昼休みの喧騒から少し離れた、静かな特別教室の並ぶ旧校舎。
普段はあまり生徒が立ち入らないその一角の空き教室に、灯と御影は通されていた。
「――急に呼び出してすまないね。黒土さんたちには、どうしても頼みたいことがあって」
日差しを背に受けて窓際に立つ風紀委員長は、絵に描いたような優等生の笑みを浮かべていた。
アイロンの効いたシャツ、乱れのないネクタイ。どこか神経質そうな細眼鏡の奥の瞳は、穏やかだが、同時にひどく冷たいようにも見える。
「頼み?うちらに?」
灯は警戒を隠そうともせず、腕を組んで眉をひそめた。
勇者であることを公言している彼女たちに頼み事をしてくる人間など、ロクなものではないというのが、これまでの経験から得た教訓だ。
「単刀直入に言おう。最近、この学園内で『妙な薬』が出回っているという噂があるんだ」
「……薬」
御影の肩が、ピクリと動いた。
気弱
「ああ。一部の生徒が、急にテストの成績が跳ね上がったり、体育の授業で異常な身体能力を見せたりしている。彼らの間で、頭が良くなる、あるいは力が湧いてくる『魔法の薬』が密売されているらしい」
風紀委員長は眼鏡のブリッジを押し上げ、ため息をついた。
「教師たちに報告しても、証拠がないと取り合ってくれない。僕たち風紀委員の力だけでは、限界がある。だから……君たち『勇者』の力で、この学園の風紀を守るために、薬の出所を調べてくれないか?」
正義感に溢れる生徒の鑑。
表向きはそう見える。だが、灯は本能的な胡散臭さを感じていた。
『――って言われとるんやけど、どう思う?』
灯は耳元に仕込んだ超小型インカムを通し、特撮班のラボにいる大人たちに通信を飛ばした。
先日の事件以降、学園内での緊急事態に備えて、天塚が『学生生活の邪魔にならない超小型通信機』を作って押し付けてきたのだ。
使うことがあるとは思わなかったが……まあ、役に立っていて大変結構なことだ。
2人で相談をする体で、体を翻して小声ながら始まった作戦会議は、天塚の思案げな言葉で火ぶたを切った。
『……ふむ。学校という閉鎖空間は、コンプレックスや承認欲求の温床です。「テストの点数」や「スクールカースト」といった些細な不満を増幅させるH.A.Dの実験場としては、これ以上ないほど最適な環境と言えます、が。』
問題が1つ。
『僕らの計算上、あの女が活動可能になるまで、まだ少し――多分、1月か2月は時間があるはず、新しく売ったとも思えないんですよねぇ。』
あの時、七星と扇の力で損傷させたあの女――妖霊の体はそうやすやすとは治せない、あの女が、どのような方法であの体を得たのかは不明だが、体を治す必要があるのなら、行動不能にはできているはずだ。
「別におかしいないんちゃう?あの、竹……林?とか、何とか、御影のストーカーしとったやつおるやん。」
『ええ、なので、1つ2つ使っている人間がいるのならわかりますが……「出回っている」というレベルだと、それなりの数があるということでしょう、それほどの数のH.A.Dがあの事件以前に同一の場所で売られていたというのは、ちょっと考えにくいんですよね。』
『今んとこ、腹黒天才マンの水際戦術で、ネット販売も数が出てねぇしな。』
ゴン、ゴン!となにかひどく硬質なものをたたく快音を響かせた七星の声が響く。
「わからんなぁ。」
「……うそ、っていうか、何か隠してる感じはするけど……」
「そうなんよなぁ。」
少なくとも、みたままのことを語っているわけではない――ようには見える。
が、それが、いいことなのか悪いことなのかは……ちょっとわからない。
『ふむ……』
1瞬の沈黙、それを切り裂いたのは扇の一言だった。
『まあ、とりあえず受ければよろしい。』
「……ええの?」
『ん、まあ、罠の可能性がないとは言わん、が、それはともかくとして、本当に問題が起きてる可能性は十分ある。』
そして、本当に薬物絡みだというのなら、確かに、学校の一風紀委員会程度には対処できないのは事実だろう。
『ヒーローの力は『
それはある意味、勇者とは別系統の『英雄』の力を持つがゆえの対策だった。
実際、この男が何を考えているにせよ、何か後ろ暗いたくらみがあるのなら、下手にほかの勇者やヒーローを巻き込めば誰にも知られずに計画が進行する可能性がある。
そうなってしまえば、止められるかどうかは五分五分だ。
「それ、巻き込まれるんうちらなんやけど。」
『あー……じゃあ、僕らのこと紹介してもいいよ、筋肉ムキムキマッチョメンと天才腹黒マンがいるっていえば、薬のことぐらいどうにかできるっていえば、話の内容的に断れんでしょ。』
『異議あり!天塚の異名は腹黒天才マンではないのか!』
『僕はてんさい発明家なので、異議は却下します。』
そんな漫談を繰り広げている男たちに呆れたように嘆息して――
「……ええわ、うちがやる、なんかあったら、助けてくれるんやろ?」
――そう返した。
後に、灯はこう思うことになる。
『ああ、こいつらは馬鹿だが、やはりきちんとヒーローなのだな。』と。