そのイワナ、お小遣い三ヶ月分につき。   作:神楽風月

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#4

 その週の日曜日ーー彼らは隣の市まで足を伸ばしていた。

 試験的に行われている区間放流は、赤金川に隣接する市営公園で行われている。ここは河川のほとりに建設された公園で、そのものが地球温暖化防止に貢献する緑豊かな公園として整備された。緑の中で環境学習や健康増進するという運営理念から、運動場のほかキャンプエリアも内包する。

 町の中にある少年自然の家、といった風体だ。

「そして、今年からは環境学習の一環を担うフィッシングエリアとしての運営を行うため、試験的に放流が行われている……ということか」

 公園の入口から入ってすぐ、事務所としての機能を有するパークセンターの掲示板エリアにて、試験放流についてのポスターを読み上げる。

「いちおう、生殖能力を失った品種を使うようだ。万が一にでも逃げられたとしても、在来種に取って代わるような危険はほとんどない、らしい」

「ほーん」

 役人だって馬鹿じゃあない。それくらいの対策は行っているとわざわざ書いているのは、一種のクレーム対策のためだろう。

「カサネサクラ……という、サクラマスの三倍体として品種改良したものらしい」

「三倍体……ってなに?」

「いちおうこれに書いてあることには、だが……通常は染色体が父親と、母親から1セットずつもらって2セットになる。これが二倍体。だが三倍体は、卵の時点でいろんな処置を行うことで、これが3セットになるらしい。そうすると妊娠しなくなって、大人になっても

食べた栄養がぜんぶ成長に回るようだ。そのため短期間で五十センチ以上になるから、食べるところが増えて、脂ののった美味しい魚となる……とのことだ。身近な例として上げられているのは……バナナや種なしスイカ、とあるな」

 種を作るためのエネルギーをすべて可食部や甘さに割り振ることができる。魚であれば旬という概念がなくなり、通年おいしい魚を提供することが可能になるのだ。

 食の安定供給。人が暮らしていくうえでこれがどれほど重要で、大変なことか。三倍体とは、そうして苦心した結果に生まれた、歪な生命体である。

「まぁ確かに、スイカの種は邪魔っけだよなー」

「バナナの種って、あの黒いやつですか?」

「いや、あれは種ではないらしい。種の名残ではあるらしいが」

「バナナって分類上は草らしいぞ。株分けして増やすから、採ったら切り倒すらしい」

「へぇー」

 悲しいが、自然を人間の都合で変えてしまう、というのは……決して悪いことではない。

「……てか、じゃあ自然保護ってなんのためにやるんだ?」

「それを学ぶのが環境学習というやつなんだろうな」

「よくわかんねぇー」

 煙に巻くようなひとことで、晴を黙らせた。

「まあ難しいことを考えても仕方があるまい。年券があれば事務所で提示することで、釣り場に入場できるらしい」

「それ以外は……あー、現場券か。半日で千二百円? たけぇー」

「カスねえ嘘ついたな」

「まぁ、赤金川漁協管轄だったら、どこでも使えますし……ウソはついてませんけど……」

「買っておいて正解だったな」

「代わりに、俺のお年玉はすっからかんだぞ?」

「それはおまえの無駄遣いのせいだ」

 

 

 

 市営公園のキャンプエリアを抜け、ふだんの緑に包まれた川べりとは正反対の、灰色のコンクリートで色づいた護岸の階段を降りていく。護岸の上には「試験放流中」というノボリが立ってはいるが……いまだ魚の住まない川という印象が強いためか、釣り人は、今日はどうやら晴たちだけのようだ。

 安鎮川に比べれば、とんでもなく広い川だ。湖にすら見える。だが、ざあざあと流れる水音が、それが川であることを否が応でも思い知らされる。その水も、上流の山から銅が含まれた雪解け水が流れてくるためか、どうにも鉄臭い匂いがする。

 あまりにも広く、真夏の渇水期には川の中央に中洲ができるほどではあるが、現在は春先の増水期である。そのため川底は見づらいが、ほんとうに魚が住んでいるのか? と疑いたくなるような赤さを帯びていた。隣の市ということもあってか、なかなか来ることはなかったが……どうにも、人工的な不気味さを感じさせた。

「ほんとうにいるのか?」

「……いや、いるな?」

 カンのようなものだった。

 鉄臭い匂いに交じる、魚が存在する水独特のにおいを察して、四人はなんの疑問も抱かずに釣りの準備を始めた。

「……風が強いな」

 雪解け水の残る赤い川と、春の日和で温められたコンクリートとの温度差が、強い川風を生んでいる。冷たい川で生まれた鋭い風が、晴の頬を叩いた。

「重いラインがいいか」

 そうしてカバンから取り出すのは、レベルより重いテーパーライン。それも長さ4.5mの、単線よりも重い編み込み糸(ブレイデッドライン)だ。さすがにこのラインを手作りするのは難しく、市販品ではあるが……逆に言えば市販品での限界の長さを選択した。これ以上長くするなら、それこそ海釣り用のテーパーがついたちから糸から自作するしか無いだろう。

「大物だからと大きめのルアーを持ってきたが、正解だったな。いつものルアーだったら、風に流されて正確なキャストができなかった」

「竿が長い分、あたしもちょっと竿持ってるのキツいかもなー。天井糸も引っ張られて、釣りにならなさそう」

「私は今回、ほんとうに厳しいかもしれません……」

 大物が釣れる、ということで四人とも大物仕掛けを用意してきている。特に怜や栞は、いつもよりも硬く長い、大型の竿を持ってきていた。

「というか、ハル。お前はそれで行けるのか?」

「カスねぇの話を信じるんなら行けるらしいんだよな。ハコスチ? の50cmはいなせるって言ってた」

「箱根スチールヘッドですね、むかしお父さんが連れて行ってくれました。その時はこの、六番手で……楽しかったですけど、ちょっと怖かったですね。すごい走るんですよ。バッキングラインまで引き出されちゃって、お父さんに手伝ってもらいながらでしたけど、取り込めたのは奇跡かも……」

「マジか」

 ハリスも太くしよう、と晴は1.2号のナイロンラインを取り出す。両手いっぱいに広げて、2m近い長さを引き出してメインラインと繋いでやった。

「風に対抗して、重いテーパーの長いやつで……ハリスも1.2号……折れないよな?」

 ラインは全長にして6メートルを超している。そのうえで適合ライン、適合ハリスの上限いっぱい。かなり攻めた、ギリギリのセッティングだ。

 テンカラという竿も糸も針も一本というシンプルな構成上、遠くを狙うためには長くするしか無い。長くすれば全体の重量も増え、竿にかかる負担が大きくなる。

「メーカー品なら設計に余裕は持たせているはずだろう」

 五十センチを超える、ファイトの強いトラウトを掛けて寄せられるならば、メーカーとしてもそれくらい無茶なセッティングも想定内だろう……という、有名釣具メーカーへの厚い信頼のもとに成り立つセッティングだった。

 だが問題は、放流区間に設定されている赤金川の、ここの川幅は十メートルを超すということだ。目測で学校のプールよりは長い。

「だいたい、五十メートルくらいか」

「えーっと、ざっくり4.5mの1.5mの3.6mの……竿立てるから、8mくらい?」

「……別な意味で、釣れるのか?」

「わかんね」

 かならず川の中央に位置取るとは限らないが、釣り人というプレッシャーから川の中央に寄っていくのも事実である。取り込みの苦労を考えないならば、遠くから狙えるほうが良い。

「フライ」

「は、ちょっと違うんだよなー」

「ち」

「でもテンカラ用のフライラインなら7mのが……ああいや、風に負けるか。ドラグもかかるし」

 フライフィッシングとは真逆に、テンカラはラインをなるべく水面から離して、なるべくドラグを回避する。ここから先は釣り人ごとの哲学になるが、水面にラインをべったりと付けてあえてドラグをかけることが誘いになり、よく釣れる。とする者もいる。

「長い竿が欲しくなるなぁー!」

 3.6mのテンカラ竿はどこにでも行ける、とはいうが……その実、そのフィールドに合わせた長さの竿を用意したほうがとうぜん、快適ではある。

「それでも10mを超えるのはかなり厳しいだろうな」

「長くてもせいぜい3.9mぐらいでしょ、テンカラ竿って」

 そのたった30cmが、思ったよりも遠くを狙えて、思ったよりも大物を掛けることができるようになるのが、竿の不思議なところである。

「まぁ工夫してなんとかするしかねぇーな」

 晴はほとんど竿尻の、グリップエンドギリギリを握ってそう言った。

 実はテンカラ竿の握りは長く、30cmくらいある。握りとブランクスの境目があいまいな清流竿と同じで、握る位置で竿の長さを瞬時に変え、毛鉤が不自然に流れることを防ぎつつも頭上の枝などを避けるのだ。

 運用法という意味では、フライロッドと同じようにグリップの長さを活かしてダブルハンドで握り長いレベルラインを遠くへとキャストしてしまうテンカラ師もいる。

 あまりにも人によって運用方法が変わるので、「十人十色でテンカラー」という古典ジョークも存在する。

「まぁー実際にやってみないことには……なっ」

 もっともシンプルだからこそもっとも早くセッティングし終えた晴が、今日の第一投目を投げた。

 風の影響が強い。長い竿がこれまで以上に風の影響を受けて、いよいよ重く感じる。それを感じながら、肘で押し出してやるようなキャストだけで重いセッティングのラインはするりと狭いループを描いてまっすぐ飛んでいく。だが風の影響によって強く投げすぎたか、空中でピンと糸が張って……着水前に、風に押し戻されてしまい、狙った半分も届かなかった。

「んー、水面叩き気味にやるっきゃ無いかもだ」

 たたき釣りという技法として、水面に強く波紋を立てるキャストが存在する。だいいち、重いルアーが激しく水面を叩いても魚が釣れるのだ。ならば軽すぎるくらい軽い毛鉤が水面を多少叩こうが、そんなに釣り場に影響などほとんどない。

「ちょっと場が荒れるかもだけど……っ」

 手首を返して、風の影響を確かめるように同じポイントを二度、三度と叩く。

「ん、いける」

 もう一度毛鉤で水面を叩くように着水させると、すぅーっと流していく。虫が産卵のために水面を何度も叩くイメージで魚を誘うテクニックだ。もちろん水深の浅い場所では魚が近すぎるため逃げてしまうが、ここならば十分に誘いとして機能する。

 しかし、はたしてこれほど近くにいて釣れるのか……と不安のよぎった瞬間であった。

 

 ばしゃん、と。

 

 上がったのは特大の水しぶき。

「うっそだろおい!?」

 いきなりかかるとは思わなかった。完全に油断しており、かんぜんにびっくりアワセ(・・・・・・・)となってしまう。それでもガツンという針掛かりの感触があったのは、その巨躯ゆえに口も大きく、運よく口の何処かへ引っかかったからだろう。

 張りこそあるが柔らかい竿がぐんぐんと三日月のようにしなる。ぴんぴんに伸ばされたハリスがキュィイイ……! と音を立てる。それでも切れないのは、1.2号の太いものを選んだからだけではない。

 細糸を使っても大物を取り込めるよう設計された柔らかな竿と、編み込み糸で作られたブレイデッドラインの伸縮性、これが天然のドラグとなって糸切れを防ぐしなやかさを生んでいるからだ。

「まさか一発でくる、だと!?」

「ぐぬぬぬ……!」

「ハルくん大丈夫!?」

「前よりは……楽……っ!」

 竿の性能、ラインの特性、そして成長した自分。

 すべてが噛み合って、その魚に対抗できている。黄金イワナが掛かったときよりも、まったく不安を覚えるようなことはなかった。新しい竿を両手で握り、耐えることができていた。

 それでも、とんでもない引きだ。右へ逃げれば左へ、左へ回れば右へと竿を返す。ラインを通しても伝わるのは、そいつがとんでもないサイズということだ。

 

 ーー魚が、ばしゃん、と跳ねた。

 

「あっ……!?」

 水面まで寄せた瞬間に見せる、トラウト系のジャンプ。その瞬間は空中におり、水の抵抗も何もかも消え失せて、ラインが一気に緩んでしまう。アワセが早すぎて甘くなってしまったフッキングのせいで、あっけなく針が外れてしまった。

 伸び切ったラインが竿の弾性によって、ラインが空中にはじき出され……しかし一瞬見えた魚体は、暗く濁った水中へと消えていった。

「あー……」

 くそ、と言う間もなく。

 晴はがっくりと肩を落としてしまった。

「バレちゃいましたね……」

 針が外れて魚が逃げることを、バレる、と呼ぶ。

 釣り人としては悔しい瞬間の一つだ。

「てか、トンデモなくデカくなかった!?」

「ああ……一瞬だが、見えた」

 銀色の魚体に、硬そうに尖った口は鮭に似ていて、でっぷりと太った腹のせいで相対的に小さく見える頭。

 そして、背中側から腹にかけて走る数本の、婚姻色にも似た桜色のスジーー!

「あれが……カサネサクラ……」

 人によって生み出された、怪物だった。

「とんでもないな」

 怜はその場に座り込んで、言った。

 闘争心を折られたわけではない。研究のために、腰を据えただけだ。

「サクラマスの三倍体、という話だったが……とにかく考えられる生態を整理しよう」

 ルアーという性質上、魚の闘争心や好奇心を利用して釣るのか、それとも餌となる小魚に似せて食わせるのか……そこを見極める必要がある。だからこそ、怜は初めて見る魚に対しては慎重に研究を重ねるタイプだった。

「ハル、毛鉤を見せてくれ」

「ん」

 フッキングが外れただけなので、毛鉤は無事にハリスの先についている。

 がーー

「なんじゃこりゃ!」

 一発で、毛鉤がボロボロになっている。

「かなり、歯が鋭いようだな」

「いやでも……いや……えぇ……?」

 それよりも気になるのは、フックの形状が、いびつになっている点だ。

「伸びかけてますね……!」

 ともすれば、伸びかけたせいでフッキングが甘くなったのかもしれない。

「おそらく口の内側に向かって生えていて、返しのようになっているんだろう。フッキングが外れたから、引っかかってぼろぼろになってしまったんだな……とうぜんだが、パワーも強い……顔の形から、一般的なサケ科だとは思うが……口の向きはどうだった? 顎がしゃくれていたようには見えなかったから、真正面のエサに対して捕食をするタイプだろう……」

 自問自答するように、口を押さえて特徴を思い出していく。

「なんか久しぶりに見たわ、スイッチの入ったレン」

「一時間ぐらいこうなっちゃいますよね」

「昔は図書室の図鑑片手にこうなってたんだもんねー。あー、懐かし……くしゅっ」

 川の風は冷たく、そして春先の東北はまだまだ寒い。近年は桜の開花時期も早まっては来ているが、それでも、ここはまだつぼみの段階だった。

 このままでは風邪を引いてしまう……! とばかりに、三人は考える人と化した怜を掴んだ。

「レンくん、立ってください……!」

「風邪ひくぞてめえ」

「ひっぱたくよ!」

「いやゴリラが叩いたらクビが飛ぶだろ」

「ハルからひっぱたいてやろうか!?」

「ふたりとも、喧嘩はやめてください……!」

 とにかくここから退散するのが先だとばかりに、自分の世界に入り込む怜を引きずりながら、四人は這々の体でその場を後にした。

 

 

 

「へぇー、カサネサクラ掛かったんだー?」

「バラしちまったけどなー」

 夕方、報告がてらに晴は釣具屋を訪れていた。

 いつもの三人はいない。怜を自宅へと連れ帰るのに大変で、さすがに疲れたからと解散になったからだ。……それを口実に、今度は自分が釣り上げるんだと釣具のセッティング研究をしに帰ったというのが、正直なところかもしれないが。

「管釣りのいいところは、絶対釣れることだからねぇ。キッズでも掛けられるのは当然だったか」

「は? 俺の実力だが?」

「ふぅー、強がっちゃってぇー」

「強がってねぇーよ」

 このこのー、と肘で小突いてくるのを振り払う。

「まぁー、まだレギュレーションが固まっていない今だからこそできる楽しみでもあるよねぇー。あそこが流行れば、漁協にとっても公園にとっても、いーい収入になるんだ」

「あ、なんか半日券が千二百ってなってたぞ! 嘘ついたな!」

「だって公園側も管理費取らなきゃ。実際、お姉さんも知らなかったし。よかったねー、年券買っておいて。実質タダよ」

「タダじゃねぇーよ」

 お得ではあったが、七千円はなかなかに痛手である。

「まぁーいい感じに口コミ広めといてよ。そしたら赤金川に釣りしに行く人たち、うちで買い物して行くだろうから」

「いいのか、忙しくなって。サボれなくなるぞ」

「釣り場ってのはヒミツにするもんだぞ、キッズー」

 高級リールよりも滑らかな掌返しだった。

「それはそうとさぁ。近いところでもかかるってのは実感したけど、あいつ何なの?」

「サクラマスを品種改良して作ったカサネサクラってやつ」

「いやそりゃ知ってるけど……」

「pHが低い川でも生きられるほど強くて、かつ養殖に向いた魚として生まれたサクラマスの三倍体。いちおう、低酸素濃度からくる低pH値でも生きられる魚っていえばビワマスやイトウが有名だね。けど今回のは、汚れた水質(・・・・・)からくる低pH値でも生きられる魚として試験的に作られているやつ」

 さらり、と答える。

「赤金川ってさ、まぁ文字通り赤い金、銅が掘られてた山から出てくる水なのね。地元民なら銅の山、って書く銅山鉱山(あかがねやまこうざん)って聞いたことあるでしょ? あそこからの鉱毒水で……今は昔ほどの鉱毒はなくて、まぁーおおむね無害にまでなったのよ。知ってる? あそこの上流に、実はわりと有名な、世界有数の中和処理施設があるって。あれが止まったらカサネサクラどころか、四大公害の再来になる……」

 それは四日市ぜんそくや水俣病、イタイイタイ病など……教科書にも載っているような、重大事件だ。

「中和処理施設はほとんど完璧よ。今の赤金川に毒性はない。川底が赤いのは、中和沈殿処理で水酸化鉄になった微粒子が、技術的に回収しきれないだけ。これはしょうがないわ、無害だし。でも、それだけ頑張っても大雨で一時的にpH値が下がってしまうの。普通の魚じゃそこで全滅。だから低pH値に強い個体で、かつ、生物濃縮リスクの低い三倍体。そうやって何十にも研究と、対策を重ねて、重ねて、重ねて。ようやく赤金川で生きることができるようになったサクラマス……だからカサネサクラなの」

 そこに、いつもの霞の姿はない。

「あれは、再生の象徴として咲く八重桜なの」

 そこには、赤金川の再生を祈るような、まるで無垢な少女のような、

「……うんことちんこでよろこぶせいかつがしたーい」

 ひとりの女性が、いた気がした。

「急に戻るんじゃねぇよカスねぇ」

 せっかく尊敬しかけたというのに、温度差で風邪を引きそうだと、晴は言う。

「お姉さんはねー、大変なんだぞー。地元から離れた大学通ってるのも、きびしーい実家から逃げたかったからだしー」

「うん、そこは信じるわ」

「信じるなよー、キッズー」

「小学生に混ざって釣り場荒らしてたりするやつが真っ当な大人だと思われてるとか頭沸いてんじゃねーの?」

「でもー? そういうお姉さんのことがー?」

「好きでもなんでもねーわ」

「かーらーのー?」

「うっざ!」

 いつもの調子に戻ってきた霞を振り払うように、

「もう帰るわ、じゃあなカスねぇ!」」

「かすみお姉さんでしょー? ま、ばいばーい。キッズー。今度はなんか買っていきなよー?」

「今月はもう金がねぇーよ!」

 その釣具屋から逃げ帰るのだった。

 

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