分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
それは何度目かのアルトゥール宅の訪問の際のことだった。
「なんだ? アイン。剣に興味があるのか?」
アロガンドさんに、剣をじっと見ていたのに気づかれてしまった。
素直に首を縦に振れば、アロガンドさんは腕を組んで得意気な顔を娘に向ける。
「そうだろうそうだろう。やはり男たるもの、剣のひとつやふたつは振れないとな。フィーネもそう思うだろ?」
「え? いや別に」
「……そっかー」
娘の無関心なまなざしに、剣を生業にしてきた父親は寂しそうに肩を落とす。
哀れな。
仕方ない。ここは剣に憧れる幼い少年の出番だな。
「アロガンドさんは凄腕の兵士だったって聞いてますけど、やっぱり剣の腕もすごいんですよね」
「それほどでもあるが。――見たい?」
「見たいです見たいです」
「そこまで言われたらしょうがない。見せてあげよう。庭に出なさい」
鼻の穴をふくらませ、アロガンドさんは剣を手に庭に出る。
俺もそれに続けば、仕方ないと言わんばかりにフィーネもついてきた。
「危ないからオレに近づかないようにな」
俺たちから距離をとり、庭の真ん中でアロガンドさんは鞘から剣を引き抜く。
太陽の光を跳ね返す鋼の輝き。まごうことなき真剣だ。西洋風の叩き切るタイプの両刃の剣。
アロガンドさんは剣を正面に構え、踏み込む。
地面が揺れたかと錯覚するような音。続いて、空気を切り裂く音。
流れるように、舞うように、アロガンドさんが剣を振るう。その迫力たるや、一連の動きが終わったとき、俺は大興奮で手を叩いてしまうほどだった。
「すごいすごい! アロガンドさん、すごく格好いいです!」
「だろう?」
アロガンドさんは剣を鞘に戻し、鼻高々に近づいてくる。
「けどな、オレが本気を出せばこんなもんじゃないぞ。なにせオレが習っていたダイナス流剣術は、盾ありきの剣術だからな。今のは力量の半分も出してないんだぜ」
「まだこの上があるんですか?」
目の前で繰り広げられた剣舞は、素人の目から見ても素晴らしいものだった。
前世の動画で見たようなものとは明らかにスピードが違う。魔力によるものか、本当に人間かと疑いたくなるような動きをしていたというのに。
「実は現役時代に使っていた盾が家にあるんだけどな」
アロガンドさんがくいっと親指で家を指差す。
「アイン。見たいか?」
「見たいです!」
「よしきたっ! 待ってろ!」
アロガンドさんが嬉しそうに家に盾を取りに行く。
それをわくわくしながら待つ俺。
「む~」
そしてそれを面白くなさそうな顔で見ているのはフィーネだった。
「最近、アインはお父さんとばっかり遊んでる気がする」
「そんなことないって。ただ、ああやって剣を振るってる姿を間近で見るのは初めてだったし、すごい迫力だったからさ」
「……そんなに戦ってる姿って格好いいの?」
「格好いいよ。俺もあんな感じで戦えるようになりたい」
「……わかった」
「フィーネ?」
フィーネが家に戻ってしまう。
アロガンドさんばかり褒めてしまったから、拗ねてしまったようだ。
でも仕方がない。剣なのだ。男の子だもの。好きに決まってる。
あとは下心もあった。もしかしたら、アロガンドさんから剣を教えてもらえるかもしれない、と。
冒険者になる上で一番欲しい知識と経験だ。おだてて教えてもらえるのなら、友達との付き合いを蔑ろにしてしまうのも仕方ないというものだ。
フィーネにはあとでたくさん謝ろう。俺は彼女を追いかけることなく、庭でアロガンドさんを待つことにした。
「待たせたな」
しばらくして、庭にアロガンドさんが戻ってきた。
さっき言っていたとおり、手に大きな盾を抱えている。見えている範囲は金属で覆われた、立派な盾だ。
一方で、さっきまで持っていた真剣ではなく、木でできた模造剣をもう片方の手に持っていた。
「真剣は使わないんですか?」
「あー、それなんだがな」
アロガンドさんは困ったように後ろを見る。
そこには動きやすい服装に着替えたフィーネが立っていた。
手にはアロガンドさんが持っていたのと同じ、木剣を握っている。
「フィーネが模擬戦を希望しててな」
「フィーネが? ていうか、フィーネ。戦えるの?」
「うん。見ててね、アイン」
俺の驚きの声に、フィーネは髪型をいつものツインテールからポニーテールに変えることで答える。
ふぅ、と集中するように吐息を吐くと、アロガンドさんに剣の切っ先を向ける。
アロガンドさんも盾を構え、そして――
フィーネが動いた。
低い姿勢での突撃。そこから放たれる剣の切っ先は、まさに閃光だった。
木製とは思えない鋭さで放たれた一撃が、アロガンドさんの足を狙う。
「甘い」
だがそれを盾で防ぎ、衝撃を逃がすことで勢いすら殺して、フィーネの身体のバランスを崩す。
体勢を崩した娘に、容赦のない一撃が振り下ろされる。
直撃!
思わず悲鳴をあげそうになるが、アロガンドさんの剣はフィーネには当たらなかった。
どういう理屈か、俺にはとても推し量れなかったが、瞬きの間にフィーネの姿はアロガンドさんの後ろにあった。
下からすくい上げるような一撃が、死角よりアロガンドさんを狙う。
「なんの!」
これもアロガンドさんは盾を使ってかろうじて防ぐ。
同時にぐるりと身体を入れ替え、盾と身体の間を縫うようにして、木剣が突き出される。
だがやはりフィーネには当たらない。
瞬きの間にフィーネの姿は移動し、次の攻撃を繰り出している。
そんなやり取りが何度も続く。
目まぐるしく動く攻防。フィーネが果敢に攻めたてるが、アロガンドさんは盾をどっしりと構え、防御姿勢を一切揺らがせない。
俺の目にはどちらが有利かはわからなかったが、アロガンドさんの巧みな盾捌きに、決め手の欠けるフィーネがやや劣勢のように見えた。
それでも両者の実力に、そこまで差がないことは理解できた。
…………えっ? フィーネさん強くね?
十歳という年齢を考えれば、明らかにフィーネの実力はおかしい。
兵士をやっていたアロガンドさん対し、模擬戦とはいえまともに打ちあえてるのはどう考えてもやばいだろ。
というか、動き自体が尋常じゃない。
アロガンドさんも人間離れした動きと思ったが、フィーネのそれは明らかに人間の限界を超えている。物理法則が歪んでるんじゃないかと思うほどのスピードは、まるで瞬間移動でもしているかのようだ。
「はぁ!」
そのとき、裂帛の気合と共に、フィーネが剣を上段から振り下ろす。
体重も乗せた渾身の一撃。
アロガンドさんが盾でそれを受け止めた瞬間、フィーネの木剣がミシリと音を立て、真ん中のあたりで折れてしまった。
「ここまでだな」
武器を失った娘を見て、アロガンドさんが模擬戦の終了を宣言した。
この場合、フィーネの敗北になるのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えている俺のところへ、フィーネが悔しそうな顔で戻ってくる。
「勝てなかった。でもね、真剣だったらたぶん勝ててたよ。本当だよ」
「そ、そうなんだ。すごいっすね、フィーネさん」
「なんでさんづけ?」
小首をかしげるフィーネ。
いつも通りの可愛らしい雰囲気に戻った彼女だったが、とても先ほどまでの戦いぶりを忘れることはできなかった。
細くて小さい身体の、一体どこにあんなパワーがあるんだ?
ゴリラだったの?
「ねえ、アイン。もしよかったら、剣の使い方を教えてあげようか?」
「はい、お願いします。フィーネお姉さん」
「んふっ…………じゃ、じゃなくて、なんで変な呼び方するの?」
もう、と頬を膨らませるフィーネ。
可愛い。可愛いが、怖い。
絶対に、フィーネは怒らせないようにしよう。
俺はそう固く心に誓ったのだった。