佐藤太郎、28歳。
都内某IT企業の開発部で働く、ごく普通のプログラマーだった。
夜の10時半。
オフィスのデスクには空のペットボトルと、半分残ったコンビニ弁当だけが残っている。周囲の席はすでにほとんど誰もいない。
「……ふん」
太郎はモニターに映るコードを睨みながら、小さく鼻を鳴らした。
隣の席の後輩、山田が、帰り支度をしながら声をかけてくる。
「佐藤先輩、今日も残業ですか? もうみんなで飲みに行ってるんですけど……一緒にどうですか?」
「必要ない。締め切りまであと3日だ。遊びに行っている暇はない」
「えー、でも先輩、最近全然休んでないじゃないですか。息抜きに聖晶姫とかどうです? 今めっちゃ流行ってるんですよ! 新キャラの『アルティシア・ロゼリア』がガチャで出たんですけど、性能がバグレベルで強くて!」
山田がスマホの画面を見せながら目を輝かせる。
太郎は一瞬だけ画面に視線を走らせた。
銀髪の完璧な美少女が、豪華なドレスを纏い、水晶の杖を掲げているイラスト。
確かに綺麗だった。設定も悪くない。魔物だらけの世界で、貴族の令嬢が騎士として戦う話……らしい。
しかし、彼はすぐに目を逸らした。
「……そんなゲームに時間を使うつもりはない。非効率的だ。」
「先輩、相変わらずストイックすぎですよー、今日はお先失礼しますねー」
山田は苦笑しながら去っていった。
一人になったオフィスで、太郎は深く息を吐く。
(友達など必要ない。完璧に仕事をして、完璧に成果を上げれば、それでいい。
誰かと群れて時間を無駄にするくらいなら、一人で全部背負った方がよっぽど効率的だ。)
窓の外を見ると、雨が降り始めていた。
帰りの電車も混むだろう。
でもそれでいい。誰とも話さずに帰れる。
彼は再びキーボードに指を置き、コードを打ち続ける。
午前2時過ぎ。
会社を出た太郎は、雨の降る国道を歩いていた。
傘を差しながら、ぼんやりと考える。
「……あのゲーム、アルティシアとかいうキャラ。
見た目は良かったな」
次の瞬間。
クラクションの音。
ヘッドライトの光。
意識が朦朧とする
(なんだ⋯俺はここで死ぬのか?友達も恋人も作らずひたすら仕事だけして⋯こんな事なら友達や恋人を作って遊んでおけば良かったな⋯)
「…………は?」
豪華な天蓋付きのベッドの上。
鏡に映るのは、見たこともないほどの美少女。
銀髪に碧眼。
完璧な容姿の、自分自身。
「待て待て待て、俺は死んだんじゃないのか!?……
しかもこの容姿……まさか、あのゲームのアルティシアとか言うキャラでは?
……は? 私、あのゲームプレイしてないぞ!?
広告と同僚の話で雰囲気しか知らないのに、どういうことだこれ!」
小さな手に視線を落とし、アルティシア(元・佐藤太郎)は静かに呟いた。
「……全く理解できないが生きてる?いや死んだのか知らんが自分の人生に続きがあるというなら、
今度は違う。
この完璧な容姿を活かしちゃんと友達を作ろう。
笑顔で、優しく、みんなと一緒に学園生活を送るんだ。
完璧なお嬢様として、誰からも慕われる存在に……!
絶対に孤独は卒業する!」
彼女(彼)はまだ知らなかった。
この完璧主義と、致命的に口下手な性格が、
この世界でどれほど自分を苦しめるのかを。
「よし、まずは笑顔の練習からだな。完璧にいこう。
今度こそ、友達をたくさん作って……この人生を成功させる!」