「なぁ、あの兄ちゃん……風紀委員長ってどんな人なん?」
昼休みが終わりを告げる予鈴が鳴る中、灯は弁当箱を乱暴に包みながら、斜め前の席に座るあかねに尋ねた。
「さあ? 私もよく知らないなぁ、基本的にあんまり生徒と話す人じゃないしね。知ってる?」
「えー服装検査の時ぐらいしか風紀委員って意識しなくない?そこの委員長って言われても……」
「あ、でも顔がいいのは知ってる、彼女とか募集してないかなー」
「あんた前、風紀委員に持ち物とられたとかいって切れてなかったっけ?」
「……やっぱ風紀委員ってなくなるべきだよね!」
「現金な奴……」
隣のクラスメイトに聞くも首を傾げるだけ、少なくとも、それほど親しい仲の人間はいないらしい。
だが1人、灯の話に割り込んできた女子生徒がいた。
「あ、私、彼氏が生徒会にいて聞いた事あるよ」
「おっ、どんな奴なん?」
「品行方正、成績優秀、そんな言葉が人間になったようだって。ぶっちゃけ先生からの評判も良くて……まあ、風紀委員でどうしてるのかはわからないけど、少なくとも、いい人って噂だよ。」
彼女の口が嘲笑うように歪む。
「はっきり言って学校襲ってきたアイツとは正反対。勇者になるんなら、ああいう人がなればいいのにねー。あー、勇者が会長や黒土さんみたいな人ばっかりだといいのに。」
周りも同意するように頷く。
「マジでそうだよねーそしたら、もっと安心できるのにさー」
「あーあ。勇者がみんな顔と性格両方イケメンなら最高なのに……あれ、でも、なんか前、ヒーローになる試験落ちたとかって人は誰だっけ、なんか、最年少記録に並ぶ――とか言って騒いでたよね、確か。」
「……あれは……生徒会長じゃなかったっけ?」
「……そだっけ?」
脇道に脱線を続ける会話を聞きつつ、灯は御影に視線を送る――傍らでまじないの力を使い、影のように隠れていた御影が、ぱちぱちとスマホを打つ――天塚への報告だ、タスクは増えるが、まあ、助けてくれるというのだ、多少の骨折りはいいだろう。
「まあ、少なくとも、悪い噂とかはないよ。なんか頼まれたの?」
「んー?ちょっとなー」
言葉を濁す。
さすがに、あの設楽天京による学園襲撃事件からそれほどの時も経っていないのに、今度は怪人の登場の危険性があるなどと教えるのはまずい――と、天塚が言っていた。
その辺の感情の機微はまだ2人にはよくわかっていないが……それでも、不安になってほしくないと思う程度の共感やつたない同情が、2人の胸には戻っていた。
「えっ、もしかしてさ……告白とか、された?」
――もっとも、それが、彼女たちに伝わるのかは別の話だが。
「……………………へぁ?」
心から意味が分からないと言いたげに、顔をゆがめた灯が声を上げる。
「え、だって、昼休みに呼び出して、知らないところで……ってことでしょ?」
だったら……と色めき立ったのは、生徒会の彼氏を持つ少女だ。
「あ、え、そういうこと!?えー!」
先ほどまで風紀委員長を彼氏に……などと言っていた少女が、口に手を当てて声を上げる。
「え、いや、でも、あれじゃん、2人で呼び出されてるんだし、それは……」
「え、ってことは何、2人同時に告白されたの?最低じゃん風紀委員長!二股!?」
「いや、だから、告白とかじゃなかったんじゃって話で……」
「えー!風紀委員が風紀乱してんじゃん!」
「いや、だからね?」
「そうだよ、そもそも、灯ちゃんには天塚さんが……」
「はぁ!?なんであのおっさんの名前出てくんねん!」
脇から発された一言に、灯がとっさに声を荒げる――まずい、と思ったときには女生徒たちの顔は一面の好奇の色に染まっていた。
「え、何、誰天塚さんって!」
「おんなじ職場の人?」
「あ、ヒーローの人か!天才の人のあれだ!」
「え、おっさんじゃん!あ、いや、でも、別に全然悪くないと思うよ!強そうだし、魔物とか出てきても全然助けてくれそうじゃん!」
「そうだよ、天塚さんすごいんだから、特許何個持ってて――」
「――ち、ちょい待ち!なんでうちがあの人のこと好きって話になっとんねん、ちゃうって!」
あわてたように声を荒げる姉を、御影は影から見ながら――なぜ、頬を赤らめているのかが、どうしてもわからなかった。
いや、昔はわかっていたはずなのだ、そんな気がするし、あんなふうに姉をからかおうと思ったことも幾度となくあった気がする。
記憶もある、あるが……ある、が……
いま、彼女の心を占めているのは、『姉の迷惑になるあの女たちをどうするべきだろうか?』ということだ。
魔術で制御するべきか?黙らせて、姉の迷惑にならないように……
『――黒土御影、よせよ。』
――耳に、そんな鋭い一言が響いたのはその時だった。
聞き覚えのある声、いつだか、聞いた。
あの怪人と戦っていた、声、私が化け物にならないと言っていたあの――
「――七星、さん?」
『君もわかってるだろ、よせ、それをやったら逆に灯が困る。』
教え諭すように、優しく引き留めるように、彼女が自分のやっていることに気が付けるように、彼は声をかけた。
『味方してほしいなら声をかけてくるだろ、呪いはいらない。必要なのは君だ、御影。勇者じゃない。』
だから、魔術など必要ないと、彼は言う。
『後悔したくないんだろ、やめとけ。』
そう言って、耳のインカムが沈黙する。
その言葉に、御影がどう思ったのか、実のところ、御影本人もわかっていない。
ただ、1つ確かなのは……
「……はい、ありがとう、ございます。」
御影が、七星に、そう返答したことだけだった。