分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
モンスター。その恐ろしい姿を見て、思考が加速する。
なんでよりにもよってこんなときに?
半年間、見かけたことすらなかったのに今?
いや、もしかしたら教会の連中が何人も森に入ってきたからか?
それで森が騒がしくなって、最後の閃光魔法でここまで出てきたのか?
くそっ、どちらにしろ最悪だ!
そこまでが、一瞬の時の中で俺が頭に浮かべた疑問と悪態だった。
愕然とモンスターを見ると、その敵意に染まった瞳がジロリとこちらをにらみつける。
鋭い爪の生えた手が振りかぶられた。
「アイン? どうし――」
「危ない!」
「きゃっ!」
とっさにフィーネを突き飛ばし、俺も必死になって避ける。
モンスターの振り下ろした腕が、地面に勢いよく叩きつけられる。
「っ!」
背中に痛み。完全には避けられなかった。
爪は俺の背中をかすめていった。
背負っていた袋がズタズタに切り裂かれ、中に入っていたアロガンドさんのへそくりと荷物があたりに飛び散る。
その中からとっさに剣を手に取り、鞘から引き抜きながら飛びずさった。
木剣に比べ重たい真剣の切っ先をモンスターに向け、しっかりと両手で柄を握りしめる。
剣を構えた俺を警戒し、モンスターはこちらを見ている。
目に比べれば小さな口が、虫の羽音のような耳障りな唸り声をあげていた。
ついに遭遇した初めてのモンスターは、全長三メートルはあるだろうか。熊のような体毛に覆われた胴体と四肢はどこか人間のようでもあり、手には鋭い三本の爪が武器のように生えそろっている。
顔の中央には、巨大な瞳がひとつ。血走った、鮮血色の瞳だ。
「サ、サイクロプス……」
フィーネが戦慄と共に、その名を呼ぶ。
冒険者はモンスターを狩ることを主な生業としているらしい。
これを、倒す? 本当に?
俺が子供であることを差し引いても、その圧倒的な質量から放たれる圧力は、とても人間の振るう剣なんかで太刀打ちできるとは思えない。
「フィーネ! 逃げるぞ!」
こんなの逃げ一択だ!
「俺が引き付けておく! その間に逃げてくれ!」
「そ、そんなの」
「いいから! 早く!」
フィーネの性格を思えば、素直に俺を置いていくなんてできないのだろうが、彼女が逃げてくれないと俺も逃げられない。
「俺じゃあこいつには敵わない! だから逃げるしかないんだ! 大丈夫、すぐに追いかけるから!」
「ち、違うの」
そこまで言ってもフィーネは動かなかった。
いや、違う。動かないのではない。
「ご、ごめんなさい。あ、足が、動かなくて」
動けないのだ。
地面に尻もちづいた状態から、フィーネは立ち上がることすらできずにいた。
恐怖が、かつて味わった恐怖が彼女の心と体を縛っている。
その隙を見逃すモンスターじゃなかった。
「ひっ!」
悲鳴をこぼすフィーネ。その彼女へ、モンスターが凶器を向ける。
「やらせるか!」
俺は駆け寄り、剣を尻めがけて叩き込む。
速度、そして俺の体重と腕力。すべてを込めた一撃は、しかしサイクロプスの身体を切り裂くことができなかった。
全身全霊の一撃だったにもかかわらず、サイクロプスの分厚い筋肉に跳ね返され、体表をうっすらと傷つけることしかできていない。
しかしさしものサイクロプスも無視することができなくなったのか、フィーネに向けていた狙いを俺に変える。
うっとうしげに振り返ると、その爪を伸ばしてくる。
攻撃の動きは思ったよりも遅い。人間の繰り出すパンチ程度だ。
剣を正中線に構え、横から受け流すように一撃を弾く。
ダイナス流剣術の基礎。相手の攻撃を受け流す防御の術理。本来は盾でしかも片手でこれをできるようにならないといけないらしいのだが、俺は剣を使って再現するのが精一杯だった。
何度も何度も繰り返し練習した甲斐があって、なんとか攻撃を弾くことができた。
けどダメだった。
「っ!? なんて馬鹿力っ!?」
弾いた瞬間、その衝撃で体勢を崩されてしまった。手がしびれ、剣も取り落としそうになる。
攻撃は遅いが、あまりにも力が強すぎる。こいつの攻撃は完全には弾けない。避けるしかない。
サイクロプスは緩慢な動きで、さらに手を伸ばしてくる。
なんとか避ければ、サイクロプスの爪は近くの木にたたきつけられる。
一本切り倒すのに、大の大人が斧を使って何回も叩き込まなければ倒れなかった森の木が、たった一撃で切り裂かれ、倒壊する。
あんなのが俺の身体に直撃すれば、ミンチのようにぐちゃぐちゃになってしまう。
やばすぎる。モンスターってこんなに強いのか。
「フィーネ! 頼む! なんとか立ち上がれないか!?」
「アイン、ごめん。ごめんなさい。わ、わたし……!」
フィーネも持ったままの剣を杖に、なんとか立ち上がろうと足掻いているが、あまりにもその動きは遅かった。生まれたての小鹿でも、今のフィーネに比べればマシだろう。
彼女の口からもれる短く荒い息遣い。
過呼吸気味になっており、顔色も白を通り越して土気色になっていた。
たとえ立ち上がって逃げ出したとしても、今のフィーネではモンスターに追いつかれてしまう。
こうなったら覚悟を決めるしかない!
俺はフィーネを背に庇い、もう一度モンスターに剣を向ける。
この状況、助けがなければどうしようもない状況だ。
幸いにもそこまでフィーネの家から離れてるわけじゃない。木々が倒れるつんざく音が鳴り響いているのだ。モンスターの存在にアロガンドさんたちが気づいてくれさえすれば、ここに駆けつけてくれるはず。
今はそれを信じて、耐え忍ぶ決意を固める。
「俺が時間を稼ぐ! なんとかフィーネだけでも逃げてくれ!」
「あ、アイン! 無理だよ! し、死んじゃうよ!」
「死んでたまるか! 行くぞ俺! やるぞ俺! 気張れぇええ!!」
自分に発破をかけ、モンスターに立ち向かう。
突き出される鋭利な爪。俺を殺さんとする死神の一撃。
避ける。避ける。必死になって避け続ける。
ありがとうアロガンドさん! あなたとの鍛錬がなければ、とても避けられなかった!
しかし攻撃が剣をかすめる度に、剣を握る手から感覚が失われていく。
余裕はなく、フィーネがどうなったのか確認する暇もない。彼女がいた方向にだけはサイクロプスを行かせないよう、目の前をちょろちょろと動き続けることしかできなかった。
その中で、必死に思考だけは回し続ける。
なんとか倒せないか?
いや無理だ。そもそもダメージを与えられない。
剣が入りそうなのはあの眼だが、位置が高すぎる。あれじゃあ俺の攻撃は届かない。
イチかバチかで狙うか?
阿呆。上手くいったとしても、次の瞬間にはお陀仏だろ。
剣を投げて狙う?
そんな練習してない。外れたらそれこそ終わりだ。
ああもう打つ手がない! 最初に遭遇していいレベルのモンスターじゃないだろ!
救けはまだか!? もう何分も持たないぞ!?
くそっ、せめてここにいるのが本体の俺なら、分身スキルを使ってこっちから救けを呼びに行けるのに!
分身……。
あ、そうじゃん。俺、分身じゃん。
忘れていた。本体の俺と分身の俺で、分身スキルを使える以外特に変わりがないから、意識しないとつい忘れちゃうんだよな。
分身の俺なら仮にサイクロプスに殺されたとしても、本当に死ぬわけではない。
それなら。
「いいぜ。この命をお前にくれてやるよ」
フィーネさえこの場から逃がすことができれば、俺の勝ちだ。
モンスターに手酷い一撃を与えて、逃げ帰るように仕向けよう。
つたない俺の剣術でも、自分の命を顧みなければ、もう一撃くらいはお見舞いできるはずだ。
となれば、やはり狙いはひとつ。
あの眼だ。
大きな剝き出しの瞳。あからさまに弱点と言っているようなものだろ。
「潰してやるよ」
サイクロプスが再び腕を振り下ろしてくる。それをギリギリまで引き付けながら、その懐に飛び込む。
あまりにもギリギリだったため、かすめた爪が肩の肉をえぐる。
視界の端で血と肉が飛び散った。
痛い。熱い。まるで傷口を炎で焙られているかのようだ。
けれど、痛みには慣れている。
昔から殴られ蹴られ鞭で打たれてしつけされてきたんだ。今更この程度の痛みで止まってたまるか。
「はぁあああああ――ッ!」
血塗れの身体で飛び込み、渾身の力でサイクロプスの片足めがけて剣を振り切る。
鉄を思い切り叩いたような感触と共に、刃が弾かれる。
しかしサイクロプスも悲鳴をあげ、足を庇うように姿勢を低くした。
今なら――届く!
「くたばりやがれぇえええええ――ッ!!」
もう一度、勇気をもってサイクロプスの懐に滑り込み、地面を強く蹴り上げて瞳を狙う。
剣を突き出す。
ぐじゅり、とゼリー状のものをつぶす感触。
「やっ――」
成果を確認する前に、横からの衝撃に襲われて吹き飛ばされる。まるでトラックにでも跳ね飛ばされたかのように宙を舞い、地面に叩きつけられる。
練習の成果がここでも活きた。
半ば反射的に受け身をとり、衝撃をかろうじて逃がすことに成功する。
しかし綺麗に着地することまではできなかった。
地面の上をゴロゴロと転がって、近くの木に背中からたたきつけられる。
血が口からあふれた。
身体の中の大事ななにかが、壊れてしまった感触がした。
痛い。痛みには慣れているつもりでいたが、これはまさしく死ぬほど痛い。
でもいい。元から覚悟の上だ。
それよりも、サイクロプスはどうなった?
かすむ視界の中で巨人を探す。
サイクロプスは顔を抑えながら、その場で暴れていた。
手あたり次第に腕を振り回し、周囲の木々を薙ぎ払っている。あの一撃が、どうやら俺を吹き飛ばしたらしい。
瞳は――潰せていた。
やるじゃないか、俺。初の戦闘でこれは大金星だろう。
今のうちにフィーネさえ逃げてくれれば。
「アイン!」
フィーネの呼ぶ声が聞こえた。
まだそこにいるのか。早く逃げてくれ。もう俺は動けないぞ。
視界の中にフィーネを探す。急速に狭まっていく視界の端、フィーネはサイクロプスを挟んで俺とは反対側にいた。
涙を流し、俺に向かってなにかを叫んでいる。
その姿がサイクロプスの巨体の陰に消える。
見れば、こちらへと爪を振り上げて向かってくるサイクロプスの姿があった。嗅覚で獲物を嗅ぎ分けているのか、見えないはずなのにまっすぐこちらに向かってくる。潰すなら鼻も潰しておかなければならなかったらしい。
でもお前の鼻どこだよ。わからねぇよ。目の主張が激しすぎるんだよ。
あ~あ、これは無理だな。どうしようもない。
剣も握っていた腕と一緒にどこか行ってしまったし、全身に力は入らず平衡感覚もなくなっている。
「……フィ……逃げろ……」
その言葉だけをなんとかつむぐ。
フィーネに届いただろうか?
お願いだから、聞こえていたなら逃げてほしい。俺はいいんだ。分身だから。死んでも消えて本体に戻るだけだから。
でもフィーネは違う。死んだらダメだ。
もちろん、死んだらすぐ戻ってくる。本体の俺と一緒になってすぐに戻ってくる。
当たり前だ。友達なんだから。助けに来るに決まってるだろ。
だからお願いだ。逃げてほしい。
「フィー、ネ……に、げ……」
目の前までサイクロプスが迫る。凶腕が容赦なく振り下ろされる。
命が尽きようとする、その刹那――
「――魔弾装填ッ!!」
烈火の叫びと共に、すべてが白い光に包まれた。
サイクロプスの肉体も。俺の身体も。周りの地形も等しく関係なく。
閃光が。流星が。輝けるその一撃が、痛みも苦しみもなく、肉のひとかけらすら残さずすべてを蒸発させていく。
ああ、よかった。
これでフィーネがサイクロプスに殺されることはない。
ようやくの安堵を胸に――光の中、俺は転生して初めての死を迎えるのだった。