そのイワナ、お小遣い三ヶ月分につき。   作:神楽風月

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#3

「ーー肋骨が折れた」

「え、まじで!?」

「冗談だ」

「おまえマジでそういうところだからな?」

 だが、そのやり取りだけでなんとなく、昨日の出来事が伝わった。

 長くはないが、伊達に友達をやっていない。

「まぁ、上手くいったと思う。しばらくは、ギクシャクするだろうが」

「そりゃあなあ、喧嘩したあとでもすんなり、ってのは無いもんなぁ」

 今日は男二人で、釣具屋だ。

「おー、キッズー? 今日は男二人でデートかなー?」

「うわ、出たよ」

「カス姉さんは今日もカスですね」

「ふぅー、辛辣ぅー」

 あの日から、前よりは仲良くなったとは思う。

 いつもあんなふうに真面目にしていれば、とも思うが。

「ところでカス姉さん」

「なになに、フラレて傷心中ー? かわいそー」

「はい」

「ごめんなさい」

 根は真面目な、いい人なのは分かっている。

 だが今回は怜の性格が悪かった。

「……えっと、今日はなにかお買い物? 割引とかは、お姉さんにはできないから。その……あんまり、気を落とさないでね?」

「ウソですが」

「キッズー?」

「いや、こいつがフラレたのはマジだぞカスねぇ。俺見てたし」

「あの」

「まぁお互い、冗談だと分かっているからな」

「そうだなー」

「怒るよキッズー?」

 引きつった笑顔で威嚇され、おお怖い、と肩をすくめてみせる。

「で、何買いに来たのさー? また竿? それともルアー?」

「そう頻繁に竿が買えるほど金持ちじゃねーよ」

「うん、知ってるー」

「じつはフラレた相手にプレゼントを渡したくて」

「うっは、未練たらたら……って茶化していい空気?」

「いい空気だよカスねえ」

「わざわざ聞くとは、ずいぶん翻弄されているように見える」

「ほんといい空気吸ってるよねキッズ」

 はぁ、とため息。

「で、何欲しいの? 本当は」

「フェザージグの自作をしたくてな。しかし知識がない。軽めのジグヘッドに巻くとして、じゃあヤマメやイワナに向いたパターンはなにか? とまで来ると、な」

「お姉さんじゃなくて、フライに詳しい子に聞いたら? あなたたち、栞ちゃんと喧嘩してるわけじゃないでしょう?」

「たぶん面倒くさいことになる」

「ああ、全力でフライフィッシングを勧めてくるな。まずはフェザー、そしてフライライン……って」

 ありありと目に浮かぶ。

 それが、フェザージグに手を出さなかった理由の一つでもある。

「じゃあ既存の商品に似た感じで巻きなさい。ただうちにフェザーの素材は無いわよ? ほとんどの管釣りで禁止だもの」

 使えないものを売るほどヒマも余裕もないの、と。

「そこは俺のマテリアルをいくらか使えばいいな。最近は思うところがあって、#12のウェットか、#14のドライしか巻いてないから、大きいのは使いづらいんだよ」

「助かる」

「そうすると、あとはフライに詳しいやつか……栞以外で」

「……なに? 環にお願いしろって、言いたいの?」

「言ってねぇけど」

「頼めるなら頼んでほしいところだな。環も言っていたが……自慢の姉からお願いされたら、まぁ断らないだろう」

「はぁー……」

 しょうがないわねぇ、とばかりにスマホを取り出す。手慣れた様子で電話をかけると、すぐに出たようだ。

「あ、環? ごめんね、今大丈夫? ……うん、うん。ちょっとお願いがあってね? ……実はね、晴くんたち。ちょっとフェザージグを作りたいって言っているんだけど……あ、いい? うん、ありがとう。それで日取りなんだけど……え? ちょ、たまkーー」

 切られたようで、悲しそうにスマホを見つめる。

「んあ?」

 その目の前で、晴のスマホが鳴った。

「環からじゃん」

「ーーは?」

 信じられないようなものを見るように、霞が晴を見やる。

「あ、もしもし?」

『晴くん? 今大丈夫かな?』

「ん、大丈夫。……カスねえすごい顔してるぞ?」

『あはは。過保護だから……目の前にいるの?』

「うん。釣具屋」

『やっぱり。仕事中なのに、私用の電話はダメでしょ』

「だから掛けてきたのか」

『それもあるけど……ボクが君の声を聞きたかった、じゃダメかな?』

「反応に困るんだけど……」

『冗談だよ。フェザージグだっけ。マテリアルはある?』

「まぁ、ハックルぐらいなら」

『使うのは……ルアーだし、怜くんかな?』

「正解」

『ターゲットは……きっとヤマメか、イワナだね?』

「よく分かってる」

『君のことならね。……冗談だよ。姉さんのところなら、0.5gのジグヘッドがあったと思うから、それを買ってほしい。タイイングしたら重くなるから、軽めのほうが調整が効くし』

「0.5gのジグヘッドね」

『あとは手芸店あたりで、皮を買ってきてほしいな。セーム皮のはぎれ。色は、ハックルに合わせたい。そんなに値段はしないはず』

「分かった。セーム皮のはぎれ、ね。色は適当に任せてくれ」

『今度の土曜日、どうだろう? そんなに時間も掛からないし、夕方あたり……君の家じゃ、ダメかな?』

「いいぞ。狭いし汚いけど」

『待ち合わせ場所は』

「いつものところでいいんじゃね?」

『それがいいね。うん。楽しみにしてる。それじゃ、バイバイ』

「おう、土曜日よろしくなー」

 ぽん、と画面をタップ。通話を終了する。

「今度の土曜日になった」

「あんた環のなんなの?」

「え、友達だけど?」

「お姉ちゃん許しませんよ?」

「そこ許可とか必要……?」

「あの子ダメな男の子が好きになりやすいのよぉ……!」

「人をダメ人間みたいに言うんじゃねえよカスねえ」

「まぁ、晴は部屋が汚いからな」

「最近はちゃんと掃除してるっての!」

 

 

 

 ーー土曜日。

 その日は朝から、生憎の雨だった。

 晴の部屋は、去年より整理整頓がされていた。今まで平積みだった本を少しずつ整理して、本棚へ。そうするだけでも、ずいぶんきれいになった印象にはなる。

「あれ、こないだより、片付いた?」

「栞がなぁ……」

「くす。尻に敷かれているね?」

「だんだん頭が上がらなくなってきて」

「いいなぁ、仲が良くて……ボクも、きみともっと、仲良くなりたいな?」

「まだ一ヶ月くらい? これからだろ」

「ふふ」

 怜の「……栞に報告するべきか?」と小さく呟いた声は、どちらにも聞こえてはいなかったようだ。

「あまりからかってやらないでくれ。晴は純粋なんだ」

「そういうところ、可愛いと思うな?」

 からかっているのか、そうではないような。判断がつかないような、どこか演技がかった言葉遣いだった。クラスの女子にモテていると霞が言っていたことを思い出す。きっと素なのだろう。王子様系、というべきか。

 きっとこれが環の、気安い友達にだけ向ける、リラックスした姿なのだろう。

「本当はさ、晴れたら、一緒に安鎮川に行こうか、って。思っていたんだよね」

 ボディバッグ型のフィッシングバッグでやってきたのは、そのつもりだったのだろう。環の竿は仕舞寸法の短いタイプだったが、それでもジッパーの間から、ほんの少し竿袋が飛び出している。

「残念だけど、今日は夕方くらいまで雨らしいぞ?」

「それでもボクは、早めに止む可能性を捨てきれなかった……!」

「わかるわ」

「むしろ雨のほうが釣れるまである」

 釣りバカとはこんな人種である。

「まぁ、雨の日の川は危険だからね。今日は、フェザージグを巻いていこうか」

「だな」

 怜の目の前に、晴がいつも使っているタイイングバイスが置かれる。

 今日、フライを巻くのは怜だ。

「フェザージグは、そんなに難しくない。てんからや、フライと比べて、フックが大きいし、太いからね」

「そうっぽいな」

「フックをバイスに挟んで……キールタイプだけど、巻きやすさを優先して、針は下向きでいいよ」

「こうか?」

「そう、いいね」

 霞のところで買ったジグヘッドを、針が下向きになるようセットする。

「キールタイプ、ということは……かなり底まで沈めるのか」

「そうだね。着底までは行かなくとも、そこから上下にシャクって誘う。ルアーロッドならではの、そういうフライにしよう。次は下巻きだ。アイから、シャンクいっぱいまで、巻いて」

「最初は思ったより滑るぞ」

 環の指導と、晴のアドバイス。

「……こういうのも、いいな」

 にんまり笑いながら、晴のボビンホルダーを使って、糸を巻いていく。

「実際は一人で黙々と巻くんだよなぁ」

「みんなで巻くのは、ボクも、やったことがないかな……」

「……環って友達、いるの?」

「いるよ、さすがに。釣り友達は、きみが初めてだけど」

「休みのたびに声掛けてくるからさ……ちょっと気になって」

「人見知りしやすいんだ、ボク」

「そうかなぁ?」

 晴には、そんなに人見知りする素振りも見せず、ふつうに仲良くなった記憶しかなかった。

「晴は人見知りしなさすぎなんだ」

「そうだね。うっかり、悪い大人にさらわれそう、って思うくらいだ。まるで、生まれたてのひよこみたいだったよ? 初めて会ったときの君は……」

「よく知っているな。僕も、引っ越してきたときは、こいつ大丈夫か? と思ったものだ」

「お前らひどくねぇ?」

「ーーで、次はどうするんだ?」

「セーム皮を、五ミリぐらいの幅で切って、テイルにするんだ。長さは……シャンクの二倍くらいかな?」

「まぁ、ワームと考えれば、それくらいが妥当か」

「軽く押さえて糸で固定したら、その後に強く巻いて固定するんだ。ま、怜なら楽勝だろ」

「ふむ」

 先に灰色がかった白のセーム皮を五ミリ幅、やや長めに切り出して、シャンクの上に置く。それを軽く数回巻いて仮固定したのち、強く締めるように巻き止める。

「次は、マラブー……大きめの、柔らかい羽を用意して」

「こいつだな」

 白と黒のグリズリーを数本取り出す。

「それを固定して、巻いて、巻いて、巻いて……ふわふわのボディを作るんだ」

「毛鉤と違って、けっこう使うんだな」

「場合によっては四、五本じゃきかないね」

「足りっかなぁ……?」

「いや、今回は一本、巻ければいい。あとは自分で研究するさ」

 羽を一本巻き止めて、ぐるり、ぐるりと巻いていく。

 羽を一本巻き切ると、それを糸で固定して、さらに追加でもう一本。

 同じように、何度も、何度も。

「これなにを真似てるんだ?」

「特に何かをイミテーションしているか、というのはないかな。フライにも、試験管タワシみたいなフライがあるけれど。そういう、ファンシー・ニンフや、あるいはマドラーミノーにも見える」

「スプーンが何を真似ているか、というものに近いか。……いや、アレは小魚か」

 何本目だったか、ようやくヘッド部分まで巻き終わると、針先も隠れるほどのふわふわとしたフェザージグが完成する。

「あとはウィップフィニッシャーで止めて、瞬間接着剤で固めれば、終わり」

「初めてにしては悪くないんじゃね? 手先器用だからか?」

「まぁ、栞にさんざん、布教されてきたからな……」

 バイスから、初めて作ったフェザージグが外される。

「……まぁ、使わんかもしれんな。こいつは」

「いや使えよ」

「はは。思い入れがあるとね、使いたくなくなるのは、分かる」

「いや使ってくれよ」

「晴くん、そういうところ、だぞ?」

「どういうところだよ……」

 はぁー、とため息。

「使うのが嫌なら、スプーンフェザーを巻いてみようか」

「フェザージグとは違うのか?」

「見たこと無い? スイムフックに、フェザーが巻いてあるやつ……フェザーフックといったほうが、通りはいいかな?」

「ああ……あれか」

 確かに見たことがある、と頷く。

「晴くん、スプーンフック、持っていただろ? カサネサクラで使っていたのを、覚えてるよ?」

「確かに、持ってるなぁ」

 カサネサクラを思い出す。

「使うか?」

「ああ、もらえると嬉しい」

「やり方は簡単だよ。下巻きをして、ソフトハックル風にーー」

 

 

 

「ーー結局、夕方までやってしまったね」

「駄弁るだけでも楽しかったなー」

「釣りの話ばかりだったのは、僕達らしいか」

 雨はもう、止んでいる。

 夕マズメの時間だが、さすがに朝からの雨だ、清流域でも増水が激しいだろう。

 バス停のベンチに座り、三人はバスを待つ。

「明日は、晴れるかな?」

「予報では晴れるな」

「釣りたいけど、増水してるんだろうなー」

「そういえば、栞ちゃんと、渚ちゃんは?」

「今はなんとなく、顔を合わせるのが、気まずいからなぁー……こいつら」

「……喧嘩したの?」

「ああ」

「それどころか告白もした」

「うん。それで、デートに誘って……」

「フッた」

「どういう状況!?」

「俺も分からん……」

「肋骨が折られた」

「大丈夫なの!?」

「冗談だよ、こいつの」

「骨を折ったのは本当だ。比喩表現のほうでだが」

「こいつの場合、いちど本当に折られたほうがよかったんじゃないかって思うわ」

 呆れたように、肩をすくめてみせた。

「まぁー、そんなんあって、気まずいんだよ。怜と渚」

「栞にはフォローに回ってもらっている。ほんとうに、いい友達を持った……」

 柔らかく笑って、しんみりと、つぶやく。

「僕が引っ越しても、きっと、君たちのことを忘れないだろう」

「え、引っ越すの?」

「いや?」

「……たぶんそういうところが、渚ちゃんに、嫌われる理由だと思うよ?」

「環もそう思う?」

「僕もそう思っている」

「本人が言うなよ」

「直しなよ、そこは……」

 環も頭を抱える。

 そうこうしているうちに、バスがやってきた。

「あ、来たみたいだ」

「おー、それじゃ気を付けてなー?」

「うん。晴も、今日は楽しかったよ?」

「僕にはそういうのはないのか?」

「君にはないかな……」

「怜の変態性、バレてきたな?」

「君たちの記憶に残るなら本望だ」

「それで嫌われてたら世話ないよ……」

 三人の目の前でバスが停まる。ドアが開くが、中にはだれも乗っていない。乗っているとしたら、町からこちらへ戻ってくるバスだろう。

「それじゃあ、本当に、今日は楽しかったよ。バイバイ」

「ああ、また今度な」

「ボクは、また明日(・・・・)、がいいな」

 また来るよ、と微笑んで乗ると、空気が抜けるような音と共にドアが閉まっていく。

 座席の窓から、手を振ってーーバスのエンジン音と共に走り出していった。

「……晴。お前やっぱり、狙われているんじゃないか?」

「いや会ってからまだ一ヶ月だぞ?」

「ダメ人間が好きだとか言っていただろう? カス姉さんが」

「俺はダメ人間じゃねぇわ」

「カス姉さんも、実は本性がバレているんじゃないか? 環に」

「……それは否定できねぇーな?」

 尊敬はできる人ではあるが、それはそれとしてダメ人間の見本になりそうな霞の姿を思い出して、二人は苦笑した。

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