特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第88話:新しい問題

 黒土製薬の社長室。3人の男が困ったように眉をひそめて、眼の前の現実を直視せぬように視線を逸らしていた。

 

 彼らの前には高級スーツを着こなした女性、この会社の社長であり3人の上司に当たる黒土未来が感情の読めぬ笑いを浮かべて3人を見ている。

 

 そして――その笑顔の傍らで、1人の少女が、深窓の令嬢を絵に描いたような優雅さでティーカップを傾けていた。

 

 艶やかな黒髪を切り揃え、清楚ながらも仕立ての良さが一目でわかるワンピースに身を包んだ少女。笹藤麗華だ。

 

 さらにその後ろには、彫像のように微動だにしない初老の男――徳光電産の運転手であり、元ヒーロー『アントライオン』こと雨傘が、執事のように控えている。

 

「…………ええと、じゃあ紹介しましょう」

 

 未来が咳払いをし少女を前に促す。その少女に3人は見覚えがあった。

 

 勇者に並々ならぬ警戒を抱いている彼女がどうしてここにいるのか。考えるまでもない。

 

「本日付で『特撮班』配属となりました、笹藤麗華です。元ヒーローのアントライオン氏の訓練を受けてでの成績もトップですので、即戦力になれると思います」

 

 自信満面の笑みが不気味だった。ただのお嬢様である彼女が命懸けの戦場に平然とした様子で立とうとしている。ちょっと運動をするような軽い口調だ。

 

 雇われの身である以上おおっぴらに文句を言えはしない。そもそも人事にノータッチなのだ。

 

 3人の視線が、自然と後ろに立つ初老の男――雨傘へと向いた。

 

「……あんた、お嬢様に何を教えたんだ。」

 

 七星のジト目に、かつての先輩ヒーローである雨傘は、申し訳なさそうに視線を明後日の方向へと逸らした。

 

「……護身術と、基礎的な制圧術を少々。お嬢様は大変飲み込みが早く……」

 

「そういう問題じゃねぇだろ。社会常識的に考えて。」

 

 扇が深々とため息を吐き出し、円卓の奥で頭を痛そうに押さえている社長を見た。

 

「社長。いくら何でも、あんな巨大企業のお嬢様を特撮班の現場に置くわけにはいかないでしょう。傷でもついたらどうするんです。」

 

「……言いたいことは痛いほどわかるわ。」

 

 未来は疲労の色が濃い顔で、ゆっくりと首を振った。

 

「徳光電産からの莫大な資金援助。それに加えて、彼らが独自に掴んだ『H.A.D』の流通ルートに関する情報の提供。……その絶対条件が、彼女の特撮班への『現場配属』なのよ。今の我が社に、それを断る選択肢があると思う?」

 

 ない。

 

 世間からのバッシングの矢面に立つ黒土製薬にとって、徳光電産という巨大な後ろ盾は喉から手が出るほど欲しい。大人の事情、要するに資本主義の暴力である。

 

「ご安心くださいませ、皆様」

 

 麗華がコトリ、と音を立てずにティーカップをソーサーに置いた。

 

「私はただ守られるだけのお荷物になるつもりはありませんわ。それに、私にはどうしても『勇者』という存在を間近で観察し、彼らに対抗する術を学ぶ必要があるのです。」

 

 その瞳に宿る、昏く冷たい決意の光。

 

 先日、彼女が「力」を求めていた理由。勇者に見初められてしまったという彼女の姉を救うための、執念がそこにあった。

 

「……トランサーはどうするんですか。あれはゆかりさんの調整がないと。」

 

 天塚が眼鏡を押し上げながら尋ねると、麗華はふふっと優雅に笑った。

 

「白雲様には、我が徳光電産の最新鋭の設備と技術チームを無償提供いたしました。私の専用装備は、すでに完成間近ですわ。」

 

 根回しが完璧すぎる。

 

 もはや外堀は完全に埋められていた。彼女はこの特撮班という「特等席」をもぎ取るために、使えるカードをすべて切ってきたのだ。

 

「……はぁ。わかったよ」

 

 扇がぽりぽりと頭を掻き、観念したように息を吐く。

 

「ただし、現場じゃ俺の指示に絶対に従うこと。勝手な真似をしたら、徳光電産の令嬢だろうがなんだろうが、即座にクビにして送り返す。いいな?」

 

「ええ、承知いたしましたわ。リーダー。」

 

 悪びれもせず、麗華は可憐な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「聞いててもびっくりすんなあれ。」

 

「マジで来るとは……」

 

「―――で、どういうつもりなんです社長。」

 

 新人の帰った社長室、心から不審そうに3人の声が響く。

 

 ふかふかの高級ソファに腰を下ろすこともせず、扇雄介は呆れ果てた顔で巨大なマホガニーのデスクを挟んだ向こう側——黒土未来を睨みつけていた。

 

「聞いていたのでしょう?」

 

「ええ、聞いてました――が、それはそれとして、なんであの娘なんです?たちの悪い冗談ですが。」

 

「冗談ではありませんよ、扇くん。至って真面目な経営判断です」

 

 未来は優雅に紅茶のカップを置き、微かに疲労の滲む美しい顔でため息をついた。

 

「皆さんもご存知の通り、先の記者会見で我が社はH.A.Dの存在を公表しました。結果、世間のパニックとバッシングを一身に浴び、株価はストップ安の連日。ヒーロー管理委員会や警察からの要請(という名の丸投げ)は増える一方。ゆかりのラボはパンク寸前です」

 

「まあ、予算と人手が足りてないのは事実ですがねぇ」

 

 天塚が眼鏡のブリッジを押し上げながら、冷静に相槌を打つ。

 

「そこに、徳光電産側から『極秘の業務提携』と『特撮班への莫大な資金・技術提供』の申し出があった。飛びつかない経営者はいないでしょうね。」

 

「その通りです、天塚くん。徳光のサーバー群と生産ラインが使えれば、新型コピュラの量産も、治療薬の解析も劇的に進む。」

 

「――という建前でしょう?何をさせたいんです?」

 

「……ばれますか、いいですか、これは内々の話ですが――」

 

 ――向こうの社長から、彼女を逃がしてほしいとの打診がありました。

 

 その一言は、現状がさらに混迷を極めることになったことを如実に示していた。

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