そのイワナ、お小遣い三ヶ月分につき。   作:神楽風月

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#2

「なーんか、日にちがすぎるのが早くなった気がする……」

「ヤバいんじゃない? あんた。時間が早く感じるのって、老化の第一歩って言うわよ?」

 最近はなかなか、怜や渚と時間が合わなくなってきてしまった。

 だからたまには、みんなでのんびりとエサ釣りでもしてみようかと、今日は公民館脇の沼へと集合していた。今日はテンカラ竿にヘラブナ仕掛けをつなぐという暴挙を行っている。

「まぁ、たまには違う釣りをする日があってもいいな」

「そう言ってベイトリール持ってくるやつがいるかなぁ?」

「仕掛けはへらぶな釣りだ」

「いやそうかも知れないけどさぁ……」

「それを行ったら栞も、フライロッドだ」

「栞はいいんだよ」

「おやおやぁ?」

「フライにもですね、実はエサ釣りはあるんです。そもそもニンフはエサ釣りの感覚でしてぇ……ベイト・スウィングっていうキャスティングがあってぇ……」

「こうなるから」

「ああ……」

 栞も今日ばかりは、普段は使わないインジケーター……ようはウキ釣り仕掛けに、なにも巻いていない針を二本、使っている。

 みんなで小遣いを出し合って、渚の雑貨屋で買った食わせエサ用のいもようかんをみんなで分け合って、今日は簡易的なヘラブナ釣りだった。

「そういやなんで竿先水に突っ込んだ?」

「竿を立ててたら、ミチイトが風に流されるでしょ? ウキとか、見ての通り風に弱いじゃん」

「そうなのか」

「今じゃへらぶな釣りは、延べ竿でやる釣りだけど。おじいちゃんの時代はリールを使ってもいいって、なってたんだって」

「へぇー……」

「競技性と、へらぶな釣りの特徴から来る利便性からだな。同じポイントにエサを落とし続けて、へらぶなを寄せ、釣り上げるという釣法上、エサを一点に落とし続ける必要がある。ピンポイントでキャストできるなら、リールでもなんら問題はない」

「怜なら問題ねぇってことか」

「当然だろう?」

 自分の技術に絶対の自信があるからこそ選択できる道具というわけだ。

「へらぶなは底で釣る。延べ竿は竿の長さまでしか糸を伸ばせない。そうなると必然、長い竿をいくつも用意する釣りになってしまう。釣具屋としてはそれがいいのかもしれないが、釣り人としては一つの竿でなんでも釣れたほうがコスパはいいし、なにより楽しいーーっと」

 すんっ、と怜のウキが消し込んだ。ひゅっ、と風切音を出しながら竿を立てると、ぴぃんとラインが張ってロッドティップがぐんぐん曲がる。

「やはりへらぶなは引きが強いな」

 ごりごり巻けば、じーじーとドラグが鳴る。やや強引に空気を吸わせるように水面に引っ張り出してやれば少しずつ大人しくなる。

 まるで管釣りでキャッチ&リリースするように、水面から頭を出した状態のまま寄せて、フックリリーサーで素早く外してしまえば、元気よく水中に潜っていった。

「まぁ、トラウトにソルトルアー、そしてへらぶなが現在の釣具屋の三大コーナーになっているのは、そういう理由だな」

「竿も売れるしエサも売れる。なによりどこでも釣れるなら、そりゃあ作るならへらぶなは安定よねぇ」

「渚ちゃんのところにも、ヘラ竿とエサはあるもんね。コーナー、って言うほどじゃないけど」

「うちのエサはへらぶな専用じゃなくて、万能エサメインだから、ちょっと事情が違うわよ? もっとはやるんだったら、もう少しコーナーを広げるんだろうけど」

 釣り好きは多くても、特定の釣りが流行っているわけではない。無難なものに絞られるのもしょうがないだろう……延べ竿の種類はともかくとして、だが。

「てか、なんで針が二本なんだ?」

「上針と下針だな。基本は上が寄せエサ、下が食わせエサだ。寄せエサはバラけやすいものを使い、下はエサ持ちがいいものを使う。例えるなら、海のカゴ釣りに近いな。エサがバラけていくことで寄せていき、食わせエサでかける。上の寄せエサに食いつくこともあって、同時にかかると引きも強くなり、これもまた楽しいーーっと、また食ったか」

「ちょっと、あんただけ釣れ過ぎじゃない?」

「へらぶなは、待ちの釣りじゃない、ということさ」

 にやりと笑って、またベイトリールを巻き上げる。

「いや、あんたがあたしらのへらぶなまで横取りしてんじゃないの?」

「可能性はあるが、へらぶなに関してはかなり実力が影響する。竿の長さ……というか、ポイントの選出や、タナの深さ、ウキの調整とかな」

 早速釣り上げては、さっさとリリース。

 そしてもういちど、芋ようかんを指先で軽く練り潰してふわふわにし、針につけてまた投げる。

「競技性が高いということはつまり、そういうことだ」

「データマニアに向いた釣りってことね? あー、こんなんだったら、コイ釣りにすればよかった……あたし一番得意だし」

「そうしたら、今度はボイリーを使うか。実は僕も気になっていてね、コイ釣りに特化させたボイリーエサというものが」

「やってることは吸い込みとそんな変わんないわよ、あんなの……ってあたしもキたぁ!」

 ばし、と竿を立ててやる。

 が、明らかにへらぶなのような引きではない。

「……この、外道!」

 針先についていたのは、ブルーギルだった。

「よく釣れるからな、そいつは」

「くそう……」

「あ、私もなにか掛かったみたいです」

 くっ、と竿を立て、ラインをリトリーブしてやる。

 明確にへらぶなでは無いことが分かっているため、のんびりとしたものだった。

「この引きはバスですねぇ」

「何でも食うしなぁ、そいつ」

 確かにブラックバスが針先についていた。

「うーん……へらぶなって難しいですねぇ……」

「へらぶなが放流されている場所は、何でも食うブラックバスも、ブルーギルもいるからな。だからこそタナとポイントの見極めに技術の差が出る」

「そんな変わるもんなのか?」

「調べたが、基本的にへらぶなは表層で食わないからな。活性が高くなる今時期は、団子の宙吊りなどで釣れることがあるようだが、そうすると外道のかかりが多くなる。今の二人のようにな」

「へぇー……」

「へらぶなは待ちの釣りだと思われるが、エサを落として罠を張り、積極的に釣りに行くという点を見れば、むしろ攻めの釣りだな。なにより、そのあたりがしっかりしていれば……っと。すまんな、また釣れてしまうようだ」

「こいつぅ」

「てか、俺ら釣れなさすぎじゃねぇ? なんならボウズになるぞ? 俺だけ。外道すら釣れねぇ……」

「怜くん、じつはずるしてませんか?」

「ははは。そんな、まさか」

 手慣れたようにへらぶなを釣り上げ、リリース。

「というか、だ。慣れているはずの渚が、あまりにも釣れてなさすぎるほうが、僕は気になる」

「は? なんのこと?」

 言われて、逆に渚が視線を泳がせた。

「たとえば、だ……へらぶなはコイよりも吸い込む力が弱い。本来なら安い芋ようかんなど、寒天でガチガチに固まっているせいで、へらぶなには向かない」

「あー、だからなんか、さっきからわざわざ潰して練ってたのか」

「ああ。晴は、よく見ている。こいつは、むしろコイ用だな?」

「ほぉーん?」

「このエサを選んだのは、たしか、渚だったか……」

「たしかにそれを、聞いてしまうと、気になり、ますねぇ……?」

「なんで、だろうなぁ?」

 じぃ、と三人に囲まれる。

「べ、べつにいいじゃん……!」

「場合によってはくすぐるか」

「へんたい」

「変態か?」

「条例違反ですよ?」

「ここで俺を責めるのは違うくねぇ?」

 冗談めかしてわきわきと指を動かすことに、全員から非難される。さすがに理不尽だと唇を尖らせた。

「まぁどうせ、渚のことだ。最近晴と栞がデートばかりで構ってもらえないから、ふてくされたと言ったところだろう。釣れないほうが長く一緒にいられるとか、な」

 怜が冗談めかして、ふぅやれやれ、と肩をすくめ……バレたとばかりに、渚は顔を赤くして涙を浮かべた。

「……おい、渚?」

「うるさい。こいつきらい」

「おいこら怜、そういうところだぞ」

「これは僕のせいか!?」

「怜くん、そういうのは分かってても言わないんですよ……」

 栞は頭を抑えた。

「私だって、そりゃあ晴くんとデートばっかりでしたから、罪悪感はありますよ……」

「デートじゃないくないか?」

「晴くんは、ちょっと黙ってて下さい」

「はい」

 こういうのは女同士がいいはずだと、晴はしっかり口を閉ざす。

「……とりあえず、この馬鹿連れてくから、そっちは頼むわ」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは」

「そうですね。そのおバカさんをちょっと離してください」

「栞までもか……」

 いよいよがっくりと、肩を落としてしまう。

 結局その日は、そこで解散となってしまった。

 

 

 

「僕だって、分かっていたさ」

 珍しく、唇を尖らせるように怜が言う。

「少し茶化せば、渚は手が出るだろう? それを僕が、甘んじて受ければ、あの場の冗談でぜんぶ流れると思ってたんだ」

 いつもなら、そういうやり取りであの場が和んだはずなのだ、と。

「ゴールデンウィークのときから、全員で集まるタイミングが、少なくなった。なんなら、環が現れてから、晴はそいつとも遊ぶようになって……なんとなく、寂しそうな顔をしているところが増えていた」

「……なんか、ごめん」

「お前が謝ることじゃないだろう。将来的にそうなる可能性は、いつだってあるんだ。僕だって、父さんが転勤したらそれについていくことになる。もちろん寂しいさ、でも、しょうがないだろう?」

 近年では、子供の卒業までは、と辞令を待ってもらえるケースも増えてきているらしい。しかし、それは各県警ごとに違うもので、そして子供はそれを知る由もない。

「たしか四年生の頃だったな、ここに引っ越してきたのは。もう、二年経った。ネットで調べれば、駐在期間はだいたい四年から六年だと書いてあった。だから今年は大丈夫だと思う。けど、来年は? キリよく卒業のときにと、言われるかもしれない。でも、もしかしたら、同じ中学を卒業できるかもしれない。でも、それは僕にはわからないんだ」

 怜は子供なのだ。

 じゃあ一人暮らしを、とはいかない。

「前の学校でも、もちろん、仲の良い友達はいた。ぼろぼろ泣いたよ。きっと今回も泣くだろうな。今はスマホで、前の友達と話をすることは簡単になったとは言うが、離れていると、趣味が違うと、段々と疎遠になる。分かるか? 晴。人が、ちょっとずつ離れていく怖さが」

 仲の良かった友達が、少しずつ、バラバラになっていく。

 その怖さを、一番知っているのは、怜なのだ。

「僕はね、君たちとずっと仲良くしていたいから、釣れそうにないところにいる、釣れそうにない魚を、僕の力で釣り上げたいんだ。絶対釣れるような方法じゃダメだ、こんなのでよく釣れたな、と言われるような釣り方じゃないと。そうしたら、晴たちはきっと、僕のことを忘れない。そして、きっと釣れない魚に君たちが出会ったとき、僕に、連絡してくるだろう?」

 釣り人は、浪漫が好きなのだ。

 そこにいるのがどれだけ小さな魚だろうと、釣れるものなら、釣ってみたいと思うものだ。

「……正直さ、去年のみくまり祭りで、あの黄金イワナは、嫉妬したんだよ。あれが釣れたら、僕はきっと、忘れられない存在になるだろう、と。だから、カサネサクラのときは、ほんとうに嬉しかった」

「あんなの釣られたら、忘れるわけがねぇよ」

「でもね、僕が今でも思い出すのは、黄金イワナなんだよ」

 ずっと、話しながら歩いていると、駐在所の赤いランプが見えてくる。

 ああ、もうすぐさよならなのかと、少し寂しい気持ちが浮かぶ。

「言っておくが、晴のことは好きだ。嫉妬はするが」

「……別に、俺だって。お前がいつも、なんでもないような顔してデカい魚釣り上げてくるのが、ずりぃって思うときはあるよ」

「ああ、なら僕らはきっと、ずっと親友でいられるだろうな」

 涙など見せてやるものか、欲しいのは同情ではないのだから。

 気がつけば、互いにそっぽを向きながら、歩いている。

「……栞が環のことを外来種と呼ぶことがあるが」

「ん? ああ……あんま良くねぇよな?」

「僕だって昔は、外来種(よそもの)だったんだ」

「そりゃあ……まぁ……その、良くねぇよな?」

「公民館の沼から、ブラックバスやブルーギルがいなくなって、喜ぶやつがいるかも知れないが……僕は、好きじゃないな」

「……今更、いなくなって、喜ばれるか?」

「僕のキャスティング技術をキモいと言う奴らがか?」

「…………お前なぁー!」

「ははは。冗談だ」

 分かっている、と笑い飛ばす。

「正直あのやり取りは好きだ。もっと言ってほしいと言ったら、変態扱いされるかもな」

「いや十分変態だわあのキャストだけでも」

「ありがとう。最高の褒め言葉だ」

 とうとう、駐在所がーー怜の家の前に到着してしまった。

また明日(・・・・)だ、晴。そして今年、あの黄金イワナを釣るのは僕だ、と宣言させてもらおう」

「ばーか、負けるかよ」

「いいや? 君たちがフライを使うんだ。僕だって、信念を曲げてフェザージグで反則してもいいだろう?」

「ぜってぇしないだろお前」

「手作りフェザーなら、フライも同然だ。友情のルアー、という浪漫を感じる」

「くそ、こいつ無敵か……!?」

「くくく……闇落ちした僕に敵うかな?」

「闇落ちで友情のルアーを使うんじゃねぇよ。もっとおどろおどろしいルアーを使えよ」

 さよならを告げたというのに、馬鹿らしいやり取りを続けてしまう。

「ーーんじゃ本当に、また明日な(・・・・・)

「ああ、また明日、だ」

「渚に謝っとけよ!」

「……親友なら助けてくれるだろうな?」

「知るかよ馬鹿!」

 逃げるように、けれど、大きく手を振って。

 晴は自宅へと走り出した。

 

 

 

「渚」

 顔を、合わせてくれない。

「聞いてくれ」

 一晩で機嫌が治るとは、思っていない。

「渚」

 だが、このまま離れ離れになるのは、嫌なのだ。

「デートしよう」

「ーーはぁ!?」

 怜の、恥ずかしがりもしない真っ直ぐな顔で、思いも寄らない言葉を、まっすぐに告げられて。渚は、それ以上無視することができなくなった。

「あんた、馬鹿ぁ!?」

 見ているだけしかできない晴と栞は、ずっとハラハラしっぱなしだ。

 こいつ何を言い出しやがるんだと、まずは謝罪からだろと、でも迂闊に割って入って、よけいにこじれても、困るのだ。

「昨日みたいなこと、あって、でで、デートとか!?」

 ほんとだよ、何考えてんだよこの変態は。

 思わず呟いた言葉は、どうやら二人には聞こえなかったらしい。

「僕は釣りのことはだいたい調べて分かっているつもりだが、女心は分からんからな」

「それ堂々と言うこと……?」

 いや知ってるけどさぁ……と。

「そこで考えた。去年から晴と栞をくっつけようと、いろいろちょっかい出しているお前のことだ」

「ーー俺らそんなことされてたの?」

「晴くん、しっ。しー、です」

 思わず声が大きくなってしまう。

「言い出して引っ込みつかなくなって、さみしくなったんだろう? ……ならばいっそ、付き合ってしまえばいいんじゃないか、と」

「いや怜とは無理だわ」

 即答、だった。

「なんか研究されそうでキモい」

「あー……怜はそういうところ、あるよな……」

「足のサイズから指の長さまで、全部調べてきそうな怖さがありますよね……」

「貴様ら」

「んでさ、最終的には監禁してきそう。全部僕のだ、とか言いながら」

「分かります。されるより、したいですもん」

「そうそう……いやちょっと待て? あたしはそういう趣味ないよ?」

「俺も監禁されたくねぇよ? 釣りいけねぇーし」

「晴、そこじゃなくないか?」

「いや、どこでもなくね? あたしがなんか怜に告白されたりしてたりするところじゃね?」

 すでに、その場は混乱している。

「昨日色々考えて、面倒くさくなった。僕だって、仲の良いみんなと、バラバラになるのは嫌なんだ。じゃあ告白してしまえば、ダブルデートの名目でみんな一緒になれると思った」

「そんな打算で告白されるあたしの気持ちをどう考えてんの?」

「ごもっとも、ですよねぇ……」

「怜てめえマジでそういうところだぞおい」

「正直自分でも行き当たりばったりでな。なんならぶん殴って止めて欲しいくらいだ。それでも僕は、友達でいられるなら変態でもいい。喜んで渚の暴行を受け止めよう」

「キモいよぉ……!」

「どうしてくれるんですか晴くん」

「釣り以外でポンコツになるとは思ってなかったわ、俺」

 ここからどうするんだと頭を抱える。

 だがいいアイディアは浮かばない。

 ならどうするか?

「渚」

「な、なによ……?」

「僕と釣りに行ってくれ」

 最終的には、こうなるのだ。

 

 

 

「オイカワやカワムツを、ルアーで釣ることをチャビングと言う。禁漁期間が設定されている渓流と違い、通年で釣れて、渓魚と似た釣れ味から、近年流行ってきている」

「ああ、うん、知ってる」

 去年話してたよね? と、胡乱な目をして怜を見る。

「コイ科のことをCub(チャブ)と呼ぶから、チャビングだ」

「ああ、うん、知ってるってば」

 まるで空回りする怜に、ほとんど同じような、冷めた言葉を返す。

「で、なんでチャビング?」

「去年。晴が新しい竿を手に入れたとき、僕はやらなかった。その後も、それほど熱心にはやらなかった。なぜだと思う?」

「知るわけ無いじゃん」

簡単に釣れるから(・・・・・・・・)だ」

 怜は、リュックサックを下ろして、カバンから釣り竿を2本(・・)取り出す。持ち運びに便利なテレスコピックの竿で、片方はスピニングリール、もう片方は、いつものベイトリールが付けられた竿だった。

「え、なに?」

「ルアーを、君にもやってみて欲しいと思った」

「……フックサイズが会わないんじゃなかったけ?」

「トラウトルアーにはスイミングフックというものがある。今回は、昔、エサ釣り用に君の店で買った秋田狐という針をだな、ナイロンを巻いて、ループを作って……とにかく、オイカワにも合うように、極小のフックを作った」

「ふーん」

「巻くのは案外、しんどかった。治具がないからな。PEでアイを作ろうと思ったが、結局、外掛け結びとチチワで代用することになったよ」

 ルアーケースから見せたのは、秋田狐のオリジナルフックがセッティングされた、1gから2グラム程度の小さなスプーンたちだ。

「あたし、リール使ったこと無いんだよね」

「教える」

「……ウソ。実はある」

「じゃあ、どっちを使ってみたい?」

「スピニング。あたし、そっちしか知らないから」

「分かった」

 差し出されたロッドを受け取る。使ったことがあるからか、特に困ることもなく、渚はそのロッドを伸ばし、ガイドに糸を通して……あとはルアーを取り付けるだけの状態にしてしまう。

「……思ったより、硬い?」

「テレスコピックの弱点だな。延べ竿でも、仕舞寸法が短いと、継数が多いと硬いだろう? そうでなくてもルアーロッドだ。張りのあるほうが、重いルアーを投げられるからな……いちおう、それでも、トラウト用なんだが」

「そっか」

「カラーチェンジできるように、スナップで接続しようか」

 クリップのような形をしている、楕円のスナップを渡す。やったことがあると言うだけに、何を聞くこともなくクリンチノットでつなぐ。

「手慣れているな」

「……うちの雑貨屋、じつは昔、スピニングだけ置いてたのよね」

「そうなのか」

「需要ないから、あたしのおもちゃになって終わったわ。ルアーがやりたきゃ、町の釣具屋に行くもの。だから渓流ルアーなんて、大人の贅沢だったわ」

「そうか」

「今は百均でも売ってるから、ぼちぼち初めてる子はいるみたいよ? 低学年で」

「晴も、ルアーをやってくれればよかったんだが……」

「あのときは栞がねぇー」

 テンカラ竿を勧めるために、一生懸命アピールし続けていた栞の姿を思い出して、くすり、と笑う。

「ほら、ルアー貸して。……どれが釣れるの?」

「赤金から始めるのがいい。だんだん地味な色にして、小さくして、また赤金に戻すんだ」

「へぇー」

 言われて、一番目立つ赤と金の二色に染められたスプーンを受け取る。

 スナップに繋いで、ロッドティップから三十センチほど垂らし(・・・)を作る。

 護岸を降りて川緑へ近づいて、ベールを起こす。人差し指にリールから出たラインを引っ掛けてーーひゅん、と投げた。

「上手だ」

「あったりまえでしょうが。あんたが来るまで、うちの学校でリールを使ったことがるの、実はあたししかいなかったくらいよ?」

「そうなのか」

「言ったでしょ? ルアーは大人の贅沢だ、って」

 難しい技術もなく、ただリールをくるりくるりと巻き上げる。

「ん、あれ」

「どうした?」

「アタってる?」

「果敢にアタックしてくるからな。しっかり食うと、意外にガツン、とくる」

「焦らしてくるなぁ……さっさと食ってよぉ……!」

 手元に、コツンコツンという、魚がルアーを突っつく感覚に戸惑いを覚える。本当に食ってくるのか? と不安になりながらリールを巻いていくと、ふいに、ガツン、という手応えに変わる。

「食った」

「あ、え、あ、ちょ」

「慌てるな。そのまま軽く……」

「えいっ!」

 ばっと、まるで大物がかかったかのように竿を立てる。

 一瞬で水面が割れ、婚姻色のきれいなオイカワが宙を舞う。

「やば」

 小さい魚だから、力ずくで抜くことができてしまう。だから慌ててフッキングすると、魚ごと飛んでくる。渚の顔面めがけて飛んでくるオイカワを、怜は冷静に、手でキャッチした。

「ルアーごと飛んでくるから、勢いよく竿を立てる必要はない。なんなら、リトリーブを早めるだけで十分フッキングになる」

「そ、そうなんだ……」

「向こう合わせになるように、フックを選んだんだ」

「考えてんのね……」

「当たり前だ」

 飛んできた魚を、あまり手のひらの熱で痛めないように。怜は改めてラインを持って宙吊りにして、そのまま水面近くへ。フックリリーサーを使ってルアーを外してやると、あっという間に逃げていった。

「意外と大きかったな」

「そうね、ちゃんと測ればよかったかも?」

「いつでも釣れるさ、あの程度ならな」

「そーね」

 改めて、ベールを上げ、下流めがけてキャストする。

「……昨日はすまなかった」

「え、今言うの? 遅くない?」

「一種の願掛けだな。釣れたら謝ろう、と。そのほうがきっと、成功する、ような気がした」

「いやー……普通は最初に謝るでしょ」

「すまない」

「いいわよ、もう」

 こつこつと、渚の手元にふたたびアタリの振動が跳ね返る。

「ほんとうは、あの場で殴ってくれると思っていた。うやむやになって、ちょっとした思い出になる、と」

「確かに、あんたはそういうやつだったわ……」

 自分も失敗してしまったな、と唇を尖らせる。

「その、なんだ……エサが無くなるまで、釣りの時間を引き延ばそうとするより……ルアーやフライで、遊んだほうが、よかったな。エサと違って、なくならないから、時間稼ぎにはうってつけだ」

「この流れでダメ出しする? ふつう」

「む……すまない」

「いいわよ、もう」

 ぐん、と重い手応えに、今度は竿ではなくルアーを巻き上げる速度を上げる。

 しっかりと針掛かりしたのか、重い手応えは変わらず、ぐんぐんと近づいてくる。

「こんどはカワムツね」

「ああ。晴が言うには、イワナと同じ手応え、らしい」

「へー、イワナってこんな感じなんだ?」

「釣ったことがないのか?」

「ワイワイ騒いでるあたしらが、釣れると思ってんの?」

「……確かにな」

「今年は釣ってみたいなぁー、イワナ」

 しっかり川の水で手を冷やして、小さいイワナ……ではなく、カワムツをそっと包んで握る。ロッドを脇に挟んで片手を空けて、針をつまんで口から外してやった。

「きっと、釣れる」

「みんなで釣りたいよね」

「ああ」

「いや、その時は勝負か」

「そうだな」

「あたしより先に釣れたら付き合ってあげてもいいわよ?」

「いや、いい」

「ーーーあんたついっさっきあたしに告白してただろーが!?」

「フッたのはお前だろうに」

「くそ、絆されて別にいっかなとか思ってしまったあたしが馬鹿だった……!」

「これからも友達でいよう」

「なんであたしがフラレたみたいな言い方しやがるのよ! 逆でしょうがふつう!!」

「ははは。まぁ許してくれ」

「あったまきた、ぜったい許さんわこの変態……!」

「僕は、きみとこうやって悪口を言い合えるのが、ほんとうに好きなんだ」

「〜〜〜〜っ!」

 顔を真っ赤にして、こんどこそ、あるいは怜の狙い通りに。

 渚のボディーブローがきれいに入った。

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