分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
ああ、神様。あなたがスキルを授けたのは、最低の人間でした。
いくじなしで、泣き虫で、なにもできない人間のクズ。
関わった人を不幸にすることだけが得意な、そんな生きる価値もない生き物です。
……昔はわたしも、自分という存在にかすかな期待を抱いていた。
懐かしいクリスタの街。わたしが生まれ育った故郷。
お父さんはそんな街を守る兵士で、領主様からの覚えもいい部隊長。ゆくゆくは幹部として騎士に任命されるかもしれないとまで言われた傑物だった。
わたしにとっても自慢の父だ。お母さんは早くに亡くなっちゃったけど、お父さんがいてくれたから、寂しくはあっても悲しくはなかった。
誰もが褒めたたえるお父さんに比べて、娘のわたしと言えば。
どんくさかった。
特技もなにもなく、友達からもよく馬鹿にされていた。
お父さんから剣術を習ってはいたけど、全然上達しなくて練習にも熱は入らなかった。代わりに、家にこもっては本ばかり読んで過ごしていた。
でもあの日、わたしの人生が変える事件がおきた。
唐突に。なんの前触れもなく。わたしにスキルが授けられたのだ。
『魔弾』――そう呼ばれるスキル。
スキル自体がとても珍しく、持っているだけでみんなに自慢できるものだった。
だからわたしも喜んだ。使い方は不思議とわかったから、家に帰ってきたお父さんにいつもは自分から言い出さない剣術の稽古をお願いした。
木剣を握っただけで、いつもよりも何倍も身体を動かせるようになって、油断していたお父さんをあっけなく倒してしまった。
お父さんは驚いたあと、スキルを授かったことを伝えれば、一緒になって喜んでくれた。
けれど、スキルでできることを聞いて、お父さんは他の誰にも言わないようにと言った。それはすごい力だから、無暗に人に教えるものではないのだと。
「いいか? フィーネ。約束してくれ。そのスキルは使い方次第では他の誰かを危険に晒してしまう。だから絶対に、感情任せに使わないように。いいね?」
「うん、約束する」
わたしは頷いた。でもちょっと納得していなかった。
わたしはすごい力を手に入れた。あのお父さんを倒せるくらいに。
それを誰かに自慢したかったのだ。
だから――……
「あのね、ユーリちゃん、ハンスくん。絶対に内緒だよ?」
だからこっそりと、友達にだけ教えてあげることにした。
一番仲が良かった二人。ひとつ年上のユーリちゃんとハンスくん。
ハンスくんはよく髪を引っ張ったりして意地悪してくるし、ユーリちゃんはそんなハンスくんが好きで、そのことでなぜかわたしをにらんでくることもあったけど、それでも一番よく遊んでいた二人の友達。
内緒だよ、と前置きして。約束して。力を見せて。
数日後には、領主様にわたしのスキルの存在がばれていた。
お父さんの留守中、いきなり兵士さんが何人も家にやってきて、無理やり領主様の館に連れていかれた。
「お前がアロガンドの娘か。魔弾スキルを授かったという」
初めて会った領主様は、眼に痛いくらいキラキラとした服や装飾品に身を包んだ、でっぷりとしたお腹のおじさんだった。
領主様はニヤニヤと縮こまるわたしを頭からつま先まで見ると、
「それが本当なら素晴らしいことだ。ちょうど今、六聖教会から使者が来ていてな。皆の前で披露してもらうとしよう」
館の庭に連れ出され、用意された甲冑に向かってスキルを使えと命じられた。
周りには領主様の他に数人の兵士たち。彼らはお父さんと同じ格好をしていたけれど、それとは別の鎧をつけた兵士たちも三人いた。その中でも真ん中にいた兵士は、立派なマントと杖を持っていてなんだか偉そう。
そんな大人たちに囲まれ、怖くてわたしは言われるがままスキルを使うしかなかった。
「ま、魔弾装填」
お父さん、約束やぶってごめんなさい。そう思いながら聖句を唱え、持たされた槍を投げる。
槍は光となって、吸い込まれるように甲冑を貫き、拳大の丸く大きな穴を開けた。
おおっ、と兵士の人たちから驚きの声があがる。
どうやらちゃんとできたらしいと胸を撫でおろしたが、風変りな兵士だけが首をかしげていた。
「どうされた? ザリオ殿。これが魔弾スキルではないのか?」
領主様が、やや丁寧な口調でその兵士に聞いた。
「ええ、フォン・クリスタ伯。私の知るかぎり【輝ける槍】はもっと強力なスキルのはず。それこそ、あんな鎧など消し飛ばしてしまうくらいに」
「むむむ、六聖教会の騎士であるあなたが言うのだ。そうなのだろうな。ということは、偽物か」
領主様ががっかりとした様子で私を見る。
「子供から聞いたという話を真に受けた儂が馬鹿だったということか。褒美の金をやって損をしたな」
「いいえ、それは早合点かもしれませんよ。スキルというものは、本人の意思ひとつで力を発揮できたりできなかったりしますからね。実際、スキル自体は持っているようですし」
ザリオと呼ばれた兵士は、わたしに笑顔を向けてきた。
物腰は柔らかく、口調は丁寧だったけれど、目だけはちっとも笑っていなかった。わたしを見る視線は領主様よりもずっと気持ちが悪く、背筋がゾクリと震える。
「【輝ける槍】の担い手とは、即ち勇者ハルルカンの後継たる六聖勇者。であれば、その槍を向けるべきは凶悪な怪物でなくてはなりません。ちょうど私が聖都より運び込んだモンスターがいるでしょう? あれと戦わせてみれば?」
「なにを言われるか! せっかく見世物の眼玉として高い金を払って連れてきてもらったものだぞ! もし槍が本物で、倒されてしまっては大損だ!」
「そのときはまた私が責任をもって運んできますよ。なぁに、聖都ならモンスターはいくらでも湧いてきます。ばれないように他の信徒の眼を盗むのが大変ですが、やり様はいくらでもあるのでね」
「だ、だがすでにショーの告知をしてしまっているし。ザリオ殿。聖都よりだれか、判別系のスキルを持つ者を呼べないのか?」
「判別系のスキルは教会でも希少でして。今呼んですぐ来てくれそうなのは、かの『闇金聖女』様くらいですよ。それでもよろしければ呼びますが?」
「か、かの聖女様はいかん! 私が裏でしていることがばれたら、なにをされるかわかったものではない!」
「あの御方のスキル自体は、横で見ている分には非常に楽しいのですがね。協力している私もばれたらただではすまされないので、やめておいて欲しいというのが本音です」
「……仕方あるまい」
二人の間でなにかが決定されたようだった。
また無理やり別の場所に連れていかれる。
次に連れてこられたのは、街にある大きな闘技場だった。
捕まえたモンスターと奴隷が戦ったりする野蛮な場所だと、街の人には人気だけど、お父さんには絶対に連れて行ってもらえなかった場所。その舞台に、わたしは剣を持って立たされていた。
目の前には、鎖につながれた一つ目の巨大なモンスター。
「アロガンドの娘よ。そう案ずることはない。お前の力が本物ならば、サイクロプスが相手も簡単に倒せるはずだ」
困惑のあまり泣きそうになるわたしに領主様はそう言って、モンスターを縛っていた鎖をほどかせた。
ギラリとその爪を輝かせ、サイクロプスはゆっくりとわたしに近づいてくる。
あれに向かって剣を投げればいい。領主様はそう言うが、わたしは怖くて投げられなかった。
だって、倒せなかったらどうするの?
剣は一本しかない。投げて倒せなかったり、そもそも当たらなかったりしたら、わたしは身体強化すら失ってしまう。
ダメ。無理。怖い。戦えない。
「なにをやってるんだ! アロガンドの娘! 逃げるな、戦え!」
領主様が怒鳴っている。でも無理。わたしは必死になって逃げ続ける。
それでも何度か追いつかれては、爪がかすめる。その度に、身体に傷ができて血が出る。
痛い。痛いよ。なんでわたしがこんな目に遭わないといけないの?
なんでユーリちゃんとハンスくんは、わたしのスキルのことを言っちゃったの?
内緒だって言ったのに。絶対に内緒だって。
わたしのこと、嫌いだったの?
友達と思ってたのは、わたしだけだったの?
痛い。痛くて怖くて、涙が止まらない。
「ええい、なんだその様は! 儂がわざわざ時間を割いてやったというのに、やっぱり偽物ではないか!」
「まあまあ、そう結論を急ぐことはありませんよ。フォン・クリスタ伯」
観客席で優雅にワインを飲んでいた男が、パチリと指を鳴らした。
「敵は用意して差し上げた。ならば次は勇者様に、守るべき相手を用意して差し上げなくてはね」
サイクロプスから逃げながらでも、強化されたわたしの眼は、耳は、はっきりとなにが起こったのかを捉えていた。
「やだ、離して! いや!」
「な、なにするつもりだよ!」
ザリオの連れていた兵士たちがどこからか連れてきたのは、ユーリちゃんとハンスくんだった。
わたしのように無理やり連れてこられたのか、暴れる二人をゴミかなにかのように、ぽーんと兵士たちは闘技場の舞台に投げ入れる。
「い!?」
「ひぎゅ!」
べしゃりと二人が地面にたたきつけられる。骨が折れる、嫌な音がした。
サイクロプスの眼が、わたしではなくそちらを向いた。
「い、痛い。痛いよ」
「あ、足、足がへ、変な方向に!」
二人が地面の上でもがいている。
サイクロプスが血走った目で歩き始める。
「ひっ! いや! 助けて!」
「く、来るな! こっち来るな!」
二人は必死になって逃げようとするが、怪我をしているためあまりにも遅い。あっという間に、二人の許にサイクロプスが辿り着いていた。
「そら、勇者様! 逃げてるだけではお友達の命が危ないですよ!」
観客席で、男がわたしたちを指さして嗤う。
「それとも自分を金で売り飛ばした相手は友達ではないですかね! いやぁ、それはそうだ! 私なら喜んで見殺しにしますがね!」
「ち、違うの! 私、フィーネちゃんのこと売り飛ばしてなんてない! ただちょっと困らせるつもりで、兵士のおじさんにスキルのこと言っただけで!」
「お、お前、そんなことしたのかよ! お、俺はなにもしてない! だから俺だけでも助けてくれよ!」
「なに言ってるの!? 元はと言えば、ハンスくんが言ってたんじゃない! 領主様にスキルのこと言えばお金がもらえるんだよな、って!」
「うるせぇ! フィーネ、スキルの力で助けてくれよ! 俺たち、友達だろ!」
「そ、そうよ、フィーネちゃん! スキルがあるなら助けてよ!」
二人が叫んでいる。助けを求めている。
そうだ、助けないと。
怖い。怖い。でも、二人は、友達だから!
「魔弾装填!」
剣を振りかぶる。
「っ!? 投擲体勢をとっただけで傷が治った!? まさか、本当に【輝ける槍】なのか!?」
誰かが驚きの声をあげる。それが誰なのか、もう確かめる余裕はない。
怖いけど助けないといけないから――剣を投げたらわたしが殺されちゃう。
怖いけど助けないと――し、死んじゃうよ。
だって怖いけど友達だから――こんな目にあっているのは二人の所為だけど。
怖い、でも、死、友達、だから。死、死。
そしてわたしは震える手で、
「領主様、助けて! フィーネなんて友達じゃないから!」
どちらが言ったのか、あるいはどちらともが言ったのか、それすらわからないくらいグチャグチャの頭の中で、その言葉の意味だけは不思議とよく理解できた。
震えた手から剣が零れ落ちる。
二人の姿が、サイクロプスの巨体の向こうに消える。
爪が――振り下ろされた。
悲鳴と同時になにかが潰れる音がした。サイクロプスが何度も腕を振り下ろすたび、血と、肉が、周囲に飛び散る。
足から力が抜けて、その場にへたりこんでしまう。
サイクロプスが腕を止め、こちらを見た。
爪が、身体が、真っ赤に染まっていた。
肉塊がふたつ、視界の奥に転がっている。
世界が赤く、赤く、染まっていく中、誰かの嗤い声がした。
ああ、なにもできなかった。
なにも。わたしは、なにも。本当になにも、できなかった。
もう、なにもわからなかった。
わかりたくもなかった。
「フィーネぇえええええ――ッ!」
その中で、お父さんの声だけがはっきりと聞こえた。
気が付くと、わたしはお父さんに抱きかかえられていた。
お父さんは眠っていたわたしを抱きかかえたまま、馬を走らせている。
「おとう、さん? ここ、は?」
「よかった。フィーネ。気が付いたか」
お父さんは心底安堵したような顔で、わたしをぎゅっと抱きしめる。
その頬は血で濡れていて、身体にもいくつか怪我を負っていた。
「お父さん、その怪我……?」
「大丈夫だ。これくらいなんともないさ。それよりもごめんな、フィーネ。お父さんが付いていながら、あんな危険なことをさせられて」
お父さんは何度も謝ってくれた。
お父さんは悪くない。悪いのはわたしだ。わたしがお父さんとの約束を破らなければ。二人にスキルをのことを話さなければ。
あの二人は、死ななくて済んだのに!
「ごめんなさい。ごめんなさい、お父さん! わたしがスキルのことを友達に話したから、だからあの二人は……!」
「謝るな。わかってる。わかってるから、もう謝らないでいいんだ」
「でもっ! でも!」
「いいんだ。悪いのはフィーネの秘密をばらした友達の方だ。今度会ったときは、お父さんが領主のクソボケカスにしたように、背中から思い切り蹴りをいれてやればいい」
「……ぇ?」
蹴りを? 死んでるのにどうやって?
ううん、そもそも悪いのはわたしだ。
わたしが戦えなかったから。助けられなかったら。
見殺しに、してしまったから。
……ああ、そうか。
わたしは理解した。お父さんは二人が死んだところを見ていないし、わたしが二人を見殺しにしたことも知らないのだ。
自分の娘がとんでもなく悪い子だと、知らないから助けてくれたのだ。
「……ごめんなさい。ごめんなさい、お父さん。わたし、わたしが……」
「いいんだ、フィーネ。もういいんだ。あとはお父さんに任せとけ」
お父さんに捨てさせてしまった。
こんな、こんな出来損ないの娘のために、なにもかもを捨てさせてしまった。
そうだ。全部わたしが悪いのだ。
わたしが、全部……
逃亡生活が始まった。その果てに、わたしはコルニ村という小さな村のある森で暮らすことになった。
お父さん以外の人と接するのが怖くて、わたしは家に閉じこもった。
偶にお父さんが畑仕事に誘ってくれるけど、断って部屋で本を開く。
道中、お父さんは本をたくさん買ってくれた。お金だって余裕があるわけじゃないはずなのに、部屋に閉じこもるわたしのためにと色々と買ってきてくれた。
それを読む。読んでいると、部屋の暗がりから不意に声が聞こえた。
ねえ、フィーネちゃん。どうしてあのとき、助けてくれなかったの?
ユーリちゃんだった。
血で真っ赤になったユーリちゃんがわたしをじっと見つめていた。
幻覚だ。幻聴だ。わかっている。でも見える。聞こえる。
無視してベッドに入る。
すると今度は、枕元にハンスくんが立っていた。
ねえ、フィーネ。どうして俺たちを見殺しにしたの?
ごめんね。わたしが弱虫だから。いくじなしだから。弱いから。
だからお願い、わたしを見ないで。
近づかないで。放っておいて。
フィーネちゃん。フィーネ。
声が聞こえる。ぎゅっと目を閉じる。
安らかな眠りはいつまで経っても訪れなかった。
お父さんがなにか話していた。村がどうとか、無理にはどうとか。
よく聞こえない。耳元でわたしの名前を呼ぶ、友達の声がうるさい。
たぶん、村人には近づくな、って言ってるんだと思う。
わかってるよ。話したりなんてしない。近付きたくもない。
わたしわかったの。
人と人が知り合うのは、いずれ来る別れのため。残酷な別れを演出するために出会うのだから、わたしはもう誰とも会いたくない。
寂しくないよ。だって、ユーリちゃんとハンスくんがいつも一緒にいてくれるし。
ほら、今だってわたしの名前を呼んでくれる。
うるさいな。
今、お父さんとお話してるでしょ?
わかってるよ。あとで野草を摘みに行こうね。
そういえば、クリスタの街でも一緒にお花摘みしたよね。
思い出したら、なんだか楽しくなってきた。
ふふふっ、鼻歌が出ちゃう。
野草、たくさんあるね。二人も摘むの手伝ってね。
お父さん喜んでくれるかな。
迷惑かけてるから、たくさん摘んでいかないとね。
あ、ダメだよユーリちゃん。血で汚さないで食べられなくなっちゃう。
ハンスくんもそんなあのときみたいな肉の塊にならないで。周りがグチャグチャになっちゃったじゃない。昔みたいに泥遊びしたいの? いいよ。でも血って服につくと取れなくならないかな?
赤いだけ? うん。そっか。なら大丈夫だね。赤いだけだからね。
目の前が、世界が、血の色に、染まってるだけだからね。
ふんふんふ~ん。ふんふんふ~ん。
「こんにちは」
ふと。
お友達じゃない、誰かの声がした。
予期せぬ声に、変な声が思わず口からもれる。
振り返れば、赤くなっていた世界に、灰色の誰かが現れていた。
その誰かはわたしを安心させるように、太陽みたいな笑顔を浮かべて。
「悪い。驚かせたかな。俺は――」
――それがアインとの出会いだった。