分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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プロローグ

「下がってろ。あいつは俺がなんとかする」

 

 今際の際だった。

 

 目の前に立ちふさがる凶悪なモンスター。

 誇りと信じた魔法は通じず、逃げようにも足を負傷してしまった。

 

 護衛の騎士たちは倒れ伏し、一緒に討伐にやってきた特進クラスの仲間たちも同じように怪我をしたり、そうでなくとも戦意を失って恐慌に陥っている。

 

 戦えるのは私が最後。そのはずだったのに。

 

 私を庇うようにして、一人の少年がモンスターに立ち向かっている。

 

「あ、あなた……」

 

「まあ、任せとけ」

 

 弱々しい声で呼びかければ、彼はいつものような軽い口調でそう言った。

 

「なにを馬鹿な。あなたは、だって」

 

 落ちこぼれじゃないか。

 

 座学の成績だけで学院に入学した、みすぼらしい庶民。

 

 使える魔法の数と質が尊ばれる魔法学院において、たったひとつの魔法しか使えず、またその魔法すら人に話すことがはばかられる程度の質となれば、落ちこぼれという言葉すら生ぬるい弱者のはずだった。

 

 今回の討伐演習の授業だって、彼一人では危険だからと、最優秀成績者であり魔導の名門クラウソラス家の若き天才たる私が同行してあげたくらいなのだ。

 

 他のクラスメイトもついてきたが、いずれも十代にして魔法を三つ四つと習得した名門の出。足手まといにはならない程度の実力はあった。

 

 結果は連れてきた護衛も含めて御覧のありさまだったが、それでも彼に比べれば遥かに実力は上のはず。

 

「無理です。あなたの敵うような相手ではありません」

 

 それが純然たる事実のはずだった。

 

「私がなんとかします。あなたはさっさと逃げなさい」

 

「なんとか? その有様で?」

 

「そうです。私は魔導の名門クラウソラス家の人間! たとえどれだけ強力なモンスターが相手だって!」

 

 足の痛みを無視してなんとか立ち上がろうとするが、無理だった。

 

 力なくその場に倒れこんでしまう。

 

 このままだと私は死ぬ。

 

 それを理解しつつも、いやだからこそ、私は貴族としての責務を果たさなければならない。

 

「あなたは逃げなさい。逃げて、救けを呼んでくるのです。あのモンスターを――ドラゴンを倒せる誰かを!」

 

 ドラゴン。

 

 剣も魔法も弾く鱗をもった、最強にして最悪のモンスター。

 王国騎士団の専門討伐部隊が出動してようやく倒せるかどうかという、そんな怪物だった。

 

 口から火を噴き、辺り一面を焼野原に変えたドラゴンが、ゆっくりとその牙をこちらに向ける。

 

 時間はない。

 

「あなただけでも逃げなさい! これは命令です!」

 

 恐怖を噛み殺し、貴族としての意地だけでそう叫ぶ。

 

 お馬鹿な庶民は振り返ると、

 

「嫌だね」

 

 と、そう言って笑った。

 

「なぜ?」

 

 命令を無視された怒りよりも先に、疑問が口を出た。

 

「あなただってわかっているはずです。ドラゴンには敵わない。ここに残ったら、あなたも死んでしまうと」

 

「そうだな。死ぬな」

 

「あなた、だって、反対したではありませんか。私がこの先に行こうとしたら、これ以上は危ないからやめておこうって。それでも私や他のクラスメイトたちが強行したから、こんな目に」

 

「たしかに。あそこで引き返していれば、こんなことにはなってなかったかもな」

 

 少年が苦笑する。

 目前に迫る死を前にして、それでも彼は笑みは絶やさなかった。

 

「でも、それでもついてきたのは俺だからな。ここで俺一人が逃げるわけにはいかないだろ?」

 

 なんだそれは?

 

 弱いのに。貴族でもないのに。自分のことを馬鹿にして死地に追いやった私たちを、恨んでないというのか。

 

「……お馬鹿。あなたは、大馬鹿者です」

 

「そうかもしれない。けどそんな馬鹿な男にだって、たったひとつ使える魔法があるんだよ」

 

 少年がドラゴンに向けて手を伸ばし、詠唱を始めた。

 

「エル サルハ グラム ケルセルフ」

 

 物質界に存在せず、天魔界に至るための、力ある言葉。

 

 常人では意味のある単語に聞こえないその言葉の羅列を、そこに込められた意味を、魔力を知覚できる魔導師である私には理解できた。

 

「死と破壊……いいえ、自死と破滅?」

 

 なんだその詠唱は。そんな詠唱、聞いたこともない。

 

 百を超える魔導書に目を通してきた。けれど、そんな詠唱を持つ魔法はお目にかかったことがない。

 

 いや、待て。あった。思い出した。

 

 冒頭だけ軽く読んで、これは要らない、習得に挑むだけ時間の無駄と捨て置いた、あの魔法の魔導書。

 

 王国、あるいは大陸全土を見回しても、誰も習得していないだろうその魔法は、大破壊こそもたらすが、それに伴う代償があまりにも馬鹿らしく、かつ習得も困難極まるため、使えない魔法の代名詞とすら言われていた。

 

「嘘でしょう? あなたが使える魔法って、まさか」

 

「自爆魔法――それが俺の習得できた、唯一の魔法だ」

 

 ありえざる魔法の使い手は、詠唱を重ね、ここに神秘をつむごうとしていた。

 

 破壊の灯が少年の手から発せられ、全身を包み込む。

 

 それは命の輝き。自分の命を手放すことでのみ発動させることができる、生命を破壊のエネルギーに変換する破滅の輝きだった。

 

 これまで悠然と構えていたドラゴンが動き出す。

 自分を葬り去れる可能性のある力の波動を、彼の手に感じたのだろう。

 

 しかしもう遅い。魔法の発動は、すでに終わっている。

 

 終わって、しまっている。

 

「どうしてそんな魔法なんかを!? いいえ、そんなことよりも!」

 

 自爆魔法を習得した経緯などどうでもいい。そんなことよりも、私には聞きたいことがあった。

 

「どうしてそんな簡単に、自分の命を捨てられるのですか!?」

 

「それはお前だって同じだろ?」

 

「私は貴族です! 民を守るために命をかけるのは当然です! ですが、あなたは違う! 命をかける理由なんて、どこにもないはずなのに!」

 

「なんだよそれ。命をかける理由くらいあるだろ?」

 

「え?」

 

「だってベルは、俺の大切な人だから」

 

 なんでもないように、彼は告げた。

 

「大事な女の子を守るために、男が命を費やすのは当然のことだろ?」

 

 少年と過ごした日々を思い出す。

 

 最初は魔法を使えない馬鹿な庶民と思った。

 魔法学院に在籍するにふさわしくない、場違いな庶民だと。

 

 だから遠まわしに退学をすすめた。それが学院にとっても彼にとってもいいだろうと、そう思って。

 

 それを拒否され直接的に追い出そうとした。ことあるごとに突っかかり、私の力を見せつけた。そうすれば、彼我の才能の差というものに気付いてしっぽを巻いて逃げるはずだと思った。

 

 けれど。

 

 彼はここにいた。私の目の前に居続けた。

 

 他の者のように名門クラウソラス家の名を気にかけることもなく、隔絶した私の才能を僻むこともなく、私の言葉には軽口を返し、時に向こうから笑顔で話しかけて来た。

 

 図書室で一緒に試験勉強をしたことがあった。

 

 共同で魔導具の開発に取り組んだことがあった。

 

 珍しい魔導書はないかと共に街に繰り出し、見つからないからと喫茶店でお茶を飲み、お菓子を食べて、一日を無駄にしたと笑いあったこともあった。

 

 ……ああ、今になって思えば。

 

 それはなんて素敵な、夢のような時間だったのだろう。

 

 今更になって気づく。彼は、この人は、私にとって初めての――

 

「じゃあな、ベル。次にもし会うことがあったら、今回がんばったご褒美でもくれよな」

 

 最後にそう叶わない約束を言い残し、少年はドラゴンに向かって走っていった。

 

 そして。

 

 ぱくりと、大きな口をあけたドラゴンに食べられた。

 

「……え?」

 

 頭上で響く咀嚼音。肉と骨が貪られる音。

 呆然と見上げれば、首をのばしたドラゴンが彼を丸呑みにしていた。

 

 脅威は去ったと翼を広げ、空へと飛びあがるドラゴン。

 

「……待って。待ちなさい。それは、その人は私の!」

 

 頭上を悠々と泳ぐように飛び回るドラゴンは、口を開け、焔の輝きを灯す。

 

 あれが放たれたらなにもかも終わる。

 

 絶望的な輝きが――そのとき、より強烈な光によって掻き消えた。

 

 ドラゴンを中心に膨らんだ輝きが爆ぜ、空中に光の華を咲かせる。

 どんな魔法すら通用しない鱗も、内側からなら意味がない。ドラゴンの肉体が爆発四散する。

 

 あるいは彼は、最初からそのつもりだったのかもしれない。

 

 幼き日、まだ魔導書よりも好んで読んだ、あの冒険譚の英雄のように。

 

 彼は味方のために敵を道連れにして、笑って死んでみせたのだ。

 

 その一部始終を見届けて、私の心にはぽっかりと穴が空いたようだった。

 

 周りではクラスメイトたちが喜びの声をあげていた。助かった。庶民にしてはよくやった。誉めてやろう。

 

 ああ、うるさい。黙れ。さえずるな。

 彼がどんな想いで魔法を使ったのか、なにも知らない癖に……!

 

 知っているのは私だけだ。私だけが、彼の最期の言葉を知っている。

 

 だから私が、彼を、いや彼は、私の。

 

 私の…………なんだった、のだろうか……?

 

 友人だったのか。好敵手だったのか。あるいは、それ以上のなにかだったのか。

 

 わからない。もう知ることもできない。

 

 だって、彼はもういないのだから。

 

「ごめんなさい。私が、私が愚かだったから……!」

 

 名門クラウソラス家の神童、ベルフラウ・フォン・クラウソラスは、きっとこの先の一生を費やすのだろう。見つかるはずのないその答えを探して、今日この日のことを永遠に後悔し続けるのだろう。

 

 なにもできなかった無力を呪いながら。

 

 ずっと。

 

 ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮の自室。自分以外誰もいない安全な空間。

 飲んでいたお茶をテーブルに置き、読んでいた魔導書に栞を挟んで放り投げる。

 

 そのあと備え付けのベッドに飛び込み、枕に顔をうずめ、

 

 

「いやそれ分身だからぁあああ――ッ!!」

 

 

 俺は腹の底から思い切り叫んだ。

 

「なにしてるんだ分身?! いやもう本当、なにしてるんだよ分身の俺!?」

 

 ベッドの上でのたうち回りながら、なおも叫び続ける。

 

 自爆魔法を使ったのは許す。

 あれくらいしかモンスターを倒す手段はなかったから、自爆魔法を使ったのはこの際いいとしよう。

 

 みんなを見殺しにするわけにはいかないからな。うん、そこは仕方がない。

 

「なにが『だってベルは、俺の大切な人だから』だよ! 別にそんな風に思ったことねえよ! ただのいつもちょっかいかけてくる知り合いのお嬢様だよ! なんだったら、ちょっとこいつうるさいな自慢話を盛るくらいならその平らな胸でも盛っておけよお貴族様とか思ってただろ!」

 

 ベルフラウ・フォン・クラウソラス。我が儘お嬢様。学院の知り合い。

 

 街で一緒に喫茶店に入ったこともあるから、仲が悪いとまでは言わないが、友達かというと少し頭をひねる程度の間柄でしかない。あのときも半ば無理やり連れまわされただけだし。

 

 そもそも今回の討伐遠征の授業への参加も、彼女がいると面倒そうだから分身に任せたくらいだ。

 

 もちろん、ベルなんて愛称で呼んだこともない。

 

「絶対その台詞言いたかっただけだろ! 俺そういうとこある! 俺も同じ場面なら同じこと言ったかも! けど本当に言うなよ明日からどんな顔してベルフラウに会えばいいんだ!」

 

 そう、先程ベルフラウの前でワイバーン――似てるけどドラゴンじゃない――を自爆魔法を使って倒したのは俺である。

 

 正確にいえば、俺が能力(スキル)で作った分身体だ。

 

「ていうか、生きて顔見せたら隠してる分身スキルのことがばれるから会えないし、そのまま死んだことにして逃げるしかないか? けどやっとの思いで手にした高学歴チャンス、捨てるにはあまりにももったいない。……双子設定でなんとか潜り抜けられないか?」

 

 それでベルフラウに次に会ったとき、こう言っておけばいいのだ。

 

 やあ、君がボクの双子の兄を見殺しにしたベルちゃんだね! 今どんな気持ち? ねえ、今どんな気持ちなの? えっ? よく聞こえないんだけど。ごめんなさいする気持ちがあるなら誠意って奴も必要じゃない?

 

 具体的にはボクにも学籍用意してくれてもいいんじゃないかな?

 

 名門貴族のお嬢様ならそれくらい簡単でしょ? 早くしてよ君の義務でしょ?

 

「言えるわけがない!」

 

 そんなことしたらベルちゃん泣いちゃう!

 けっこう繊細な子なんだからマジ泣きしちゃうよ!

 

「ああくそっ、マジでやらかしてくれたな俺よ。ベルフラウ、絶対落ち込んでるじゃないか」

 

 分身スキル。天涯孤独の身の上である俺にとって、唯一といっていい武器。

 

 だが所詮は俺を増やすだけ。

 

 馬鹿なことを当たり前にやらかすし、その後始末を本体の俺がする羽目になるのもいつものこと。死んでもOKな分身だからって自分の命を粗末に扱ってしまう、俺という人間の治すべき悪癖だ。

 

「……どうにか、曇ったあいつを元気づけるしかないよなぁ」

 

 本当にいつものことだ。俺は何度もこういう場面に遭遇してきた。

 その度に苦労して、なんとか女の子の笑顔を取り戻してきたのだ。

 

 最初は、いつ、どこで、誰が相手だっただろうか?

 

 俺は昔を思い起こす。

 

 分身スキルを手にした、あの幼き日のことを――……

 

 

 




こんな感じのお話です。

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