特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第86話:過去の栄華

「――かんぱーい!」

 

 気の抜けた声が響く――プラスチックのコップに注がれたコーラと、缶ビールの乾いた音が、黒土製薬の特撮班オフィスに響き渡った。

 

 広くなったデスクの上に所狭しと並べられているのは、宅配ピザに大盛りの唐揚げ、そしてなぜか天塚が取り寄せたというビーカー入りの怪しげな青い液体だ。

 

「いやー、一時はどうなることかと思ったけど、無事に退院できてよかったな、堀田。」

 

「ほんとっすよ。あのクソ勇者に蹴り飛ばされた時は、マジで三途の川で先輩たちが手招きしてるのが見えましたからね。ある程度治してもらったっすけど、やっぱがたがたでしたねー。」

 

 私服姿でピザを頬張る後輩――堀田が、頭を掻きながら照れくさそうに笑う。

 

 設楽天京が引き起こしたあの一件。

 

 ほぼほぼ恐喝に近い形で特撮班の前に立ちふさがり、ゆかりを守るために負傷した彼だが、扇の治療と黒土製薬の医療サポートのおかげで、こうして無事に五体満足で酒を飲めるまでに回復したのだ。

 

 正直、外傷というよりも設楽によって異常な改造が施されたトランサーによる内的損傷の治療の方が大変だったぐらいだが――まあ、それは、堀田の知らぬことであった。

 

「お前、あの時『俺には正義の味方は無理でした』とか悲劇のヒロインみたいなこと言ってただろ。」

 

「ふっ、最近は男のヒロインってのも増えてるって学習してるっすよ。これで俺もいっぱしのオタクっすねー。」

 

「いやーオタクは学習して成るもんじゃないからなぁ。」

 

「この道は沼に沈む者だろ、深さ的に考えて。」

 

「えー……。」

 

 そう言ってもそもそとピザを食む彼は、しかし、言葉とは裏腹に楽しげだった――実際、つらいリハビリも終わったが故に、解放感にあふれているのは事実だ。

 

「次の就職先は?」

 

「猫宮さんとこに決まったんすよー。あ、天塚さんなんか口を利いてくれたらしいっすね。ありがとうございます!」

 

「いや、まあ、君がゆかりさんを庇って時間を稼いでくれたのは事実ですからね。恩赦ですよ恩赦。君が入院している時から動いていましたからね。」

 

「天塚先輩……! さすが天才、わかってらっしゃる!」

 

「ええ。その代わり、後で僕の作った『怪人対策用・肉体強化試薬』の被検体になってもらうためのテスターにしようと思ったんですけど、あまりにも雄介が拒否するので仕方がなかったんですよねぇ。」

 

「前言撤回! やっぱりこの人頭おかしいっす! 扇先輩だけが生命線っす!」

 

「「いや、一番頭おかしいのこいつだぞ?」」

 

「ひどくね?」

 

「快気祝いに座禅組んで水一滴も飲まねぇ奴は正気じゃねぇって。」

 

「前言撤回! やっぱりこの人たちみんな頭おかしいっす!」

 

 今の現状からは考えられないほどぬるい時間が流れる。

 

 それは、いつだか――彼らがまだ、超人になれなかった頃の、古い記憶を呼び覚ます。

 

 堀田が入社した時の歓迎会も――いや、ヒロイックアカウントにおける『祝い事』はいつだってこんなものだった。

 

 小さい会社だったわけではないが、余裕があったわけでもない。大きな慰労などできないし、そもそも、ヒーローの仕事内容的に、どこか店で大きな宴会を――とはいかないのが実情だったからだ。

 

 それでも、あの瞬間が楽しかったことを堀田は折に触れて思い出す。

 

「――でも驚きっすよね、また俺たちが脚光を浴びる日が来るなんて。」

 

 だからだろう、そんな一言が漏れたのは。

 

「脚光……? ああ、怪人関係の法整備のことか。」

 

 扇がコーラの紙コップを傾けながら、思い当たったように頷いた。

 

「そっすそっす。『勇者による怪人討伐の違法化』。明日、政府から正式に宣言されるんすよね?」

 

 堀田はピザを持つ手をとめ、身を乗り出すようにして興奮気味に言葉を継いだ。

 

「あの一件以来、世論が完全に動きましたよ。さらに驚きなのが、あの『秩序体現委員会』の連中まで、この法案に大々的な賛同声明を出したらしいじゃないっすか。」

 

「あー……まあ、彼らは『殺人』を絶対に許さない過激派ですからねぇ。」

 

 天塚がビーカーに入った怪しげな青い液体を揺らしながら、困ったように笑う。理解できない発想ではないのだ、ただ、問題があるだけで。

 

「言うてあいつら、自分は自分らのルール乱した勇者ボコボコ殺すのにな。完全なダブスタじゃねぇ?」

 

 七星が呆れたようにナゲットを口に放り込みながらツッコミを入れた。

 

「まあ、基本あの御仁たちも本質的にはタガの外れた勇者だから……まあ、一般人にとっては頼もしい守護者だよ。ただし、少しでも犯罪に手を染めてると殺しに来るけど。」

 

 善意に狂った自警団。彼らですら「怪人は被害者である」という認識で一致したという事実は、勇者の圧倒的な暴力に対し、社会が初めて明確な「待った」をかけたことを意味していた。

 

「――とはいえ、ですよ。」

 

 堀田は紙コップをドンと机に置き、その顔にパッと明るい笑みを浮かべた。

 

「これで俺ら『一般ヒーロー』の存在意義が、国から正式に認められたようなもんっすよ!」

 

 彼の声には、強大すぎる勇者の影に隠れ、不遇の時代を耐え忍んできた「ただのヒーロー」としての熱い誇りが滲んでいた。

 

 堀田が酒をあおりながら、熱っぽく語る。

 

「勇者は怪人に手を出せない。警察じゃ火力が足りない。なら、俺たちヒーローがやるしかない。うちも、怪人対策の専門チームを立ち上げるらしいっす。天塚先輩の作ってくれた捕縛用ガジェットのおかげで、勝機はあるって。」

 

 そう言って目を輝かせる堀田に、しかし、

 

「……一応言っておきますが、あれは、まだ実用段階じゃありませんよ。あくまでも『こういう装備が出せるはず』という試作です。それに、怪人を制圧した後は治療できる勇者に回すんですよ?」

 

「わかってますって! ただこう……昔に戻ったみたいじゃないっすか!」

 

 堀田の知らない、そして、三人も知らない、過去。

 

 まだヒーローだけが人類の救世主だった頃の――遠い、過去。

 

 その頃の栄華が、蘇ろうとしていた。

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