特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第87話:新たな風潮

「お疲れー」

 

「むー……?おお、先輩、何です、ゆかりさんのかわいい容姿でも見に来ましたか……?」

 

 扉を開けた先、えらく不衛生なそこで、ぐったりとした様子で、少女が言った。

 

 黒土製薬の地下深く、特撮班の専用ラボとして割り当てられたその部屋は、今や魔窟と化していた。

 

 足の踏み場もないほどに散乱したプリント基板の束、机の上にピラミッドのごとく積み上げられたエナジードリンクの空き缶、そして壁一面に展開された青白いホログラムモニター群。

 

 その中央のキャスター付きチェアに深く沈み込み、長い前髪をクリップで無造作に留めた白雲ゆかりが、虚ろな目でこちらを見上げていた。

 

「いや、単に差し入れでござるよぉ。はい、アイス。君、堀田の快気祝いこんかったろ。」

 

 扇は呆れたようにため息をつきながら、コンビニの袋を掲げてみせた。

 

 ゆかりの瞳に一瞬だけ光が戻る。彼女はゾンビのようにふらふらと立ち上がると、扇の元へ歩み寄り、アイスを受け取る……のではなく、そのまま扇の胸元にコテンと頭を預けた。

 

「――え、あれ。堀田くんの快気祝いって、今日でしたっけ……?」

 

「今日でしたねぇ。時計の針はもう明日になりかけてるけど。」

 

 曜日感覚すら消失している後輩の背中を、扇は労うようにポンポンと軽く叩く。

 

「……あー、先輩のやわやわぼでぃですねぇ……ぬくい……やわい……」

 

「低反発枕より衝撃吸収性が高いともっぱらの噂よ」

 

「どこ視点なんですそれ……あー……ひさびさにげーむしたーい……お布団で寝たーい……」

 

 限界を迎えたOLのように溶けた声で愚痴をこぼす彼女だが、その手は扇のシャツをぎゅっと掴んで離さない。

 

 無理もない。現在、彼女が背負っているタスクは、文字通りこの国の治安を左右するものだ。

 

「新型の量産と調整、きつい?」

 

 扇が静かに問うと、ゆかりは扇の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で返す。

 

「ですです……怪人なんていう、既存の勇者システムじゃ対処できない新しいバグが現れたもんで、ヒーロー業界も大震撼ですよ。基本的に敵のスペックが高いうえに、これまで頼みの綱だった勇者が頼れませんからねぇ、注文も殺到ですよ……」

 

「まあ、大抵の魔物より、薬で変異した怪人の方がよっぽど強くて厄介だからなぁ」

 

 H.A.Dによる変異体は、生半可な旧式装備では太刀打ちできない。

 

 深夜の特撮班・開発ラボ。モニターの青白い光だけが照らす薄暗い室内で、彼女のデスクの上には、次世代型変身デバイス『アンプリフィカートゥス・コピュラ』の試作品が、文字通り山のように積まれていた。

 

 1枚1枚が特殊な魔力伝導率を持つ素材でコーティングされ、微弱な燐光を放つカード群。本来なら1枚作るだけでも精密な調整が必要な代物が、まるでトランプの山のように雑然と積まれている光景は、彼女の異常な激務を無言で物語っている。

 

「先輩たちが、あの岩巨人をぶちのめした時から、注文自体は来てたんですよ……」

 

 徹夜続きで目の下に深いクマを作り、完全に濁り切った死んだ魚のような目でコピュラの山を見つめながら、ゆかりは恨めしげに呟いた。

 

 扇から差し入れのチョコミントアイスを受け取ると、糖分を渇望するゾンビのような手つきでもそもそと封を開け、スプーンを口に運ぶ。

 

「これまでの旧型装備の性能だと、あのサイズの魔物を倒すのに、十数人規模のチームアップが必須でした。ですが、先輩たちはたった3人で、それも勇者の協力もほとんどなく倒してしまった。だもんで、この新型を欲しがるヒーロー運営会社は結構いたんですよ。」

 

「ほう」

 

 扇が相槌を打つ横で、ゆかりは冷たいアイスを飲み込み、熱を持った脳を無理やり冷却する。

 

「まあ、それ自体は、宣伝効果狙いで先輩たちを起用したうちの会社の思惑通りだったんですが……いかんせん、敵が『アレ』になっちゃったでしょう」

 

 怪人。

 

 得体の知れない魔法陣から現れるファンタジーの魔物ではない。悪意と知性を持ち、都市の構造や人間の心理を熟知したまま暴れ回る『元・人間』の変異体。

 

 従来の魔物討伐マニュアルなど欠片も通じず、何より「殺してはいけない」という最大の枷があるため――圧倒的な殲滅力を持つ勇者たちには、決して頼むことができない『内なる敵』。

 

「怪人を生け捕りにしつつ、一般市民を守り切る。そんな無理難題を一般のヒーローに強いる以上……基礎スペックを底上げするこの『新装備』がねぇ……どうしても必要になっちゃったんですよねぇ、全国的に。」

 

 ゆかりは深く、ひどく重いタメ息を吐き出しながら、山積みの未調整コピュラに突っ伏した。

 

「1人1人の妖霊の残骸に合わせないといけませんから、私が調整する以外ないんですよねぇ、これ。」

 

「新谷だ、大変、お手伝いですか?いりますか?」

 

「んー……アイス食べさせてください。」

 

「あいよ。」

 

 そう言って、アイスを受け取った扇が口元にアイスを運ぶ――正直、あとは調整だけなので、明日でもよかったのだが……こんな役得があるのなら、もう少し残業してもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ、先輩知ってましたか。」

 

「主語がないとわからんけども。」

 

「あーあれですよ、人員補充の話。」

 

「……え、何それ。」

 

「その分だと、入ってくる人のことも知りませんね、その人っていうのが――」

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