そのイワナ、お小遣い三ヶ月分につき。   作:神楽風月

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#5

 あの、雨の日の夜。

 洗脳された訳では無いが……と自分に言い訳を重ねながら、晴はふと気になったことをスマホで調べていた。

「フライロッドの三番から五番に相当……か」

 検索すればすぐ、テンカラ竿をフライロッドとして見るならば、おおむねその範囲になる……という記事が出てきた。毛鉤を巻きすぎて、シパシパする目をこすりながらその記事を読み進める。

 ーー曰く、テンカラ竿のほうがメインラインは軽い、と書かれている。記者の偏見も入るが、などという勝手な前置きを置いて、番手に換算するなら、それこそ一番以下、オイカワ等のごくごく小型に適したゼロ番手にすら類する……とさえあった。

 極論を言うなら、張りのあるラインでさえあればナイロンだろうがPEだろうが、軽いほうがいい。あるいは風に負けないため重くしたほうがよいとは言われるものの、基本的に軽いほうが、ラインが水面を叩く抵抗も少なくなる。なにより太いと川の流れにラインが引っ張られ、毛鉤が不自然な動きをしてしまう。それをなくすために細糸を推奨される釣りなのだという。

「……けど」

 普通の釣りならそれでもいいだろう。だが、目標はみくまり祭りであの三人に勝つことだ。数……は正直なところ、付け焼き刃のテンカラでは、エサ釣りの渚に負けるだろう。匂いに形に味、場合によっては誘いを入れて動きも加える。これで食いつかない魚はいないからだ。当日はぶどう虫あたりを持ってくるかもしれない。渚の性格的に、房掛けして上流に落とし込み、すぅっと流し、反応がなければチョンチョンとアピールするミャク釣りあたりだろう……強敵だと思う。

 ならば、と狙うは大物しかない。

 大物相手で怖いのは怜だ。ルアーのアピール力は強力で、食い気がなくとも縄張り意識に働きかけて咥えさせるなんて事もできる。食欲ではなく闘争本能を刺激するのだから、どんなときでも掛けられる強みがある。

 最大の強みはドラグの存在だ。糸を切られないよう、一定の力がかかるとリールが自動で糸を吐き出すシステム。ファイトが長引く恐れがあるが、長引かせることで弱らせて寄せる事ができるとも言える。よく考えられた、大物に合う仕組みだ。

「まぁあいつ細糸使うから大丈夫か……」

 だが晴はこれに関しては楽観視していた。

 ルアーはルアーで、ラインは細いほうが釣果が上がると信じられている。勝負なら、それこそ尺超えが掛かってもギリギリ釣れるラインで組んでくるだろう、と。なにより細い糸とドラグの調整を信じてギリギリの勝負を演出するのは、ロマンがある。

 怜ならそうする、絶対そうするーー晴は心底信じている。

「ってなると……」

 勝負のポイントは山頂の鏡ヶ池から降り注ぐ、鏡落としの滝。その滝の下に広がるプールだろう。二十五メートルプールの、大体半分くらいのサイズだ。端から端まで、十メートル以上はある。

「俺の竿が三メートルちょいで……って考えなくても、絶対長さが足りねぇー!」

 顔を出すのは延べ竿最大のデメリットだ。

 付けたライン以上の長さを攻めることができない。リールというラインのストックを収納しておける機能がないのだから当然だろう。

 もちろん、解消する方法はいくつかある。

 オイカワを釣ったときのように、水の中へ入っていくのもその一つだ。だが渓流域でそれを行うのは、いささか危険すぎる。自然とこの方法は除外せざるを得ない。

 と、なればーー

「かーちゃーん! ちょっと分けてほしいんだけどー!」

 

 

 

 

「いよいよ俺の出番、ってわけだ」

 そして今日、跳魚の里帰り。

 道具もなければ、金もない。手元にあるのは竿一本、名前がかっこいいという理由だけで、フライ狂愛者の栞に誘導されていたとはいえ、初めて買ったテンカラ竿。

 銘を剣豪。

 よく考えたらダサいな、とも思う日もあったが、もはやそんなことはどうでもいい。

 買ってよかった、そう思うために。

「お前の竿も届かないんじゃないか?」

「あたしのより短いしね」

「切り札は最後まで取っておくもんだろー?」

「ほう」

 考えがあるようだと、怜は特に何も言わずに座り込む。

「タイマーはセットしない、とは言わないぞ。公平にいこう」

「当然。むしろ燃えるわ」

 先程までの仕掛けを外し、仕掛け巻きに巻いて、リュックにしまう。

 改めて出すのは、普通の仕掛け巻きに巻いた、切り札。

 それは白く、太いーー

「それは……タコ糸、か?」

 大正解だとばかりに、にんまり笑う。

 するすると仕掛け巻きから外せば、タコ糸はしなやかで巻き癖もつかずまっすぐに伸びていく。しかし、随分とーー長い。

「テンカラで使われるフロロの四号の太さはコンマ三ミリ、対して細いタコ糸はコンマ七ミリ程度です。倍以上太いように思われますが、私の使っているフライラインは四番手なんですが、表面をPVCっていうゴムで加工されていて、実はランニングライン部分って細いタコ糸と遜色ない太さになっています」

「うん、いきなりフライのマニアックな情報をわっと浴びせないで?」

 さすがはフライ狂愛者というべきか。フライのことならばと早口で語りだす栞に、渚は思わず困惑の表情を浮かべた。

「なるほど……最後まで、お前の差し金か。シオリ」

「はい」

 怜の言葉に、悪びれもせず栞は答えた。

「台風の日の、最後……ハルくん囁きに弱いから、きっと覚えててくれるなって」

「……友達の性癖とか知りたくなかったわ」

「なるほどASMRとか聞いてそうだな」

「勝手に人の性癖決めつけないでくれねぇ!?」

 ここまできて格好がつかないとは想定外だ、とばかりに声を上げた。

『ーータコ糸に亜麻仁油を塗って、乾燥させるといいですよ?』

 確かに、いまだ耳朶に残るささやき声が、あのときふと思い出されたのは事実ではあるが……振り払うように、そのとき囁かれた耳に思わず手を当てた。

「本当は大工さんが使ってる水糸とかなんですけど、たぶん持ってないでしょうし……それだったら、ハルくんのおかあさん、けっこう健康マニアって話をしてましたから、持ってそうなものを教えました」

「マジで持ってるとは思わなかったわ。お目がなんとかさん、ってのが体に良いとか言ってたたけど誰なんだろうな?」

 人名ではなくオメガ三脂肪酸である。

「フライフィッシングでPVC樹脂がなかった頃なんですけど、そのころはシルクを編み込んで作ったシルクラインをですねぇ……リンシードオイルとかに浸して乾燥させることで張りを持たせる加工をしていてぇ……」

「乾燥させる過程で臭いだのもったいないだの言われてだいぶ怒られたけどな!」

「でも、おかげで素敵なものができました。絹製の極細のタコ糸で、オイル加工、三十フィートの重さ基準で言うならおおよそ、五番か六番手と同じ重量の、シルクレベルライン……になるはずです。ハルくんのテンカラ竿の許容的に、ギリギリですけど!」

 テンカラ竿は三番から五番に相当ーーふと、あの日の夜に読んだ記事が脳裏をよぎる。

「ほんとに、どこまで計算づくなんだよシオリは……」

 たぶんこいつに一生頭が上がらないだろう、そんな予感すら感じながら、晴はそのロングラインを竿先に取り付けた。

 竿の倍以上、とんでもないばかを取ったバカみたいな、手作りテンカラ・フライライン。

 その先にはハリスとしてナイロンの一号ラインを、一メートル半ぐらい繋いでいる。合わせた長さは、合計で七メートル以上。

 ハリスの先には、手作りのテンカラ毛鉤。

『でもでも、フライフックには、サイズっていうのがあってぇ……カラーローテの代わりにですねぇ、サイズを変えたりするんですよ。渋いときこそ小さく、とかぁ……』

 あの日のセリフが、はっきりと思い出される。

 栞とのファイト後だ、あの大イワナは、かなり警戒していることだろう。

 だからサイズは、あえて小さく。

「……っし」

 長いラインを、プールの緩やかな流れの上に置いていく。

 ーーはたしてこの長さ、投げられるか?

 長過ぎるラインを、前後に振って投げるには、ここはあまりにも狭すぎた。

『そういうときは、ロール・キャストって、いうのがあってぇ……!』

 だが、そんな不安はあっという間に消えてしまう。

 なんてことはない、栞はずっと、見せてくれていた。

 水面で、ラインの向きを整えるように、畳む。こうしないと、空中で絡んでしまうのだろう。向きが揃えば、あとは竿を曲げて、竿の力で投げるだけ。

 特にテンカラ竿は柔らかい。そして、ラインは竿の許容ギリギリまで重い。

 ならば、竿は振りかぶれば勝手にしなりーー

「んっ!」

 ひゅん、と。竿を十時の位置で止めれば、オイルによる硬化加工でもってしなやかな硬さを持った手作りフライラインが、くるり、とループを描く。

 ラインが水面から離れるピシャリ、という水音を立てて水面をコロコロと転がるようにロールして、まっすぐ、滝の下の奥ーー川の流れが巻き返す、大イワナの隠れ家へと伸びていく。

「ーー〜〜っ! さすがです!」

 栞が感極まったように、称賛の声を上げた。

「いや、案外飛ぶもんだなぁ!?」

 さすがに栞のように、ぽとんと落ちるような繊細さではなく、ぴちゃんと、小さく着水音を立ててしまう。

 だが、毛鉤は狙ったポイントよりやや上流に着水した。川の流れに乗れば、問題なくポイントを攻めることができる位置なのは、ビギナーズラック、だけではないはずだ。

 

 

 

「まったくもー……あいつらー、いちゃいちゃしやがってー」

 呆れたように、渚はぼやいた。

「羨ましいのか?」

「いや、全然? なんかハルって、こう……雨の日とかでさ、おうちデートとかで一緒に本を読むとするじゃん?」

「ん、ああ……まぁ、そうだな?」

「なんかこう、うんこまん! みたいなタイトルのギャグ漫画読んでムードとかぶち壊しそうじゃん?」

「なんだ、急にIQが下がったな?」

 だが容易に想像できてしまう。

 あいつはそういうやつだ。晴ならやる、絶対やるーーそんな信頼があった。

「シオリがかわいそうだな、って」

「実際のところ、ほんとうに惚れてると思うか?」

「何年友達やってるとでも?」

「ああ、そうかい」

「今日、落ちたわ、ハルに」

「ああ、そうかい……」

 他人の恋路をあれこれ言うつもりはないが、きっと渚はあれこれ口を出すつもりなのだろうな、という確信があった。

 それこそ、何年友達をやっているとでも、である。

「……ちなみにさー、レン」

「なんだ? 僕はお淑やかな年上のお姉さんが好みのタイプなんだが」

「ちっげーわ」

「冗談だ」

「タイマー」

「押すと、でも?」

「やっぱあんたそういうやつだわ」

 互いに、ニンマリ笑う。

 

 

 

 川の流れに任せて、毛鉤が流れる。浮くタイプではないことと、距離が離れていることもあってか、どこをどう流れているかの動きが見えない。白い手作りのフライラインの先にあるということだけを頼りに、おおよその位置を推察し、

「よっ……と」

 ポイントを通り過ぎるごとに、ロール・キャストを繰り返す。

 ラインがピシャリと水面を叩く音に、警戒心を煽っていないか、という不安が募る。

 栞のように定点を絨毯爆撃するようなテクニックもない。

 ひたすら、狙ったポイントを流す。この毛鉤は、上流から流れてくるクロカワムシだと、あの大イワナが錯覚することを信じて。

「大丈夫です、ハルくん。かなり、上手に攻めれてます」

「本当か?」

「ラインが水から剥がれる音も最小で、丁寧に上流からフライを流しています。ほんとう、お手本みたいな流し方……でも……あえて言うなら、そうですね……」

 少し、考え込むふりをする。

「……キャストするたび、私のこと、考えて?」

 そして、ふぅ、と。竿を握る右手とは逆の、左耳へと囁きかけた。

「ひゃ……っ!」

 小さな悲鳴で押さえたのは、イワナが驚かないようにするための理性が働いたからだろう。竿先が少し左右にぶれてしまって、毛鉤が上手く流れなかった……気がする。

「い、いきなり変なこと言うなよ……!」

「いえ、大事ですよ? よそ見してるとストライクする、ってよく言うじゃないですか」

 釣り人あるあるの一つだろう。

 釣ろうとしてウキや竿先に集中すると、殺気かなにかが宿るのか、釣れなくなってしまう。なのに、なんとなく意識をそらした瞬間釣れ始めることがある、と。

「私、ハルくんと、もーっと、仲良くなりたいなぁ……?」

「やめろよ、からかうの……!」

「ふふふ」

 本気か冗談か、今の晴には判断がつかない。

 調子が狂うなぁ……と左耳にくすぐったさが残ったまま竿を振る。

 ころころとラインが転がって、再び毛鉤が水面に着水。水中に沈んで見えなくなるのを、大イワナが潜んでいた巻き返しの中をくるりと踊るように流れて行くのをイメージで補完して、

 

 ーーまるで曇り空のような薄暗さの中で、稲妻が光ったときのような光が走る。

 

「!?」

 大イワナが食った、と。直感がそう告げた。

「んっ! ーーん!!」

 ごくん、と喉を鳴らして、勢いよく竿を立てる。

 手のひらに、がつん、という川底の大岩にでも引っかかったような手応えが返ってきて、水面を漂っていたフライラインが、びぃぃん、と張った。

(かか)った!!」

 釣ろうという意識が逸れたからか、あるいは、動揺がラインを伝って毛鉤を動かし、思わぬ誘いとなったか。

 ーー今はそんなこと、どうでもいい!

「ぬぬぬぬぬ……っ!」

 片手では無理だ。コルクシートが貼られた竿の握りを両手でしっかりと握り、竿をまっすぐ立てる。気を抜けば竿がのされてしまいそうだ。竿先から真ん中まで、折れてしまうんじゃないかと思うほどにぐんぐんと弧を描いて曲がる。

「ハルくん!」

「大丈夫か、ハル!」

「下がる、から、下がって!」

「う、うん……!」

「落ち着いて寄せろ!」

「分かってる!」

「あたし、タモ用意する!」

「頼んだ!」

 ラインがばかみたいに長い。これを真っ当な方法で取り込むのは無理だ。手を伸ばそうにも、片手ではこの引きを抑え込めない。

 ラインが右へ、左へ。掛かった毛鉤を力ずくで外そうとして、左右へ走る。竿を反対方向に倒しながらいなすと、ハリスからだろうか、キュンキュンと甲高い糸鳴りが響く。

「ジャンプに気をつけろ、フッキングが緩む」

「分かってるよ!」

 行っているそばから、水面を割って黄金色の魚体が跳ねる。今度こそ見間違うはずがない、余裕で尺を超える、まるまると太った大イワナだ。

「す、っご……」

 渚は言葉を失っていた。

「もう少し下がれる、ゆっくりだ、テンションを緩めるなよ……!」

 驚いているヒマなどないと、怜は慎重に、晴が転ばないよう誘導を続ける。

 ーーこんなに曲がって、竿は本当に、折れないのか?

「大丈夫です、ハルくん。この竿は、そう簡単に折れません」

「ああっ!」

 ーー腕がプルプルしてきて、限界だ。いっそハリス切れしてくれた方が楽じゃないか?

「よくしなる、柔らかい竿だ。ハリス切れも、そうそう起きやしない」

「わか、ってる!」

 ーーこのまま、ずっと引きずり回されるんじゃないか?

「空気吸わせて弱らせればこっちのもんよ! あんた、あたしとコイ釣り勝負したことあるでしょ!」

「てめえが勝ったけどなぁ!」

 そんなネガティブな考えが浮かんで、消える。

 これだからーー釣りは楽しい!

「どっーーせぇい!」

 気合を入れて、竿を限界まで後ろへ倒す。たまらず水面を割って頭を出し、潜る。させないとばかりに、もう一度強く引いて、頭を出させる。水の中でしか呼吸できない魚にとって、空気にさらされるのはたまったものじゃない。

 なによりいつまでも終わらないファイトに、力強い怪物も、次第にスタミナを失い、酸欠となって、弱っていく。

「まだだ、まだ油断するな……!」

「ちょっとずつ、ちょっとずつ……!」

 ゆっくりと、しかし確実に。後ろへ下がって、タモを持った渚が取り込みやすい位置へと引きずり出す。浅瀬に近づくたびに、頭を出して空気を吸って、より弱っていく。

 片手で制御できる程度に弱ったところで晴は左手を伸ばしーー空中のラインを掴んだ。

「とった!」

 ラインはずしりと重い。ラインを指にかけ、竿がしなって大イワナをいなす力を発揮できるようにしながら、ゆっくりとラインを手繰り、後退り、浅瀬へ引きずりあげて……

「ーー今だぁあああ!」

 渚が、大イワナをすくい上げた。

 

 

 感極まると、声すら上がらないらしい。

 ざぱぁと、タモに頭から突っ込んだ状態で空高くすくい上げられたイワナが中天の太陽の光を反射して、より黄金色に見える。その姿に思わず息を呑み、呆然と口を開けたまま……ぽてっと、尻餅をついた。

 きっとこの日を、生涯忘れることはないだろう。

「……黄金イワナ、だな」

 その体側に散るイワナの特徴的な斑点は真っ白で、種類としては東北に生息するエゾイワナだ。保護色として川底の砂地に似たオレンジ色が強くなって成長したため、白い斑点と相まって、黄金色に見えるようになったのだろう。

 口の先に、栞のフライが刺さっており、口の端に、晴の毛鉤が食い込んでいる。

 たしかにそいつは、栞が釣り上げられなかった大イワナだった。

「いや、惚けてる場合じゃない。はやくバケツに入れるんだ!」

「あ、そうだね!?」

 水中から引き上げられて多少大人しくなったとはいえ、大イワナはタモから尻尾をはみ出させて、ぐいぐいともがく。長いファイトで体力を奪われていることと、渚が比較的力持ちだったから押さえられているようなものだった。

 よろよろと立ち上がった晴は、渚にタモをもたせたまま、怜と栞に押さえてもらいながらフォーセップでふたつの針を外してやり、その本当に巨大なイワナをバケツに入れようとしてーーふと、

「いや入らなくねぇ!?」

 ちなみにタモは尺超えかどうか分かるよう、長辺が三十センチちょうどの楕円形のものを彼らは愛用している。そこから尻尾どころか尻ビレがちょっとはみ出しそうになっているのだから、よほどの巨躯だ。

 そしてバケツも、さほどおおきいサイズではない。対角上に斜めに入れれば尺も入るな、程度で選んだサイズである。

「このさい仕方あるまい、頭から突っ込んで、鏡ヶ池まで生きていればかまわん!」

 頭から突っ込めばまさしく水を得た魚、尻尾をびちびち動かして暴れ始める。それを無理くり入れて……これ、背骨が曲がるんじゃぁ? という不安もよそに、体を折りたたんで入ってもらった。

「これ、たしか二十五センチ四方だったよなぁ……?」

「ご、五十センチ……!?」

「いやまて、正方形に内接する円の長さを考えるんだ!」

「さんすうは苦手だ!」

「もはや数学だよぉ……」

 釣った感動はどこへやら。

 そんなことより、死なせてしまっては里帰りもへったくれもない。

 ファイトの残響で震えの止まらない両手で、バケツの紐を握る。

「私も、手伝います……!」

 包帯が巻かれた手の痛みも忘れたように、栞も両手でそのバケツを持った。

「……重いですねっ!」

「勝利の重みってやつでしょ? ま、総数ならこっちのほうが重いけど、ねっ?」

「そうかい。じゃあ敗北者の僕は、手ぶらで登らせてもらおうか」

「おいこら」

 お前の釣った分も入っているだろうがと睨みつけ、怜はやれやれとばかりに肩をすくめた。

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