そのイワナ、お小遣い三ヶ月分につき。   作:神楽風月

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#3

 その日は、朝からざぁざぁと雨が降っていた。

 天気が崩れやすいのは、台風が近づいているからだろう。とはいえ東北の、しかも日本海側に台風が上陸することはほとんど無い。

「今日は、雷が落ちるかもしれないだってさー」

「川も増水して危ないしな、ゆっくり宿題でも進めようか……僕たちは、な」

 いつもの四人が囲む小さめのちゃぶ台には、宿題ノートや喉を潤す麦茶、小腹を満たす小分けのベビーカステラやキャンディ、チョコやせんべいやらが並びーーさらにその一角に、フライを巻くためのタイイングバイスが、置かれていた。

「フライと言えば、タイイングですよねぇ……?」

 にんまり笑って、それの持ち主である栞が言う。

「いや、俺も宿題しないとダメだろ……?」

 予想通りとはいえ、晴はタジタジだ。だから来たくなかったんだと、栞の家に集合してしまったことを呪ってしまう。小遣いが空っぽなところへ、お菓子という誘惑に負けてしまった過去の自分はなんと愚かなのだろう、と。

「私は終わらせました」

「俺は終わってねぇよ」

「もうすぐ半分すぎるぞ……どれくらい残っているんだ?」

「半分ぐらい」

「……まぁハルにしては計画的、か?」

「いつもだったら、忘れたって嘘ついて、伸ばしに伸ばしてるもんねぇー」

「いや、普通だろ」

「ダメですよ……先生、ちゃんと知ってますからね?」

「今年こそはちゃんと終わらせて、心置きなく夏休みを楽しまないとだよ?」

「わかっちゃいるけどさぁ」

「シオリも、タイイングとやらは後回しにしてやれ。今年も夏祭り、みんなで参加するんだからな」

 むしろ娯楽と人の少ないこの村では、祭りを欠席するのは仕事か病気、それこそ冠婚葬祭くらいのものである。

「じゃあ……私は終わらせちゃったから、ハルくんにつきっきりでいればいい、かな?」

「僕も計画的に進めていたから、もうすぐ終わる。心置きなく付き添ってくれ」

「カノジョができてうらやましー」

「カレシができそうにないもんな、おまえは」

「お、やんのか?」

「他所様の家で喧嘩を始めるんじゃない……」

 怜が頭を押さえて、ふぅ、とため息をついた。

 

 

 

「ーーおわったぁ!」

 両の拳を突き上げて、晴はバタンと後ろへ倒れる。時間は三時を回っている。朝から続けざまにほぼ一日中、と考えれば、かなり頑張ったほうだろう。

「ハルくん、お疲れ様」

「おつかれー、ハル」

「よくやったな」

 ぱちぱちと、拍手すら上がった。

 かつての四年間、夏休みの宿題など期間中に終わったことのない男である。五年目にして、夏休み半ばで宿題が終わるなど、晴は人生初の快挙を成し遂げたと言っても過言ではーー

「あとは毎日の日記と……自由研究だな」

「は?」

「君は馬鹿か」

 ーーあっというまに前言は翻された。

「どーすんのさ! 自由研究とかめっちゃ時間かかるやつなんか残しちゃって!」

「いやいや、大丈夫だって。もうテーマは決めてあるんだ」

「決めてあっても手を付けていなければ終わらないんだからな?」

「さ、最後まで、手伝いますよ?」

「まあ乗りかかった船だからな……それで、テーマはなんだ?」

御水山(おんみずさん)の魚類生息数についての実地調査」

「……あれ? ずいぶん話のレベルが高くない?」

 晴の口から飛び出した、思わぬ小難しい言葉に、渚は困惑する。

 御水山とは夏休み初日にヤマメを釣った、あの里山だ。かつては大水山(おおみずやま)とも呼ばれていたのだが、これは毎年の夏祭りに関係する。

「いやー、このテーマを思いついたとき、俺は天才だと思ったね」

「それは馬鹿と紙一重だからな、どっちに転ぶか分からんぞ?」

「あとは俺があそこで釣りをして、夏祭りの昔の記録を調べれば終わりって寸法よ!」

「あー……『みくまり祭り』って、記録あるんだっけ」

「江戸時代からあるらしいな」

「そんなに!?」

 みくまり祭りーー漢字だと水守祭りと書く。

 村に伝わる古い伝承で、起源はおおよそ天保の大飢饉ごろ。その年はこの村を大雨が襲い、ひどい水害による稲の不作による飢饉が起こったそうだ。古い呼び名の大水山ではこうした洪水が定期的に起こっていたからこその呼び名で、村人たちは頭を悩ませていた。

「今年も大水が起こるんじゃないかと頭を悩ませていた庄屋の若旦那の枕元に、その年、不思議な女が立っていたそうだ。女は言った、川の魚を山の上の湖に運びなさい、大水は、里に帰れなくなった魚が泣くからで起こるのです、と」

 家にマンガが多いとは言うが、実のところかなりの読書家でもある晴は、村の伝承を軽々と諳んじてみせた。

「んで実際にやってみたらその年は大水が起こらなくなって、枕元に立ったのは水分神(みくまりのかみ)様だー、ってなって。みくまりさまが水から守ってくれたくれたから、あの山の上の神社は『水守神社』って書いて『みくまりじんじゃ』ってなったんだ」

「その後、『おおみずやま』は洪水が起こらなくなったから『おみずやま』となり、さらになまって愛称のようになり、『おんみずさん』と呼ばれるようになったんじゃよ……でしたっけ?」

「そうそう。麓の暴れ川もようやく安らかに鎮まったから、御水山の安鎮川(あんちんがわ)と呼ばれるようになり、村の田畑を潤す大切な水源となったそうな。めでたしめでたし……いやー、案外覚えているもんだな、昔話」

「そうですね。そっか、ハルくんも好きなんだ……」

「おっと、フライの布教にシフトするんじゃねーぞ?」

「ち」

「あぶねぇー……」

「てかそんな話だったんだ? みくまり祭り」

「いや地元民」

「あたしそういうの聞くとすぐ眠くなっちゃうのよね。最後まで聞いたことないわ」

「読み聞かせで寝る赤ちゃんか」

「実は僕も、お祭りの起源は初耳だ」

「おまえんち駐在所だもんな」

 怜はいわゆる転勤族というやつだ。小学校を卒業すれば、もしかすると人事異動で引っ越ししてしまうかもしれない……考えてしまえば、そんな一抹の寂しさすらある。

「まー、そんなわけだな? 夏祭りにやる『跳魚の里帰り』ってのは種類と数が細かに記録されてんの。誰がどれだけ帰ってきたか、みくまり様に報告するからだな。神社の奉納帳に書くんだよ」

 その寂しさを振り払うよう、晴は、あえておどけるような口調で説明した。

「なるほど。過去数年分の記録だけでも十分自由研究になるな……」

「だろー? 最初に夏祭りの起源を書いて、釣り好きとして魚類生息の安定化に貢献したいから行いました、って書けば一日で終わるってなもんよ」

「外面だけはいいわねー?」

「テストは赤点なのに、悪知恵だけは働くな」

「ほんと小賢しいよねー」

「賢いと言え」

「わ、私はいいと思うな?」

「もうシオリしか味方が……いやシオリは本当に味方か……?」

「そ、そこで疑心暗鬼にならないでください……!」

 フライを布教したいだけじゃ……と。

 栞は、日頃の行いは大事であるという教訓を得た。

 

 

 

「じゃあ、改めてフライを巻きましょうか」

 夏休みの自由研究問題が解決し、改めて栞が提案する。

「隙あらば布教してきやがる……」

「でもハルくん。私のプレゼントしたフライ、いっこしかありませんよね……?」

「ぐぅ……」

 それを言われると弱い……とばかりに晴は唸る。

 しかしながら、彼はもう忘れている。別にフライでなくても餌さえ取れれば、エサ釣りでいいということを。本人も知らないうちに、しっかりと、そして着実に、彼はフライに染められていっているのである……。

「……あえて言わないけどねー」

「なぁに、ナギサちゃん」

「ん、なんでもない」

「そう」

 気づいているのか、いないのか。渚のつぶやきに、栞はにっこり笑って、そう返した。

「それじゃあ、さっそくフライを巻く、その前にです」

「はい」

「フライって、なんだと思います?」

「……概念の話かな?」

「そんなに難しい話じゃなくてですね……」

 栞は苦笑し、

「フライは、疑似餌の一種、です」

「そりゃ、見りゃ分かるよ?」

「ルアーや、最近の流行りであるエギみたいなもの、ということか?」

「そうです。つまりフライには、だいたいモデルが居るんです」

 栞はノートとシャーペンを取り出す。

「魚って実はすごーく、目が悪いんです。コンマいち、くらいだったかな……裸眼の私とだいたいおんなじくらいです」

「だいぶ目ぇ悪いんだな」

「そうなんですよ。眼鏡を取ったら、ぼやーって、なんにも見えないんです……魚も、それくらい悪くてぇ……」

 言いながら、黒板代わりにノートへ「魚は目が悪い」と記す。

「止水域だと、けっこうしっかり、シルエットを作る必要があるんですけど。今日は、みくまり祭りのためのフライだから……」

 続いてノートに「=雑でいい」と記した。

「雑でいいんです」

「雑でいいんだ?」

「はい。源流域って、川の流れが早いので」

 今度は晴の目の前で、両手の人差し指を立てる。右手は素早く動かし、左手はゆっくりと動かして見せ、

「どっちが指の形をはっきり見ることができると思います?」

「そりゃ、ゆっくり動くほう……って、そういうことか」

「はい、そういうこと、なんです」

 目は悪く、川の流れは早い。だからこそ、シルエットの細部まで拘る必要はない、ということだ。

「フライではテイル、ボディ、ウィング、ハックル……概ねこの四つで構成されています」

 さっとU字を書いてフックを表し、そこに尻尾を生やして「テイル」、真っ直ぐなシャンクの位置をガシガシと塗って「ボディ」、釣り糸をつなぐ輪っかであるアイの近くで翼を生やして「ウィング」、そしてそのウィングを挟む形で毛を生やし「ハックル」と書いた。

「これが、スタンダードなドライフライであるアダムスのシルエットです」

「ふんふん」

「今回は雑につくるっていうのと、ちょっと残念ですがハルくんのテンカラに合わせて、普通毛鉤を巻くんですが……普通毛鉤は」

 またU字を書いて針を表し、真っ直ぐなシャンク部分をガシガシ塗って「ボディ」、アイの近くで毛を生やし「ハックル」と書いて、

「これだけです」

「これだけ」

「はい。ハックルがアイを向くと逆さ毛鉤、ベントを向くと順毛鉤、あるいは花笠毛鉤って呼びます」

 ノートの端に小さく、その2つの絵を描く。絵よりもむしろ文字を書くほうが長いほどに、毛鉤というものはシンプルだった。

「もう一度言いますが、今回は普通毛鉤を巻きます」

「シンプルすぎて虫に見えねぇんだけど?」

「むしろ、どうすれば虫に見えるんだ、これは……」

「水中ですから、上から光が差し込むから逆光になって……更にシルエットしか見えないので、遠近感とかなくなって……」

「あー……ハックルって羽なのね」

「そう、そうなんですよ!」

 渚の言葉に、我が意を得たりとにんまり笑う。ハックルの絵に、矢印を付けて「はね」と書き足した。

「アダムスはドライフライ……浮くフライなので、このハックルと、フロータントっていう、浮かせるための撥水剤で浮力を得ます。が、普通毛鉤はむしろ沈めます。表層から水面直下を、溺れて流されてくる虫の演出なので」

「へぇー……」

「なので、アダムスだとハックルを四回とか、五回とか、厚く巻くんですが。普通毛鉤は二回から三回でおしまいです。羽って、半透明じゃないですか。ですから、うっすらそう見えればいいので」

 その「はね」というコメントの下に「っぽく見えればいい」と注意書きを記した。

「そして色ですけど、黒でいいです。黒だけでいいです」

「黒だけでいいの?」

「はい。逆光でシルエットしか見ないですし」

「影になるから色は意味ないってことね」

「完全に沈めてしまうなら、むしろ色は重要だと私は考えていますけどね。エッグフライなんか特に、あれは流されてくる魚卵をモデルにしているわけですので」

「カラーチェンジもない、というのはなかなか、ルアーマンの僕としてはにわかに信じられない話だね」

 管理釣り場では、比較的何度もルアーを交換する。魚はルアーの刺激に慣れると、少しも反応しなくなるためだ。

「テンカラ釣りは、川魚をメインに取っていた川漁師たちの釣りだって言われていてですね。むしろ道具が増えると、揃えたり、直したりする出費も増えるわけですから」

「むしろ道具は少ないほうがいいと、そういうわけか」

「はい」

 ノートの隅に、「テンカラは漁師の釣り=道具は少なめ!」と書き加える。

「ちなみにエッグフライみたいにハックルすらないフライもあってぇ……トラウトガムっていうんですけどぉ……!」

「話、続けよっか? 巻く時間がなくなっちゃうんじゃない?」

「あ、はい」

 スイッチの入った栞の扱いも、ここ数日で随分慣れたものである。

「じゃあ、必要な道具ですけど……」

 座ったまま体を伸ばし、道具箱を引き寄せる。開けば大小様々、それこそ何に使うかもわからないものから、鳥の剥製から羽の部分だけ引っ剥がしたようなものまで、様々なものが収められるそこから、栞は「十四番」と大きく書かれた小さいケースを取り出す。

「フックですけど、私は基本十四番をメインに使っています。大きなオイカワなら、ここくらいから咥えられるようになりますし」

「番号で呼ばれてもどれくらいのサイズだか……」

「私は逆に、餌針の号数がわからないので……」

 ケースの中に、たくさん詰まっているフライフィッシング用の環付きフックを一本、取り出して言う。

「だいたいこのサイズです」

「あー……んー……袖の、三号? 四号ぐらいか?」

「小さめではあるねー」

「そうですね。十四番は小さめだと思います。……話を戻しますね? 環のことをアイって呼んで、この真っ直ぐなところがシャンク、曲がったところがベントです。フックの先端がポイントで、シャンクとポイントの幅がゲイプで……ルアーとだいたいおんなじ呼び方かな、と思いますけど」

「概ね伝わる」

「ルアーはよく知らねぇけど、言わんとすることは分かった!」

「あたしはまた今度調べるわ」

「そうですね。今はアイとシャンクさえ覚えて貰えれば、巻くのに支障はないですし……」

 そうして、フックをタイイングバイスへとセットした。

「ちなみに、ベテランのフライフィッシャーさんの一人ですけど、タイイングバイスなしで巻いちゃうっていうすっごい技術を持った人がいてぇ……」

「うん、後で聞くよ」

「こほん……今回は、普通毛鉤ーーの、すっごい簡易版を巻きます」

 言いながら、栞は黒いビニールテープのようなものをひと巻き、取り出した。

「あれ? それ」

「はい。ナギサちゃんちで売ってる、自己融着テープです。三百円しないくらいでした。水道管補修とかに使うものなんですけど……」

 数センチ引き出して、ハサミでちょきんと切る。

「伸ばして巻くと、テープ同士がくっついちゃう性質があるので、ウィップフィニッシャーとかいらないんですよ。テンカラの第一人者がよくひとに教えているときの作り方なので、やっぱり初めてならこれが一番です。濡れるとてかてかして、虫の表面みたいに見えるのもいいですね。その上、水に濡れても剥がれませんし」

 それをもんで温めて、二倍ぐらいに引き伸ばす。

 平たい紐状に伸ばしたそれを、フックシャンクのアイ近くに、くるりくるりと二、三回。

「くっついたので余計なところをちぎって……」

 短いほうを引きちぎると、次は、道具箱から茶色い鳥の羽を取り出した。

「ハックルは何でもいいです。パートリッジでも、コックサドルでも。はねぼうきからちょうどいいサイズのものを抜いて使う、なんて人もいるくらいです。根本のフサフサしたところをちぎって……」

 指先でむしって、

「テープで羽の骨部分を止めて……動かないようにしたら、くる、くる、くる……ハックルを巻いて、ハックルをテープで固定して……不要な分の羽をちぎります」

 口で説明しながら、ゆっくりと実演してみせる。

「あとはシャンクいっぱいまでテープを巻いたら……余計なのを取っておしまい、です」

 ぴっ、とちぎってしまえば、あっという間だった。栞がいつも釣り場で見せるフライのような、しかしそれよりも雑でお粗末なふうにすら見える、そんな毛鉤が完成してしまった。

「なれるとひとつ一分くらいですね」

「はぁー……フライって簡単なんだねぇ」

「こだわりだしたら止まりませんけどね」

 いつもこだわったフライを巻く栞が苦笑する。

「今回は、みくまり祭りも近いし……いくつかフックとか、あげるから……一緒に、巻こ?」

「え、いいの?」

「うん。今年は、今シーズンは全然使い切れないくらいのハックルとか、フックとか、買っちゃったから……布教のためなんだけど」

「お、おう」

「とりあえず……三十本もあれば十分だよね?」

「いや多いって!?」

「少し確認だが、ひとつでどれくらい持つんだ? フライフックは」

「えーっと……大事に使って、二十匹……以上?」

「禁漁期間までの数カ月で六百匹以上も釣らせる気か君は」

「そこまでいったら漁なのよもはや」

「でもでも、フライフックには、サイズっていうのがあってぇ……カラーローテの代わりにですねぇ、サイズを変えたりするんですよ。渋いときこそ小さく、とかぁ……」

「確かに、そう言われるとスプーンのローテーションでも近いことはするが……」

「ひとサイズ十本ずつだから、全然普通ですよ?」

「……く、反論の余地が、ない」

「うふふ……」

 冷静に物事を見て論理を組み立てるはずの怜ですら、理論武装した栞に勝てなかった。

 

 

 

「あー……目がシパシパする……」

 慣れれば一本につき一分程度とはいうものの、慣れていないハルにとってはそれなりに時間と集中力が必要な作業であった。

「ふふふ、お疲れ様です」

 栞は彼を労うように、温めてあげるように両目の上へ手を当ててやる。

「流れるようにいちゃつきやがって」

「何が何でもフライ沼に沈めてやると、そういう意気込みを感じるな」

「うふふ。そんな? まさか?」

 冗談めかして栞が笑う。

「もう俺今日はどうでもいいわー……抵抗したくねーっつうか……ひんやりする……」

「あ、冷たかったですか? ごめんなさい、冷え性で……」

「いやー……気持ちいいわー……」

「なすがままかい」

「でも、これだけ巻いたら、今シーズンくらいなら持つと思いますよ? ……ちなみにぃ、もっとすごいのがぁ、あるんですけどぉ……?」

「これ以上洗脳してやるな」

「てか、あたしらもうそろそろ帰らないとヤバくない? 今何時くらい?」

「四時だな」

「あー、もうそんな時間なんだ? じゃ、あたし帰る」

「確かに、これ以上はお邪魔だな。僕もそろそろ、御暇しよう」

「……ハルくん、泊まってく?」

「あー、かえらないとかーちゃんにしかられるー」

 わざとらしいセリフとともに、栞の手をどけて立ち上がる。

「ち」

「いい加減それ直さないとカレシとかできねーからな?」

「ハルくんは……私じゃ、ダメ……?」

「だから女の武器は卑怯だって……」

「ふふふ」

 からかうように笑って、机に広げていた道具をしまい始めた。

「みんな、また明日、ですもんね」

「ん、また明日ー」

「ばいばーい」

「お邪魔しました」

 それぞれがカバンを手に持ち、部屋から玄関へ、ぞろぞろと歩き出す。

「あ、ハルくん」

 最後に部屋を出ようとした晴を呼び止める。

「ん?」

「これ、プレゼントです。……布教用だから、気にしなくてもいいですからね?」

「お、おう……」

 両手で、晴の手に握らせてきたのは自己融着テープと、針の入った半透明な小箱だ。ダメ押しかよ、と少しばかり苦笑い。

「あと、ね……?」

 そっと唇を、耳に寄せ、

「ーーーーー」

 こしょこしょと、一言。

「……秘密兵器、ってやつです」

「お、おう……?」

「ふたりだけのひみつ、ですよ?」

 唇に人差し指を当てて、ニンマリと、笑った。




参考文献:「よく釣れる!テンカラ釣り入門」吉田孝監修 山と渓谷社
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