放課後のグラウンド。
部活動に励む生徒たちの活気ある声が響く中、校舎の2階の渡り廊下から、灯と御影はその様子を見下ろしていた。
「――で、天塚センセー。うちらは具体的に何を調べたらええん?」
窓枠に肘をつきながら、灯がインカム越しにボヤく。
風紀委員長から『薬の出所を調べてくれ』と頼まれ、特撮班の指示でそれを引き受けたものの、広い学園内でどう動けばいいのか見当もつかない。
『ひとまず、劇的に能力が上がったという人間の情報を集めましょう――ほぼほぼ可能性のない話ですが、裏で勉強をしていた、練習をしていたなんて理由だとすると、話がおかしくなりますからね。』
笑い話で済めばいいが、それでその生徒の人生を傷つけることもある、避けられるリスクは避けるべきだ。
「んー……了解、風紀委員長にリストもらっといたよかったなぁ。」
『もらえばいいのでは?別に、風紀委員長からの頼みなのですから、風紀委員会に協力してもらうことも考慮の上でしょう。』
「ん……それもそか、御影ーいくでー」
「……うん、分かった」
御影は静かに頷き、姉の背中を追って歩き出した。
向かう先は、特別棟にある風紀委員会室だ。
放課後の校舎は、部活動の生徒たちと帰宅する生徒たちが入り乱れ、特有の喧騒に包まれている。
すれ違う生徒たちの楽しげな会話、あるいは試験や部活への不満。以前なら単なる「ノイズ」として聞き流していたそれらが、今の御影には、どこか遠い世界のもののように響いていた。
彼女の視線は、無意識のうちに自分の手元に落ちる。
『後悔したくないんだろ、やめとけ』
昼休み、七星に掛けられたその言葉が、まだ耳の奥で静かにリフレインしている。
自分が無関心でいること、あるいは「排除」という極端な手段に出ることが、結果的に誰か(家族や、あの超人たち)を困らせてしまう。
その事実を理解し始めた彼女は、自分の「異常性」を持て余し、どう振る舞うのが「正解」なのか、手探りで歩いているような状態だった。
「――ん?ああ、すまないね、渡そうと思っていて忘れていたよ。」
そう言って、手渡されたリストは、決して厚いものではなかった。
ページにして2枚、名を上がっている数も決して多くはない。
ないが――
『これはまたずいぶんと……』
「ん?なんや知っとるん?」
『先々週に行われた模試で全国1位を取った生徒がいます――その前の模試では下から数えた方が早かったのにです。』
「そらまた……」
劇的だ。
「ありえるん?」
『無理ではない、とは思いますけどね、尋常な勉強の仕方では無理でしょう……生活態度は?』
「悪くは書いてへんけど……まあ、よくもないわな。」
普通に生徒と遊んでいるし、普通に悪いこともしているらしい。典型的な不良――というわけでもないようだが、同時に決して素晴らしい人品というわけでもない。
『ふむ……内職は?』
「……ない……?」
『あー……あれですよ、授業中にテストや試験用に別の範囲の勉強する……』
「わからん……けど、しとるんやったここに名前乗っとらんのとちゃう?」
『おっしゃる通りで……さて、そうなると、本当に何かしらの影響下にあるのか、さもなければ、彼が化け物じみてカンニングがうまいのか。』
後者の可能性だってないとは言えない――まあ、薬の確率の方が高そうだとは思うが。
「で?次は?」
『御影さんに頼んで、監視魔術でもかけてもらいますか、その男が本当に薬とやらを使っているのなら、それがどういう種類のものであれ、誰かから入手はしているはずですから。』
「ん、そうしよか――御影。」
「あ、うん。」
もらった資料片手に、屋上で語り合う2人の少女は次の方針に従って動き出した。
「――ずいぶん詳細な資料ですこと。」
「ですねぇ、まるで『見てきたかのように』詳細だ。」
傍らで、自分のPC画面をのぞき込んできた扇の一言に、天塚が賛同する。
灯の制服の胸ポケットに仕込まれた超小型カメラが捉えた映像。それが、リアルタイムで特撮班のラボのメインモニターに転送されている。
画面には、風紀委員長から渡されたという数枚のプリント用紙が映し出されていた。
「氏名、学年、クラス、最近のテストの点数の推移、部活動の記録……それに加えて、『放課後の不審な行動パターン』や『特定の生徒との接触履歴』まで網羅されている」
天塚が眼鏡のブリッジを押し上げながら、カタカタとキーボードを叩く。
「単なる風紀委員のパトロールにしては、個人のプライバシーに踏み込みすぎですね。まるで、最初から『この生徒たちが薬を使っている』という前提で、証拠集め……いや、観察日記をつけているようです」
「もしくは、自分が薬を売った相手の『効果測定データ』ってところか?」
七星が腕組みをしたまま、低い声で言った。
「売人が客の経過観察をしてるってんなら、これ以上ないほど辻褄が合う。わざわざ勇者にこのリストを渡したのも、『こいつらを調べてくれ』じゃなくて、『こいつらを処理してくれ』って意味だったりしてな。」
思案げに眉をひそめる七星の一言に、しかし、扇は否定する。
「違うな、だったら、勇者は使わん――下手したら自分が殺される。」
灯は勇者としては穏当な部類だ、とはいえ、それでも勇者なのだ。
もし機嫌を損ねれば、その場で殺されてもおかしくない。勇者とはそういった連中なのだ。
そんな人間を、わざわざ使うということは……
「使わないといけない理由があるってことになるが……」
さて、その理由がわからない。
どうにも、気持ちの悪い頼みごとだった