「――と、言うわけですので、今日からよろしくお願いしますね、お2人とも。」
「お、おう……」
「……はぁ。」
困り果てたように、2人の勇者は困惑を浮かべて、目の前の少女を見ていた。
ただのお嬢様である彼女が命懸けの戦場に平然とした様子で立とうとしている。ちょっと運動をするような軽い口調、それが、どうにも2人には異様だった。
「……えーっと……」
困ったように、こちらに見つめる灯に、天塚は苦笑交じりに告げる。
「補充人員だそうです――実際、御影さんと灯さんだけでは手が回らなくなりつつあるでしょう?」
「む、まあ、それは確かに。」
否定はできない。
怪人の出現に伴い、ヒーローの需要が高まる今、彼女たちの仕事が増えている。
近頃では、あかねとあまり接点が持てないほどだ、そこに、不満はないが、忙しくなりつつあるのは事実だ。
「で、補充?」
「そういうこと……らしいですよ、よくはわかりませんけどね。」
「フーン?」
「よろしくお願いしますねお2人とも。ほら、私達同い年ですし。」
そんな2人の気持ちも知ってか知らずか、少女は2人に駆け寄り手を取る。
眉1つ動かさず、手を振り払う素振りもなかったが、2人の目つきはあからさまに不機嫌そうだった。
「私、お2人のような勇者は大好きですよ。きちんと力を正しく使ってますし、やはり、ご家族の愛情でしょうか?」
「いや、知らんけど……ほかの勇者の家の事情とか興味ないし。」
「あんまり、そういうこと言うのはどうかと思いますけど……?」
どうも苦手なタイプなのだろう、口調には明らかな棘があった。そんな2人を気にもせず彼女はさらにすり寄っている。
「おかんが採用したのなら文句は言わんけど、うちや御影の足手まといにはならんといてよ、わざわざ助けにいかんし。」
「ふふふっ、ええ、もちろんです、皆さんのお力になれるよう、最善を尽くします。」
そう言って朗らかに笑う。
なるほど、結構なことだ。意欲もある、最近の苦労したくない傾向の強い若者に比べれば――まあ、若者の傾向が本当にそうなのかは知らないが――この手の仕事には向いているのだろう。
「ならええけど。」
「はい、よろしくお願いしますね。」
とことんまで興味がないらしい2人の反応はひどく淡泊だった――御影はもとより、ずいぶんましになったとはいえ、いまだに、『見ず知らずの他人』への共感性に欠ける灯も、決して彼女を歓迎はしていない。
「と、言うわけで――明日から、3人でパトロールです、新人教育もかねて、2人で、いろいろと教えてあげてください。」
白衣のポケットに手を突っ込んだ天塚が、淡々と明日の予定を告げる。
「えー……そういうそっちの方が得意やろー?なんでうちらよ。」
呆れたように唇を尖らせたのは、赤髪の勇者である灯だった。彼女の隣では、妹の御影が静かに話を聞いている。
「怪人が出た時にいの一番に駆り出されるのが僕らだからですかね……ふふ、優秀さの代償というやつですよ。」
眼鏡を押し上げながら自慢げに笑う天塚に、灯はジト目を向けた。
「……ゆかり姉ちゃんもいっとったけど、それ、流行っとるん?」
「向こうがパクったんですよ、僕のこれは単純な口癖ですよ。」
心外だとばかりに肩をすくめる天塚。
「さよか……ま、ええけど、トランサーとこ、こ……」
「コピュラ。」
言葉に詰まった灯を、天塚が的確にフォローする。
「そうそれ、もっとるん?」
「ええ、先ほどいただきました。」
「フーン、まあ、姉ちゃんの装備やし、死にはせんやろ、りょーかい。顔合わせすんだし、宿題もあるから帰るでー」
「お疲れ様です。」
「せっかくですから送りますよ。下に車が待ってますから。」
そう言って歩き去る3人の少女をしり目に、天塚は机に腰掛ける。
静まり返った特撮班の専用ラボ。扉が完全に閉まったのを確認すると、天塚は通信用のインカム――ではなく、脳内に直接語り掛ける念話の回線を開いた。
「で、どう思います?」
『えっ、ゆかりは疲れてるけども。』
即座に返ってきたのは、見当違いな扇の声だった。
『俺の1本足の椅子が1つ消えてる。』
「うん、そっちじゃない。後、椅子は宴会の後回収してないだけです。」
筋トレ器具の心配ばかりする脳筋な友人に、天塚は頭痛を堪えるように眉間を揉む。
『ああ、下か……えー、取りに行くのめんどくせー、扇、拾ってきてくれー友達的に考えてー』
『いや、僕やっと寝たゆかりの枕業務があるから。』
通信の向こう側から、身動き1つ取れない扇の気怠げな声が聞こえてくる。過労で倒れた後輩を膝枕で寝かしつけているのだろう。
『っち……地下の面倒なところは飛び降りられんところよな、移動時間で筋トレが止まる。』
「ええい、阿保共が!あとで椅子は持ってってやりますからだまらっしゃい!」
思わずの怒声――まったく、あの少女たちが帰っていてよかった。
深く深呼吸をして、天塚は無理やり話を本題に引き戻す。
「あのご令嬢のことですよ、聞いたままの理由だと思いますか?」
先日、彼らに接触してきた徳光電産の社長令嬢、笹藤麗華のことだ。
『あ、まじめな奴?こっちから見てるだけだとわかんなくねぇ?扇まーん!』
七星の丸投げを受け、少しの沈黙の後、扇が冷静な分析を口にする。
『んー?まあ、本人としては僕らの力の源でも探しに来たんじゃろ、彼女の推論通りに魔人の体でも使った生体兵器なんてあるんなら、間違いなく内部の人間には隠しきれんからな。』
「じゃあ、ご実家の思惑としては……」
『社長に話した通りだろ、娘の願いをかなえるという建前で――』
扇の言葉を、天塚が引き継ぐ。
「勇者が手出しできないところに娘を保護させる。」
それが、社長――黒土未来から聞いた、彼女の実家の思惑だった。巨大企業である徳光電産が、あえて特撮班という得体の知れない部署に令嬢を預けた真の理由。
「勇者のことだからあり得るとは思ってましたが……親子3代で狙ってるとは、恐れ入りますね。」
天塚は吐き気を催すような事実を口にする。祖母、母、そして娘。3世代にわたる女性を我が物にしようとする、狂気に満ちた勇者の執着。
『奥さんは向こうの実家が囲ってる勇者が何とか出来るらしいけどなぁ。』
『3人は守れないから、末娘の計画に乗っかって、彼女だけでも外部に――ってのは、まあ、わからなくない対策ではある。』
権力も財力もある大企業ですら、勇者の理不尽な暴力の前にはそこまで追い詰められるのだと、扇が静かに事情を整理する。
「お相手、何の勇者なんです?」
天塚の問いに、扇の思念がわずかに濁る。
『そこがわからんのだよ、ワトソン君。向こうからの話もないし、こっちで調べようにも出てこねぇ。』
「表舞台に出たがらないタイプですか。面倒な……」
ただでさえ規格外の勇者が、身を隠して暗躍しているとすれば厄介極まりない。
『そもそも、本気で勇者かもわからんぜ、昔あったろ、勇者の――』
七星の言葉に、扇が相槌を打つ。
『あーあったねぇ、なりすまし。』
過去の忌まわしい記憶。超常の力を持ちながら、勇者の名を騙る悪意。
真夜中のラボに、底知れぬ新たな闇の気配が漂い始めていた。
「どちらにしても、あの子も守る対象に付け足されるのは確定と――忙しくなってきましたねぇ。」
『正義の味方に休みはないさ――って何かで言ってた気がするけどなんじゃったっけな。』
『それ多分特撮じゃない。』
『いや、それはわかってんだけどさ……あと、全然どうでもいいけど、あの子の実家の囲ってる勇者、交渉権が『好きなゲームを好きなタイミングで開発させる権利』ってあたり、同類の気配がすごいする。』
「まあ、気持ちはわかりますけどね、オタクの夢ではあります。」
苦笑交じりの一言が、夜の闇に溶ける――そこだけ切り取れば、ただのオタク社員同士のくだらない与太話だった。