分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
本人が目の前にいないときにこそ、人間っていうのは本音を晒すものだ。
「アインがいないとき、フィーネの話題はアイン一色だよ」
なので、むしろ俺よりもずっと、アロガンドさんはフィーネの愛情深さを知っているのだった。
「アインがあれを覚えた。アインがすごい。アインが褒めてくれた。そんな感じで朝から晩までずっと話し続けている。よく話題が尽きないなと感心するくらいだ」
「それはほら、俺以外に知り合いもいない状況ですし」
「それもあるだろうが、それだけじゃない。なぜならつい先日オレは、フィーネからこんな質問をされたからだ」
「質問?」
「ああ」
アロガンドさんはそのときのことを思い出し、死んだ目になる。
「子供の作り方を聞かれた」
「男親が聞かれて一番困る質問が来ましたね」
フィーネさん!? マジですかフィーネさん!?
えっ!? そこまでもう考えていらっしゃるのですか!?
「さすがにいきなりすぎてそのときは誤魔化したが、フィーネの眼は諦めていなかった。いいか? アイン。勘違いしないように、間違いが起こらないようにちゃんと言っておくぞ」
アロガンドさんは俺の両肩に手を置き、今だかつてない真剣な顔で告げた。
「オレの娘は、君のことを性的な目で見ている」
「知りたくなかった」
フィーネさぁん!? 純真さが暴走してますよフィーネさぁああん!?
この世界の結婚と出産年齢が前世に比べると早いとはいえ、いくらなんでも早すぎる。ていうか俺、まだ子供が作れるような身体じゃありませんけど!
いやいやいや、落ち着け俺。
アロガンドさんのファインプレーで、フィーネだってまだやり方は知らないのだ。
いきなりあのゴリラパワーで押し倒されることもない。だから落ち着くのだ。深呼吸をしよう。
すぅ、はぁ、ふぅ。……ん? あれ?
「言われてみれば、子供ってどうやって作るんですか?」
「君もか!?」
「ああいや、俺の知識が正しいのならいいんですけど」
一応異世界なのでね。もしかしたら違う可能性もあったから。
「……それはだな」
アロガンドさんが耳打ちで教えてくれる。
ふむふむ。
どうやら前世とそこは変わらないようだった。
ていうか、娯楽なんてなにもない村で生活しているので、村人同士、あるいは農奴同士がそういうことをしているのは度々目撃している。収穫祭の夜とかは、もうあちらこちらの茂みでパーティーですよ。
「子供の作り方とフィーネが思春期を拗らせてることは理解しました。気を付けます」
「本当に気を付けてくれ。さすがにオレも、この歳でおじいちゃんにはなりたくない」
アロガンドさんの年齢は三十二歳だと前に聞いたことがあった。
大きな街で暮らしていたから嫌なんだろうけど、村社会ではその年齢だと普通に孫がいてもおかしくなかったりする。
「そんなわけで、アインが奴隷から解放されるのかどうかは、オレにとっても無関係じゃないわけだ」
「そういえば、そんな話をしてましたね」
今からその話に戻しても大丈夫? もうシリアスは死んだよ?
あ、続けるんですね。
「前にも話したが、オレがこの森にいるのは、そっちの村長に用心棒で雇われたからだ。いざというときの制圧、護衛、あとは森のモンスター退治とかをして、村長から食料やお金を受け取ってる」
「ええ、知ってます」
「今はオレ一人でそれをやっているわけだが、先日村長と話したとき、人数を増やそうって話題があがったんだ」
「それっていわゆる村の自警団を作る、みたいな話ですか?」
「そうだな。人数が増えれば、そういう形に落ち着くだろう」
「でもそこまでお金をかけて警戒しなくても、農奴たちが反乱することはないと思いますよ? 俺が言うのもなんですが、村長の命令や指示にも従順ですし、ルールを破ろうとする人間もいません」
「ああ。そういう備えでもあるが、人数を増やすのは主にモンスター対策のためだ」
「モンスターの?」
森を見回す。
夕暮れの森は薄暗く、獣の息遣いが聞こえてきそうだ。
しかし一度も俺はこの森で、モンスターと遭遇したことはない。
「コルニ村は開拓村だ。森を切り拓いて、農耕地をどんどんと増やしている。オレは昔を知らないが、その開拓速度はかなりのものだと聞いている」
「そうですね。昔に比べると、畑が三倍くらいになりましたかね」
俺が物心ついたときはもっと村も畑も小さかったが、ほんの五年くらいで村は大きく広がってる。
すべて俺たち農奴の血と汗の結晶だ。前世なら牛馬を使わないとやれないような作業も、大人の農奴なら人間耕運機となってこなせてしまうので、開拓はかなりのスピードで進んでいる。
「村長はこのまま、開拓をどんどんと進めるつもりでいる。そうなると、森の開拓もモンスターが現れる場所まで到達することになる。ここは王国の南端、いや、人類領域の南端近くにある村だからな。これ以上は『絶滅領域』に近付きすぎる。モンスターは今とは比べものにならないほど、この森に現れるだろう」
「絶滅領域、ですか?」
「もしかして知らないか?」
俺が首を縦に振ると、アロガンドさんは呆れた顔になる。俺に、ではなく村長に対してだったが。
「ここらで暮らしてるんだから、あの人はちゃんと説明しておけよ。まったく」
アロガンドさんはその場にしゃがみ込むと、地面に手で軽く模様を描く。
大きな目、それを上下に分ける線を真ん中にひとつ。
どら焼きにも似た、そんな模様だ。
「これが大雑把だが、大陸の地図だ。で、上半分がオレたち人間の暮らしている人類領域。下半分が、文字通り人類が死に絶えた絶滅領域。凶悪なモンスターが跋扈する、陸続きの地獄だ」
「絶滅領域……」
「これも知らないかもだが、人類の歴史はモンスターとの戦いの歴史だ。しかも圧倒的に、モンスターによって蹂躙されてきた側な。一〇〇〇年以上昔の古代において、大陸で人類が生存を許されていたのは、北端のほんのわずかな領域だけだったと言われている」
わずか一国、わずか一都市、それしか存在できないほどに、かつて人類は追い詰められていた。
彼我の戦力差は圧倒的で、人類はその最後の楽園すらもモンスターに奪われようとしていたという。
「そこに救世主として生まれたのが、我ら人類の始祖、偉大なる勇者ハルルカンだ」
一人の男の誕生。そこから人類の反撃が始まった。
「六つの強力なスキルを持って生まれたハルルカンによって、モンスターは瞬く間に駆逐されていった。彼と彼の差配する騎士団の快進撃は続き、最終的には逆に南端まで絶滅領域を押しのけてみせた。人類の栄華は絶頂期を迎え、南の果てには勇者を讃える新たな人類の聖地ができあがった」
しかしそこで、運命のようにモンスター側にも救世主が生まれた。
最強の勇者を相討ちにまで持ち込んだ、魔王と称されるモンスターが。
人類は勇者を失い、モンスターは魔王を失った。
そうなれば、両者は元の勢力図に戻る。勇者が取り戻した人類領域は、千年の時を経て、半分近くモンスターに取り戻されてしまっていた。
しかして、諦めることなかれ。
我ら人類は勇者の遺志に従って、いずれかの聖地を取り戻す。
それが各国で語られる創世の勇者伝説であり、世界中で崇められているある宗教の聖典にして、今なお続くモンスターとの戦いの一頁であった。
「絶滅領域からモンスターは基本的にやってくる。この森よりも絶滅領域に近い隣の街では、そりゃもう毎日毎日唸るほどのモンスターが現れるって話だ」
地図の真ん中より少し左側付近の絶滅領域。そこに触れるか触れないかの場所に、アロガンドさんは大きく丸をつける。その左隣に、小さな丸も。
「だからこそ、冒険者の都として繁栄しているわけだが、まあそれは置いておいて。コルニ村もあそことまではいかないが、十分に絶滅領域に近い。開拓を続けるなら、モンスターとの戦闘はこの先絶対に起こる」
「だから戦える人間の数を増やそうってわけですね」
冒険者である初代村長が開拓を許された場所。
なにかあるとは思っていたが、けっこうな危険地帯に住んでいたらしい。
当然、絶滅領域とは逆側には切り拓くんなんて真似はできない。それはおそらく、別の利権を侵害することになるからだ。
村をこれ以上繁栄させようと思うなら、危険な場所に手を伸ばさざるを得ない。
「村長はこの人員を、冒険者から脱落した借金奴隷で補おうと考えているようだった。それでも、そこそこ戦える人間は集まるだろう」
「そうですね。もう死んでしまいましたけど、前にもそういう奴隷はいました」
「そうか。で、ここで本題に戻るわけだが」
アロガンドさんは立ち上がり、俺の顔を見た。
「わざわざ高い金を払って新しい奴隷を買わなくても、今いる奴隷に戦いを仕込むって手もあるとオレは村長に言ったんだ。それで、割と前向きな返事をもらっている」
「もしかして、それを俺に?」
「ああ。危険な仕事にはなるが、だからこそ村長にも約束させた。モンスターを退治させるなら、たとえ奴隷であっても報酬はあるべきだと。そうじゃなければ、絶対にモンスターとなんて戦う人間はいない、ってな」
なにせ命がけなのだ。奴隷だって、無報酬で戦いなんてしない。
「モンスターと戦う冒険者の相場で考えれば、だいたい三年だな。三年間モンスターと戦えば、自分を買い戻すことは可能なはずだ」
「三年ですか」
長いといえば長い。
しかし終わりが見えているのなら、耐えられない年数ではない。
「どうだ? いい情報だろう?」
「そう、ですね。とてもいい情報でした」
分身スキルがなかった頃の俺ならば、すぐに飛びついていた話だろう。
モンスター退治。つまり俺が街でやろうとしていたことを、この村でやろうということなのだ。
当然、隣ではアロガンドさんも戦ってくれるだろう。
もしかしたら、フィーネだって協力してくれるかもしれない。
そうして三年間生き延びれば、大手を振って俺は奴隷から解放される。
一から街で立場を築き上げていかなくても、この村で。
フィーネと一緒に生きていくことができるのだ。
「もっとも、村長も前向きとはいえ、本格的にこの話が進むのは冬が過ぎて春が来たときだろうな。だから今は、この話を頭の片隅に覚えておいてくれるだけでいい」
「……わかりました。半年後の話、ですね」
俺は思った。
やっぱり、いずれ覚悟が決まったら、フィーネとアロガンドさんには分身スキルのことを伝えよう。その上でどうしていけばいいのか、どうやっていくのか、三人で相談して未来のことを決めるのだ。
今はひとまず街に遠征に行ってみて、モンスターとの戦いの感触を確かめてみよう。どう転がっても、無駄にはならない。
もう半年と思っていた。
けれど当初予定していた時までは、まだ半年でもあるのだ。
あせる必要はない。
俺には頼りになる人が、頼れる人たちができたのだから。
「アロガンドさん、また今度会いに行ったとき、剣を教えてくださいね」
「ああ。半年後までオレがみっちり鍛えてやる。フィーネにふさわしい男になれるようにみっちりとな」
「親馬鹿だ。わぷっ」
「はっはっは、こいつめ。言うようになったなぁ」
頭を乱暴に撫でられる。
「アインは強くなる。それはオレが保証してやる。だからきっと、お前が語った未来だって絵空事じゃない。叶うかもしれない、立派な夢さ」
「……ありがとうございます」
「おう! あ、でもさっきハーレムとか言ったが、フィーネと結婚したらハーレムはダメだからな。そこは親として言っておくからな!」
「それ、アロガンドさんの夢でしょ。俺は一言もハーレムなんて言ってないですよ」
「おっと気づかれてしまったか。いやぁ、オレもフィーネの母親に会うまでは、親に内緒でこっそり冒険者をしててな」
アロガンドさんがかつての夢を語ってくれる。
それを聞きながら、将来の可能性に夢をはせる。
俺には多くの選択肢がこの先ある。その中のひとつに、フィーネやアロガンドさんと一緒にこの村で生きていく。そんな未来もあるだけの話なのだ。
それはきっと、街で冒険者になるよりも穏やかな未来なのだろう。
貴族や大商人を目指すよりも、ずっと穏やかな現実なのだろう。
そういう未来もありなのかもしれない。
そういう穏やかな幸福の形も、俺にはあったのかもしれない。
もしかしたら。
そんな将来の選択肢も。
――あいつらが村に来なければ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
お陰様でお気に入り数が2500人を超えました。
大変励みになっております。この場を借りてお礼申し上げます。
また、後出しになって申しわけないのですが、投稿作業とストックを書くので割といっぱいいっぱいになっており、感想をなかなか返せそうにありません。
感想自体は大変うれしく思ってニヤニヤしているのですが、いざ返信しようとなると、なにを返してもネタバレに触れるんじゃないかと悩んだりすることもあり、ちょっと時間が足りません。
その点、ご了承いただければ幸いです。
代わりといってはなんですが、ストックはけっこう稼げているので、もうしばらく毎日更新は続けられそうです。
また、今更ながら誤字報告機能の存在に気づき、修正しました。
ご報告ありがとうございます。
長文失礼しました。
それでは、今後ともお付き合いよろしくお願いいたします。
感想・評価も引き続き、お待ちしております!