正直なところ神主の上げる言葉の意味の一割もわからないが、ようするに「今年も無事に魚が帰ってきました。つれてきてくれたのはこの人たちです。いいことをしてくれたこの人たちに、今年もどうかいいことがありますように」という意味らしい。
跳魚の里帰りでは、連れ帰った魚の種類と数を確認したらすぐに鏡ヶ池へと放流し、その後、この日のために来た神主が上げるうにゃうにゃと独特な音程の祝詞を聞きながら、終わるのをじっと、頭を伏せて待つ。
そしたら最後に、お神酒代わりの冷たい甘酒に、魚を模したどらやきみたいなものを貰っておしまいだ。
「今年は全部で、五十八匹だってよ」
「この川に、そんな数がいるものなんだな」
甘いものに甘いものの組み合わせで、口の中が甘ったるくて気持ち悪いとばかりに、水筒に持ってきた麦茶を煽る。
「毎年平均しても四十匹後半ぐらいだから、今年は多いらしいな」
じぃじぃとセミが鳴く。
山の上とは言え照りつける日差しは暑い。少しでも涼を求めるように、四人は並んで、神社に植えられた大松の木陰に避難していた。そこは渓魚が帰ってきた鏡ヶ池が一望できる場所でもあり、時折遠くで、銀色の魚体がぴしゃんと跳ねるのが見える。
「ほかの大人たちも、驚くぐらいこの川は魚影が濃いらしい……まるで釣り堀だ、みたいに言いながら帰っていったのがいたぞ」
「やっぱあたしら、キャッチアンドリリースしてるから、なのかな?」
「うーん、どうなんでしょう……?」
「渓流の魚って、台風とか大水で下流に流されちまうらしいから。キャッチアンドリリースしても、雨とかでそこからいなくらしいんだよな」
「へぇー」
なんの本だったかなぁ、と晴は頭を捻る。
「そうやって下流にいった魚が上流に戻るための道を、魚道、っていうらしいんだ」
「ああ、聞いたことがあるな……堰堤などで、流された魚が戻っていけるようにつづら折りの水路とかを作るらしい」
「渓流は狭いから、酸素も少ないし、エサも少ないらしいんだよな。だから虫喰ってるやつだけど、縄張り争いで他のやつに噛みついたりするらしい」
「なんなら、その習性があるから、ルアーで釣れるとも聞く」
「鮭なんか見りゃ一発だけど、渓魚って上流で産卵する習性があるみたいだし。こうやって、上流に戻してやると……少しずつ増えるんだとさ」
「じゃあ、私達、毎年魚を増やしているんだね」
「数百年かけてこんなに濃くなってんのね、ここの川」
「もしかするとあの黄金イワナ、俺らと同い年だったりしてな!」
「イワナの寿命は五、六年だ」
「夢がねぇーなー!」
少なくなった麦茶を煽って、ケラケラ笑う。
「まぁー、あいつも里帰りできたんだし。たくさん卵産んでもっともっと楽しい釣り場にしてくれるんだろうな」
「大きくなる個体の八割はオスだぞ」
「ほんと夢がねぇーなー!」
ロマンはどこに行ったのだと、呆れたように空を見上げて叫ぶ。
松の葉の隙間から、どこまでも遠くまで抜けるような青い空が見えた。
「……あ、ちなみに聞くんだけどよ?」
「なんだ?」
「あいつ何分くらいで釣れたんだ? 俺」
「ふむ……」
わざとらしく考え込むように、怜は顎に手をおいた。
「……ファイトしている間に鳴っていたんじゃないか? いつの間にか、アラームは切れていたみたいだ」
僕はちっとも気づかなかったぞ、と。白々しく口の端を上げる。
「そーか、そーか」
お前はそういうやつだったな、と唇を尖らせた。
それきり、なんとなくだが、四人はそろって鏡ヶ池をじっと見つめる。
きっとまだ見ない、大物がここで暮らしていて……きっとまた、川を下るのだ。
「……来年も楽しみだなぁ」
そうして、しみじみ呟いた。
「来年はーーフライ、ですね?」
「いや、たぶん当分テンカラで行くぞ、俺」
「なぜぇ!?」
「リールは好かんわ。やっぱ男なら竿一本よ」
「むぅ……フライ人口が増えませんでした……」
「待て待て、それよりハル。僕は男ではない、と?」
「なになに、実は女の子だったレンとかいうラブコメやんの? あんたら」
「僕の性別は可変型じゃないぞ」
「やるんだったらあたし特等席でゲラゲラ笑って見てる人やるから、巻き込まないでよ?」
「いやぁ、ゴリラがヒロインはキツいでしょ……?」
「ゴリラは完全なギャグ漫画だな」
「きさまらー!」
殴ってやるとばかりに渚が拳を振り上げるのが速いか、晴も怜も一斉に駆け出していた。
「まてぇ!」
追いかけるように走り出した渚を見ながら、栞は苦笑い。
「……来年もきっと、こんな感じなんでしょうねぇ」
最後まで締まらないような、これが、いつもの四人組の日常。
ーー遠くで、黄金色のイワナが飛び上がる。
「また来年」
ばいばい、と。栞はそれに手を振って……追いかけるように駆け出していった。
※くう疲