ロゼリア公爵家本邸、アルティシアの私室。
聖晶アカデミア入学を目前に控えた12歳の頃。
夜の8時半。
アルティシアはいつものように使用人を下がらせ、巨大な鏡の前に立っていた。
「……今日も練習よ」
彼女は背筋を伸ばし、銀髪を優雅に整えた。
脳内(気合い十分)
「学園では絶対に友達を作る! そのために笑顔は必須項目。
完璧なこの私の笑顔さえあれば、みんな自然と集まってくるはず。
前世ではできなかった普通の学園生活……今度こそ成功させてみせる!」
試行①
「ふふっ……」
鏡の中は完全に「高貴なる冷笑」。目が笑っていない。
「少し目が冷たいかしら? よし、次」
試行②
「ふふふ……どうかしら?」
今度は口角を上げすぎて「何か企んでいる」顔に。
試行③(全力)
両手で頰を押し上げ、歯を見せて全力スマイル。
「にっこり……!」
鏡の中のアルティシアは完全にホラー。魔力が少し漏れて、近くのキャンドルが一瞬激しく揺れた。
「…………なぜ笑顔なのに花が萎れるの?
私の笑顔が完璧すぎて、周囲が畏縮してしまうのかしら……。
まあいい。学園に行けば、きっと理解してくれる人が現れるはず。
本当に不思議だわ、家族も最近少し距離を置くようだけど……」
そこへ、控えめなノックが響いた。
「お嬢様、夕食の準備が整いました。ご家族皆様お待ちです」
夕食の間
豪華な長いテーブル。
上座に父、公爵ヴォルドー。
母、エレノア。
長兄、ライル(15歳)。
そして一番下の妹、ルナ(8歳)が小さく座っている。
アルティシアが入室すると、家族全員がピクリと肩を震わせた。
「みんな、お待たせしてごめんなさい」
アルティシアは優しく微笑もうとして、先ほど練習した「にっこり」を浮かべた。
結果、家族の視線が一瞬凍りつく。
(完璧な笑顔を出せた! 今日も上出来よ。きっとみんな喜見惚れているわね!)
父
「……アルティシア、今日も魔導の訓練をしていたのか?」
「ええ。学園で皆さんに迷惑をかけないよう、完璧に準備をしています。
父上も母上も、兄上も……そしてルナも、安心していてくださいね」
彼女は妹のルナに向き直り、できる限り柔らかい声で言った。
「ルナ、今日も可愛いわね。学園から帰ったら、たくさん一緒に遊んであげます。
あなたが傷つかないよう、私が全部守ってあげますから」
ルナは少し怯えながらも、嬉しそうに頰を赤らめた。
「……お姉様、ありがとう……でも、ちょっと怖い……」
( 私の妹が可愛すぎる! あの小さな手、守ってあげたい……!
前世に妹なんていなかったから、余計に愛おしいわ。
絶対にルナには辛い思いなどさせない。私が全部背負う!)
現実では、アルティシアは無自覚に少し身を乗り出し、妹の頭を優しく(つもりで)撫でた。
その手つきは完璧に優雅だったが、魔力が微かに乗ってしまい、ルナの髪がふわりと光った。
長兄ライル
「アルティシア……妹を怖がらせないでくれ。ルナはまだ8歳だぞ」
「怖がらせるなどとんでもない。
私はただ、ルナが大好きだから優しくしているだけです。
兄上こそ、最近私を避けているようですが……何か問題でも?」
兄「い、いや、何もない……」
母はフォークを持つ手が微かに震えていた。
脳内
(みんな優しく接しているのに、なぜ少し緊張しているのだろう……?
私の笑顔も、言葉も、完璧に優しいはずなのに。
本当に、本当に不思議だわ。
まぁいいわ、優しい笑顔も完璧に出来るようになったし学園に行けば、友達ができるに違いない!)
夕食後、アルティシアは妹ルナを抱き上げ、
「ルナ、明日も一緒に庭で魔導の基礎を教えましょうね。
あなたが強くなれば、私も安心できるわ」
と微笑んだ。
ルナは「お姉様大好き……でもちょっと怖い……」と小さな声で呟きながら、
アルティシアの胸に顔を埋めた。