そのイワナ、お小遣い三ヶ月分につき。   作:神楽風月

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#5

 とうとう、七月ーー夏の盛りとなった。

 もうすぐ夏休みだ。今年はどこへ行こうか、最後の学年だもんね、と相談し合ったり……クラスも浮足立っている。

「晴、頼みがある」

 唐突に、怜が頭を下げてきた。

「なんだよ、いきなり。金なら貸せないからな?」

「いや、金欠のお前に貸せるほどの金がないことは知っている」

「このやろう」

「最近、渚とどうにも、うまく行かない」

「仲直りしたんじゃなかったっけ?」

「二人きりだと気まずい」

「そりゃあな」

「良くない傾向だ。だからオイカワの数釣りに何度か行っているんだが……会話が続かない。気晴らしにカサネサクラも釣りに行ったが、今度は会話なく終わってしまった」

「大物かかると、独り言のほうが多くなるよな」

「ならば数釣りしかないと思うが、二人だけではダメだ。だがいつものメンバーでは、お前か、栞とばかり話してしまうだろう……だから、頼みがある」

「何を?」

「可能性を生むのは、新しい風ーー外来種(たまき)しかいない」

「……そういうことね」

 ダシにするのは気分が良くないだろうとは思う、しかし、親友の頼みなのだ。

「聞いてみるけど、ダメだったら諦めろよ?」

「助かる」

「ったく……」

 スマホを出して、環の連絡先をタップ。

 向こうも休み時間だといいけど……と思っていると、

『もしもし?』

 数コールもしないうちに、環の声がした。

「おっす、今大丈夫か? ……てか、出るの早いな?」

『ヒマだったから、動画を見ていたんだ』

「……学校に来てまで?」

 晴のなかで、環に友達がいない疑惑が深まっていく。

『それ以上言うと、切るよ?』

「悪い悪い」

『……わざわざ、こんな時間に掛けたんだから、きっと、大切な用事なんだよね?』

「今度の土日、どっちかヒマ?」

『絶対行く』

 食い気味で反応する。空腹のカサネサクラよりも獰猛だった。

「えっと……実は怜と渚が喧嘩してな? 仲直りはしたんだけど、気まずいらしくて」

『デートだね』

「違うぞ?」

『ふ〜……男女の仲に首を突っ込むのは、野暮のすること、だよ?』

 デートを否定したら明らかにテンションが下がった。

『どうせ、お互い意識しすぎなんでしょ? 放っておきなよ……』

「それはそうだけど」

『……まぁ、釣りに行くんでしょ? 行くよ、土曜日でいいかな?』

「うん、ごめん。なんかで埋め合わせするわ」

『貸しひとつ……って、なんか、素敵な言葉だよね?』

 電話越しに、ねっとりとした情念の宿る声音が、囁かれる。ぞわ、と。安鎮川で毒蛇(ヤマガカシ)とばったり出会ってしまったときのような恐怖が走る。

『土曜日、いつものバス停でね?』

「あ、はい」

『楽しみにしてるよ。バイバイ』

 画面をタップ。通話を終了させる。

「……俺、どうすればいいと思う?」

「なんとかできるなら、こうやって相談していないと思わないか?」

「くそっ、だよなぁ!」

 大切な親友は、釣り以外で頼りにならなかった。

 

 

 

 土曜日ーー朝から日差しが強く、暑い一日になりそうだった。

「おはよう、晴くん」

 バスから降りてきた環は、いつものフィッシングバッグに、長袖、短パン。虫刺されを避けるため、厚手の黒いランニングタイツを履いている。それに合わせたゴツいブーツは山岳用のトレッキングシューズで、山道でも滑ることはないだろう。

 熱中症対策に大きめの帽子を被っているせいか、最初に出会ったときのように、ある意味で中性的な少年に見えなくもない出で立ちだった。

「おはようございます、環くん」

 それに対抗するように、笑顔で出迎えるのは栞。肌の露出を控えた長袖に長ズボン。フィッシングベストに、ショルダーバッグを斜めに掛けている。いかにも釣りに行きますといった格好に、彼女の真面目さが滲み出る。

「……晴さぁ、何考えてんのよ?」

「釣りのこと考えてたんだよ」

 最近は少し慣れてきた気がするぞ、と。晴はしらばっくれるように答えた。

「今日は、いい天気だね」

「そうですね。水温も高くなっているでしょうから、今日はドライフライがよく釣れそう……水面を、ぱしゃっと割って出てくるのが、とっても興奮しますね。晴くん?」

「ん、おお……」

「おっと、ボクらはテンカラ師、毛鉤派閥だよ?」

 馴れ馴れしく肩を組んで、環は持論を語る。

「もちろんドラテンも否定しないよ? でもボクたちテンカラ師は、水面直下さ。水面が盛り上がり、魚体が閃く……曇天に走る稲妻を探しているのさ。ね、晴くん?」

「そ、そうだな……」

 どちらも覚えはある。

 むしろ最近は、環の言うイメージが強いアタリほど、大物が釣れる印象があった。

「晴くんはいにしえのフライフィッシャーですよ?」

「彼は最新のテンカラ師だと思うな?」

「ーーそういや怜は最近どうよ?」

 話題を変えようと、やや強引に怜に話を振る。

「ああ、最近はフェザージグに魂を売ってな」

「へぇ! いいじゃないですか。フライの第一歩です。……もう絶版になったらしいですけど、ルアーロッド用の、フライラインが、あったらしいんですよねぇ……それさえあったらなぁ……」

 もっと布教ができたというのに、と言いたげに唇を尖らせる。

「……ちなみに、だが。渚は、どうだ?」

「あたし? まぁ、最近は、昔使ってたリール、出してみたりしてる、かな」

「そうか……」

 しぃん、と、静まり返る。

「ーー付き合いたてのカップル?」

 ぶっこんだのは環だ。

「はぁ!?」

「付き合ってはいないが!」

「ごめんね、そう見えちゃった」

 まさに外来種のごとく人間関係を食い荒らす。それが晴に頼まれたことだと理解して、あえて、演じてみせる。

「馬には蹴られたくないけれど、あんまり初々しいとからかわれるよ? ボクたちみたいに、もっと自然にさ?」

 ボクはこんなこと、やるような性格じゃないんだぞ、と。恨めしく思いながら肩に回した腕で首をキュっと締めてやる。

「苦しい、苦しいって!」

「環くん?」

「冗談だよ」

 それはそれとして、栞に恨まれない程度に。

 ぱっと腕を離してやれば、助かったぁ、と晴は首をさする。

「じゃ、あんまりここでうだうだしてたら、時間がなくなっちゃうし。早く釣りに行こうよ」

 よいしょ、と。晴の自転車の後ろにまたがる。

「……二人乗りは法律違反だと思いますよ?」

「ボクに走れっていうの!?」

「いや、ここは見逃してもらおうぜ? 警察の息子にはさ?」

「僕は先に行くからな? ……後ろで何をされようが、何も見えないからな?」

 わざとらしい独り言を呟いて、怜も自転車にまたがる。

「安鎮川で、いいんだったな?」

「ああ、今日もたくさん釣ってやろうぜ!」

 

 

 

 山はいよいよ、青々とした緑一色だ。日差しが強く暑い日ではあったが、青々と茂った木々がそれを遮っている。風が吹けば、涼しくさえあった。

「あっちぃ……」

「ふふ、おつかれ」

 それでもなお、晴は汗だくになって首元をパタパタと風を送っている。自転車の後ろに環を乗せて走っていたから、当然かもしれない。

「私が乗ったほうが楽だったかもしれませんね」

「確かに、ボクのほうが背が高いからね。そのぶん重いのはしょうがないよ」

「こらこら、喧嘩しないの。魚逃げちゃうでしょー?」

「そんな、喧嘩なんて……」

「ボクたちは、仲良しだよ? それなりにね?」

「信用ならないわねー……」

 げんなりと、渚は肩を落とす。

 いつもの四人に、一人。申し訳程度に整備された登山道入り口から少し歩いて、彼らの愛する川の上に掛けられた吊り橋のところまでやってきた。

 吊り橋の脇には、長年釣り人たちが通った跡ーー獣道が川辺に続いている。転ばないよう慎重に降りていけば、川幅は十メートルもない安鎮川が目の前に広がった。

 陸と川との温度差に、いよいよ風が強くなる。汗の滲んだ五人にとって、涼むのにちょうどいい場所だった。

「いつものように、三投交代でいくか」

「三投もあれば、十分すぎるね。テンカラは、三投程度で釣り上がっていく釣りだから」

「そうですね。フライの本にも、七回投げたらポイントを変えるべきだ、とありますから……先手を取られても、十分ですねぇ」

「あれ、キャスティングに自信がない?」

「いいえ? スポットや穴には三回程度で十分入りますよ? そういう環くんは?」

「テンカラは『点に打つ』からテンカラなんだよ?」

「諸説アリじゃないですか、それ?」

「いやいや……あんたらだけでバチバチやるのは違うくない?」

「キャスティングなら、この中では僕の右に出るものはいないはずだが?」

「怜は例外だろうよ」

 釣りとなればお互いライバル。得意の分野で負けん気を発揮して、各々で釣りの準備を始める。

「ーーよっし、準備完了! 俺から行こうかなー?」

 道具の組み立てが一番早いのは、晴だった。

 竿とラインと毛鉤、以上! といった具合なのだから当然か。

「残念、一歩及ばなかったか」

 続くのは環だ。怜より竿は短いが、ラインの長さが仇になった。なによりフライライン、リーダー、ティペットと続いて毛鉤というフライスタイルのテンカラは、通常よりも構成点数が多い分だけ、若干時間がかかってしまった。

「一番早いと思ったのになぁ」

 とはいえ、彼女の仕掛けの多くはテンカラやフライと比べたら細糸を使うぶん、巻き癖がついてしまいやすい。巻き癖を取ろうとすれば、渚は時間がかかってしまう。

「まぁ、私が一番時間がかかるんですけどね」

 栞はまだ手間取っている。手先が器用ではあるものの、のんびりと準備をするタイプだからだ。今日の気分はパラシュート、なんて鼻歌まじりに準備をしていればそうもなろう。

「しかし、四人のときもそうだったが、五人ともなればなかなか、だな」

 すぐにスレてしまいそうだ、とフェザーフックを装着した小さめのスプーンをセットする。

「あー、ね……あたしも今回はちょっとスレ早めそうなのよね」

 言うや、延べ竿仕掛けの先を見せる。

 いつもの針ではない。きらりと光るそれはーー

「スプーン?」

「そ、延べ竿ルアー」

「へぇ、だいぶマニアックなジャンルだね」

 マニアックではあるものの、そんなに無謀なセッティングでは無かった。

「ルアーなんか操作できるのか?」

「もちろん。いちばんよく聞くのは、延べ竿アジングかな。ロッドと、ラインと、ジグヘッド。エサの代わりにワームだね。やっていることは、ミャク釣りだよ。ジグヘッドって、ようするにガン玉と針でしょ?」

「あー、そうか」

「これを縦にシャクれば、案外簡単に釣れるらしいんだ。姉さんが釣りにハマる前の話だけど、趣味で続けるかわからないから、お金をかけたくなかったらしくてね」

「なるほど、ルアーの縦釣りか。魚はゆっくりと沈むものに反応を示しやすい。だからこそ、スプーンを使うのも理にかなっているな」

「他に有名なものといえば、アユルアーだろうね。囮鮎を、ルアーに変えただけだから。最近はリールロッドでやることが多いけど。実際は延べ竿のほうがポイントに流しやすいって言われているかな」

「へぇー、確かにおもしれぇな。延べ竿ルアー」

「晴くん。フライにはミノーっていう、そのまま小魚っぽいフライがあってですねぇ……!」

 危うく栞基準でルアーなどという邪道に走りそうな晴を、静かだが強い口調で引き戻さんと口を挟む。

「ま、俺にルアーは高いからな」

「そうです。フライは手作り。温もりがあって、しかも安いし釣れます」

「ジグヘッドとアジングワームなんて、いくつか合わせて千円もしないけどね」

「それこそ最近は百均で入手も容易になったな」

「晴くんを誘惑するのはやめて下さい」

 彼はフライ沼に首までしっかり沈めて仲間にするのだと、邪悪な考えが読み取れるほどの必死さであった。

「こほん……ともかく。確かにキャスト回数はちょっと多くなりすぎますね。五人ですと」

「四人でも大概だったけどねー」

「じゃあ、上流までローテでいくか。三投交代でさ、一箇所二人まで。栞も言ってたじゃん? 七回キャストまで、って言うならさ?」

「なるほどね。じゃ、数釣り勝負?」

 渚の問いに、少し考える。

「まぁ、それでいいか。今回は、渚もエサちょうちんじゃねーし」

「さすがに懲りたわ」

 肩をすくめて、

「あたし、みんなでワイワイ釣りしたいのよ」

「根こそぎ釣ってたもんなぁ」

「もはや漁でしたもんね」

「そんなに釣ってたの?」

「一回投げるごとに必ず釣ってたレベル」

「ヤバ……」

「渚はすごいんだぞ。抜き上げのパワーが違う。確実に抜く女だ。当時はゴリラと呼ばれていた」

「次言ったら殴るからね?」

「いいぞ」

「キモいわ……」

 ギクシャクするのって、そういうところじゃねぇかなぁ……とため息が出てしまう。

 

 

 

「じゃーん」

「けーん」

「ぽん」

「あーいこーで」

「しょ」

 何回かのあいこを重ねて、勝利を勝ち取ったのは、

「やりぃ、あたしいっちばーん!」

 言って、彼女は竿を伸ばす。

 竿自体は6.3mの長い渓流竿だ。その穂先からは、4lbのフロロラインを2m程度。その先にスナップをつけて、1gの金スプーンを繋いでいる。

「延べ竿ちょうちんルアーかぁ…まぁ、扱いやすいセッティングだね」

「やっぱりちょうちんだよなぁ、渚といえば」

「そうだな。チョーチンの渚だからな」

「ダサい二つ名つけんな!」

 竿はもちろん、伸ばしきらない。狙いたい瀬の距離だけ出したら、あとはそっとルアーを落としていく。

「ちょうちんはこの正確さと静寂さがキモだよね……」

「騒いでやろうか」

「やめんか」

「やったところとて、ですよ。何やっても釣りますよ渚ちゃんは」

 ガヤが騒いでも、釣りに入れば真剣な面持ちで水面を見つめる。

 リールの巻き速度でルアーをアクションさせるわけではないから、ルアーはステイ気味に、水の抵抗を受けさせて自然にアクションさせる。

「……これステイさせ続けたら一投扱いになったりするか?」

「さすがにそんな卑怯なことをするやつじゃあない。そもそも長くステイさせすぎると、すぐにスレて釣れん。ここはセオリー通り、下流に流しつつスイングさせるのがベターだ」

 言われるまでもない、とばかりに竿が少しずつ下流へと動かされる。

 竿は短くできるが、自然なアクションを目的とするなら一度決めた長さは固定だ。扇状に流れることとなるが、しかし問題はない。時折ちょんちょんと誘ってやりながら、しっかり狙ったポイントにルアーを流してやればーー

「っし、食った」

 ーー魚は、食いつくのだ。

「ほら、釣りました」

「んでそのまま抜くと」

「ああ、これは確かに。強いね……」

「去年のみくまり祭りじゃ、これをエサでやられた」

「一本釣り漁じゃん、それ」

「あんたら、聞こえてるわよ?」

 ざぱ、と抜き上げれば、ビチビチと生きの良いヤマメが姿を表す。竿を短くし、手元で素早く、フックリリーサーを使って逃がしてやる。

「うまいな」

「……まぁ、怜が来るまでいちばんルアーが上手かったのは、あたしだから」

「たしか、スピニングがおもちゃだったか」

「そ」

「とはいえ、僕もルアーにはそれなりの、自負がある」

 次は僕だ、とばかりにロッドを握る。

「いや、三投交代でしょうが」

「あー……去年もこれで、初手三匹釣られたんだよな」

「気が早いですよ、怜くん?」

「気持ちは分かるけどね。空回りするのはよくないよ」

「むぅ……」

 

 

 

 四人のなかで、いちばん釣りが上手いのは渚だ。エサでもルアーでも、おそらくフライや毛鉤でも。なぜ魚が釣れるのか、というのを理屈ではなく、経験で理解している。

 どんなコンディションでも釣ってくるのは栞である。フライに対する豊富な知識と、こだわりからくるフライタイイング技術がそれを後押ししている。

 そして怜はキャストが上手い。対象への綿密な研究からくる知識と、物陰に隠れた大物を引きずり出すパワーがあるベイトリールを活かした強引な釣りで、いちばんの大物を釣ってくる。

 ーーでは、環は?

「やっと、ボクの番だ。待ちくたびれたよ」

 三番手、環は首を回して不敵な笑みを浮かべる。

「ふたりばっかり釣っちゃってさ。ボクとしてはここで釣っておかないと、新顔ってことで舐められちゃうかな? って、そう思うんだ」

「別に友達舐めてもしょうがなくねぇ?」

「いいかい晴くん。学内カーストというのは実に厳しいんだ」

「晴はそういうのを気にしないからな」

「そうそう、外来種(よそもの)にしかわからないよ、この苦労は」

「そんなもんかあ?」

「言いたいことは分かりますよ? 私は」

「苦労してたもんねー、栞は」

「そうだったの!?」

「言い返さないと面倒を押し付けられがちですから……」

「ふぅーん……」

「晴くんはわりと手伝ってくれたので好きです」

「あたしも手伝ったでしょーが」

「……まあ、こうやって、楽しくおしゃべりできるのが嬉しいんだよね。だから、自分の居場所を獲得したいわけなんだ」

 言って、いつもの短いテンカラ竿を構える。

「イワナを釣るよ」

 思わぬ宣言に、しん、と静まり返る。

「タイミングがいいね、そこにいるのが見えた。川のあそこ、木の根っ子の下が、えぐれたところ……!」

 ぺろり、と舌なめずり。

「あそこ……入れるの?」

「僕なら余裕だな」

「ボクも、狙ったポイントに入れるのは得意な方でさ」

 頭上は藤の枯れたツタが絡んで、さらには活発になった虫たちの影響か、クモも巣を大きく張るようになった。

 こうなると軽い針と細い糸でキャスティングするテンカラやフライは、ラインやフライに粘着力のある糸が絡んで、ぐちゃぐちゃに絡みやすくなってしまう。

「よっと」

 軽いバック・キャストからの、鋭いフォワード・キャスト。毛鉤がラインと絡むギリギリの狭いヘアピンループを描いて、オレンジ色のフライラインと、その先に繋がれたテーパーリーダー、そしてティペットに力が伝わりーーえぐれて川の水が滞留するカバースポットへと吸い込まれるように入っていく。

「8:2の先調子に、ロッドを曲げるためのフライライン、強くターンしやすいリーダー……こうやって、渓流のピンスポットを狙い撃つのがテンカラさ」

 大口を叩くだけある、技術。

「三投制限というのも、燃えるね」

 エグレの下で巻き返し、沈み、そして元の流れに吸い込まれて出てくる毛鉤が見えるや、そのままロール・キャストで同じポイントを執拗に責める。

「制限はゲーム性を高めて、面白くする……っ!」

 三投目。数釣り勝負ということを忘れたように、執拗に入れた毛鉤が叩き込まれたポイントで水面が盛り上がる。

 晴の目に、小さな稲光が見えたような錯覚が走る。

「ーーきた」

 晴が思わず呟いてしまった瞬間、環は竿を立てた。

 水面を縦横無尽に走るのではない、水中に潜り粘り強く戦おうとする意思を感じる魚影が、環の竿先から伸びるラインをピンと張らせた。

「え、まじでイワナ?」

「可能性は高い、ヤマメより走っていない」

 まったく興奮することなく、冷静に竿を立てて寄せていく。ラインに手を掛けて手繰ればーー宣言通り、あっという間にイワナが手元に引き寄せられた。

「うーん、20センチくらいか」

「え、てかイワナこんなところにもいるんだ……!?」

「イワナは岩を釣れ、なんていうくらいだから。ああいうエグレとかにもいるんだよ。もう少し上流に行けば、もっと大物が釣れるだろうけど」

「いいなぁ……釣ったこと無いんですよね、私」

「はは。まぁざっと、こんなものだよ」

 当然だとばかりに笑う。

 ーーこれに嫉妬したように複雑な表情を浮かべたのは、怜だ。

「怜」

「なんだ。僕は別に、なんとも思っていないぞ?」

「嘘つけ」

 ある意味で、怜の上位互換か。

 あるいは、栞の相互互換か。

 それとも、そのハイブリッドか。

「少なくともボクは、渚ちゃんよりも、釣りが上手い自信があるーー!」

 まさしく四人の関係性(それまで)を破壊するような、外来種(ライバル)が大口を開いた。

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