特撮オタクたちは、勇者を超越する   作:猿マン

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第9話:急転

「はい、おばあちゃん、抱えますよー」

 

「こ、こ、もう一本、信号ほ、しいよ、な」

 

「ですねぇ。あ、荷物持ちますよ。」

 

「ほい。」

 

 そう言いながら老人を抱えた男が荷物を手渡す――言わずと知れた3人、扇、七星、天塚である。

 

 あの勇者とのいざこざから4日が経っていた。

 

 芋くさいジャージ姿で日課のトレーニング中、かなり大きな横断歩道で立ち往生していた老女に声をかけた3人は、彼女を抱えて――いや、抱えているのは七星だったが――駆け抜けようと足に力を込めていた。

 

 あれから4日、出撃の機会はまだない。

 

 魔物は出現しても管轄外だったり、ごく小規模かつ、迅速に他のヒーローが片付けて、人的被害はおろか発見すら一般人には知られていない状況だ。

 

 それはいいことだ。ヒーローに出撃の機会がないということは、すなわち、人的被害が少ないということなのだから。

 

 社長殿としては華々しいデビューを飾らせたいようだが、3人は大きな名声は求めていない。

 

 というか、危険だ。

 

 勇者には欠点がある。それを自覚させるためにも、あの双子にはちょっとした魔物退治で慣れさせたかった。

 

 功を焦る若者ならともかく、もう20代も半ばを過ぎている3人にとって、劇的なスタートは必要ない――そして、勇者に劇的なスタートはさせられない。

 

 そんな、周囲の状況とのすれ違いを感じつつ、彼らはいずれ来るであろう運命の時に備えていた。

 

「最悪だよね。あのクソ陰キャの設楽が勇者だなんて!」

 

 そんな時だ、こんなセリフが聞こえてきたのは。

 

「あいつ調子こいてるよ。胸とかジロジロ見てくるしさー、この前とか強引に教室に女子連れ込んでたって話まであったんだよ?」

 

「勇者ってほとんどがクズじゃない。あいつもどうせ内面ゴミだから勇者になれたのよ。」

 

 どうやら彼女たちの勇者が近くにいるようだ。さんざんな言われようだった。

 

 しかし、彼女たちを非難することはできない。実際、勇者にろくでなしが多いのが事実だからだ。

 

 一説によれば、近年のこの国の失踪者のうち、5人に1人は勇者が事件に関与しているという話すらあるのだ。

 

「同じクラスの連中、可哀想だよね。男は奴隷みたいになってるらしいじゃん。女も、目をつけられたら断れないじゃん。」

 

「あんたにゃ来ないでしょ」

 

「はぁ? 喧嘩売ってんの――って言いたいけど、実際助かってんだよねー、骨と皮だけに産んでくれたお父さんたちありがとう!」

 

「何か、女子でも媚びてる子いるじゃん? 意味あると思ってんのかなあれ、ああキモっ。」

 

「勇者って性格腐ってるやつしかなれないって聞くけど、マジなのかな」

 

「えー、そんなことないでしょ。ねぇ、黒土さん」

 

 その一言に、ピクリと3人が反応する。

 

 すっと、息切れの結果、老女の荷物を持っていなかった扇がジャージの前を開く――その内側に眠るトランサーとコピュラを、即時変身可能な状態にする。

 

「…………あはは」

 

 苦笑いだとわかる乾いた声。遠くからも良い気分でないのがわかる声。

 

 この声からしておそらく妹、補助型の勇者。

 

「ごめんごめん、気にしないでよ。私達、黒土さんがまともだって知ってるからさ。だから余計、設楽の奴がきもいんだよねー。」

 

「そうそう、黒土御影様々ってね。」

 

 不機嫌そうに必死に作り笑いを貼り付ける姿が、見るまでもなくありありとわかった。

 

 見なくとも相手の殺気が感じ取れる。周りの少女たちはそれに気付かない。危機感の欠落だ。地雷原で踊っているのに理解できていない。

 

「――癇癪が起きたら、荷物を拾ってください。四つ。」

 

「了解。そのあとは?」

 

「いつも通りだ」

 

 視界を削り、落ちは発勁。いつも通りだ。

 

 先行は扇、女学生を安全圏に――

 

「――!?」

 

 その時だ。扇の首が勢いよく斜め上に跳ねる。

 

「今かよ……!」

 

 その姿に天塚と七星の顔も、渋そうに細まる――悪いことに悪いことは重なる。とはいえ、これではまるで危機のバーゲンセールだ。

 

 彼が視線を上に向けてから、きっかり3秒。

 

 空に紫色の魔法陣が描かれたのと、信号が青に変わったのは同時だった。

 

「――黒土! 魔物だ! 召喚された! その子たちを避難させろ!」

 

 扇が叫び、3人は視線の先――信号の向こう側に駆け出す。

 

「へっ、あぇ……」

 

 と、口ごもった少女は放置する――急な情報の流入は、彼女の怒りを押し流し、困惑の果てに指示に従うと『わかっている』。

 

 勇者になったとしても、とっさの判断が上手くなるわけではないのだ。

 

 天塚と七星が老女を地面に下ろすのを確認しながら、最も足の遅い扇はスマホを取り出しつつ、魔法陣に向かって突進する。

 

 天井に妖しく輝く魔法陣の内、そこから魔物の大軍が飛来していた。

 

「――ゆかり!」

 

『今、警報が来ました――近くにいますか?』

 

「偶然な! 今回は本気で!」

 

『でしょうね。灯にも連絡しましたが、すぐには着けません。始末はつきますか?』

 

「小物と鳥はな。ただ――どうもでかいのが来そうだ。時間がかかる。人に被害が出かねん」

 

『……灯を急がせます。『隠し玉』は?』

 

「一也は使えるけどちょっと溜めがいる。新は未完成。僕は――たぶん行ける。」

 

『了解、ご武運を。』

 

「どうも!」

 

 叫び、胸のトランサーのスイッチを入れる――そのまま、顔の高さに掲げたカードを片手に差し込む。

 

「――変身。」

 

 中空に浮かぶ不可視の力が、彼を鎧った。

 

 輝きの内からヒスイの輝きを持つ英雄が現れる――まずは民間人の避難だ。

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