分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
結局、俺はアロガンドさんに剣を習うことになった。
フィーネは残念ながら、剣を教えるには不向きだったからだ。
グルンと避けて、バーンと攻撃すればいいと言われてもまったくわからない。完全な感覚派だ。
それに比べて、アロガンドさんはまず剣の構え方と倒れた際の受け身の取り方から教え始める、基礎を大事にするタイプだった。
教え方も論理的でわかりやすい。
そもそもフィーネに剣の手ほどきしたのはアロガンドさんとのことで、経験も豊富となれば、どちらに教えを乞うべきかは明らかだった。
フィーネはしばらくすねてしまったが、そもそも彼女も人に教えられるほど熟達していないのは自覚していたのだろう。俺がアロガンドさんに剣を習う際、先輩としてお手本を見せるので良しとしたようだった。
「アイン。勉強中は、わたしのことを先生って呼ぶようにね」
「了解です。フィーネ先生」
代わりといってはなんだが、文字の読み書きを教えてもらう際にはより先生ぶるようになったが。
まあ、その程度なら微笑ましいものだ。
そうしてアルトゥール親子に世話になりまくる日々が過ぎていく。
剣術を教わるようになってから改めてわかったのだが、フィーネの強さはやはり普通ではないようだった。
「アインは上達が早いな。びっくりだ」
アロガンドさんはそう褒めてくれるが、それは俺が毎日のように教えてもらった剣の基礎を繰り返し練習しているからだ。
家に来ているときはもちろん、分身に畑仕事を任せて森に潜んでいるときも、適当な木の棒を拾ってそれで鍛錬している。将来のために真剣に、真摯に、取り組んでいるからこその上達だ。
それでもフィーネのようには動けないし、動けるようになるとも思えない。
俺の鍛錬の延長線上にあるのはアロガンドさんだ。
このまま剣術を十年と続ければ、アロガンドさんには追い付けると思える。だがフィーネのように戦えるイメージはまったくわかなかった。
「フィーネがあんなに速く動けるのは、もしかして魔力とかそういう力のお陰ですか?」
ある日、俺はフィーネがいないタイミングを見計らってアロガンドさんに質問をぶつけてみた。
「魔力か。まったく影響がないわけでもないがな。フィーネはもう基礎の身体強化ができてるから」
「身体強化ですか?」
「人間は誰しも生まれながらに魔力を持っている。魔導師じゃないとそうそう魔力自体は感じ取れないが、それでも日々生きていく中で自然と魔力を扱えるようになってるんだ」
アロガンドさんの説明では、魔力は魔法を使うときに使用するだけではなく、戦士が戦うときにも消費しているとのことだった。
それを魔力による『身体強化』といって、まず戦いを生業としている者なら体得している技術らしい。アロガンドさんの人間離れした動きの秘密はこれだった。
いつだったか、この世界の人が前世の人よりも強い理由は魔力と予想したが、それはあっていたようだ。この世界の人は、ただ生きているだけで魔力の恩恵にあずかっている。
戦士の身体強化は、それをより明確化したものという認識らしい。
「安心しろ。どこまで身体強化できるかは才能の話になるが、アインもこうして鍛錬を続けていけば、そう遠くないうちに基礎段階の身体強化ができるようになるはずだから」
「じゃあ俺もその身体強化ができるようになったら、いずれはフィーネみたいに動けるようになるってことですか?」
「ああいや、フィーネの場合は身体強化だけじゃなく、もっと別の力によるものが大きいからなぁ」
「他の? もしかして魔法ですか?」
いよいよ異世界の神秘の登場かと目を輝かせる俺に対し、アロガンドさんは言いにくそうにしながら後ろ髪を掻く。
「魔法でもない。そもそも、魔法に身体能力を強化するものはないからな」
あくまでも肉体を強化するのは魔力の働きであって、この世界の魔法にそういったものはないらしい。
「魔法は万能じゃないんだ。魔法にできるのは基本的に敵を攻撃したり、味方を癒したりといった、自分以外の他人に働きかけることしかできない。自分に対する魔法は総じて珍しい上に、使い手も少ないんだよ」
攻撃魔法と治癒魔法はあっても、いわゆるセルフバフのような強化魔法はないということでいいみたいだ。
「なんだ? やっぱり、アインも魔法が使いたいのか?」
「やっぱりってなんですか」
「アインくらいの子供はみんな、一度は魔法に憧れるもんだからな。ちなみにオレもそうだった。実際に親にねだって高いお金を出してもらって、なんとか魔法を習得させてもらったくらいだ」
「え? アロガンドさん、魔法が使えるんですか?」
「言ってなかったか? 一個だけだが使えるぞ」
「見せてください! 見たいです!」
「おいおい、これを使うのはそれなりに疲れるんだがな。――見てろ」
アロガンドさんが手のひらを上にして、集中を始める。
そして――
「ソル アトラ」
詠唱というべきなのだろう。
意味のわからない謎の単語を一定の間隔でつむげば、同時にアロガンドさんの手から光がじわりと浮かび上がる。
それは一か所に集まっていき、アロガンドさんの手のひらの上で球体となる。
「あんま直視し過ぎるなよ、アイン。ほれ!」
アロガンドさんが光の球体を空中に放り投げる。
すると高い位置で静止した球体が膨らみ、すさまじい光を全方位に放ち始める。
「うおっ、眩しい!」
手で顔を隠す。昼間だからこそこの程度で済んだが、夜に見たら頭が痛くなりそうなくらい強烈な輝きだ。
「
「ほへ~」
本物の魔法だ。
しゅごい。語彙が死ぬくらいしゅごい。
「本当はオレももっと敵に直接攻撃するような魔法がよかったんだが、これはもうこの魔法と相性が良かったというしかないな」
アロガンドさんが操作したのか、光がしぼみ、ぱっと消える。
「何冊か魔導書を読ませてもらって、習得できそうだなって感覚でわかったのがこれだけだったんだ。しかもきっちり使えるようになるまで、一年近くかかったよ」
「一年!? 一個の魔法を習得するのにですか!?」
「おいおい、これでも魔法の習得としてはかなり早かったんだぞ? 魔法を一個習得するのにかかる時間は、平均すると四、五年くらいだからな」
「そ、そんなにかかるんですか」
「かかるんだ。一応最初の一個はオレみたく、もっと早く習得できる可能性の方が高いが、二個目以降は普通にそれくらいかかる。才能ある奴でも、三年くらいは必要じゃないか?」
「思ったよりも、大変な道のりなんですね」
「だからオレも一個覚えた段階でそれ以上は諦めちまった。習得できる気がまったくしなかったんだ。ちなみに、基本は剣か槍で魔法を一個だけ覚えてるっていう兵士はけっこう多かった印象だ。ま、一個だけなら身体強化に回す魔力を喰わないし、いわゆる奥の手って扱いだな」
奥の手。いい響きだ。
「はい! 俺、魔法の習得方法に興味があります!」
手を挙げ、先生に教授をねだる。
異世界なのだ。魔法を使えるものなら使ってみたい。
手から火を出すとか、水を出すとか、そういう簡単なものだとしても構わない。たとえどれだけ大変な修行方法だろうと、やり遂げる自信はあった。
「魔法の修行方法、教えてもらえないですか?」
「別にいいが、剣の鍛錬と並行してはできないぞ? 魔法の修行はとにかく時間を費やすからな」
「うぇっ? そうなんですか? それは……今はちょっと困るかも」
剣の修行と読み書きを習うので、割と俺のスケジュールは埋まり切っていた。
割り切るしかないのか。
アロガンドさんも魔法を専門に使う魔導師ではないのだから、本業の剣を教えてもらった方がいいに決まっている。
それでもいつか絶対に使いたいので、習得方法だけ教えてもらうことにした。
「魔法の修行の基本は、読書と瞑想の繰り返しだな。まずは――」
ふむ。ふむ。なるほどなるほど。
そうやって魔法は覚えるんですね。
それを一年以上続けるのか。かなりきついなぁ。
え? 一日で覚えられる可能性もある? どういうことですか?
ああ、運なんですね。
魔導の名門と言われるような家の子供は、まず大魔導図書館に案内されたあと目隠しされ、百回くらい身体を回転させられる?
その上で一冊の魔導書を選ばせるんですか?
はあ、そういう運命的なめぐり逢いを大事にするのが魔法であり魔導師だと。
ロマンティックデストルネードの儀式。
すごい名前ですね。え? 結果によっては家を追放されたりするの? こわっ!
他に裏技的な習得方法はないんですか?
攻撃魔法なら覚えたい魔法を覚えるまで喰らい続ける?
回復魔法は自分の身体をちょっとずつ斬り刻んでは、回復してもらうのを続けると覚えられるらしい。
運命(物理)ってわけですね覚悟がやばい。
「う~ん。それ以上の問題もたくさんありましたが、たしかに時間をすごく使いそうですね」
「だろ? 本物の魔導師って奴は、それを乗り越えて複数の魔法を習得してるからやばいんだ」
昔の同僚に魔導師がいたらしいアロガンドさんは、畏敬めいたものをその人物に覚えているそうだった。
話が通じないので、もう二度と会いたくもないらしいけど。
「アインもこの先、もしも名門出身の魔導師って奴に会うことがあったら気をつけろよ。あいつら、魔法を偶然一個習得できたような奴を、絶対に魔導師とは認めないからな。自分が魔法の習得に費やした時間と流した血の分、魔法至上主義で価値観が凝り固まってるから」
「それは怖いですね。近寄らんとこ」
「まあ、そういう名門は基本的に貴族ばかりだから、軍か政治の世界に行かないと会うことはないだろうけどな」
「じゃあ、俺が会うことは一生なさそうですね。よかったよかった」
あははは、と笑いあう俺とアロガンドさん。
そもそも、魔法を習得するには原則として『魔導書』が必要不可欠なので、俺はまず本をしっかり読めるようになるところから始めないといけないようだった。
魔法……残念ながら今は諦めるしかないようだ。
ただ、いずれ必ず魔導書は手に入れるとしよう。
あるいは、めぐり逢いに期待したい。
探索していた遺跡の奥の宝箱から見つかったとか、両親の遺品を整理していたら屋根裏の奥から偶然見つけたとか、そういう運命的に手にした魔導書の魔法は高確率で習得できるらしい。
俺の場合はなんだろうか?
分身スキルがあるし、やっぱり忍者関連かな?
火遁の術から連想して炎を出したり? あるのか分からないけど瞬間移動とか?
夢が広がるな。
将来の目標に運命の魔法の習得を追加していると、フィーネがちょうど家から出てきたので、今日の修行はこれでお開きとなった。
「じゃあ、アイン。勉強がんばれよ」
「はい、ありがとうございました。アロガンドさん」
さて。
畑仕事へ向かうアロガンドさんを見送りながら、俺は心の中でつぶやく。
そ、そういうことだったかぁ……。
先程、あからさまに魔法のことでアロガンドさんに話をそらされてしまったわけだが、俺は彼が隠そうとしたことがなにか察してしまっていた。
フィーネの強さの秘密。
それは魔力だけが理由ではなく、魔法によるものではない。
となれば、俺が知るかぎり残る可能性はひとつだけだった。
――スキルだ。
フィーネはスキルを持っている。
おそらくはその効果によって、高い戦闘能力を得ているのだ。
引っ越してきた理由も、スキル関連でなにかやらかしてしまったか、トラブルに巻き込まれてしまったのだろう。
この推理は間違ってないはずだ。
期せずして、真相に辿り着いてしまった。
ただ秘密というのなら、俺からは突っ込むまい。
スキルについて誰にも言えない気持ちは俺もよくわかる。
仲良くなった今ですら、分身スキルのことを話そうとは俺も思わない。
別にフィーネがどんなスキルを持っていようと、俺に悪影響があるわけではなさそうだし、うん、問題ないさ。
「アイン! フィーネ先生の勉強のお時間だよ!」
俺は笑顔で駆け寄ってくるフィーネを見て、これ以上は彼女のスキルについては考えないようにした。
いずれフィーネから話してもらえる日が来たら、そのときに改めて考えればいい。
乙女の秘密っていうのは、暴くものじゃないだろ?
たぶんだけどな。