【受賞・書籍化】分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
《別視点》
フィアーを見失ったと聞いて、最初に込み上げてきたのは激しい怒りだった。
「役立たずが! あれを逃がしたらどうなるかわかっているの!?」
持っていた鞭を柄ごと報告してきた兵に投げつける。
硬い部分が当たったのか、額から血を垂らした彼は、心底申し訳なさそうに低くしていた頭をさらに下げた。
「お詫びの言葉もありません。かくなる上は我が命をもって償わせていただきます」
「お前の命などでどうにかなる問題じゃないわ! そんなこともわからないの!?」
思い付くかぎりの罵倒の言葉をまくしたてる。そうしても、胸の怒りは決して消えることはなかった。
それは目の前の男だけではなく、今回の一件を招いた最大の責任者に散々鞭を振るっても同じだった。
「クインシア! お前は何度もフィアーと顔を会わせていたはずよ! なのになぜあれの動きに気付けなかったの!?」
「申し訳……ありま、せん……」
血まみれになって床に転がるクインシアが、息も絶え絶えの様子で謝罪の言葉を口にする。
こいつもだ。その謝罪に一体なんの意味があるのか。いくら反省しようと、起きてしまった事実は消せないというのに。
「どうしてこんなことに……」
次期皇帝の座を手に入れるため、周到に用意した教会を取り込むための聖女洗脳計画。それは上手くいっていた。上手くいっていたのだ。
囮となる子供を確保し、うち一人はスキルで支配下に置くことができた。もう一人が黒騎士化するというアクシデントこそあったが、不安要素は彼自身を盤上から取り除くことで排除できるはずだった。
あとは件の聖女がやってくるのを待つばかり……そのはずだったのに。
「フィアーに逃げられるなんて」
暴走したフィアーと護衛だった冒険者一名が、洗脳していたリリエッタ共々あたくしの手元から去って行ってしまった。
意味がわからない。
逃げたということは作戦がばれた可能性が高いのだが、一体どこからどうやってばれたというのか?
作戦の詳細を知っていた人間は、全員あたくしの血属スキルの支配下に置いていた。彼ら彼女らから作戦内容がばれることはありえない。あたくしの人形があたくしを裏切ることだけは絶対にありえないのだ。
可能性として考えられるのは、件のフィアーの持つとされるスキルの力か。
リリエッタも兄である彼のスキルを知らなかった。身内にまで隠していたとなれば、相応に強力なスキルであることは想像に容易い。
自分の命の危機を察する感知スキル?
それとも人の思考を読む読心スキル?
詳細は不明だが、その力をもって作戦を暴いたとしか考えられない。
あるいは作戦こそわからなくても、このままだと危険だと察して逃げ出したか。
お陰でこちらは危機に陥ってしまっている。
「このままでは、あたくしは皇族争いから脱落させられかねない。いえ、それどころか廃嫡すら……」
もしもフィアーがあたくしの血属スキルについて知ったというなら、絶対に取り逃がすわけにはいかなかったのだ。
なぜなら、血属スキルはモンスターが授かるスキルだと知る人ならば知っているからである。
スキルの詳細は無論のこと、呼称すらばれただけであたくしは皇族として終わりだ。帝国の第三皇女ナターリアはモンスターであるという、ありもしないレッテルを貼られ、皇位を巡る戦いから引きずり降ろされるだろう。
スキルの力を最初から知っていた人たちの援護は期待できない。
ヴォルフ兄上は事なかれ主義の中立だし、お父様は秘密を隠し通せなかった時点であたくしの落ち度だと判断するだろう。密約を結んでいるオズワルドに至っては、こちらが追い詰められた段階で嬉々として裏切ってくるはずだ。
せめてお父様があたくしの力を利用していれば話は別だったかもしれないが、洗脳という力をお父様は政治の上で必要としたことはなかった。
『その力を使うも使わないも貴様の自由だ。その結果を含めてもな。好きに生き、好きに死ぬがよい。我がファムファタールの娘よ』
お父様の血属スキルへのスタンスはそれだった。
手を回してスキルの詳細を隠すことこそしてくれたが、それ以上はなにもしてくれなかった。
失墜したらそこまで。良くも悪くも、お父様はスキルによって特別視はしてくれても、特別扱いはしてくれないのだ。
だから競争相手である他の皇族にスキルの秘密がばれる前に、フィアーをなんとしても口封じしないといけない。いけなかったのに……!
「そもそも、クインシア! 本当ならお前が気づくべきだったのよ! フィアーだけではなく、お前の娘だって協力していた! 普通なら気付けるはずでしょう!?」
「申し訳、ございません。もしかしたら……フィアー様のスキルではなく、パトリシアの仕業なのかも……あれは、私にも本当の力を隠していた節があり……」
「パトリシア? あの女になにができたというの?」
たしかに、クインシアからは前々から娘であるパトリシアを洗脳するように提言されていた。今回の作戦に際しても、そうでなければフィアーより先に排除しておくべきだとも言われていた。
一笑に付すべき戯言だ。
相手を安眠させられるだけのスキルになんの価値があるというのか。
あたくしの血属スキルは、発動に際して血液をかなり持っていかれてしまう。短期間のうちに何度も連発はできないのだ。
本命である聖女アルフィリアが控えている今、情報収集を優先してリリエッタに使った以上、一介の冒険者風情になど使えるはずがない。
クインシアは優秀なスキル持ちであり戦士であったが、娘に対する過大評価だけは欠点だった。血属スキルで支配しても、元々の性格が変わるわけではない。娘への愛情がそれだけ深いのだろう。
だから今回の件も見逃した。娘やフィアーの変調に気付ず、あたくしを窮地に追いやった。
「クインシア! お前が使えるスキルを持っていなかったら、モンスター共に生きたまま喰わせてやるところよ!」
その足りない頭を思い切り蹴飛ばして、少しでも苛立ちを発散させる。
そのあと、報告してきた兵に向かって叫んだ。
「なにをぼうっとしているの!? すぐにフィアーを追って帝都に向かうわ! さっさと準備なさい!」
「はっ!」
「フィアーめ。優しくしてあげたというのに、このあたくしを裏切るなんて……許さない。絶対に許さないわよ」
フィアーは殺す。絶対に殺す。
「今回の罰よ。クインシア、パトリシアはあなたが殺しなさい」
「かな、らず……」
血濡れの顔で約束するクインシア。やはり誰も、あたくしの支配からは逃れられない。
大丈夫だ。フィアーは必ず見つけられる。なぜなら、あいつはリリエッタを連れて行った。あたくしを愛し、あたくしの役に立つことをなにより優先する人形を傍らに置いている。ならば隙を見て、あたくしに居場所を伝わるように動いてくれるだろう。
そうだ。問題はない。
これくらいのことで、この帝国の第三皇女であるナターリア様が終わるわけがないのだ。
フィアーたちを追い、最速で帝都まで辿り着く。
半日ほど遅れての到着だった。
到着してすぐ、子飼いの兵を都のあちらこちらへ向かわせる。帝都にもあたくしの洗脳下にある駒を幾人も配置している。彼ら彼女らに帝都で黒騎士が見つからなかったか確認に行かせる。
急ぎつつも、焦ることはない。
フィアーは取り逃がしたが、まだ挽回は十分に可能のはずだ。
彼が帝都を目指したのは、聖女アルフィリアと合流するためだろう。彼女の力であたくしを糾弾しようと企んでいる。
しかしながら、いくら黒騎士の力があっても皇城にいる聖女アルフィリアに昨日の今日で会うことは難しいはずだ。正面から入場許可を勝ち取るのは、よほどの伝手がなければ不可能である。
であらば、フィアーに取れる手段は好機を待ち望んでの潜伏か、あるいは帝都内で目立つ真似をしてアルフィリア側に見つけてもらうくらいのはず。
しかしながら、配下の兵が聞き取ってきたかぎりでは、帝都でそれらしい騒ぎは起きていないそうだ。
フィアーは潜伏していると見て間違いはないだろう。
「所詮は子供の暴走ね。あたくしの手元から逃げ出したところまでが限界よ」
あたくしは安堵しつつ、皇城へ向かった。
無論、フィアーを見つけ出して殺すまでは完全には安心できない。が、時間はあたくしの味方だ。
スピードを優先したため、配下の兵をわずかばかりしか連れてこれなかったが、数日中に用意した手練れが集まってくる。
あとは簡単で、聖女アルフィリアに彼よりも先に会い、洗脳さえしてしまえばそれで終わりだ。一介の子供に過ぎないフィアーに打つ手はなくなる。精々が暴走して、黒騎士の力のまま暴れまわることくらいしかできないはずだ。
その過程で数人にあたくしのスキルをばらされるかもしれないが、所詮はどこの誰とも知れない狂戦士の戯言。聖女アルフィリアという権威の欠いた彼の言葉を信じる人間などいない。いないようにしてしまえる。
それが帝国の第三皇女という立場なのだから。
雲行きが怪しくなってきたのは、皇城に入り、配置していた手駒から情報収集を行ったときのことだった。
「聖女アルフィリアが城下町に出かけていたですって?」
「はい、我が君。今朝方、慌てた様子で一名の部下を連れて城を出ていきました」
皇城内の私室に呼び出した手駒の話では、そういうことがあったしい。
「フィアーと会っていた? そんな、どうやって……」
まずい。まずいまずいまずい。
それが事実なら、聖女アルフィリアにもあたくしのスキルが伝わってしまった可能性が高い。
枢機卿でパラディンという、教会でも最上位の立場にある彼女に血属スキルのことがばれたというのは身の破滅を意味している。
かくなる上は彼女が糾弾の声をあげる前に洗脳して黙らせるしか。手勢が集まってからにしようと思っていたが、一刻の猶予もない。いや、ダメだ。相手はパラディン。あたくしの今いる手駒だけでは抵抗されれば押さえきれない。
どうする? どうすればいい?
額に脂汗が滲む。
「くそっ、フィアーはどうやって城にいた聖女アルフィリアと連絡を取ったのよ! 帝都で黒騎士が話題になるような騒ぎがなかったのは確認したから間違いないのに!」
「お言葉ですが、我が君。フィアーと聖女アルフィリアが連絡をとったと決めつけるのは早計かと」
参謀として連れてきた側近がそう助言してくる。
「どういうことよ?」
「我が君が今おっしゃられていたように、フィアーの奴めが皇城にいた聖女アルフィリアと連絡を取る手段はないはずです。しかも、昨夜逃げ出して今朝それを伝えられる手段など、私にも考えつきません」
「……そうね。あらかじめ想定して手配していたのでもなければ、それこそ奇跡のような偶然がいくつも重ならなければ不可能なはず」
フィアーの居場所を突き止められる類のスキルを持っている者がいて、それが偶々朝方にスキルを使って潜伏しているフィアーを見つけてみせたとか、そういうありえないような可能性の話でしかないはずだ。
不明なフィアーのスキルに一抹の不安は覚えるが、冷静に考えれば、偶然聖女アルフィリアが今朝出かけたと考えた方が自然である。
「聖女アルフィリアが城下町に下りるのは今朝が初めてのこと?」
報告してきた兵に再度確認を取ると、彼は首を横に振った。
「いえ、聖女アルフィリアは度々城下町に下りては、冒険者ギルドや情報屋のような相手にフィアーの捜索依頼を出していましたので。我が君がフィアーを保護しているという報告をあげたあとも続いていた行動です。今回も小一時間ほどで城に戻って来たので、いつもどおりの行動の可能性はあります」
「そう。ちなみに、帰って来たときに連れていた人数が増えていたりは?」
「していません。出ていくときも帰って来たときも、白騎士と呼ばれている部下のみを連れていました」
「白騎士、ね」
黒騎士であるフィアーとは正反対だ。見間違いという線もないだろう。
無論、行き先を突き止められなかった以上、聖女アルフィリアがフィアーと密会していた可能性は残る。
しかし、そうと決めつけて動くほどの確証があるわけでもなさそうだ。
「聖女アルフィリアの動きは逐一あたくしに報告なさい。特に、いきなり聖都に戻ろうとしたり、他の皇族に会うような動きがあれば必ず報告するように」
そういう動きをしたとなれば、あたくしのスキルを知った可能性が高くなる。そのときはあたくしも覚悟を決めて賭けに出るしかないだろ。
「あと、あたくしが会いたがっていることも伝えておいて。それで気軽に顔を見せるようなら、知っている可能性は低くなるから」
あたくしがフィアーを保護しているのは伝えてある。であれば、こちらから会いたいと声をかけること自体は不自然ではない。
逆にここで断ってきたり、会ったときにあからさまに警戒しているようなら、スキルを知っている可能性が高いことになる。
この眼でたしかめるしかない。
「これは、ナターリア皇女殿下。この度はわたくしの大事な友人を保護してくださったそうで。このアルフィリア、心より感謝申し上げます」
「い、いえ、お気になさらず」
聖女アルフィリアを誘ったところ、当然のように応じてくれた。
誘いから半刻もしないうちに。しかも応接間で一対一の対面だ。
しかも会うなり無防備に近づいてきて、こちらの手まで握りしめてくる。
あたくしのスキルを知っていれば、決して入らないであろう間合いだ。これは何も知らないと判断すべきだろう。
しかしこれほどまでに無防備とは。いっそのこと、ここでスキルを。
……落ち着け。これがブラフの可能性もあるのだ。
そもそも、聖女アルフィリアが本当に本人なのかも定かではない。
あらかじめ聞いていたとおりの特徴だが、彼女は蔵面で素顔を隠している。やろうと思えば、替え玉を用意するくらいはできるだろう。
フィアーからすべてを聞いて、あたくしを罠にはめようとしている可能性は捨てきれない。冷静になれ。今はまだそのときではない。
「それで、ナターリア殿下。わたくしの可愛いフィアーさんはどちらに? あなたがここにいるということは、連れてきてくださったのでしょう?」
聖女アルフィリアはあたくしの手を握ったまま、小首をかしげてそう聞いてきた。
予想以上に、聖女はフィアーにご執心のようだ。さては小児趣味の変態か?
「期待に沿えず申し訳ありません。フィアーは連れてきていないのです」
「……それはなぜ?」
反対側に首を傾げられる。白い布の奥から、視線が突き刺さるかのようだ。
「わたくしはあなたが彼を保護していると聞いて、この地にとどまっていたのですが。てっきり、あなたが責任をもってあの子を連れてきてくれるとばかり思っておりましたのに……もしかして、なにか連れてこられない理由があるのでしょうか?」
「は、はい。アルフィリア様。フィアーさんは心身ともに健康なのですが、妹のリリエッタさんが少し調子を崩していまして。フィアーさんは彼女を心配してあたくしの領地に残ったのです」
「まあ」
あらかじめ用意しておいた答えを述べれば、アルフィリアはあたくしの手を離して自分の口元に手をあてた。
「それはフィアーさんらしいですね。しかし、リリエッタさんが調子を崩されているなんて。旅の疲れが出たのでしょうか。わたくし、心配です」
「ご安心ください。我が配下のプリーストが常時傍に待機しておりますので」
「それなら安心ですね。重ね重ね、あの子たちのためにありがとうございます、ナターリア殿下」
「信徒として当然のことをしたまでです。しかし、アルフィリア様には申し訳ないのですが、そういうわけでできればあたくしの領地へご足労いただけると幸いなのですが」
「ええ、ええ、もちろんです。わたくしが迎えに参りましょう」
弾んだ声で聖女はいう。
表情こそ見えないものの、喜んでいることがわかる声音と態度だった。
こちらを警戒している様子は見られない。
油断はできないが、やはり血属スキルについて知っているとは思えない。フィアーとは会ってはいないようだ。
そのあともアルフィリアは友好的に話を振ってきた。教会の話、帝国の話、なにくれとなく雑談に興じる。
最後の最後まで彼女は楽しそうに談笑に応じてくれた。
話は盛り上がり、途中で夕食を共にとりながら夜遅くまで続いたのだった。
慌ただしい一日で疲れがあったのだろう。
翌日、あたくしが目を覚ましたのは正午を過ぎた頃だった。
誰も起こさなかったということは、特筆すべき問題は起きていないということになる。同時にフィアーを見つけられてもいないということになるのだが。
遅い朝食兼昼食を取りながら、兵から報告を聞く。
配下の兵士たちの招集は順調だった。
彼らは早速帝都中に散らばり、フィアーの捜索に出ている。
あの目立つ図体だ。遠くないうちに見つかるに違いない。
アルフィリアもあたくし同様起きられなかったようで、今日はまだ部屋から一歩も出ていないとのこと。昨夜で確信しつつあったが、やはり彼女とフィアーは会っていないようだ。でなければ、こんなにのんびりとしていないだろう。
やはり問題などなかったのだ。
フィアーのスキルがなんなのかは結局まだわからないが、子供一人でできることなどたかが知れている。皇女であるあたくしに歯向かうことなどできるはずもないのだ。
「それと、ナターリア様。国王陛下より、一度顔を見せるように言伝がありました」
「お父様が?」
食後のワインを嗜んでいると、思いがけない報告がされた。
「いえ、よくよく考えてみれば、当然のことね。お父様からすれば、突然六聖教会の聖女が訪ねてきたわけだし、事情のひとつやふたつ聞きたいと思うのは当然のこと」
今回の作戦はお父様には話を通していない。黙ってすべてを終わらせるつもりだった。その方がお父様好みでアピールに繋がるだろうと思ったのだ。
しかし予想を超えてアルフィリアが先走り、大事になってしまっている。こうなっては話を通しておくしかないだろう。フィアーにスキルがばれたかもしれないことだけ黙っておけば、お父様も今更作戦を中止にせよとは言わないだろう。
懸念は他の兄弟の耳にも入り、邪魔されかねないことだが……
「呼ばれているのはあたくしだけ?」
「はい」
「そう。なら問題ないわね」
一対一なら問題はない。
もしもマクシミリアンがいたら、あたくしの行動から作戦にまで辿り着くかもしれないが、あれは戦争などという面倒で野蛮な外交に捕まっている。
兵からの報告では、ユーヴェインがアルフィリアに粉をかけているそうだが、けんもほろろに断られているという。
あれもマクシミリアンに継承順位を抜かされ焦っているのだろう。しかし所詮はスキルも考える頭もなく、ただ長男という理由だけで周りにちやほやされているだけの男だ。
馬鹿な道化が。そのままマクシミリアンと意味もなく戯れていればいい。
その隙にあたくしがすべてを支配する。次の皇帝になるのはこのナターリアだ。
いや、皇帝の座だけではない。アルフィリアを利用し、教会という組織を牛耳って世界そのものを手に入れる。
そうして、この住みにくい世界を変えてやるのだ。
そうすれば……
「また、お母様と一緒に暮らせるようになる」
可哀そうなお母様。人間ではないという理由だけで、この世界から爪弾きにされてしまった、あたくしのたった一人のお母様。
けれど、もうすぐ。もうすぐ会える。
勇者だとかいう古臭い信仰によって形成されたこの世界を破壊し、新たなる秩序の下で作り直せば、お母様とだって一緒にいられる。
お父様とお母様とあたくし、今度こそ家族三人で一緒に暮らせるのよ。
不要な兄弟たちは皆殺しにしてしまおう。
まあ、すべてを知りつつも、あたくしを邪険にしなかったヴォルフ兄上くらいなら生かしておいてあげてもいいかもしれない。
オズワルドは……まあ、ペットとしてなら飼ってあげてもいいかしら。
邪魔するものは排除して、逆らうものは支配して、そうしてあたくしだけの楽園で家族一緒に楽しく生きる。
すべてはそのために、あたくしは役に立つ人形を揃えているのだ。
「お父様に会いに行くわ。最高の服を用意なさい」
あたくしはワインを飲み干し、そんな人形の一体にそう指示を出すのだった。
――そうしてあたくしは、玉座の間へとやってきた。
大きな空間。正面の玉座に座すのは偉大なる我が父、ベルクーリオ・ケーニヒ・ゼノ皇帝陛下。
彼はただ黙って、入室したあたくしをその紫色の瞳で見下ろしていた。
解せないのは、お父様以外に多くの人間が玉座の間に詰めていたこと。
他でもない、あたくしの兄弟姉妹たちだった。
いつもどおりの嫉妬を孕んだ不快な目つきであたくしをにらんでいる。
なんで……?
あらかじめお父様からもらっていた情報とは異なる状況を目の当たりにして、あたくしの頬を汗が一筋伝い落ちていった。
……なにか、とても、嫌な予感がする。
「揃ったようだな」
背後で扉が閉まると同時に、玉座の前まで進み出てきたのはユーヴェインだった。
「ユーヴェイン兄上。な、なにを?」
「なに、簡単なことだ。我が妹よ」
ユーヴェインは今まで見たことがないような、酷薄な表情であたくしを見下すと、
「ナターリアよ。私はお前を糾弾する」
静かに、すべての幕を開いたのだった。
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