分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
森の中。
磨り潰した薬草を調合した物を練り上げ、殺菌作用のある大きな葉っぱで包み込み、木の繊維を柔らかくして作った紐もどきでとめる。
「これで傷薬も完成、と。ちゃんと効くといいけど」
汗を手でぬぐい、作った薬を地中に掘った穴の中に入れる。
穴の中には他にも手製の武器や、保存食をやはり葉っぱで包んだものなどもある。
街への遠征のために、コツコツと用意していた物だ。
「……遠征準備も、これで整ったな」
コルニ村から一番近い街の情報も、そこで冒険者になる方法も調べがついた。
道中や、街についてからしばらくの間の食料についても確保できている。
武器も手に入れた。
石で木の棒を削っただけの棍棒だが、硬い材質のものを選んだし、当たり所によっては人を殺すくらいはできる代物だ。
モンスターに通用するかはやってみるまでわからないが、一応アロガンドさんとの練習で使っている木剣でも、やりようによってはモンスターと戦えると教えてもらっている。この武器でも相手さえ選べば戦えなくはないだろう。
他に必要なもの。
できれば現金があれば嬉しいが、こればかりは村で手に入れるのは難しい。
一応、換金できそうな薬草は準備したが、いくらになるかは不明だ。
幸いにも、街に入るだけなら通行税はかからないらしいので、入ったあとにどうにか稼ぐしかない。
冒険者登録も登録するだけなら無料らしいので、現環境で用意できるものは用意できたと言ってもいいだろう。
あとは実行に移すだけだ。
街へ向かうだけなら、現状でも簡単だ。
本体をこの村に残して、分身だけ街に向かわせればいいからだ。
当然、危険が伴うが、だからこそ試してみるべきだろう。
分身の俺なら――最悪、死んでも得られるものがある。
負傷だってそこまで気にすることじゃない。上手くいけば街での足場を作れるし、現金だって稼げるかもしれない。
仮に上手くいかなくても、貴重な経験値となるはずだ。
問題があるとすれば、分身に街へ向かわせるとなると、村の畑仕事を本体一人でやらないといけないことだけど。
まあ、なんとかなる。去年まで、一人でがんばってたんだしな。
それに期間もずっとというわけじゃない。
とりあえず三週間、二十日前後を目途に考えている。上手くいっても上手くいかなくても、そこで分身には一度村に帰ってきてもらうつもりだ。
あと他に問題があるとすれば。
「……フィーネにしばらく会えなくなることを伝えないとな」
当然だが、分身を街に行かせるとなると、フィーネのところへは通えなくなる。
そのことは、あらかじめ伝えておかないといけない。
フィーネの反応を想像すると胸が痛いが、そこはぐっと堪えてやるしかない。
そもそも街への遠征自体、本来ならもっと早く決行する予定だったのだ。
しかしアロガンドさんという剣の師ができたことで、鍛錬を優先した結果、今日までズルズルと延期してしまっていた。
いや、剣の修行の方が重要だと考えたからこそなのだが、フィーネとしばらく離れ離れになるのが辛いという気持ちがそこになかったかと言われると、ちょっと自分でも自信がなかったりする。
……俺は、フィーネと仲良くなりすぎてしまったのかもしれない。
最近自覚したのだが、どうも俺はフィーネに絆されているようだ。
当初、俺は情報収集のためにフィーネを利用していた。
承認欲求に飢えていた彼女を言葉巧みに篭絡し、情報のみならず、まんまと文字の読み書きという技能まで教授させることに成功した。
そこから彼女の父親であるアロガンドさんにも取り入り、剣の技術まで基礎とはいえ習得することができたのだ。
すごいぞ、俺。やばいぞ、俺。
さすがは推定忍者だ惚れ惚れするぜ、という塩梅だった。
けれど。
逆を言えば、欲してやまなかった技能を少しずつ、少しずつ教えていくことで、フィーネもまた俺を攻略していたのだ。
俺はちょろくはないので、攻略難易度はゲキ高だったのだが、そこはフィーネの巧みな話術と胃袋から攻めていく戦術である。
ことあるごとに褒めてくれるし、食べ物を分けてくれるし、必要な知識を教えてくれるし、ご飯だって作ってくれる。
恐ろしい。男を篭絡する魔性の女ムーブだ。それを無自覚でやっているからタチが悪い。あの上目遣いと美味しいご飯には逆らえないよ。
気が付けば、俺はフィーネのことを大切な友達だと思うようになっていた。
なってしまっていた。
……しばらく会えないって言ったら、フィーネ、泣くかもなぁ。
かといって、街への遠征はこれ以上先延ばしにもできない。
季節はもう秋になろうとしている。
半年だ。
気が付けば、分身スキルを手に入れて半年が経とうとしている。
このままズルズルと延期を重ねていけば、あっという間に当初の目標だった一年が来てしまう。
あ、でも、一年経って分身が増えれば、フィーネの家に通いつつ街への遠征ができるよな。
本体と分身の俺が今のように交代しつつフィーネの家に通い、みっちりアロガンドさんに鍛えてもらう。
で、新着のもう一体の分身が街へ行って冒険者をやる。
悪くないんじゃないか?
当初の予定では、本体と分身の俺が街に行って冒険者をやり、もう一体の分身を村に残しておく。
もしくは、なんとか死を偽装して、街で三人全員が冒険者をやるつもりだったのだが、アロガンドさんという凄腕の教師がいる今、その振り分けでも悪くないんじゃないか?
一人で冒険者をやるのはかなり厳しいと思うけど、もう一年経てばさらに分身が増えるわけだし、冒険者として活躍するのはそこからだって遅くはない。
ありだな。ありあり。
ていうか、今の状況で死の偽装なんてしたら、フィーネをどれだけ悲しませてしまうか。
曇らせよくない。
「…………」
そこまで考え、俺は地面に手をついてうなだれた。
これだ。これなのだ。
フィーネに絆されていると自覚したのは、こういう考えをしてしまう自分に気づいたからなのだ。
冷静になって考えれば、そんな分身の振り分け方をしたら、お金なんて稼げるわけがない。
正攻法で俺を奴隷身分から解放しようと思ったらお金がいるのに、そのやり方ではいつになったら大金を稼げるようになるか。
そもそも正攻法で行く必要すらないのだし、分身スキルを最大限上手く使い、村を捨てて出て行ってしまえばいいのだ。
フィーネのことも、捨てて、しまえば。
「……ひとまず、遠征には行く。行かないといけない。まずはそれからだ」
冒険者として稼げるかどうか試してからでも、今後のことを考えるのは遅くない。
ただひとつ自覚しておくべきことは。
俺は、フィーネと仲良くなりすぎてしまったのだろう。
「村で収穫の手伝いをしないといけないから、しばらくフィーネの家には来られない」
翌日の別れ際。
計画をそのまま言うわけにはいかないので、誤魔化して伝えると、フィーネは呆然自失の顔でいきなり俺の胸元に縋り付いてきた。
「ど、どのくらい!? 三日間くらい!?」
「いや、最低でも二十日は」
「二十日間も!?」
フィーネの瞳に涙が浮かぶ。
「な、なんとかもっと短くならないの?」
「……無理だ」
「でも! そんな、突然……言わなくても」
フィーネは額を俺の胸に押し付けると、ぐすりぐすりと泣き始める。
慌てて慰めようとしたら、フィーネがおもむろに顔をあげた。
その瞳には、強い光が宿っていた。
「な、なら、わたし、がんばってアインの村に行く!」
「えっ!?」
予想外の言葉だった。それはまずい。俺が農奴だってことがばれてしまう。
「しゅ、収穫も手伝うから! それならいいでしょ?!」
「フィーネ」
後ろからフィーネの肩をつかみ、止めたのはアロガンドさんだった。
「いい加減にしなさい。アインが困ってるだろ」
「でも、お父さん!」
「寂しいのはわかる。だからって二度と会えないわけじゃないんだから」
「で、でも!」
「それにお前が村に行っても迷惑をかけるだけだ。待っていてあげなさい」
俺の事情を知るアロガンドさんからのフォロー。フィーネはキッと父親をにらみつけ、そのあと俺の顔を見る。
つり上がっていた眉がへにゃりと歪む。
きっと今の俺は、とても困った顔をしているのだろう。
「…………ごめんなさい。わたし、アインに迷惑をかけたかったわけじゃないの」
俺から手を離し、数歩下がったフィーネは、顔をうつむけ、勇気をもらうように胸元のペンダントをぎゅっとにぎる。
実際に、きっとフィーネはあのペンダントから力を分けてもらっているのだろう。
フィーネのスキルはおそらく、武器をもったときに発動する。
あの剣を模したペンダントもまた、アクセサリーではあるが、使いようによっては武器にもなる形をしている。本物ほどではないがスキルが発動するようで、それでフィーネは精神を安定させようとしていた。
「……二十日が経ったら、また会えるんだよね?」
「約束する。必ずまたフィーネに会いに来るよ」
「……うん、わかった。待ってるね」
フィーネは涙をぬぐい、顔を上げ、手を振ってくれた。
「アイン。またね」
「ああ、またな」
俺も手を振って別れる。
「じゃあオレは、いつものようにアインを村まで送ってくるから」
帰る俺に同行するのはアロガンドさんだった。
これは今日が初めてというわけじゃない。
アロガンドさんと知り合ってからずっと、彼は危ないからと、俺を村の近くまで送り届けてくれるのだった。
最初、フィーネも一緒について来ようとしていたが、そこはアロガンドさんがはっきりダメだと告げた。森の中でモンスターと遭遇した場合、いざというとき二人は守りきれないから、と。
「……うん、気を付けてね」
それを知るフィーネだったが、今日は名残惜しそうに同行を申し出ようとして、けれど我慢して見送ってくれた。
彼女の姿が見えなくなるまでの間、俺は何度か振り返る。
フィーネはずっと、泣きそうな顔で手を振ってくれていた。
胸が痛い。嘘を吐いて、騙して、傷つけてしまった。
最低だな、俺。
森の中を通り、村への帰り道を進んでいく。
「アロガンドさん、さっきは助けてくれてありがとうございます」
なんとかフィーネへの罪悪感を割り切って、ずっと黙って隣を歩いていたアロガンドさんにお礼を告げる。
「ま、気にするな」
「わっ」
アロガンドさんは俺の頭をやや乱暴になでる。いつものスキンシップだった。
「アインを助けただけじゃない。実際、フィーネがアインの村へ行くのは相当厳しい。少なからず、体調を崩すのは間違いないだろう」
「そんなにフィーネの人間不信ってひどいんですか?」
「この村に来たとき、村長と一度対面したんだがな。そのときは俺の背中に隠れて、一言もしゃべらなかったよ。大人が相手でそれなんだ。同い年の子供と会ったときは想像もしたくないな」
「それって……」
「全員が全員、アインみたく人のことを考えて、心を痛めてくれる子ばかりじゃないんだよ」
最初に会ったときのフィーネを思い出す。
街に友達、いるんじゃなくて、いたって言ってたもんな。
「少しずつ改善はしてるんだ。なのに、ここに来ていきなりの荒療治は、親としては止めざるを得ない。だからアインも気にしなくていいさ」
「そう言ってもらえると助かりますけど」
いずれフィーネには言わないといけないよなぁ。
「……フィーネはきっと、俺が奴隷だってことを知っても、気にしないんだとはわかってるんです」
隣で、アロガンドさんが少し驚いたのが気配でわかった。彼の前で自分を奴隷と認める発言をしたのは、これが初めてのことだったからだ。
「でも怖いんです。俺、ずっと奴隷だって村の子供に馬鹿にされてきましたから。村の大人や、偶に来る行商人の人とかからも、汚いものを見るような目で見られますし。実際、服とかは汚いんですけど」
自嘲する。結局のところ、俺はただ怖いのを誤魔化しているだけなのだ。
遠征に行くことも、半年後に村を出る可能性があることも、全部を全部伝えるという選択肢だって俺にはあるのだ。
フィーネを信じて、アロガンドさんを信じて、分身スキルのことを伝えるという選択肢も、俺にはたしかにあるはずなのだ。
そうしたら解決することは多い。
もしかしたら、俺が考え付かないような名案も二人なら思いつくかもしれない。
でも言えない。怖いから。
心の奥底では信じていないから。
結局のところ、どれだけ強いスキルを手に入れたとしても、俺はまだ弱い奴隷のままなのだ。
「……なあ、アイン。将来の夢ってあるか?」
思った以上にメンタルにダメージを喰らっていた俺に、不意にアロガンドさんが聞いてきた。
将来の夢? なんで突然?
「俺、奴隷ですよ?」
「関係ないだろ。夢を持つのは、奴隷だろうと許されていることだ」
「……まあ、あります。漠然としたものですけど」
「それは?」
俺は足を止め、アロガンドさんの方を振り返って言った。
「幸せになりたい」
最初から変わらない夢。俺の目的。それを初めて人に向かって口にする。
アロガンドさんは優しい目で俺を見ていた。
だから自然と、自分でも曖昧だったその言葉の続きが出てくる。
「自由になりたい。誰に命令される立場でもない、誰に縛られる立場でもない、自由になんでもできる、そんな強い自分に俺はなりたい」
それが俺の夢。成り上がってやると、そうあの日に誓ったことが、俺にとっての夢の在り方だったのだ。
村の外にはなにがあるのか。あの空の彼方にはなにが待っているのか。
異世界に転生したのに、剣と魔法のファンタジー世界なのに、ずっと同じ場所に縛られ続けていた俺の、心からの願いだ。
「そうか」
アロガンドさんは俺の夢を馬鹿にすることなく、否定することなく、ただ悪童のようににやりと笑う。
「なら将来は最上級冒険者になってハーレムを作るのはどうだ? 強い冒険者はもてるぞぉ。お金だって稼ぎ放題だ」
「冒険者、いいですね。けど俺は冒険者で終わるつもりもないですよ」
「お? それ以上を目指すのか? どこかで騎士様にでもなってみるか?」
「騎士って、でも結局は人に仕えるんですよね? なら俺は、それを顎で使う方がいいですね」
「おいおい、そこまでするなら貴族を目指す必要があるぞ。あの世界はしがらみが面倒だから、それなら大商人でも目指した方がいい。お金をたくさん稼げば、貴族だって平伏させられる」
「最高ですね。まさに自由だ」
自由で、まさに夢のようなお話である。
そしてその大きな夢に向かうためには、一個ずつ目の前の問題を解決していくしかない。
「ならまずは、奴隷から解放されることが目的になるな」
「はい。それが俺の今の目標です」
アロガンドさんの言葉に、隠すことなく頷いた。
不思議なもので、奴隷であることを恥じる気持ちはなくなっていた。今はただ、目の前が開けて見える。
此処から成り上がってやるのだと、そういう気持ちだけが胸にある。
「自分を買い戻す金を稼ぐか、村長をどうにかして奴隷身分から解放させる。さて、どっちの方が未来につながるかな」
「そういうことならひとつ、役に立つ情報を提供できるぞ」
「情報、ですか?」
「ああ。……ま、オレが金を貯めてアインを解放するって手もあるが、生憎手持ちがそんなになくて、結局そっちも時間がかかってしまうからな」
「そんなことを考えてくれてたんですか?」
「まあな。アインはオレの弟子だし、それに……」
アロガンドさんは森の切れ間からのぞく夕焼け空を見上げ、うっすらと浮かんでいる双子月を見つけると、しみじみとした声で続けた。
「どうも将来、オレの義理の息子になりそうだからなぁ」
「……それはその、なんといいますか、まだ将来なのでわからないといいますか」
いやまあ、気付いてますよ? フィーネからの好意は。
あれだけまっすぐ好意をぶつけられたら、気付かないふりも難しいというか。
当然、アロガンドさんも気づいているよう。彼は俺の言葉に肩をすくめ、やれやれと首を横に振った。
「甘いな、アイン。甘すぎる。お前はうちの娘を甘く見過ぎているぞ」
「どういうことですか?」
「アインが思っているよりも、フィーネはしゅきしゅきアインくん状態だっていうことだ」
「しゅきしゅきアインくん」
おかしいな? 俺、さっきまで割と真剣な話してなかったですかねえ?
いや父親にとって、娘以上に大切なものなんてないんでしょうけども。
夕焼けに染まる森の中で、男同士の大切な話が始まろうとしていた!