【受賞・書籍化】分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
《別視点》
ユーヴェインが用意した証人は、あたくしの知らない相手だった。
それでもこの場に呼び寄せた相手だ。ただの子供ではないはず。油断することなく、注意深く観察する。
色素が薄めの髪色と紫色の瞳という外見の特徴からして帝国の民だろう。性別は服装から推察すれば男か。優れた容姿をしているが、それだけでは過去に会ったことがないくらいの情報しかわからない。
問題は目に見えない脅威、即ちスキル持ちかどうかという点だ。
可能性として一番高いのは、ヴォルフ兄上やアルフィリア同様にスキル看破系のスキル持ちの可能性だろう。
何度考えても、あたくしが洗脳スキルを悪用したということは証明しようがない。ユーヴェインの勝ち筋は最初からあたくしが血属スキルを持っているかという点のみだ。であれば、アルフィリアとは別にスキル持ちを用意していても不思議ではない。
ただ、スキル看破系は相手に触れる、質問に答える、といった発動条件がある場合がほとんどだった。だからこそ相手を見るだけで看破できる鑑定スキルが最優といわれているのだ。
その条件を見極めないといけない。下手に発言することすら躊躇われる。
だが仮に看破されたとしても、致命傷にはなりえない。明確な立場を持つアルフィリアとは違い、ユーヴェインが用意した見知らぬ子供という時点で、彼の手先として扱われる。その証言に絶対的な正しさはない。
さあ、どんなことを言う? 最初は名乗りか? 名前を隠すようならさらなる注意が必要だが。
あたくしは表面上は余裕を崩さず、内心では警戒しつつ少年の発言を待った。
「私はこの先、嘘偽りを申さないことを誓います。その上で証言します。私は――」
なぜか右手をあげて誓いを述べながら、彼は口を開いた。
「そちらのおばさん――失礼、ナターリア殿下に長期間にわたって軟禁され、嬲り者にされていました」
「んなっ!?」
これまでとは違う角度の罪を告発され、思わず声が出てしまう。
「そんな事実はありません! 出鱈目です! あと誰がおばさんよ!」
「いいえ、事実です。ナターリア殿下は私を自らの領地に縛り付け、ことあるごとに呼び出しては、私が苦しみ悶える様を見てニヤニヤと嗤っていました」
よよよ、と泣き真似をしながら少年は語る。
さも本当にあったことのような口ぶりだったが、もちろんそんな事実はない。
だが周囲はそうは思わなかったらしい。少年に同情の視線が寄せられる。
「……年頃にもかかわらず、見合いを断り続けているとは聞いていたが」
「そうか。そういう趣味が」
「監禁……加虐趣味……」
「そんな事実はないと言っているでしょう!?」
兄弟たちに怒鳴る。人を特殊性癖みたいにいうな!
「貴様も! 嘘偽りがないと誓っておきながら嘘ばかり吐くのはやめなさい!」
「そんな、ナターリア殿下! 私の顔を忘れたというのですか!?」
「忘れたもなにも、貴様とはこれが初対面よ!」
「それはおかしな話ですね」
あたくしの当然の反論に首を傾げたのはアルフィリアだった。
やはり彼女はユーヴェインと明確に打ち合わせをしている。少年の言葉には疑問を挟むことなく、あたくしの言葉に疑念をぶつけてきた。
「ナターリア皇女殿下。あなたがこの子を知らない、というのは筋が通りません。軟禁していたかどうかはわたくしにはわかりかねますが、少なくともこの子があなたの手元にいたことは間違いないはずです」
「なにを、アルフィリア様。あなたまで」
そう口にしつつ、必死に頭を動かす。
こいつがあたくしの手元にいた? そんなはずがない。だがこの口ぶりはなんだ?
冷静に考えれば、自らの発言力を利用して少年の証言に説得力を与えようとしているという策略だが……
それともあたくしが忘れているだけで、本当にあたくしの手元にいた事実があった? であれば、ここは否定せずに認めた方が。いや、それが相手の狙いだとすれば逆効果に。
そこまで一瞬で考えたのち、あたくしは言葉を続けた。
「あたくしは彼を知りません。よって、その証言は嘘偽りであるとはっきりと述べさせていただきます」
「そうですか。困りましたね。あまりにも矛盾した発言です」
アルフィリアはあたくしの発言を受けて、不思議そうに少年へと声をかけた。
「わたくしはたしかに、ナターリア皇女殿下からあなたを保護していると聞いていたのですが。手紙もありますし、昨夜も改めてそう確認させていただいのたですが」
「は?」
意味がわからない――そう思った直後、雷鳴のように思い出した情報があった。
クインシアから聞いていた作戦の保護対象の特徴。その少年の方はたしか、灰色の髪に紫色の瞳をした十歳の子供という話ではなかったか?
だが目の前の少年が彼であるはずがない。それだけはありえない。
だって、そんな外見の特徴よりもずっと特徴的なものを彼はまとっていなければならないのだから。
「改めて、紹介しましょう」
あたくしの驚愕を余所に、ユーヴェインが少年の肩を親しく抱いて紹介してきた。
「この子の名はフィアー。聖女アルフィリア様が探し求めていた子供です」
それが意味する事実を察して、
「う、嘘よ! その少年がフィアーであるはずがありません!」
あたくしはそれだけは絶対に認められないと声を張り上げた。
「あたくしが保護していたフィアーという少年は彼ではありません!」
「いいえ、彼がわたくしの探していたフィアーさん本人で間違いありません。それはわたくしが保証しましょう」
アルフィリアが横からそう証言する。
「嘘です! この女は嘘を吐いています! だって、だってあたくしが保護したフィアーという少年は黒騎士で、そう、デスシードを使用して黒騎士化していました!」
それは嘘だとあたくしは訴える。
「デスシードは使ったら最後、死ぬまで解除されることはない。だから黒騎士だったフィアーがこうして生身の姿で現れるなど不可能です! これはあたくしを陥れるためにユーヴェイン兄上とアルフィリア様が用意した替え玉です!」
「あら? あなたのところで保護していたフィアーさんが黒騎士化していたなんて情報、わたくしは初耳ですよ? 寄こされた手紙にも、そのような情報一言も書いていませんでした」
「それは……心配をかけない、ために」
嘘だった。フィアーが黒騎士化しなければならない状況に追いやられていると、そう警戒させないために情報自体を伏せていた。
「であれば、黒騎士の姿をしていないというだけで、彼がフィアーさんではないという証明にはなりませんね。少なくとも、わたくしが提示していた彼の特徴と彼の外見は一致していると思いますが?」
アルフィリアはそう言って、お父様や数人の皇族に視線を向けた。
その中の一人、第四皇子であるベルトランがでっぷりと腹の贅肉を揺らしながら答える。
「たしかに、私を含めて数人がアルフィリア殿より探し人の特徴を聞いておりますが、そこのフィアーなる子供と特徴は一致していますな。それは皇帝陛下も認めるところでしょう」
お父様は肯定することはなかったが、否定することもなかった。
「つまり、だ」
ベルトランは小馬鹿にするような笑みを浮かべると、あたくしをいやらしい目で見てくる。
「我が妹ナターリアが嘘を吐いている可能性の方が高いというわけですな。保護しているはず子供を知らない、関係ないとは、なにか後ろめたいことをしたと白状したようなものではないですかな」
「ベルトラン……!」
第四皇子という比較的上の地位にありながら、皇位は絶望視されている男。兄弟の中でも一際下品で下劣な彼を嫌っている人間は多い。あたくしも同様で、ことあるごとに痛罵していたが、まさかここで意趣返しをしてこようとは。
殺意すら込めてにらみつけると、ベルトランは顔を青くして他の兄弟の影に隠れる。出っ張った腹が見えていたが。
しかし彼の発言で場の空気が変わったのも事実だった。
他の兄弟があたくしのことを、小さな子供を軟禁していたぶるような性悪を見るような目で見てくる。
嘘ではないのに。あたくしは嘘なんて言っていないのに。
嘘を吐いているのはアルフィリアの方なのに……!
いや、待て。逆か。
目の前の少年が本当のフィアーで、私がこれまでフィアーと思っていた黒騎士がそうではなかった? クインシアは嘘を吐かないが、最初から彼女も騙されていて、別ルートで帝国入りをしていたのが目の前の少年ということなら話の辻褄は合う。
いや、それこそどうでもいい話だ。
目の前の少年が本当にフィアーであろうとそうでなかろうと、あたくしが保護していたはずの人物に対し、知らない振りをしたと思われている事実の方が重要だ。そこに後ろめたい理由があると、そう思われている方が問題なのだ。
「……その子供がフィアーという人間である、と認めるつもりはありませんが、よしんばそれが真実だったとしてもなんなのでしょうか? あたくしは彼に対し、暴力など振るっていないし軟禁もしていません。ましてや、洗脳スキルを悪用したという証明にもならないでしょう?」
そうだ。それこそが重要な論点なのだ。
最悪、軟禁したと思われてしまうのはいい。市井の民を権力をかさにして慰み者にしている皇族は多い。ベルトランなどその筆頭だ。噂が立つのは気に入らないが、致命傷とはほど遠い。
洗脳スキルの悪用。それさえ立証させなければ、それであたくしの勝ちなのだ。
「それとも、フィアーならあたくしが洗脳スキルを悪用したと証明することができるのかしら?」
「……私はナターリア殿下が他者を洗脳している様を目の当たりにしています」
「なにを言うかと思ったら。貴様みたいなどこの誰とも知らない子供の言葉など、誰も信じるはずがないでしょう?」
アルフィリアと関係値が深い。それがなんだというのだ。
ここは帝国。教会ではない。
「嘘ではありません。自分もまた、洗脳スキルをかけられました!」
フィアーは訴える。たしかに、黒騎士装備がなかったらそうしていただろう。軽く試したのも事実だ。
「言うに事欠いて、洗脳スキルをかけられた? ならあなたはなぜここにそうしているのかしら? あたくしが洗脳していたなら、あたくしを糾弾する側に立っているのはおかしいでしょう?」
「それは……ナターリア殿下の洗脳が、俺には効かなかったから」
「効かない? 洗脳が? そういうスキルでもあるの?」
「……ない。俺は、スキルを使えないから」
言葉使いが年相応の砕けたものに変わっていく。
ユーヴェインとアルフィリアになにを言い含められていたかはわからないが、所詮は子供ということか。
「なら先ほども言ったとおり、あなたの存在はなんの証明にもなりません。それ以上見苦しい真似はやめて、さっさと――」
「俺が洗脳スキルが効かなかったのは、俺がナターリア殿下の肉親だからです」
それは、誰にとっても予期していない台詞であった。
「血属スキル……ではないのかもしれませんが、ナターリア殿下の持つ洗脳スキルは血のつながった親兄弟には効果がないんです。だから、競争相手である皇族には使われなかった。だから、私にも効かなかった。違いますか?」
言葉遣いを一瞬で戻したフィアーが、あたくしを真正面から見て告げる。
ありえない。なぜ事実を貴様ごときが知っている?
それに、今なんて言った?
「肉親? あなたが、あたくしの?」
「ええ。これで証明できます」
そう言って、フィアーが懐から取り出したのは小さな水晶片だった。光を放つ、証の紋。
「そして――」
「これが、絆の証となる」
フィアーに続き、これまで黙っていたユーヴェインも懐から証の紋を取り出す。
一部分だけ欠けた、丸い証の紋を。
二人はそれぞれの証の紋をくっつける。二つの水晶はぴたりとはまり、そして証の紋の効力として復元し、ひとつの完全なる球体となった。
それが意味するのは二人の関係。同じ血が通っていること。
ファムファタールの子供か、と誰かがつぶやいた。
否、違う。二人の間にあったのは兄弟関係を示す輝きではなかった。
「父上。改めて、紹介させていただきましょう」
ユーヴェインは誇らしげに胸を張り、お父様に向かってフィアーを紹介する。
「この子はフィアー。血のつながった、正真正銘私の息子です!」
そのとき玉座の間に奔った衝撃と驚愕をどう表現していいか。
兄弟たちは皆口をあんぐりと開けて呆けている。
父上すら玉座で目を大きく見開いていた。
そしてあたくしは、すべての線がつながった感覚を覚えていた。
なぜフィアーがあたくしにスキルの詳細を知っていたのか。
翻って、あたくしの計画に気付いて突然あのとき逃げ出したのか。
ユーヴェインとフィアーが親子であるならば、フィアーを兄と呼ぶあの少女もまたあたくしの血のつながった肉親ということになる。
なるほど、であれば血属スキルが効かなかったのも頷ける。
にもかかわらず、あの娘は洗脳されている振りをして、裏であたくしをだましてフィアーにすべての情報を伝えていたのだ。だから入念に管理していたフィアーが知って逃げ出した。
こうなっているのもすべて、元はと言えばあのガキが!
リリエッタの所為に違いない!
殺す! フィアーも、リリエッタも、絶対に許さない! あたくしをだまして、追い詰めて、こんな、こんな酷い裏切りを……!
憤怒が頭を駆け巡る。
それでも冷静に。努めて冷静に。と自分に言い聞かせる。
「フィアーが兄上の息子とは。驚きましたわ。我々の知らないところで、隠れて色々とやっていましたのね」
他がまだ衝撃が立ち直っていないうちに、あたくしは口を開く。
「で? だからなんなのかしら? フィアーが兄上の子供だからその言葉はすべて真実だとでも?」
「そうだ! 我が息子はお前に酷い目に遭わされた! それが真実なのだ!」
ユーヴェインがあたくしを指さして糾弾してくる。
「いい加減、罪を認めろナターリア! 今ならばまだ、情状酌量の余地もあるかもしれんぞ!」
「お生憎様。あたくしに罪などありません」
あたくしはそれを鼻で嗤う。
「ユーヴェイン兄上の子供だからフィアーの言葉は真実? 逆よ。兄上の子供であるなら、その言葉は偽りの可能性が高い。だって、父親のために嘘を吐いているということになるのだから」
フィアーの身元の証明をしたのは逆効果だ。これで彼は完全にユーヴェインの身内判定。あたくしにいかに怪しい部分があろうと、その言葉に説得力はなくなった。
これで本当にお終い。
その事実に気付かない愚かな兄に、憐憫すらこめてあたくしは告げる。
「負けを認めなさい、ユーヴェイン。あなたにこのあたくしを裁くことはもうできないわ」
「私がお前を裁く?」
それに。ユーヴェインはなぜか、怪訝そうに眉をひそめてみせた。
「なにを言っている? 私がお前を裁く? そんなもの、最初からできるはずもないだろう?」
「はぁ? 本当になにを言っているの? あなたがあたくしの罪を裁くためにこの場を設けたのでしょう? それすらわからなくなってしまったの?」
「……勘違いしているようだな、ナターリア。私がこの場を設けたのはお前を糾弾するためだ。断じて、私がお前を裁くためではない」
意味がわからなかった。なんて出来の悪い兄なのだろう。
なのに、むしろユーヴェインの方が、出来の悪い妹を諭すように語ってくる。
「私にそんな権利はないよ。無論、ナターリア。お前にもだ。私たちに出来るのはお互いの罪を認めるように訴えることだけであり、最終的にどうなるのか、どうするべきかを決定する権利はありはしないのだ」
「それは……」
そこまで言われて、初めてユーヴェインの言いたいことが理解できた。
そう、元よりここは玉座の間。司法の場でなければ、ユーヴェインは裁判官ではない。
彼のしたことは糾弾――罪状や責任を問いただして、咎めることだけであり、その結果あたくしをどう処分するかはまた別の話。いかな第一皇子であっても、自由に他者を裁く権利は持っていない。
いや、皇女であるあたくしに対し、それが振りかざせるのはこの世にたった一人だけ。
教会の聖女でも、かつて存在したという勇者でもなく。
「さあ、父上! どうかナターリアにふさわしき裁きをお与えください!」
皇帝ベルクーリオ・ケーニヒ・ゼノただ一人に他ならない。
ここは帝国。すべての頂点に、皇帝が君臨する国。
その事実を。その意味を。どうしてあたくしは今の今まで忘れていたのか?
「ふむ。話は聞かせてもらった」
厳かにお父様が口を開く。
静かにあたくしとユーヴェイン、双方の意見を聞き終えたお父様は、その瞳に理知的な輝きを灯しながら話をまとめあげる。
「ユーヴェインはナターリアがその身に宿る洗脳スキルを悪用し、我が帝国に牙を剥かんとしているという。あらかじめて聞いてはいたが、なんでもそこにおる聖女アルフィリア殿を洗脳しようと企んでいたとか。その餌として利用したのが、そこのフィアー……我が孫だったのは驚きだが、アルフィリア殿が大事に保護していた子供。なるほど、すべてが真実だったのならば、たしかに見逃しがたいことではある」
教会との関係悪化。それは帝国に大きな不利益をもたらすだろう。
ゆえに、ユーヴェインはその部分をはっきりさせるために、血属スキルなのか、そうでなくとも悪用した事実がないかを問い質した。
「ナターリアはそんな事実はないと主張した。洗脳スキルこそ持っているが、悪用したことは過去にないと。だがしかし、保護したと報告したフィアーの存在を無視しようとしたりと、怪しい点はたしかにある。悪用した証明はされずとも、その言動だけでアルフィリア殿、ひいては教会への心証悪化は免れまい」
あたくしとユーヴェイン、どちらの主張を認めた方が帝国にとって益となるのか。
それこそがあたくしが見逃し続けていた論点だった。
極論、両者の主張も、あたくしがスキルを本当に悪用していたのかどうかの証明も、関係ないといえば関係ないのだ。
皇帝が望むなら、白ですら黒になる。
すべては皇帝陛下の心ひとつ。皇帝陛下が決定すれば、無実の人間も極悪人として裁かれるのだから。
あたくしが争い説き伏せるべきはユーヴェインでもフィアーでもなく。
味方につけるべきは他の兄弟でもアルフィリアでもなかった。
皇帝陛下。お父様。たった一人だけだった。
そう、これは御前においてどちらの子供が価値があるのかを決める戦い。
その前提の上で、今回の自分の立ち振る舞いはどうだったか?
お父様が隠し続けてくれた血属スキルの存在をまんまと暴かれそうになり、それはお父様の介入で免れたが、洗脳スキルを持つことは自他ともに認める事実となってしまった。
これまで悪用していた事実は隠し通せた。が、それに果たして意味はあるのか。
だって、洗脳スキルを持っている。そして悪用すると周囲のみんなに思われている。それをまざまざと見せつけられた結果となってしまった。
であれば、この先あたくしが誰を仲間に引き入れても、影ではスキルによるものだと噂されるだろう。実際そのとおりなのだから、噂が立たないはずがない。
そして周りの皆は洗脳スキルを恐れて近づいては来なくなる。教会も不信感を隠さない。これ以上あたくしの派閥が大きく成長する可能性は、ここに潰えたのだ。
競争相手である兄弟たちも、この隙を見逃さないだろう。
彼らは知っている。知ってしまった。あたくしの洗脳スキルは血のつながった肉親には効果がないことを。
彼らにとってはただ、これまで自分たちを散々馬鹿にしてきた目の上のたんこぶが弱っていて、叩けばいくらでも埃が出るという状態なのだ。見逃すはずがない。嬉々として責め立て、寄ってたかって追い詰めてくるのが容易に想像がついた。
ああ、そうか……事ここに至って、あたくしは理解した。
裁きの剣を握るお父様以外、味方の誰もいないこの場に姿を現してしまった時点で、最初からあたくしは詰んでいたのだ。
リリエッタの背信に気付かず、フィアーの逃走を見逃し、ユーヴェインの行動を止められなかった時点で、あたくしに勝ち目などなかった。
いや、それを言うならもっと前から。
洗脳できない兄弟姉妹の中に味方を作らず、洗脳できる人形たちだけで世界を完結させたいたときからきっと……。
「最後に、皇族としての覚悟を問おう」
絶望が這い寄ろうとしてきた中、お父様のその言葉が響いた。
まだ終わっていない。そう言わんばかりの響きであった。
「ユーヴェイン。ナターリア。貴様らは皇位を争う敵同士、さらにはその中でも上に位置する者同士だ。であれば、この場がお互いに趨勢を決める場であることは理解しているはず。相応の覚悟もあってしかるべきだ。違うか?」
「違いません!」
お父様の言葉に、はっきりとそう言い切ったのはユーヴェインだった。
「私は明確な裁きを期待します! 結果として敗北し、私自身が皇帝になることができなくなるとしても、なにもなかったで終わってほしくはありません!」
「ふむ」
堂々たるユーヴェインの覚悟に、あたくしはようやくこの兄の本気を知った。この男も最初から自分の進退をかけていたのだ。
「足らぬな」
あたくしですら目を瞠る宣言に、お父様はわずかばかりの感心も見せなかった。
「ユーヴェインよ。最悪が廃嫡だと考えた時点で覚悟が足らぬ。お前自身の甘さがにじみ出ておるわ」
「っ!?」
「さて」
お父様があたくしを見る。
「ナターリアよ。貴様の覚悟を見せてみよ」
「あたくしは、この命をかけます」
返す言葉ははっきりと。
「この身は帝国に捧げたもの。どんな裁きであっても受け入れます。それがたとえ処刑であろうと覚悟の上です」
ここで皇位を争う戦いに負けるなら、それは死んだも同じ。処刑されても構わない。構うものか。
その上で、自分の価値を証明する。
「それでも、残るべきはあたくしです! あたくしは帝国の繁栄に役立てる! お父様の役に立てます! これまでもこの先も! ユーヴェインなどよりも遥かに!」
その覚悟をこめて、お父様の眼を見返す。逸らすことは決してしない。
「ふむ。そうか。では裁定を――」
「あのぅ」
そのとき、畏れ多くも皇帝陛下の決定を遮る声があった。
その場の全員の視線が、その少年フィアーに向けられる。
手を軽く挙げた彼は、空気を読まないような軽い口ぶりで、
「自分も当事者の一人ですし、皇族の一人ですから、覚悟って奴をちゃんと表明しないといけませんよね? 聞いてもらえますか?」
「……よかろう」
お父様が首肯して認める。
だがその実、自分の決定を遮られたことへの不快感をにじませていることを、お父様を知る皇族全員は理解していた。ユーヴェインが顔を青ざめさせて息子にやめさせようとしているが、言葉になっていない。
そんな父親の態度を知ってか知らずが、フィアーはへらへらと笑い、
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
手に握っていた、小さな種みたいな黒い水晶をおもむろに飲み込んだ。
直後、小さな身体が光を放つ。
ゴリゴリと骨と肉が軋む音を立てながら、その身体が変貌していく。
黒く冷たい鋼に覆われた、呪われた姿へと。
「ふぅ」
「ふぃ、フィアー? お前、な、なにを……」
ユーヴェインが先ほどよりなお顔色を失いながら、震える声で変貌した息子に声をかける。
見慣れた黒い甲冑姿になったフィアーは、ユーヴェインを一瞥だけしたあと、玉座の皇帝に向かって覚悟を吐いた。
「俺は帝国の繁栄に、この命を捧げます」
「――ふはっ」
お父様が、そのとき耐えきれないように噴き出した。
「ふは、ふはははははっ! 命を捧げる? 捧げるだと!?」
呵々大笑。大口を開け、心底愉快そうに笑い転げるお父様。
それはあたくしが一度たりとも見たことがないお父様の姿だった。
「命をかけると言った者は何人もいたが、まさか実際に命を捨ててみせたのは貴様が初めてだぞ! わかっておるのか? 我が孫よ。それなるはデスシード、黒騎士化だ。確実なる死がそう遠くない将来やってくるのだぞ?」
「承知の上です。自分に示せる覚悟はこれくらいですので」
「そうかそうか。くくっ、惜しい。惜しいなぁ。そう言える奴が余の初孫だと知っていれば発言の許可など与えなかったものを。いや、惜しい」
ひとしきり笑ったあと、お父様は皇帝の顔に戻る。
「では、裁定を言い渡す」
そしてあたくしたちに向かって告げた。
「フィアーの主張を認め、第三皇女ナターリアには悪しき考えがあったと余も考える。教会との関係を悪化させかねなかったその罪は重い。廃嫡の上、幽閉処分とする。期限は少なくとも、この国に洗脳された者がいないとわかるまでだ」
「お父様!」
あたくしは声をあげた。あげざるを得なかった。
「お考え直しください! あたくしは!」
「余は言ったはずだ。その力を使うも使わないも貴様の自由。その結果を含めても、と。ナターリア、そのときが来たのだ。貴様に出来ることは、その責任は最後まで果たすことだけよ」
「お待ちください! あたくしは、もっともっとお役に立てます!」
頭を動かす。必死になって考える。
あたくしに出来ること。あたくしならば成し遂げられること。
あるはずだ。あるに決まっている。あたくしはユーヴェインや他の愚かな人間どもとは違うのだ。
なにか。なにか!
滲む視界の中で周囲を見回す。一人の女が目についた。この玉座の間にいる人間の中で、唯一あたくしのスキルの通用する相手!
「あ、あたくしならば、そこの教会の聖女を洗脳できます! そうすれば、教会の力も権威も手に入る! お父様は帝国どころか世界の頂点にすらなれるのです! あたくしならば、いえ、あたくしにしかそれはできない!」
「もうよい」
再び、この身にかけられるお父様の言葉。
しかしそれは先ほどよりも冷たく、明確に嚇怒をにじませた声だった。
「おとう、さま……?」
あたくしの呼びかけを無視し、皇帝たるお父様はアルフィリアに向かってわずかとはいえ頭を下げた。
「アルフィリア殿。どうかお許しいただきたい。罪人が錯乱した末の世迷言です」
「……わたくしは然るべき処罰を与えてくだされば構いません」
「お約束しましょう」
頭を上げたお父様があたくしを見る。
その眼にはもはや、わずかばかりの情すらなかった。
「なんたる醜さ。最後の最後で本性が出たか。これまでの貴様の在り方が透けて見えるようだ」
その視線を受け、足から力が抜けていく。尻もちをつく。
自分が致命的な間違いを犯したと理解する。
理解するが、けれど、でも、だって、しょうがないじゃないか。
ずっと、ずっとそうやって生きてきたんだから。世界はあたくしに優しくないから。優しくしてくれる人が誰もいなかったから。無理やりにでも優しくなってもらおうとしてなにが悪いというのか。
そうだ。あたくしは悪くない。悪いのは周りの方だ。
お父様が構ってくれなかったから。
お母様と無理やり引き離したから。
だから、だからあたくしは。
二人とまた、三人で、一緒に過ごせるようにって。
「ナターリア。我がファムファタールの娘よ」
呆然自失の中、最愛の人の声だけはよく聞こえた。
お父様は深々と溜息を吐くと、心底がっかりした様子で。
「貴様には――失望した」
その一言がなによりも、あたくしの心を砕いたのだった。