学校の昼休み。灯はクラスメイトの中に混じり弁当箱を突っついていた。
周りの女子生徒達は雑談に花を咲かせている。
正直灯にはどうでも良い内容ばかりだ。先生への不平不満、交際相手の自慢話、どれもこれも平和な日常を謳っている。
最近はこうしてクラスメイトに囲まれているのが不快ではなくなった。
勇者として異世界に『たどり着けなかった』当初は不愉快極まりない状況だったはずのこの状況が、今の彼女にとってそれほど問題なく感じるのは、ひとえに――
「――ん?どした、灯。」
――このおかしな友人《あかね》とあの妙な先達《扇たち》のせいだろう。
勇者の力に取り入ろうと媚びへつらう者、畏怖の対象として避ける者、そんな者たちの中で『憧れ』の一念だけでその壁を踏み越える者たち。
だからだろう、近頃はこのくだらない会話を繰り広げる娘たちを守るのもある種誇らしさのようなものを感じるようになってきたのは。
ヒーローとして活動していると周囲の目も少しずつ変わっていった。
勇者ではない、魔物から人々を守るヒーローとして見るようになっていった。
それが悪くなかった。普通の学生らしい日々に足を踏み入れられたようだ。
そのことに関しては――正直、少し感謝している、まあ、面と向かって言えば、間違いなくこの女は調子に乗るので絶対に告げないが。
「あ、ねぇねぇ、黒土さん。」
「んぁ?なにぃ?」
不意に隣の少女が話しかけてくる。
「公式サイト見たけどさ、今度新しいメンバーがデビューするんでしょ?」
「あー……うん、まあ、出るで。」
頭に浮かぶのはあの新人たるお嬢様の姿。先日の残党処理の任務で見た清楚な見た目に反した、煮えたぎるマグマのようなあの戦い方だ。
姉を勇者に奪われかけている――というおおざっぱな話は聞いているが、それはさておき、彼女の戦闘力はまあ、及第点だ。
強さでは自分に勝てず、処理や目端の利き方では正義の味方の3人に劣る、とはいえ、それでも、十分活躍できるだろう、まあ、足手まといにはならないという発言に嘘はなさそうな、新人。
「ねぇ、どんな人?」
「守秘義務!破ったら勇者でも許されへん法ってもんがあるねん。かんべんしてー」
「あー……そういうのあるんだ、やっぱり。でも3人目のぷり……あー……魔法少女?か。5人そろったら本当に戦隊ヒーローじゃん。」
すると他の女子生徒も話に混ざってくる。
「あれ?もう6人いなかったっけ?」
「いや、あのオジサン連中は除外でしょ。てか女の子の間に割り込むなんてちょっと……ねぇ?」
「……そこは、本人たちも思うとこあるみたいやし、勘弁したって。」
この前、社長室から「いいですか社長、僕らと灯さんたちは放送時間が30分ずれているべきだと思うんですよ、だから、班分けを……え、ダメ?まだ危ない?いや、ほら、ネットの書き込みというのがあるじゃないですか!百合の間には挟まれないんです!」と天塚が熱弁を振るっているのを聞いて以来、こういった話には多少の同情が混じるようになってしまった。
しみじみと告げる灯に、周囲の女子も、何か会社的な都合だろうと察したのか、その話題がそれ以上出ることはなかった。
「あの人たちはベテランだし、すごくいい人だよ」
ぽつり、とこぼした御影の珍しい一言に、ほかの女子たちは驚いたように視線を向け。
「そうなの?あーでもバイト先の店長はファンだって言ってたかも……助けてもらったことあるとかないとか。」
「でもオジサンだしなぁ……」
「……一応言っとくけど、あの3人まだ20代やで。」
「えっ、うそぉ!?」
「えー見えない……30代とかじゃなくて?」
「40代だと思ってた……」
周りの声に苦笑いが出てしまう。
年齢のことは、彼らも気にしているのだが……いかんせん、体形のせいか、顔立ちのせいか、年嵩にみられやすいらしい。
ふと笑みがこぼれる。どうでも良い雑談。だけどこれが普通の日常なのだと思うと不思議と楽しくなる。
「そういえば新しい人って強いの?やっぱり黒土さんが一番だろうけど」
「んでもオッサンズは魔人捕まえたとか捕まえてねぇとかいってなかったっけ、それでも勇者のが強いの?」
「いやいや、偶然でしょ。勇者の方が強いって……え、違う?わかんない。」
皆口々に、それでいて楽しそうに話す。灯は聞き流したかったが、自分も話題になっているからか口を挟む。
「さすがにうちの方が強いわなぁ。まぁ相性の問題もあるし、変な薬とか使われたらわからんけど。」
「あー……魔人も薬で捕まえたっていってたっけ。」
「なんかすごいんでしょ?最近だと怪人に効く薬も作ってるとかいってたよねー」
「あー……成績上がる薬とかない?」
「頭よくなる方じゃないんだ……?」
「いや、体育の点数もさ、欲しいなぁって……」
「……勉強しなよ……」
そんな姦しい会話の最中だった。
教室の扉が開く。
周りの視線が一斉に扉の方へと集まった。
「――やあ、黒土さん。ちょっと、いいかな。」
そう言って、こちらに向けてほほ笑むのは――1人の男。
「……風紀、委員長、やっけ?」
「ああ、うん、ちょっと、君に頼みがあるんだ――悪いけど、ついてきてほしいな。」
そう言ってほほ笑んだ男――風紀委員長は、どこかとらえどころのない男だったと、のちに灯は語る。
この時に、もっと警戒しておくべきだったのだと。