと作り変える違法薬物……しかも、その背骨は金属化し、機密保持用の自裁装置になっていると? SF映画の悪役でも、もう少し手心を加えるぞ」

 

「残念ながら、すべて我々の研究班が実地で採取し、解析した事実です」

 

 未来は表情一つ崩さずに答えました。

 

「問題なのは、この薬が『一般市民』を対象にばら撒かれているという点です。素体となった彼らは、テロリストでも狂人でもありませんでした。ただのストーカーであり、ママ友トラブルで妻が病んでしまった夫に過ぎない。」

 

それが、いいとも悪いとも言いません。

 

ストーカーは犯罪です、否定はしません。

 

妻が病んでしまったのも悲劇です、同情もできます。

 

だが。

 

「テロリストではありません。日常のどこにでも転がっている『些細な不満』が、街を破壊する火薬になる。それがH.A.Dの真の恐ろしさです」

 

「……だからこそ、勇者には任せられない、ということか」

 

 警察幹部が、苦々しい顔で資料の一文を指で叩きました。

 

 そこには『勇者による暴露者の救助に際しては、殺害による自裁装置の起動リスクを考慮し、厳命を要する』と記されています。

 

「その通りです。勇者の持つ力は圧倒的ですが、それはあくまで『殲滅』のためのもの。彼らに怪人の対処を任せれば、被害者である元人間ごと、周囲の街を更地に変えかねません。現に、先の公園での事件では『剛力』の勇者が民間人ごと怪人を粉砕しようとしました。」

 

「……耳が痛い話だ」

 

 政府の特命担当官が深くため息をつきます。

 

 勇者は世界の宝です。だが、それは「外敵」に対してのみ有効な兵器であり、「内なる敵」を取り押さえるという繊細な真似は絶望的に向いていません。

 

「しかし社長。この報告書には、1つ不可解な点がある」

 

 理事が、資料の一部を胡乱な目で見つめました。

 

「怪人03、および04について。貴社は『生け捕りにし、無力化・救命に成功した』と報告している。金属化した背骨をどうやって元に戻した? 報告書には真っ黒な墨塗りで検閲がかけられており、『■■■■の特殊措置により細胞を復元』としか書かれていないが」

 

 当然の疑問でした。

 

 現代医療はおろか、治癒系の加護を持つ勇者でさえ不可能な「細胞レベルでの不可逆変異の修復」。それをどうやって成し遂げたのか。

 

 本当の答え――『天塚新の超人体による光の御業』と、『扇雄介のテレパシーによる精神保護』――を、未来が明かすわけにはいきませんでした。

 

 彼らの異常性を政府に知られれば、間違いなく厄介なモルモット扱いを受けるか、勇者と同等の危険物として過剰な監視下に置かれます。

 

「……弊社の『企業秘密』です。勇者の力――としてもいいでしょう。」

 

 未来は、冷徹な経営者の顔を作って切り捨てました。

 

「我が社の天才研究員が開発した、未特許の細胞修復技術とだけお答えしておきます。現在、H.A.Dの治療薬として実用化を急がせておりますが、理論の全容を公開する段階にはありません」

 

「出し惜しみをしている場合か! これは国家の危機だぞ!」

 

「だからこそ、我々が泥を被って矢面に立っているのです!」

 

 机を叩いた特命担当官に対し、未来も一歩も引かずに声を張り上げました。

 

「記者会見でH.A.Dの存在を公表し、世間のパニックと株価暴落の批判を一身に浴びているのは我が社です! その代わり、我々はすでにネット上の注文経路の妨害工作を自費で開始しており、一定の成果を上げています。これ以上の詮索は、協力関係にひびを入れるものとご承知おきください」

 

 未来の気迫に、男たちは口を噤みました。

 

 実際、警察のサイバー班が手も足も出なかったダークウェブの通信を、黒土製薬の『何者か』が軽々と妨害しているのは事実なのです。彼らに頼らざるを得ないのが現状でした。

 

「……分かった。治療法の件は伏せたままにしよう。だが、供給源を断つのが最優先だ」

 

 警察幹部が腕を組みます。

 

「報告書の最後に記されている『真紅のスーツの女』。これが売人であり、一連の事件の黒幕と見て間違いないな?」

 

「はい。彼女――あるいは『それ』を捕縛しない限り、怪人の発生は止められません」

 

 会議室の空気が、一段と冷え込みました。

 

 誰もが理解していました。これからの戦いは、単なる魔物退治ではありません。

 

 人間の心を弄び、異次元の技術でテロを引き起こす『知性ある悪意』との、見えない戦争なのだと。

 

「引き続き、我が社所属のヒーロー、および一部の勇者を用いて、怪人の制圧と流通ルートの特定を急ぎます。」

 

 未来は深く一礼し、会議を締めくくりました。

 

 ――彼らなら、必ずやってくれる。

 

 退出していく官僚たちの背中を見送りながら、未来は心の中で、誰にも知られずに世界を背負って戦う3人の「正義の味方」へと、静かな祈りを捧げていました。

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