分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第16話  使者

 それはあまりに突然の来訪だった。

 

 フィーネの許へはしばらく行かない決断をした翌日。

 遠征の出発を控え、いろいろと準備に追われていたその日のこと。

 

 収穫準備のため、村の全員がいつも以上に忙しなく仕事に追われていたそのとき、ふと村の入り口を見やった誰かが、緊迫した声をあげた。

 

「おい、村の入り口に誰かいるぞ」

 

「鎧姿の兵士さんだ。領主様のところのか?」

 

「いいや、領主様のとこはいつも収穫が終わったあとに来る。あれは違うぞ」

 

「冒険者でもないようだが」

 

「おい、一人じゃないぞ。まずいんじゃないか?」

 

 偶に来る領主の兵とは異なる兵士。それも複数となれば、野盗の可能性もあげられる。

 

 不安がどよめきのように村全体に伝わり、誰かが呼んだのか、家にいた村長が慌ててやってくる。

 

 その後ろに村人の中でも腕自慢の者が、農具を片手に続く。

 

 村長は警戒して入口からは離れた場所で立ち止まり、兵士に向かって大声で呼びかけた。

 

「ここはコルニ村だ! お前さんらは何者だ!?」

 

「失礼。驚かせてしまい申し訳ありません」

 

 村長の誰何に、涼やかな声が返ってくる。

 

 兵士たちの後ろからゆっくりと進み出てきたのは、甲冑にマントを羽織った男性だった。年齢は二十代前半。手には一目で兵士たちの上官とわかるほど、見事なこしらえの杖を持っている。

 

「私たちは六聖教会の者です。巡礼の旅の途中、なにかお力になれることはないかと思い、この村に寄らせていただきました」

 

 六聖教会。もしくは、六聖教。

 

 その名前はさすがの俺も知っていた。

 

 この国どころか、大陸中で信仰されている、つい昨日アロガンドさんが話してくれた勇者、始祖ハルルカンを崇めている者たちが作り出した一大宗教組織だ。

 

「六聖教会の方でしたか。こんな辺鄙なところにわざわざありがとうございます」

 

 村長は警戒を解くと、改めてやってきた教会の人たちに近づいていく。

 

 俺を含め、幾人かの村人は嘘なんじゃないかと警戒を続けていたが、村長と一団の代表らしき男性は和やかに話をしていた。

 

 どうやら本当にただのお客様で、悪い人たちではないようだった。

 

 やがて話が付いたのか、村長の先導に従い、村の中に入ってくる。

 

 全員で十人はいるだろうか。鏡のように磨かれた甲冑を身にまとい、乱れることなく整列したまま歩く兵士たち。その彼らに守られるようにして、最後尾より一台の馬車が姿を現した。

 

 マント姿の男性が馬車へと近づき、扉を開けて中にいる誰かに向かって手を差し伸べた。

 

 男性の手を借りて馬車から降り立ったのは、純白の法衣をまとった人だった。

 

 頭の先からつま先まで、肌が見えないように幾重にも白い布を重ね、顔もまた白い蔵面で隠している。

 

 かすかに髪らしき金色の輝きだけが、布と布の隙間にのぞいていた。

 

 小柄な背丈と華奢な肩幅からして、女性か、あるいは男だとしても子供だろうか。

 エスコートされている様子からして、おそらくは女性と思われるが、確たる情報は布に隠れてうかがえない。

 

 どうやら彼女が一団の中で最も偉い人のようだった。

 兵たちは彼女をいつでも守れるような体勢のまま、村長のあとをついていく。

 

 なんだ? あの人は誰なんだ?

 

 みんな疑問で頭がいっぱいで、仕事の手を止めて一団の方を見ることしかできずにいた。

 

 やがて俺たちの目の前までやってきた一団を背に、村長が村中に聞こえるような大声で告げた。

 

「喜べコルニ村の皆よ! ありがたいことに、六聖教会の方がケガや病気を診てくださるそうだ! 村人だけではなく、農奴の皆もだ!」 

 

 なんと。

 

 そんなことをしてくれるのか。

 

 領主の兵の人たちが、村長からの要望で村人の治療をしていたのは知っていたが、さすがは教会組織ということか。俺たち奴隷にまで救いの手を差し伸べてくれるらしい。

 

「うむ。全員、手を止めて並びなさい。決して無礼のないようにな」

 

 仕事の手も止めていいようだ。それだけの相手ということか。

 

 いまいち俺にはこの世界における教会の存在価値がわからなかったが、村長にそうまで言われたら従うしかない。

 

 他のみんなと一緒に列に並ぶ。

 

 まず最初に村長とその家族から始めるようだった。

 例の女性の前に、村長たちが祈るように手を組んでひざまずく。

 

 その肩をひとりひとり、女性が回っては手で触れていく。

 

 さながら祝福を与えるように。

 

 いや、実際に祝福なのだろう。触れられた肩の部分が淡く輝き、その光は身体全体を包んでいく。

 

 治癒魔法、なのか?

 

 村長とその家族が終われば、今度は村人たちが同じようにひざまずき、女性が治癒魔法を施していく。

 

 終わった人たちは軽くなった肩を回すようにして、笑顔を交わしあっている。

 中には病気か怪我でもしていたのか、ありがたそうに彼女を拝む村人もいた。

 

 まるで聖女様だな。

 

 農奴たちの番になっても、嫌がることなく他の村人たちと同じように肩に触れていく女性を見て、俺はそう思った。

 

 まあ、無料で治癒魔法をかけてもらえるならありがたいと思おう。

 

 最近は疲れも残っておらず、体調も崩してはいないが、先までの仕事でいくらか擦り傷めいたものはできている。明日からの遠征を思えば、ベストタイミングとすらいえた。

 

 やがて俺の順番がやってきた。

 

 当たり前のように最後だったので、終わった村人たちが見守る中、他の残っていた農奴と一緒に、村長の真似をして手を組んで膝をつく。

 

 頭を下げていると、人が近づいてくる気配がした。

 

 視界の端で、白い衣が揺れる。

 

 ぽん、と叩かれる肩。

 同時に全身を淡く包み込む光。

 

 温かくてどこか優しい、不思議な光だった。

 

 組んでいた手を思わず解けば、その治癒の光によって、手のひらにあった擦り傷が消えていくのが見て取れた。

 

 すごいな。これが治癒魔法か。

 

 前世を通して初めての経験に驚いていると、ふと周りが騒めいたのがわかった。

 

 なんだと思って顔を上げれば、すぐ目の前で女性が足を止めて俺を見ていた。

 

 白い衣の向こうからでも、その強いまなざしがうかがえる。

 

「えっと」

 

「手を」

 

 訳が分からず困惑する俺に、女性が囁くように言った。その声を聞いて初めて、目の前にいるのが女の人であることを確信できた。思ったよりも若い、少女の声だった。

 

「手を貸してください」

 

 少女はしゃがみこんで視線を合わせると、もう一度そう要求してくる。

 

「おい、灰色! 早く聖女様の言うとおりにしろ!」

 

 村長が横から近づいてきて、そう命令してきた。

 

 ていうか、本当にこの人は聖女様なのか。

 

 断る理由もなかったので、軽く手の汚れを服で拭ってから差し出した。すると聖女様が、その手を包んでいた白い手袋を脱ぎ捨て、素手になって俺の手をとった。

 

 握手。

 

 聖女様は無言で、俺の手を握り続ける。

 十秒、二十秒、一分経っても離さない。

 

 その間、ずっと治療魔法の光を浴び続ける俺。もしかして、なにかやばい病気でも患ってるのかと、だんだんと心配になってくる。

 

「聖女様」

 

 手を握ったまま見つめあう俺たちを見て、マント姿の男性が近づいてきた。

 

「もしやその者に例のスキルが?」

 

 それはまったく予期していなかった言葉だった。

 

 スキル?

 

 なんでここでスキル?

 

 例のスキルってどういうこと?

 

 ――俺にスキルがあるってことが、ばれたのか!?

 

 背中にどっと嫌な汗が噴き出す。

 

 まずい。まずい。まずい。

 

 ただの治療じゃなかったのか? 

 いや実際に治療はしていたから、併せてスキルの所有を確かめていた? 

 

 どうやって?

 

 魔法? あるいは、そういうスキル?

 

 肩に触れたあとに手袋を外して素手で触れてきたってことは、相手に触ることでスキルがわかるみたいなことだったりするのか?

 

 でもそんなことをする理由はなんだ? スキルの中身までばれたのか?

 

 突然すぎる。なんの覚悟もしていなかった。足元がいきなり崩れたかのような恐怖に包まれる。心臓がバクバクと震え、反論もなにも口にできないまま、俺は呆然と聖女様を見ることしかできなかった。

 

「いいえ、この子にスキルは授けられておりません」

 

 そんな俺を見返して、聖女様は首を横に振って否定の言葉を口にした。

 

 …………えっと。

 

 その、あの……どういうことでしょうか?

 

 スキルがばれたんじゃないの?

 

 訳が分からないよ!

 

「気配があった気がしましたが、どうやらわたくしの勘違いだったようです。直に触れて確かめてみましたが、この子にスキルはありませんでした」

 

「左様でしたか」

 

「……怖がらせてしまったみたいですね」

 

 聖女様が俺を見て、安心させるようにゆっくりとつかんでいた手をほどき、その手でそっと頬を撫でてくれた。

 

「大丈夫ですよ。あなたに大きな病気などがあるわけではありません。わたくしが少し、あなたとこんな風に触れあってみたかっただけですので」

 

「は、はい、ええと」

 

「色々と大変かと思いますが、たくましく生きていってくださいね。あなたの未来に、始祖ハルルカンの加護のあらんことを」

 

 最後に祝福の言葉を残し、頭を優しくひと撫でしてから、聖女様が俺の前から立ち去る。

 

 男性もまた俺を一瞥しただけで興味を失い、聖女様の後を追う。

 

「聖女様。こちらのハンカチをお使いください」

 

「要りません。それよりも、もう一度村長に確認を取ってください」

 

「たしかに、これで村人は全員のようですが、スキル所有者はいなかったのですよね?」

 

「はい。全員がスキルを持ってはいませんでした」

 

「こちらも村から抜け出た者はいませんでした。……おかしいですね」

 

 なにやら相談をしているようだが、俺といえば、安堵のあまりその場にへたり込むしかできなかった。

 

 あ、危なかった……。

 

 あの聖女様に、相手のスキルを読み取る力があるのは間違いないようだった。

 

 しかし俺からスキルの存在を確認することはできなかった。あの様子からして、残滓みたいなものを感じ取ったのかもしれないが、それでも最終的にスキルはないと判断した。

 

 そりゃそうだろう。だって、俺は分身の俺だ。

 

 分身体は、分身スキルを使うことができない。つまりスキルを有していないのだから、そういう結論に至ってもおかしくない。

 

 ……マジで危なかった。

 

 今日、分身の俺が畑仕事に出ていたのはただの偶然でしかない。

 

 昨日、あるいは明日以降だったら、ここにいたのは本体の俺だ。こんな騙し討ちのような真似をされたら、間違いなく分身スキルの存在がばれていた。

 

「祝福をありがとうございました。なにもない村ではありますが、よければもてなしをさせてもらえれば幸いなのですが」

 

 ほんのわずかな滞在を終え、去ろうとする六聖教会の面々に対し、村長が頭を下げて引き留めようとしていた。

 

「お誘いは嬉しく思いますが、先を急ぐ旅ですので」

 

「ではせめて、少ないですが謝礼の方をお受け取りください」

 

「それにも及びませんよ」

 

 馬車に戻った聖女様の代わりに、マント姿の男性が村長の対応をしている。

 

 引き留めに失敗した村長は、用意させた金の入った袋を渡そうとするが、男性はそれを受け取ろうとしない。治療自体は本当に無料らしい。

 

 いや、それを餌にスキルの判別をしているのだろう。目的は不明だが、やり口が詐欺師のようで恐ろしい。

 

 ていうか、あの男。口では断りつつ、こっそりと懐に謝礼を入れてるし。

 

「時に村長殿。念のためもう一度聞きますが、村人はここにいる者たちだけですよね?」

 

「ええ、間違いなく」

 

「ふむ、そうですか」

 

 男性は最後に村を見回す。誰か隠れていないか探すように。

 

「ちなみにこの村の近くに、他に村があったりはしますか?」

 

「いいえ。この近くにはうちの村しかありません。二日ほど歩いたところに街はありますがね。反対側をずっと行けば、そこはもう帝国の領地でございます」

 

「そうですか。他には誰もこのあたりに住んでいないのですね」

 

「はい。……ああいや」

 

 村長が今思い出したかのように手を打つ。

 

「一応あの森の反対側に暮らしている親子がいます。もし祝福を施していただけるのでしたら、すぐに呼んできますが」

 

「親子、ですか?」

 

「ええ、気のよい男とその娘さんなのですがね」

 

 そのとき――不意に男性が口元に笑みを浮かべたのを俺は見た。

 

「いいえ、結構。こちらから伺いましょう。森の反対側でよろしかったですね?」

 

「ええ。ちょうど反対側に森へ入る道があるので、そこから入ってもらえればわかりますよ」

 

「感謝します。それでは。この村に始祖ハルルカンの加護のあらんことを」

 

 男性が足早に去っていく。あわせて、兵士たちも村を後にする。

 

 嵐のように立ち去った六聖教会の人たちを見送って、俺は不安に駆られていた。

 

 彼らはフィーネのところに向かうらしい。治癒魔法を二人にも施してくれるなら、俺としても嬉しいかぎりなのだが。

 

 ……なにか、少し、嫌な予感がした。

 

 男はフィーネたちの存在を知って喜んでいた。それはなぜ?

 

 男と聖女様の話を思い出す。

 

 スキル。例のスキル。スキルを持っていない。おかしい。

 

 つまり最初から彼らは、この村にスキル持ちがいると判断してやってきた?

 

 じゃあ俺が目的だったのかといえば、それは違う。俺は誰にもスキルを持っていることを話してはいないし、ばれてもいない。それは間違いないはずだ。ばれていれば、間違いなく村長たちに利用されていただろうから。

 

 つまり彼らの目的は俺ではなく、別のスキル持ち。

 

 そしてこの村――いや、この森で俺以外にスキルを持っているのは一人だけだ。

 

 俺は駆け出した。

 

 村長か誰かが呼び留める声が聞こえた気がしたが、無視して森に向かって駆ける。

 

 いつも本体の俺が待機しているところに向かえば、そこに本体はいなかった。村が騒がしくなったため、念のため奥の方へ隠れてしまったようだ。我ながら慎重すぎるぜ!

 

 本当なら本体にも情報共有したかったのだが……。

 

 今は時間が惜しい。俺はフィーネの許に向かうことにした。

 

 走る。走る。息が苦しくなっても走り続ける。

 六聖教会の奴らより先に、彼女のところに行かなければならない。

 

 なぜならば。

 

「あいつら、最初からフィーネ狙いかよ!」

 

 

 

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