分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
アインはアルフィリアさんの護衛として、皇城の出入りを許されているらしい。
しかしながら、勝手に見知らぬ人間を城内に連れ込む権限まではない。彼に出来たのは、自分の連れとして最初の門の内側に俺たちを招き入れるところまでだった。それ以上は帝国側の許可を取らないといけない。
そこでアルフィリアさんに連絡を入れて、こちらを迎えに来てもらうことにした。落ち合う場所は、街の奥まった場所にあった大衆食堂だ。
「フィアーさん!」
わざわざ皇城から城下町までやってきてくれたアルフィリアさんは、店内に入ったところで俺の姿を見つけると、ぱたぱたと大急ぎで走り寄ってきた。
俺とパトリシア、リリエッタの三人で囲むテーブルまで来ると、怪我がないことを確かめるように触れてくる。診察スキルの治癒の輝きが、何度か明滅した。
「よかった。ご無事のようですね」
「はい。なんとか五体満足で帝都まで到着できました。けど」
俺は道具袋から一枚の金貨を取りだし、アルフィリアさんに差し出した。
「カインズさんが亡くなってしまいました。そのときに、この金貨を拾ったんですけど」
「持ってきてくださったのですね。ありがとうございます。これがあれば、カインズは大丈夫です」
「よかった」
もしかしてとは思っていたが、カインズさんは本当に死んだわけではないらしい。
アルフィリアさんは受け取った金貨を懐に入れると、お肉を口いっぱいに頬張っていたリリエッタと、小さなパンをもそもそと口に運んでいたパトリシアに目線を向ける。
「リリエッタさんとパトリシアさんですね。こうして直接顔を会わせるのは初めてになります。わたくしがアルフィリアです」
「ごくん。はじめまして。リリエッタ、です」
「パトリシアです」
リリエッタはいつもどおりの態度であいさつを返したが、パトリシアは警戒した様子だった。先ほどの話が、彼女の中で尾を引いているのだろう。
俺としても気にはなっているのだが、それよりも先にやるべきことがある。
「アルフィリアさん。状況はどれだけ把握してますか?」
「道すがら、アインさんにいくらかお聞きしました」
「ああ。大体の状況は伝えてもらったよ」
アルフィリアさんを呼びに城まで戻っていた白騎士姿のアインが、そう言いつつテーブルまでやってくる。ルフレは城に置いてきたようだ。
「ナターリアって皇女さんがアルフィリアさんを罠にかけようとして、今回の事件を起こした。で、俺たちはそれをどうにかしないといけないってな」
「はい。まさかナターリア皇女が血属スキルを使えるとは、正直想像もしていませんでした。……知らぬまま彼女に会っていたら、万が一ということもありました。未然に防いでいただいて感謝申し上げます」
「アルフィリアさんでも洗脳されかねないってことですか?」
「血属スキルは発動に際して自らの血を操るのですが、有効射程が短い代わりに、一度体内に侵入を許してしまえば抗う手段はありません。それはわたしくとて例外ではないでしょう」
アルフィリアさんはやはり血属スキルについて詳しいようだ。
それなら聞くべきはひとつ。
「かけられた場合、解除する方法は知っていますか?」
「フィアーさん。お母さんのことなら」
パトリシアが横からそう口を出すが、手のひらを向けて止める。
「アルフィリアさん。どうでしょうか?」
「術者が解除する以外の方法は存じあげません」
アルフィリアさんは首を横に振る。
「ただ、絶対に無理とは申しません。前回の吸血公のときにも、洗脳が解除された事例が数件ですがありました。残念ながら、共通点こそ見つけられませんでしたが」
「そうですか」
希望を捨てるのはまだ早いということだな。
「その点も踏まえた上で、我々の今後の動きを相談したいと思います」
アルフィリアさんから俺たちの行動方針について選択肢を提示される。
「ひとつは、このまま全員で帝国を出ること。少なくとも、ナターリア皇女の魔の手からはそれで完全に逃れられます。あとはわたくしが外交を通して、彼女の無力化を狙いましょう」
「できるんですか?」
「血属スキルを持っている、という事実を突きつければ可能です。皇帝に庇い立てされるかもしれませんが、教会はそれを許しません。――贖いは、必ずさせますよ」
空恐ろしい声だった。
「ただその場合は、実際にナターリアがどうなるのか確認できませんよね?」
「そうですね。皇帝が処刑した、と表向きに声明を出して、裏では救っていたという危険は残ります」
ナターリアのスキルについては、多くの人が知らなかった。
しかし、確実に知っていた人物は最低でも二人いる。
一人は鑑定スキルを持っている第三皇子ヴォルフ。もう一人は、そんな皇子を息子に持ち、生まれた子供のスキルに並々ならぬ関心を寄せている皇帝その人だ。
特に皇帝は、血属スキルの危険性を知りつつこれまで秘匿していたと見て間違いはない。皇帝にとっても、ナターリアのスキルは有用性が高いのだ。彼女のスキルが公表されていなかったのはそれが理由だろう。
一度避難した上で外交から圧力をかけるとなると、帝国の主たる皇帝に庇われてしまう可能性は捨てきれない。たとえアルフィリアさんと教会の力であっても、だ。
「もうひとつは、フィアーさんの案ですね。我々の手ではなく、帝国の人間の手で裁いてもらう。政敵であるユーヴェイン殿下なら最適でしょう。その場には、もちろんわたくしも立ち会わせていただきます」
「教会を第三者に置いての公開断罪か。……さすがの皇帝も、なにかしらの処断をしないといけませんね」
「確実性を求めるのであれば、こちらの案の方がいいでしょう。ただ、こちらの案を実行に移した場合、帝国では小さくない騒ぎが起こるでしょう」
「誰がどこまで洗脳されているかわからないから、ですね」
「少なくとも、ナターリア皇女がこれまで洗脳した人間は十や二十といった数ではないでしょう。百という数すら生ぬるい。下手をしたら千人に届く可能性も」
ナターリアは皇子皇女らの中で第三位の勢力を持つ。それだけの人間が彼女の側についているのだ。
無論、派閥の全員が洗脳されているわけじゃないだろう。だがトップが洗脳を受けてナターリアへの恭順を取れば、その下も倣わざるを得ない。そうやって作られたのが第三皇女派閥であれば、一体どれだけの数が洗脳されているかは、ナターリア本人にしかわからないだろう。
当然、洗脳された人間は自派閥以外にもいるはずだ。
スパイとして、他の派閥に潜り込んでいてもおかしくない。
「下手をしたら、帝国がひっくり返る騒動に発展しかねない。この場にとどまっていれば、我々もまたそれに巻き込まれるかもしれません」
「でも逆をいえば、皇帝もナターリアに洗脳解除を命じざる得ないはずですよね?」
誰が敵かもわからぬ混乱を治めるには、そうするしかない。
「俺はこっちの案で行きたいと思います。俺たちが引き金を引かなくても、これは結局いつかは起こる問題だったでしょうし」
「たしかに。そういう意味でも、帝国の未来は帝国の人間の手に委ねるべきでしょう。これらの問題もあわせて情報を提供し、彼らにどうするべきかを選んでもらう他ありませんか」
ナターリアという爆弾は、皇帝が血属スキルを管理せず、放置していた以上、いつかは必然として爆発していた問題だ。
ある意味では、気付いた今が一番被害が少ない状態といえる。今ならまだ、問題は帝国内で完結できる範疇かもしれないが、今回の事件がそうだったように、これ以上ナターリアに跳梁跋扈を許せば、それこそ帝国の外にまでその魔の手が及ぶだろう。
やはり今だ。今、自分たちが引き金を引くしかない。
その上で問うしかないだろう。この問題を解決できるかどうかを。
帝国という国に。ユーヴェインという皇子の器に。
――でもそれをするのは俺ですよね?
そんな顔でアインがこちらを見てくる。
俺はぐっと親指を立てた。
心身共に落ち着いた今、実はもうちょっとでデスシードが解除できそうな気がしているのだが、もちろん彼には内緒である。
もう一人の分身であるフィアーとアルフィリアさんとの綿密な打ち合わせのあと、そのときはやってきた。やってきてしまった。
場所は皇城。
白騎士状態を解除した俺は、フィアーから預かった証の紋を手に、客間で一人待っていた。
ユーヴェインにはすでにアルフィリアさんを通して使いを送っている。
彼女曰く、ユーヴェインはアルフィリアさんとつながりと持ちたいと考えているようで、何度か食事や茶会に誘われているらしい。それを利用して、二人きりで会いたいと言伝を送ってもらった。
「お待たせしました、麗しのレディ。このユーヴェイン、逢瀬の約束を果たしにやってまいりました」
罠とは知らず、ユーヴェインは俺の待つ部屋へと単身やってきた。見るからに上機嫌の様子だ。
扉の前で優雅に一礼したのち、顔を上げた彼と俺の視線が合う。
さて、我らが父親の第一声はなんだろうか?
アルフィリア様はどこに? 妥当だろう。
どうしてここにいる? 一番ありそうだ。
貴様は誰だ? そんなこと言われたら好感度が下がるな。
血のつながった父親との感動の再会といってもいいシチュエーション。
果たして、ユーヴェインは目を大きく見開くと、
「会いたかった! マイラブリーエンジェル!」
「それは予想してねぇよ」
大きく両手を広げ、感涙にむせび泣きながら抱き着いてきた。
「うぉおおおお! うぉおおおお! ついに我が腕の中に宝物が戻って来た! これは夢か? いいや、夢であるものか!」
「ちょっ、落ち着いてくれ!」
「落ち着いて入られるものか! お前が我が息子と知った日から、日々想いを募らせ続け、このときをどれだけ待ち望んでいたことか!」
ずりずりずりずりと頬を摺り寄せてくるユーヴェイン。予想をはるかに超えて、熱烈な歓迎ぶりであった。
フィアーからゼルクトの街でのやりとりは改めて聞いたが、こんなになる部分なんてなにもなかったように思えるのだが。
「と、とにかく一度離してくれ! これじゃあ話もできない!」
「話?」
「そう、話だ。あんたに話をしたいことがある」
「うんうん、私も同じ気持ちだとも」
ユーヴェインは近くに置いてあったソファに腰かけると、俺を膝の上に乗せて後ろから抱きしめてくる。
「さあ、存分に話そうじゃないか」
「これが話をする体勢だとでも?」
「父と息子の由緒正しい対話姿勢だろう。ああ、息子の匂いがする。すぅー」
「おいやめろ! 人のつむじの匂いを嗅ぐな!」
率直にいって変態だと思う――フィアーが語っていたユーヴェインへの評価が、ようやく俺にも理解できた。
変態だ。変態がいるよ。
「ていうか、やっぱり俺が息子だってことは把握してたんだな?」
「もちろんだとも」
「どうやって知ったんだ?」
事の発端を問えば、ユーヴェインは自信満々な顔で、
「私には頼りになる部下がいてな。もう亡くなってしまったが、彼女が最後の忠言として残してくれたのだ。息子と仲良くしろとな」
「それって、もしかして簒奪者イライザ?」
「……そういうことだな。ああ、勘違いするな。彼女にトドメを刺したのはお前ではないからな」
そこはどうでもいいんだけど。いや、よくないか。
やっぱり、イライザが鑑定スキルかなにかの力で俺とユーヴェインの関係性を見抜いたらしい。本体側がゼルクトの街でしっかりととどめを刺していれば、こうはならなかっただろう。
「あのときはお互いに行き違いがあり、我々は敵対してしまった。しかし、今はこうして親子として巡り合うことができた。それでいいではないか」
「……ずいぶん簡単に、息子として迎え入れるんだな」
朗らかに微笑むユーヴェインに、むしろこちらが戸惑いを隠せない。
「あんたにとって俺は、降って湧いてきた子供だろう? 子供を作るような真似をしておきながらも、できると思っていなかった子供のはずだ。違うか?」
「否定はできんな。ああいや、そう言う話ではないな」
ユーヴェインはそこでようやく俺を手放したかと思うと、立ち上がっておもむろに頭を深々と下げた。
「まずは謝罪を。今の今まで父親としてその存在を知らず、また知ろうともしなかった不義理を謝罪する。本当に、すまなかった」
「……別に、俺だってあんたのことを父親として認識したのは最近の話だし、それまでは探そうともしてなかったから」
お互い様だ。
「ただ、俺の母さんへの罪の意識は持っていてくれ」
「……調査に出した部下から聞いている。お前を生んですぐ亡くなったそうだな」
「正直、記憶も思い出もない。けど、俺にとっても母親だから」
「そうか。一夜の関係とはいえ、愛し合った仲だ。二度とその存在を忘れないと誓おう」
「ああ。なら、母さんの代わりにその謝罪を受け取るよ」
「感謝する」
ユーヴェインは頭を上げる。
心底から申し訳なさそうな顔をしている目の前の男を見て、俺は思った。
ああ、そうか。
この人が本当に俺の父親なんだな、と。
情報としてではなく、実感としてそう受け止めることができた。
「改めて名乗らせてもらう。俺の名前はフィアーだ。あんたの血のつながった子供だよ」
「私はユーヴェイン・ケーニヒ・ゼノ。是非、パパと、いやお父様、あるいは父上と呼んでくれ!」
「……ユーヴェイン殿下でいい?」
「…………」
「そんな捨てられた子犬みたいな目で見られても」
「仕方あるまい。これも自分の罪の重さと受け止めよう」
涙を目尻に浮かべながら引き下がるユーヴェイン。そんなに?
お互いに名乗ったところで、ようやく本題に移る。
「まずはどうして俺がここに来たのかを説明しないとだな」
「それは知りたいところだな。私はアルフィリア様に逢瀬を願われたと思うのだが」
「そのアルフィリアさんに俺が頼んだんだよ」
「ということは知り合いなのか?」
「実は……」
あらかじめ決めていたカバーストーリーを語る。
コルニ村で暮らしていた俺は、ある日各地を回っていたアルフィリアさんと出会ったこと。
その際に俺の持っていた証の紋の存在を知り、皇族関係者ではないかと判断したアルフィリアさんが引き取ってくれたこと。
アルフィリアさんが色々と調べてくれた結果、俺の父親がユーヴェインだとわかったこと。
アルフィリアさんが気を利かせて、護衛を雇って帝都まで送り届けてくれたこと。
「なんと!? ではアルフィリア様が我々を再会させてくれた運命の紡ぎ手ということか!?」
「まあ、うん。ある意味で?」
「そうかそうか。……とても声のよい心優しい聖女様だと思っていたが、なるほど、これは私としても真剣に考えなければならないか。……フィアーよ。お前にも、やはり母親は必要だからな」
「一応言っておくね。やめておいた方がいいよ」
「…………そういう、ことか……!?」
「どういうこと?」
「フッ、皆まで言うな。保護してくれた優しい女性。お前の気持ちはわかっている。父は応援しているぞ!」
「それ絶対わかってない」
「しかし困ったな。我が友とお互いに年の近しい子供ができたら、婚約させるという約束をしているのだが。レオンハルトにはまだ子供はいないが、フィアーの年齢からしてあやつの妹のロゼが適任と考えていたのだが……まあ、側室でよいか」
こいつ!? 人の知らないところで、すでにそこまでの妄想を!?
「そ、それは横に置いておいて、とにかく俺はアルフィリアさんの手配でここまでやってきたってわけだ。ちなみに、アルフィリアさんが探していた相手は俺だよ」
「そうだったのか。我が息子をあそこまで必死になって……重ね重ね、感謝の言葉を贈らなければならないな」
「それよりも先に、知っておいてほしい情報がある。信じられないかもしれないが、全部本当のことだ。――俺はあんたの妹のナターリアに軟禁されていた」
「なに?」
ユーヴェインの視線が初めて鋭い光を帯びる。
「ナターリアがフィアーを? どういうことだ?」
「実は……」
俺は再度事情を説明する。
ナターリアの持つ血属スキル。それによって洗脳された護衛の冒険者。ナターリアが俺を人質に、アルフィリアさんを洗脳しようと企んでいたこと。
俺もまた洗脳されかかったのだが、血のつながりがあり洗脳を免れたこと。そしてそれをナターリアが知らなかったから逃げてこられたのだと、一部は誤魔化しておく。リリエッタのことは伏せておく方針だ。
「――というわけで、俺の身柄は今ナターリアに狙われている。あんたが思っているより俺は爆弾だよ。信じられないかもしれないけどな」
「いや、信じよう」
ユーヴェインはその部分だけはきっぱりとそう告げた。
「私はフィアーを息子として扱うと決めた。であれば、その言葉を信じないという選択肢はない。……正直に言えば、この先どうするべきかは判断しかねているが、お前の身の安全だけは必ず守ろう。それだけは約束する」
「ユーヴェイン殿下」
「だからやっぱりパパと呼んでくれ!」
「ユーヴェイン殿下……」
「あとその話よりも気になっているのだが、フィアーと一緒にいた少女がいただろう? お前のことを兄と呼んでいたあのピンク色の髪の天使だ。あれも私の子供なんだろう? 彼女はどこにいるんだ?」
この野郎。ちょっと感心したらこれだよ。
「生憎と、彼女は俺を兄と慕ってくれているだけで、実際のところは妹ってわけじゃないんだ」
「またまた。私は彼女にも運命的ななにかを感じているぞ? 双子なのではないのか?」
「いや本当に。あの子は俺の妹じゃないから」
「と言いつつ実は姉というオチだったり?」
「姉でもない」
叔母様だからね。
「ユーヴェイン殿下の娘じゃないから。これは誓って本当だ」
「そうか。……そうかぁ。一度に息子と娘が出来たと思ったのだがなぁ」
しょんぼりと肩を落とすユーヴェイン。こ、こいつ……。
「なぁ、本当に大丈夫か? ナターリアのことは帝国を揺るがす大事件だと思うんだけど」
「そうだろうな。でもまあ、大丈夫だ」
あっけらかんとユーヴェインは笑う。
「私には頼りになる友や配下がいるからな。私にとっても、お前にとっても、最高の結果を導き出してくれるだろう」
呵々と大笑するその姿は、まさに皇子たる者らしく。
「だからフィアーよ。あとはこの父に任せておけ。――我が息子を虐げた罪は、しっかりと愚妹に贖ってもらうとしよう」
続く笑みは怒りをにじませた、やはり皇子らしいものであった。