特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第85話:――進まなくとも、世界は進む

「――って、会社がこんなやばい状況やのに、うちらは雑魚狩りか?」

 

 ひどく不満げに、灯がぽってりとした唇を尖らせる。

 

 日曜朝のヒロインを彷彿とさせる真紅のバルーンスカートを鮮やかに翻し、彼女はひらりと宙を舞った。手にした刀が、まるで新体操のリボンを振るうかのような優雅な軌道を描く。

 

 直後、背後から襲い掛かってきた巨豚――オークの太い首が、熱したナイフでバターを切るように抵抗なく宙を舞った。

 

 ドス黒い血飛沫が噴き上がるが、不可視の魔力障壁に阻まれ、彼女のフリフリの衣装を汚すことすらない。

 

 実際、彼女は不満だった。

 

 自分たちの母である黒土未来を会議室で苦悩させ、会社に泥を塗っている厄介な「怪人」たちを、この手で直接制圧しに行けないことに、だ。

 

「ほんま腹立つわぁ。あのクソ怪人ども、どこに隠れとんねん……ていうか、あんたも邪魔や。」

 

 片手間に、次々と湧き出す魔物どもを蹴り飛ばし、容赦なく斬り捨てながら、彼女はぶつぶつと物騒な呪詛の言葉を連ねている。

 

 勇者の過剰な力を持て余し、ただの「作業」と化した魔物討伐を不機嫌にこなす魔法少女の姿は、その愛らしい見た目とは裏腹に、ひどくアンバランスで恐ろしかった。

 

『すいませんねぇ、僕らは怪人事案担当になっちゃったもんで、魔物系は本腰入れて手が出せないんですよ。』

 

「いや、そらわかるけどなぁ……」

 

 困ったような耳元の一言、現在、特撮班執務室――オフィスがデカくなったらしいと、彼女たちは最近知った――で、待機を続けている天塚の言葉に、しかし、灯が納得することはない。

 

「うちと御影、加減できるんやしよぉない?」

 

『単純に怪人を制圧するだけなら、まあ、お二人が出張るのが一番効率いいんですよ、それはまあ、事実なんですけどねぇ。』

 

 そう、それは事実だ、超人としての力を限界までセーブして行使している彼らヒーローに比べて、勇者の力は圧倒的だ。一人、怪人の被害者らしき勇者はいるが、それを除けば、現状、怪人による勇者の殺害被害は報告されていない。

 

 単純に、あの怪人を取り押さえるだけなら、確かに、勇者が出張る方が早いのだ。

 

 ただ――

 

『二人にできるってわかると、ほかの勇者もやれると思って暴れるでしょう。』

 

 天塚としては、そこが怖かった。

 

 情報の公開に際して、三人が気にしていたのは其処だ。

 

 会社の方針は彼らには作用できない。もしも、会社がこの事実を一般に公表できないと判断した際に情報を外部に漏らすルートは複数考えていた。それはいい。

 

 自分達の秘密が漏れてしまうことも可能性としてはあった――それも、まあ、いい。

 

 問題は怪人の始末――ひいては、怪人と勇者との全面衝突をどう避けるかだ。

 

 まず前提として――怪人たちに、勇者と真っ向からやりあう戦闘力は、基本的にない。

 

 中にはそういった個体もいるのかもしれないが、少なくとも、ここまで特撮班が戦闘した者たちはその限りではなかった。以上のことから考えても、勇者と敵対して真っ向から戦える個体はまれだろう。

 

 そんな連中に、勘違いした勇者をぶつけるわけにはいかない。そんなことをすれば、勇者は嬉々として彼らを殺すだろう――それは避けたい。

 

 悪の道に行ったことと他者の自己顕示欲のために殺されてもいいことは往々にしてイコールではないのだ。

 

『それを避けるためにも、どうにかして、事態を収拾したいんですけどねぇ。』

 

「治療薬、まだできへんの?」

 

『どういう作動機序でこうなってるんだかがわかりませんからね。人間の細胞を完全に金属化させる薬品なんて聞いたことないでしょう?僕は特撮でしか見たことがありません。』

 

「知らんなぁ。」

 

『一応、ここにきているモルモットさん――ということになっているあの男性の体組織を非破壊分析で調べた結果から逆算して、対怪人の麻酔を作ってみてはいますが……まあ、今すぐできるわけではないので。』

 

「痒い所に手が届かんなぁ。」

 

『ええ。ですが、僕らは科学者であり、しがない正義の味方に過ぎません。神様のように指パッチンで世界を救えるわけではないのですよ。』

 

『それに、完璧な治療薬ができるまでの時間稼ぎとして、君たちには“表”の平和を守ってもらわねばなりません。勇者が魔物を確実に狩り続けているという事実が、今の市民には最も効く鎮静剤ですから。』

 

「わーかっとるよ! せやからこうして、憂さ晴らしも兼ねて真面目に働いとるんやないの。」

 

 ドゴォッ! と、ひときわ大きな音が響き、灯の足元でゴブリンの上位種が消し飛んだ。

 

 不満をぶつけるかのような過剰火力。しかし、周囲の地形に被害を出さないギリギリのラインを攻めるあたり、彼女も「力の制御」を随分と学習したらしい。

 

「御影! そっち何匹残っとる?」

 

「……あと三体。終わるよ。」

 

 少し離れた場所で、サファイアブルーのケープを翻す御影が淡々と答えた。

 

 彼女の戦い方は、灯のそれとは対照的だ。無駄な動きが一切なく、光の鎖で魔物の急所だけを正確に貫き、感情の起伏を見せずに処理していく。

 

 だが、灯の目から見て、今日の妹はどこか違っていた。

 

 以前なら、魔物をただの「ゴミ」として無感情に掃除しているだけだった。

 

 しかし今は、時折その瞳に「迷い」のようなものが浮かんでいる。倒した魔物が塵となって消える様を、少しだけ悲しそうに、あるいは確認するように見つめているのだ。

 

 竹林の一件が、彼女の中に何かを落としていったのは間違いない。

 

 それが良いことなのか悪いことなのか、灯には判断がつかなかったが、少なくとも「ただの無関心な人形」からは一歩抜け出そうとしているように見えた。

 

「――なんとか、なるんよな。」

 

 思わず、そんな風情で唇からこぼれたその一言を、しかし、正義の味方は聞き逃さない。

 

『――当然でしょう?特撮の中に生きているという意味では、僕らだってそれほど変わりませんよ。』

 

 そう言って笑う天塚に、不思議なことに、勇者である灯は安心を得ていた。

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