分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第17話  人生の岐路に立つ

 森を迂回する道を選んだ六聖教会の面々よりも、森をまっすぐ突っ切った俺の方が、アルトゥール家には先に到着することができた。

 

「フィーネ! アロガンドさん!」

 

 慣れ親しんだ家の扉を開け放ち、中をうかがえば、そこには驚いた様子のアロガンドさんの姿だけがあった。

 

「アイン。どうしたんだ? そんなに慌てて」

 

「アロガンドさん、フィーネは?」

 

「フィーネは森にいるよ。今日は君が来ないと思ってたからな。それよりも、どうしたんだ? しばらくうちには来ない予定だったんじゃないのか?」

 

「実は、さっき村に六聖教会の聖女が来たんです」

 

 フィーネのことは気になったが、先にアロガンドさんに事情を説明する。

 

 聖女が兵士をたくさん連れてコルニ村に現れたこと。

 彼らがスキル持ちを探していたこと。

 この家に向かってきていること。

 

 話を進めれば進めるほど、アロガンドさんの表情が険しくなっていく。

 

「教会の奴らの目的は、最初からフィーネだったんだと思います」

 

「……だろうな」

 

 アロガンドさんも俺の考えには賛成のようだった。心当たりがあるのだろう。

 

「フィーネは六聖教会に追われてるんですか?」

 

「そう、だな。追われていると言ってもいいだろう」

 

 アロガンドさんはそこで一度家を出ると、目を細めるようにして森の出口の方を見やった。

 

「……森を迂回してくるとなると、まだしばらく到着まで時間はかかるか。アイン、少しだけ話を聞いてくれるか?」

 

「もちろんです」

 

「ありがとな」

 

 頷き返すと、アロガンドさんは家に戻り、荷物を漁りながら話し出す。

 

「アインも察しているように、フィーネにはスキルが授けられている。それもかなり珍しくて、かなり強力なスキルが」

 

「やっぱり。じゃあそのスキルが原因で故郷の街を追われることに?」

 

「いや、追われたんじゃない。逃げてきたんだ」

 

 アロガンドさんがやや早口で説明してくれたところによると、フィーネのスキルに目を付けたのは領主だったらしい。

 

「クリスタの街を治める領主は、六聖教会と懇意にしている奴でな。フィーネのスキルの存在を知ると、あの子を捕らえて売り渡そうとしたんだ。教会は昔から、スキル持ちをかき集めているからな」

 

「どうしてそんなことを?」

 

「戦争だよ。絶滅領域のことを話しただろ? 六聖教会は絶滅領域がこれ以上拡がらないように、最前線でモンスターと戦いを繰り広げているんだ。もう何百年もずっとな」

 

 それ自体は人類にとってはありがたいことであり、結果として大陸中に多くの信者を有し、国にも多大な発言力を持つに至っている。

 

「戦線を支えているのは、強力なスキルの存在だ。だからこそ、教会はスキル持ちの発見と確保に心血を注いでいる」

 

「じゃあクリスタの街の領主は、人類の未来のために?」

 

「まさか。あいつの目的は教会との縁故をより強く結ぶことだよ。教会の覚えがよくなれば、国内での発言力も増すからな。……金と権力が好きな奴だったんだ」

 

 兵士として仕えていた相手を語るには、アロガンドさんの口調には敬意はなく、憎悪すら含まれていた。

 

 これだけでも、民にとってよい領主ではないのが察してしまえた。

 

「フィーネのスキルは、さっきも言ったが特別なものだ。世に言う、『六聖』と呼ばれるスキルのひとつになる」

 

「六聖?」

 

「勇者ハルルカンを最強たらしめた六つのスキル、それと同じものってことだ。即ち――」

 

【魔を断つ剣】

【輝ける槍】

【不滅の鎧】

【時駆ける騎馬】

【絶対なる秘薬】

【永遠の騎士団】

 

 スキル名に加え、以上の異名をもって語られる六つのスキルを六聖という。

 

 スキル自体に二つ名を与えられた、六つの最強スキル。教会の名の由来にもなったそれが、フィーネに与えられた神からの恩恵とも試練ともいえる力だった。 

 

「そんなスキルを持っている以上、教会に引き渡されたら戦場に連れていかれるのは目に見えている。大切な一人娘をモンスターとの戦争に駆り出されるわけにはいかない。そう考えて、オレはフィーネを連れて逃げてきた。この村に来たのは偶々だが、元々は他の領地に逃げれば、あの領主も追手を出すのは難しいと考えたからさ」

 

 ついに明らかになった引っ越しの理由。

 

 貴族ともめた上での脱出か。事情があると察していたとはいえ、俺が想像していたよりも複雑な過去があったらしい。

 

「けどまさか、教会自体が追いかけてくるとはな。しかもこんなにも早く。あの領主のことだから、六聖を取り逃がしたなんて失態、教会には言わずに隠すと思ったんだがな」

 

「今回やってきた六聖教の奴らが、本当にたまたまスキル持ちがいるって噂を聞いてきたって可能性はないんですか?」

 

「……父と娘でオレたちと判断したんだ。その可能性は低いだろうな」

 

 アロガンドさんは俺の言葉を否定したあと、

 

「けど、相手によってはどうにか逃げられるかもしれないな。アイン。村に来たっていう聖女だが、どんな相手だったんだ?」

 

「聖女ですか?」

 

「ああ。聖女ってのは、あくまでも称号であって役職じゃない。スキルを二個以上持っている人間を、男なら聖者、女なら聖女って呼んでるだけだ。だから六聖教会には何人か聖女がいる。どんな立場の誰が来たのかが知りたい」

 

「どんな相手と言われても……」

 

 なにせ顔を隠してたからな。

 

「聖女の容姿や特徴は? 名前はわかるか?」

 

「いいえ、名前はわかりません。顔も白い布で隠していたのでわからないんです。けど相手のスキルを判別する力と、あと治癒魔法を使ってました」

 

「スキルを判別する力? それってもしかして、手で触れて治癒をしているときに判別してくる感じか?」

 

「そうです。知ってるんですか?」

 

「……よりにもよって。よりにもよって『闇金聖女』か」

 

 アロガンドさんはショックを隠し切れない様子で、口元を手で覆う。

 

 その横顔は、目まぐるしくなにかを考えているようだった。

 

「その特徴の聖女は一人しかいない。六聖教会の六人の聖騎士(パラディン)の一人で、六人の枢機卿の一人。癒しと黄金の聖女アルフィリアだ。政治にも軍事にも精通した、正真正銘、六聖教会の大幹部だよ」

 

「そんな重鎮が、わざわざこんな田舎まで来たってことは……」

 

「確実に、ここにフィーネが――【輝ける槍】があると知って来たってことだ」

 

 確たる自信がなければ、そんな人物が自ら赴くなんてしないだろう。人違いという線はこれで完全に消えた。

 

「……聖女アルフィリアを相手に逃げるのは無理だ。ましてや、他に兵士を何人も連れてるならなおさら」

 

「迎え撃つ、のも無理ですよね?」

 

「一生教会から逃げ続けるのを覚悟すれば、あるいはやれるかもな」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ。けどそれはできない。それをするっていうことは、つまりフィーネに全力でスキルを使ってもらって、やってくる奴らを皆殺しにするってことだ」

 

「無理ですね。その選択肢は捨てましょう」

 

 俺たちの心情的にも、フィーネの心情的にも、それは不可能だ。

 

「…………」

 

 アロガンドさんは本格的に苦悩を顔に出している。どうにかできないか、必死になって考えている顔だった。

 

「アロガンドさん。俺にできることがあれば、なんでも言ってください」

 

「……そう、だな」

 

 悩みぬいた末に、アロガンドさんは心苦しそうに俺を見た。

 

「アイン。お前を、オレたち親子の問題に巻き込んでもいいか?」

 

「なにを今更。もう巻き込まれてますよ」

 

「そうだな。いやほんと、アインには頭が上がらないぜ」

 

 俺の冗談めかした台詞に、アロガンドさんも無理やりに笑ってそう言った。

 

 そのあと顔を真剣なものに戻し、俺は問うた。

 

「どうするんですか?」

 

「どうもこうも、聖女様に直接訴えてみるしかないだろうな。せっかく六聖教の上層部の一人が出張ってきてくれてるんだ。あの領主ならともかく、教会の聖女様なら、もしかしたらオレたち家族の気持ちも汲んでくれるかもしれない」

 

「なるほど、そういう意味では逆にチャンスなのかもですね」

 

「……正直なところ、フィーネが教会に属することは免れないだろう」

 

 話を聞くかぎり、アロガンドさんの悲観的ともとれる意見はもっともだ。

 

 性能的にも、象徴的にも、フィーネのスキルを六聖教会が諦めるとは到底思えなかった。

 

「だとしても、本人の意思を無視して、戦争に参加だけはしなくてもいいように説得してみせるつもりだ」

 

 そしてそれすらも無理ならば――アロガンドさんはまとめあげた荷物の最後に、剣と盾を手に取った。

 

「アイン。頼みがある。オレと聖女様の話が終わるまで、森の奥でフィーネと一緒にいてやってくれないか? そしてあの子に、教会に身を寄せる可能性があることを伝えて欲しい」

 

「……どうにも、ならないんですよね?」

 

「アインには悪いけどな。どう転んでも、オレたち親子はこの森とはおさらばだ」

 

 昨日語り合ったあの夢が、今は遠い昔のことのようだった。

 

 あまりにも急な別れに、胸がぎゅっと締め付けられる。

 

「……任せてください。フィーネと最後まで、俺は一緒にいます」

 

「ありがとう」

 

 アロガンドさんは部屋の奥から、追加で二振りの剣を持ってくる。

 

「これはもしものための武器と、現金と金目のものが入った袋だ。アインが持って行ってくれ」

 

「……はい」

 

「森の奥に隠れたら、森の入り口の方を見ていてくれ。合図として、オレの魔法を打ち上げる」

 

 閃光魔法。たしかにあれなら、森の奥に行っても確認できる。

 

「空に一発だけなら戦いが始まったと思ってくれ。もしも説得が上手くいったら、続けてすぐもう一発打ち上げる。二発目がなかったら、そのままフィーネを連れて逃げて欲しい」

 

 戦いの方が一発なのは、そうなったとき、それ以上は魔法を使えないという判断なのだろう。

 

「……アロガンドさん、死にませんよね?」

 

 思わず聞いてしまったその問いに、アロガンドさんは苦笑すると、いつものように俺の頭を撫でてくれた。

 

「大丈夫だ。色々と言ったが、六聖教会自体は悪の組織ってわけじゃない。聖女アルフィリアも物騒な異名はあるが、人格者だと聞いたことがある。さっきはお別れと言ったが、もしかしたら全部が全部上手くいって、この森で暮らし続けられる可能性もゼロじゃないさ」

 

 俺を安心させるようにそう言って、アロガンドさんは家を出ていく。

 

 森の出口の方がにわかに騒がしくなり始めた。ついに六聖教会の聖女たちがやってきたのだ。

 

「アイン。オレたちの大切な娘を頼んだ」

 

 最後にそう言い残して。

 アロガンドさんは自ら森の出口に続く道へ、堂々と進んでいった。

 

 俺は剣と袋を背負い、アロガンドさんとは異なる方向へと走った。

 

 森の中。いつも遊んでいたあの場所へ向かえば、やはりフィーネはそこにいた。

 

「フィーネ!」

 

「うひゃい!」

 

 突然の大声に驚いたフィーネは、手に抱えたかごから野草をこぼしつつ振り向く。

 

 不安そうな顔が、俺の姿を見つけて、一転して笑顔に変わった。

 

「アイン、嬉しい! 今日も来てくれたの!?」

 

「ああ。けどここでゆっくり話してる時間はないんだ。悪いがこっちに来てくれ」

 

「え? えっ?」

 

 フィーネの手を取り、森の奥へと引っ張っていく。ここはあまりにも森の出口に近すぎる。

 

「あ、アイン。嫌じゃないけど、いきなりどうしたの?」

 

「六聖教会の奴らが、フィーネを狙ってこの森にやってきた」

 

 困惑しつつも付いてきてくれるフィーネに、俺はこれまでのことを説明する。

 

「今、アロガンドさんが話し合いに行ってる。フィーネは合図があるまで、俺と一緒に森の奥で待機だ」

 

「お父さんが? それに六聖教会がわたしを追ってきたって」

 

 フィーネは顔から色を失い、不安そうにつないだ俺の手をにぎり返してきた。

 

「わ、わたしのスキルの所為? またわたしのスキルの所為で、お父さんが危ない目に遭ってるの?」

 

 彼女の質問に、俺は気休めの言葉を返せなかった。

 

 アロガンドさんは明らかに覚悟を決めていた。いざというとき、自分の命を捨てる覚悟だ。

 

「スキルなんて、わたしが授けられたから。だから、お父さんが危険な目にあって。アインにも、迷惑かけて」

 

 フィーネの瞳に涙が浮かぶ。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい、お父さん。ごめんさい、アイン。わ、わたしが、スキルなんて持ってるから」

 

「フィーネの所為じゃない!」

 

 足を止め、俺はこれだけはきっぱりと言い切った。

 

「フィーネはなにも悪くない。だから謝る必要なんてないんだ」

 

「でも」

 

「大丈夫。いざとなったら、俺がフィーネを護るから」

 

 アロガンドさんから託されたからだけじゃない。自分の意思で俺はそう誓った。

 

「だからもう謝るな」

 

「アイン……」

 

 フィーネは涙をぬぐうと、大きく頷いた。

 

 二人、手をつないだまま歩き続ける。

 

 やがて森の出口の様子をうかがえつつも、早々に見つからない奥まった場所までたどり着くと、手をつないだまま木の根元に腰を落ち着ける。

 

 アロガンドさんからの合図は、今のところ見られない。

 

「……アインはわたしがスキルを持っていること、気付いてたんだね」

 

 不安を押し殺しながらも、フィーネが口を開いた。

 

「いつから気付いてたの?」

 

「確信を持ったのは、少し前かな。フィーネがどうしてそんなに強いのかアロガンドさんに聞いたときに、誤魔化されたんだけど、口ぶりからもしかしたらそうなんじゃないかって」

 

「そっか。うん、正解。わたしが戦えてるのはスキルの力だよ」

 

 フィーネは俺が持ってきた剣を手に取ると、鞘から引き抜いた。

 

 鋼の輝き。練習用で使っていた木剣とは違い、本物の剣だった。

 

「【輝ける槍】なんて風にも呼ばれてるけど、本当は『魔弾』スキルっていうの。武器を投擲するときにすごく威力が出せるスキル。副産物として、武器を持っているときに身体能力がすごく上がるんだ」

 

 俺が想像していた、武器を握ったときに剣術が上手くなるとか、体が強くなるとか、そういう分かりやすいスキルではないらしい。

 

 武器を投擲するために投げる者を強くしてくれる。なんとも変な強化の仕方だ。

 

「ちょうど二年くらい前かな、突然このスキルを授けられたの。最初は嬉しかったな。わたし、なんの特技もなくて、友達にもどんくさいっていつも馬鹿にされてたから。スキルを手に入れて、すごく嬉しかった」

 

 フィーネはずっと隠していた街でのことを話し始めた。その横顔は暗く、後悔を強くにじませていた。

 

「だから調子に乗っちゃったんだ。お父さんには隠すように言われてたのに、友達に自慢するためにスキルを使っちゃって。それで……そこから領主様にもばれて、力を見せてみろって命令されて」

 

 モンスター、だったという。

 

「いきなり闘技場でモンスターと戦わされたの。すごく大きくて、すごく怖い顔をした一つ目のモンスターと。わたしのスキルが本当に【輝ける槍】なら簡単に勝てるからって言われて。でも……」

 

 フィーネはその瞬間を思い出し、身体を震わせる。

 

「怖かった。とても戦えなかった。剣を握ることすらできなかったの。わたし、全然弱虫で、泣いて逃げること以外なにもできなくて……本当に、なにもできなくて…………お父さんが助けてくれなかったら、きっと死んでた」

 

 モンスターを怖がっていたのは、それが理由だった。

 

 あまりにも酷い話だ。俺が今、いきなりモンスターと戦えと言われたら、きっと同じように泣いて逃げることしかできなかっただろう。

 

 スキルがある? それがどうしたって話だ。

 スキルがあろうとなかろうと、怖いものは怖いのだ。

 

「領主様はわたしを教会に引き渡す前に、どうしても槍の力が本物か確かめたかったみたい。それこそ、あんな……ことまでして。だからお父さんが怒ってわたしを連れて逃げてくれて。街からも逃げだして」

 

「そのあとここまで逃げてきたんだな」

 

「うん。わたしが馬鹿なことをしなかったら、お父さんは今も街で兵士さんをやれてたの。小さい頃に教えてもらったんだ。うちは代々、兵士となって街と人々を守ってきたんだって。それがアルトゥール家の誇りなんだって。……わたしの所為で、全部お父さんに捨てさせちゃった。ひどい娘だよね、わたし」

 

 後悔と自分への怒り。なにより、最愛の父への申し訳のなさ。

 

 それがフィーネの中にあるものだった。

 

 最初に会ったときのあの態度は、それに起因していたものだったのだろう。変に驚かせてしまったのが、今になって悔やまれる。

 

 俺みたいに前世の記憶があるわけでもない。まだ本当に小さな子供なのに、フィーネはずっとそんな気持ちを胸に秘めて耐えていたのだ。

 

 支えてあげないといけない。強くそう思った。

 

「アロガンドさんは、フィーネは教会に行くことになるって言ってた」

 

「うん、わかってる。もう、逃げられないんだよね」

 

「でもフィーネが望むなら、俺はどんな手段を使っても、フィーネをここから逃がしてやる」

 

「アイン?」

 

「策なんて思いついてない。こんなのは口約束だ。けどな、フィーネが嫌なら、俺はフィーネを逃がす。誰が相手だろうと戦って、誰にも捕まえさせてやらない。約束するよ。絶対にだ」

 

 だから教えて欲しい。

 

「フィーネはどうしたいんだ? 六聖教会に入りたいわけじゃないんだよな?」

 

「……うん。でもね、それでお父さんが危ない目に遭わないで済むなら、わたしはどうなってもいいの。そうずっと考えてたんだけど」

 

 フィーネはつないだ手をもう一度、ぎゅっと握り返してきた。

 

「今は、アインと離れ離れになりたくないな」

 

「俺もだよ。できれば、ずっと一緒にいたい」

 

「うん。一緒にいたいね」

 

 横に座ったフィーネが、おもむろに俺の胸元に頭を預けてきた。

 

 甘い香りが鼻をくすぐる。

 

 改めて思う。俺の腕の中で震えているのは、すごいスキルを持つ戦士なんかじゃない。怯えている、ただの小さな女の子だった。

 

「……本当の気持ち、言ってもいいの?」

 

「ああ。全部俺が受け止める」

 

「なら、言うね。最低な我がまま、言っちゃうから」

 

「叶えてやるよ。俺が全力でな」

 

「うん。うん。ありがとう、アイン。ごめんね」

 

 お礼と謝罪。そのあとでフィーネは顔を上げ、初めて本音を教えてくれた。

 

 

「わたし、教会に行くのは構わない。でも、アインにも一緒に来て欲しい」

 

 

 それがフィーネの本音。

 

 ここで俺やアロガンドさんを見捨てて逃げるなんて彼女が言うはずもなく。

 

 どうしようもない現実と叶えたい願いを両天秤にかけた、まぎれもない今のフィーネの本音だった。

 

 フィーネの縋るような、けれど真剣な眼を見て、気付く。

 

 きっと、俺にとってここが人生の岐路なのだろう。

 

 半年前、自分が願ったこと。昨夜、アロガンドさんと語り合ったこと。色々な未来の選択肢が走馬灯のように頭を過ぎる。

 

 俺はそのあったかも知れない可能性に、名残惜しくも別れを告げた。

 

「わかった。俺もフィーネと一緒に教会へ行くよ」

 

「……本当に? 村を離れてもいいの?」

 

「それは全然。元々、半年後には村を出るつもりだったからな」

 

 フィーネが本音を晒し、隠し事を教えてくれたのだ。俺もちゃんと、秘密を話すべきだろう。

 

「ずっと黙ってたけど、俺さ、農奴なんだよ」

 

「のうど?」

 

「ようするに、奴隷ってことさ」

 

「奴隷? アインが?」

 

 本当に気づいていなかったらしい。目を丸くしている。

 

「幻滅したか?」

 

「ううん、そんなことはないけど。アインはアインだもん」

 

 嬉しいことをさらりと言ってくれる。俺、結構そのことで悩んでたんだけどな。

 

「だからさ、俺はあの村なんていつ出て行ってもいいんだ。最初は冒険者になろうと思ってたけど、フィーネが望むなら一緒に行ってもいいよ」

 

「……本当、に? 本当に、いいの?」

 

「ああ。教会の奴らにも条件を突きつけてやればいい。わたしはアインが一緒じゃないと行きません、って。俺を解放するお金も教会の奴らに出してもらおう。勝手に追いかけてきたんだ。それくらいしてもらっても罰は当たらないだろ?」

 

「そうだね。うん、うん、わたし、そうする!」

 

 フィーネがようやく笑顔を見せてくれた。涙の痕を残した不格好なものだったけれど、それでも。

 

「アインとお父さんがそばにいてくれるなら、わたし、どこに行っても大丈夫だよ」

 

 その決意を合図としたように、森の入り口で光が上がった。

 

 空に閃光が弾ける。

 

 まずひとつ。

 

 俺と、フィーネと、森からなんだなんだと出てきたけむくじゃらが、固唾をのんで空を見上げる。

 

 光は――少し遅れて、再び空を彩った。

 

 二発の光。説得が上手くいったという合図。

 俺とフィーネは全身から力を抜き、顔を見合わせて笑う。

 

「よかった。お父さん、無事だった」

 

「ああ、よか――」

 

 あれ? 可愛いフィーネの後ろに、なんかいてはいけない化け物がいるよ?

 

 木の陰から、巨大な生き物が顔をのぞかせている。

 

 けむくじゃらの巨人。そうとしか形容できない、異形のカタチ。

 

 熊にどこか似たそのモンスターが、その単眼で空の光を見上げ、次に俺とフィーネを静かに見下ろした。

 

 鋭い爪が、ギラリと輝く。

 

 アロガンドさんはどうやら聖女様の説得に成功したようだけど――俺たちの場合は、そもそも説得の余地なんてないようだった。

 

 

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