分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第22話  曇りのち晴れ

 炎が身体の横を擦過していき、背後で小さな爆発を起こす。

 

 魔法による炎は球体状で、弓から放たれた矢のように、ある種の個体として放たれた。避ける際、わずかに髪の先をかすめたが、燃え移ることなく当たった箇所だけが燃え尽きている。ダメージはない。

 

 今の攻撃を避けられたのは、ひとえに俺がザリオと呼ばれた男を怪しんでいたからだ。

 

 村での立ち振る舞いからして怪しいところがあったが、本性を露にした段階で警戒心は跳ね上がっていた。だから不意打ち気味な魔法攻撃にも関わらず、俺は余裕をもって回避することができた。

 

「よく私の炎弾(ファイヤーボール)を避けましたね。さっさと死んでもらいたいのですが」

 

 ザリオはこの結果を不服そうな顔で受け止め、再び杖を構える。

 

「ザリオ隊長、俺らがやりましょうか?」

 

「いいえ、私の手で仕留めます。なんだか当たらなかったと馬鹿にされてるような気がしますのでね」

 

 再びの詠唱が響く中、一瞬の状況判断を迫られる。

 

 どうする? 分身の術を使うか?

 それとも、いったん逃げた方がいいか?

 

 三対一、しかも相手は完全武装の兵士で明らかに俺よりも戦闘力が上だ。真向から戦いを挑んでも敵わない。そもそもこっちは武器すらない。

 

 なら逃げるしかないのだが、それもダメだ。

 

 逃げられないし、逃げたくない。

 

 フィーネを傷つけようとするこいつらを許してはおけない。死んだ方がいい。殺した方がいい。

 

 手段を模索する。

 

 武器をまず奪う必要がある。

 

 死角に分身を出し、武器を奪ってすかさず攻撃する。

 

 兵士二人はすでに剣を抜き放っている。ザリオは杖を使っており、腰の剣はそのままだ。

 

 狙いはザリオ。隊長でもあるのだ。いきなり襲われれば、他二人も咄嗟には動けないはず。

 

 鎧に覆われていない頭部を狙えば、一撃で殺せる。そこから近い右側の兵士を、本体の俺と分身の二人がかりで襲い掛かる。運が良ければ、なんとか殺せるかもしれない。

 

 だが最後の一人はどうあがいても無理だ。

 奇襲の衝撃から立ち直った兵士に、殺す前に殺されて終わりだろう。

 

 それでもいいか。

 

 アロガンドさんは説得に成功したと合図を送っていた。なら少なくとも、聖女様はフィーネのことを戦争には使わないと約束したはずだ。他にこいつらと同じ思想の奴がいたとしても、一団のトップである聖女様の手前、アロガンドさんの眼を盗んでどうこうはできないはず。

 

 だから俺はここで、こいつらを道連れにして死んでもいい。

 どうせ助からないのなら、少なくともザリオだけは俺の命をかけて絶対に殺す。

 

 フィーネをこれ以上、傷つけさせてたまるかよ。

 

 傷つけさせて……

 

 ……、……。

 

 いや、待て。

 

 俺は別にここで死んでもいいが、俺がここで死んだら、フィーネは俺を殺したと勘違いしたままになるんじゃないか?

 

 一人でも逃したら確実にそういうことになるだろうし。

 

 えっ? じゃあダメじゃん。

 

 フィーネをこれ以上悲しませないために戦うのに、俺が悲しませてしまったら本末転倒じゃん。 

 

 怒りで茹っていた頭が、急激に冷める。

 

 死ねない。

 

 死んではいけない。

 

 俺はフィーネと再会する前に、絶対に死んではいけないのだ。

 

 目的を見誤るな。俺の目的はこいつらを自分の手で殺すことじゃない。なにがなんでも生き延びて、フィーネの笑顔を取り戻すことだ。

 

 忘れるなよ。俺は――

 

「分身の術」

 

 手を組み、スキルを使えるギリギリの声量で、分身をある場所に喚び出す。

 

 そして訝し気な顔を向ける男たちに向かって、俺は大声で告げた。

 

 

「――俺は曇らせ絶対許さないマンだ!」

 

 

「はあっ?」

 

 ザリオが呆気にとられた顔をする。

 放たれる寸前だった魔法が、制御を失って霧散する。

 

 そこへすかさず、俺は続けた。

 

「女の子の泣き顔は可愛い! それは認める!」

 

「は? いや、さっきと言ってることが」

 

「まあ聞け! 慌てるな! 性癖は逃げない!」

 

 混乱が収まらないうちに、大仰な仕草とともに畳みかける。

 

「女の子の傷ついた顔はな、なんていうか、ぐっと来るんだ。守ってあげたい感じ? 庇護欲? ああ認めるよそれだけじゃない。あの顔にはゾクゾクとしたサディスティックな快感を覚える。変態かな。変態かも。でもこれが本音だよ好きな子ほど虐めたくなるあれなんだよ!」

 

「……もういい」

 

 ザリオが意味がわからないと頭を振り、再び詠唱を唱えて魔法を放つ。

 

 目の前に迫る炎弾。今度はしっかりと狙われたのか、完全に避けることができなかった。腕を焼かれる。

 

 じゅうと肉が焼ける音。熱い。痛い。自分の肌が沸騰するところなんて一生見たくなかったぜ。

 

「縋り付くように延ばされた手が、なにも掴めなかったときとか最高じゃね!」

 

 でも続ける。叫び続ける。

 

 相手の魔法攻撃は思ったよりも威力が弱かった。これならサイクロプスの一撃の方が、よほど脅威だった。なにせ、腕が焦げただけで吹き飛ばなかったからな。

 

 修練が足らないんじゃないか?

 毎日コツコツ努力するとか、絶対やらなそうな顔してるもんな。

 

 この程度の相手なら大丈夫だ。

 

 俺はまだ、俺なりの戦いを続けられる。

 

「相手に届きたいって気持ちが届かなかったんだぞ? どこにも着地できなかったんだぞ? その気持ちは当然、自分に向けるしかないから、もうきっと本人にも自分がどうしてそのとき手を伸ばしたのかがわからないんだよね!」

 

「くそっ、なんだこいつは?」

 

 ザリオが困惑の中、魔法を放ち続ける。

 

 それを必死になって避ける。

 けどもう片方の手が、肩が、次々と焼かれていく。

 

 肉が焼け焦げる嫌な臭いがあたりを包む。

 

「結論、泣いている女の子は可愛い!」

 

 俺の性癖があたりに響く。

 

「ちっ!」

 

 ザリオが舌打ちと共に放った一撃が、俺の足に命中した。

 

 地面に倒れこむ。手が動かないためもがくこともできず、俺は芋虫みたいに地面の上を転がった。

 

 ザリオが近づいてきて、杖の先を俺の頭に突き付ける。

 

「これで終わりです。君は一体、自分の性癖を語ってなにがしたかったのですか?」

 

「……わからないか?」

 

 ザリオを見上げ、痛みに泣きそうになりながら、俺は口の端を吊り上げるようにして笑った。

 

 そうだよな? 計画通りだよ。あんなに意味のわからないことを延々と叫ばれたら、理由が気になってしょうがないだろうさ。

 

 だから教えてやるよ。

 

「つまり女の子は笑ってる顔が最高に可愛いって話だよ」

 

「……先程と言ってることが真逆のようですが?」

 

「違う。つながってるんだよ」

 

 盛大に顔を歪ませるザリオに、倒れた態勢のまま、つい最近気づいたひとつの真理を告げる。

 

「泣いたあとは泣き止むんだ。悲しい出来事が続いたら、嬉しい出来事が次は待ってるんだ。曇ったあとには晴れるから、俺はその瞬間を誇れるんだよ」

 

 サイクロプスに俺が殺されそうになったときの、フィーネの最後の顔を思い出す。

 

 ぐしゃぐしゃな泣き顔。今思い出しても胸が痛い。

 

 痛いが……可愛かったなとも思ってしまう。

 

 涙を流して俺に向かって手を伸ばすあの姿。あのときは無我夢中だったけど、こうして思い返してみれば、なんていうか求められてる感じがして嬉しく思ってしまうんだよ。

 

 ああ、俺って大事にされてたんだな、って。

 フィーネってば俺のこと好きすぎるだろ、って。

 

 そういう風に思うから、その泣き顔を可愛いなって思うんだ。

 

 でもそのままにはしておけない。

 あの泣き顔のままお別れにしてはいけない。

 

 それじゃあダメだ。俺はあの泣き顔を、この思い出を、嬉しかった出来事として振り返られなくなる。

 

「最後には、ちゃんと笑ってくれないと、やっぱりダメなんだよ」

 

 だから俺は、曇らせ絶対晴らすマンになりたい。

 

 馬鹿馬鹿しい名前だ。適当に勢いで言っただけだからな。俺そういうとこある。

 けど紛れもなく俺の本音だ。最高のネーミングセンスだと惚れ惚れするね。

 

「女の子の泣いてる顔は可愛い。けど、笑ってる顔はもっと可愛い。それが俺の性癖だ。どうだ? まいったかよ?」

 

「……くだらない」

 

 ザリオはそう切り捨てた。

 

 そうだろうな。そりゃそうだろう。結局俺がなにをしたのかと言えば、ただ秘めていた性癖を声高々に暴露しただけだ。心に響くもくそもないだろう。

 

 霞む視界の中、ザリオたちの奥にある木々の向こうに人影を探す。

 

 ……分身の俺は、間に合わなかったか。

 

 これくらいしか、咄嗟に時間稼ぎの方法を思いつかなかったからな。

 

 せめてあの人のところへたどり着いて、事情を説明できていればいいんだけど。俺が死んだら分身も消えちゃうからな。

 

 ごめん、フィーネ。

 

 けどせめて、俺を殺したのがフィーネじゃないってことだけでもわかってもらえれば、悲しみの涙を止められるかもしれないから。

 

 ……ああ、でも。

 

「……やっぱり、死にたくない、な」

 

「いいや貴様はここで死ね」

 

 告げられる死の宣告。焔の輝き。

 今日二度目の絶体絶命に、俺はそれでも目をつむることなく敵をにらみつけて。

 

 

「――俺、少しわかる気がする」

 

 

 そんな、突然の同意の声が聞こえてきた。

 

「はぁっ!?」

 

 ザリオ、再びの驚愕。死神の炎が再び消える。

 

 突然声をあげたのは、ザリオの取り巻きの兵士の一人だった。隊長から勢いよく顔を向けられ、頭を下げながら彼は口を開く。

 

「すみません、いきなり口出ししちゃって。けど俺、そのガキの言うことがわかるんです。女の涙と笑顔は、それでワンセットなんですよ」

 

 ……ふっ、わかっちゃったかー。

 

 響かないと言ったのは嘘だった。人間、どんな立場、どんな状況でも、響きあうものはあるのだ。

 

 その兵士は照れくさそうに鼻の下を指でこすると、

 

「ほら、女って無理やりすると泣きわめくじゃないですか。けど何回か殴ると、こびるように笑うんですよ。俺、それが最高に好きで」

 

 全然わかってなかった!

 

 それ違う性癖だよ?! なんなら真逆の性癖だよ一緒にするな!?

 

 ていうかそれ、秘めた性癖じゃなくて実行に移してるんならクズとしか言えないんだが!?

 

「うわっ、お前……それは引くわー」

 

 もう一人の兵士もドン引きしてるじゃないか。

 

「最後までにらんでくる女を組み伏せるからいいんじゃないか。途中で折れる女なんてやってもつまらないだろ」

 

 こいつもゴミクズだった。揃いも揃って下種すぎるだろ!

 

「はあ!? お前、あの引きつった泣き笑いの良さがわからないっていうのか!?」

 

「テメェこそ、屈辱に歪みながらも殺してやるってにらんでくる視線の良さがわからねえのかよ!? それでも本当に男か!?」

 

「……なんだテメェ? 死にたいのか?」

 

「おう、やってやるよ。かかってこい」

 

「待て待て待て待ちなさい!」

 

 相容れない性癖を持つ兵士たちが、お互いに剣を向けあうのをザリオが慌てて止める。

 

「そんなくだらないことで殺し合いを始めるな!」

 

「「くだらないだって!?」」

 

 殺気がザリオに向けられる。

 しかしさすがは隊長、二人から向けられなお、呆れた様子で首を横に振る。

 

「そうだ。くだらない。笑い顔がどうとか、泣き顔がどうとか、心底くだらない。なぜなら――」

 

 ザリオは自らの胸に手をあて、空を仰ぎ見ると、さながら信徒を導く教祖のような笑顔で告げた。

 

 

「人格を失った、完全なる無こそ至高なのですから」

 

 

 お、おう。

 

「苦悶の表情と悲鳴が甘美なのは否定しませんがね。しかし最終的に、感情というものは余分なのです。肉体だけがあればいい。かつて人間だった肉の塊にこそ、性的な魅力は詰まっているのだと知りなさい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「けど死体は微妙ですね。冷たいし硬すぎて、あれではあまり興奮できなかった。生きている温かさと、それでも死んでいる精神。それがいいのです。いえ、難しいのですけどね。そんな相手、本当の意味で味わえたことはないのですがね!」

 

 無言でうつむく部下の前で、じょじょにヒートアップしていく隊長。

 

 あまりにもあんまりな胸に秘めるべき性癖の暴露に、兵士たちはやがてお互いに抱き合って震えだす。

 

 わかるよ。俺も混ぜてくれ。一人で相対するには、目の前のこいつはモンスター以上に恐ろしすぎるよ。

 

「そもそも、私がなぜ【輝ける槍】を手にする上では邪魔者である聖女様を、こうも敬っていると思うのですか? そこの奴隷よ、わかりますか?」

 

「えっ? か、顔が可愛いから?」

 

 突然水を向けられ、恐々と返答する。

 素顔を見ていないからわからないが、声は可愛らしかったと思う。

 

「はあ……これだから無学な奴隷は困ります。話の流れで予想できないものですかね。ま、あれの顔が極上なのは認めますがね」

 

 ザリオは心底馬鹿にしたむかつく顔で俺を見下ろし、恍惚とした表情で答えを述べ始めた。

 

「かの聖女様は、槍とは別の意味で私が追い求めてやまないスキルをお持ちなのです。『闇金聖女』と恐れられる由縁! 至高にして最高の、私の夢を叶える人格排出スキルが!」

 

 あの聖女様もやばかったかぁ。

 

 終わった。俺の作戦、終わりました。

 

 六聖教会の性癖と共に終了です。

 

 いや、聖女様を信じろ。

 俺の信じるアロガンドさんが信じた、聖女様の正義の心を信じるんだ!

 

「以前、聖女様の横でその瞬間を見たとき、私はふふふっ、それはもうふふふっ」

 

 俺も、兵士も、森の奥からそのとき猛スピードでやってきた二人も、ザリオを人の形をしたモンスターを見る目で見ていた。

 

 ……間に合ったか。ずいぶんと急いでくれたものだ。

 

 俺と兵士たちは新たな闖入者の存在に気づいたが、一人自分の世界に入ったザリオだけは気づかない。

 

「我が夢のため、必ずあの女もいずれ手に入れてみせる! まずは【輝ける槍】の小娘ですがね! あれも上手くやれば私好みの人形になりそうですし、それを足掛かりにして聖女様を組み伏せてみせますよ!」

 

「――なら今、試してみますか?」

 

 絶対零度のその声に、ザリオの時が止まる。

 

 ギギギとさびた鉄人形のような動きで森の方を振り向けば、そこには聖女様と、彼女に抱えられて運ばれてきた俺の分身の姿があった。

 

 聖女様の顔は白い布で隠れていたが、わかる。ザリオをゴミでも見る目で見ていることだろう。

 

「せ、聖女様? それに貴様は、ふ、双子!?」

 

「そんなことはどうでもよいのです、ザリオ隊長」

 

 現実逃避をするように、俺と分身を交互に見やるザリオに、聖女様がゆっくりと近づいていく。

 

「わたくしを手籠めにすると。なるほどなるほど、そのような大それたことを考えていたとは、わたくし気付きませんでした。どうしましょうか? 試してみますか? 万が一の可能性くらいならあるかもしれませんよ?」

 

「い、いえ、聖女様! あれは言葉の綾でして!」

 

 ザリオは血の気の引いた顔になり、その場に土下座する勢いで跪く。

 

 取り巻きの兵士たちも同様だった。ザリオの背後で首を垂れる。

 

「そうですか。まあ、あなたがどんな性癖を持ち、どんな野望を秘めていても、わたくし咎めません。まだ実行に移してはいないのであればですが。口にしただけでは、ええ、咎めませんとも」

 

「あ、ありがとうございます! もちろんそんなことはしておりません!」

 

「ですが」

 

 聖女様の顔が俺の方を見る。その背に怒りが宿る。

 

「幼子をいたぶり、殺そうとした。これを許すことはできません」

 

「お、お待ちを! どうかお待ちを!」

 

 今度こそ本当に土下座をし、額を地面に擦らせつつザリオは弁明する。

 

「この奴隷はアイン! フィーネ殿が殺したと勘違いしている例の友人です! 私はこの者が生きているとフィーネ殿を保護する作戦行動上障害になると判断し、心苦しくも自ら罪を背負おうとしただけ!

 ひいては始祖様が遺された聖地奪還の一助となるためであり、決して始祖様や聖女様の意思に逆らうことは致しておりません!」

 

「――は?」

 

 これまで冷静さを保っていた聖女様が、ザリオのその言葉を聞いて変わった。

 

 その手が軽く振るわれる。

 

 瞬間、ザリオの身体が勢いよくなにかに押し飛ばされ、木を何本も圧し折りながら吹き飛んでいく。

 

「今、なんと言いました? 始祖様の意思? 幼子をいたぶるのが、始祖様の意思だと言ったのですか?」

 

 再び、聖女様が手を振るう。それに合わせ、吹き飛んだザリオが空中に浮かび、こちらへ勢いよく戻ってくると顔から地面にたたきつけられる。

 

 どれだけの威力で吹き飛ばされたのか。その身体はすでにボロボロになっており、鎧やマントは破壊され、見事な拵えだった杖は圧し折れてしまっていた。

 

 聖女様は見えない手でザリオの顔を上げさせると、その血まみれの顔をじっと見下ろす。

 

「始祖様の意思をあなたみたいなゴミが代行すると口にしただけで万死に値するというのに、それがこのような悪逆非道……わ、わたくしをここまで怒らせた人間は、何十年ぶりでしょうか?」

 

「も、申し訳あり、ません。ど、どうか、どうかご慈悲を」

 

「ええ、そうです。伏して始祖様に慈悲を祈りなさい。この先、あなたたちの罪が許される日が来るように」

 

 聖女様がひらりと長い服の裾を持ち上げる。

 

 露になる白い足。そして閃く黄金の輝き。持ち上げられた服の裏地には、何十枚という金貨がびっしりと縫い付けられていた。

 

 それを見て、ザリオの顔が恐怖に引きつる。

 取り巻きの兵士たちが悲鳴をあげ、一心不乱に逃げ出した。

 

「お、お待ち! それ、それだけは! せめてひと思いに殺してくださいぃ!」

 

「金は命より重く、死よりも軽い――罪貨徴収」

 

「まっ――」

 

 聖句が紡がれた瞬間、ザリオと兵士二人の身体が音もなくその場に崩れ落ちる。

 

 見開かれた目。ぴくりとも動かない身体。

 

 死んだ?

 

 最初はそう見えた。けれど違う。死んでいない。

 

 生きているのに、動かないだけ。

 

 ちゃりん。と、そのときお金が落ちる音がした。

 どこからともなく現れた数枚の硬貨が、それぞれ三人の身体の上に転がっていた。

 

「大銅貨が三枚に、半貨が二枚。そして、ザリオ隊長は小粒銅貨が一枚、と。普段使いの財布から持っていかないで欲しいものですが」

 

 一枚も減っていない金貨を縫い付けた裾を戻し、聖女様は三人を冷たいまなざしで一瞥した。

 

「三人あわせても金貨どころか銀貨一枚にも満たないとは。はあ……情けなくて溜息が出ます。あまり出しゃばりたくはなかったのですが、一度教会の規律にテコ入れする必要がありそうですね」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 聖女様を横目に、分身が俺に駆け寄ってくる。

 

「これが大丈夫そうに見えるか?」

 

「いや大丈夫じゃないよな。ていうか、死にそう。すごく死にそう」

 

 大やけどを全身に負った俺を見て、自分が死にかけていたときよりも分身の俺がうろたえる。

 

 今回死にそうになってるのは、分身じゃなくて本体だからな。それはもう、自分の本当の死の危機となれば慌てもするか。

 

「そっちは狙いどおりやれたみたいだな?」

 

「ああ。予想どおり、俺を殺そうとしたのはザリオたちの独断だ。聖女様はそんなこと考えてもいなかったよ」

 

 ザリオが村へ行かせる人数を増やしたとき、おかしいと思ったのだ。あのときすでに俺を殺すことを考えていたのなら、人数は逃げるのを防ぐためにももう少し必要なはず。

 

 だがザリオはやや強引に人数を減らした。きっと、あのとき村に向かった兵士たちはザリオの息がかかっていなかった兵士なのだ。

 

 自分と、自分の考えに同意する配下だけで俺を襲おうと考えた。

 

 ならこの事態を聖女様になんとか伝えることができれば、凶行を止めてもらえるはずと考えた。

 

 だから俺は奥の手の分身を、視界が届く最大限遠くに呼び出し、そのまま聖女様がいるフィーネの家へ向かわせた。どんな風に説明したかは謎だが、首尾よく連れて来ることに成功したようだ。

 

 あとは本体の俺が、救援が来るまで時間稼ぎをすればいいだけの話だった。

 

 だからこその性癖暴露。俺一人分では無理だったが、まさかまさかのザリオの暴走で、時間を稼ぐことに成功した。

 

 運がよかったのか、それとも単にザリオが馬鹿だっただけか。

 

 俺にとどめを刺せる瞬間は、いくらでもあったと言うのに。

 

 あるいは人は皆、胸に秘めた性癖を解き放つ瞬間を、心のどこかで待っているのかもしれないな……。

 

 と、ちょっといい話で終わらせようとしたが、俺がやばい。

 

 ここままだと普通に死ぬ。

 

「申し訳ありません。今、治癒します」

 

 そこで聖女様の魔法の御力ですよ。

 

 最初から傷つくことは想定していた。それでも聖女様という治癒魔法を使える人がいるのを知っていたので、あとで治してもらえる可能性はしっかりと考えていた。俺が死なないで障害を排除する、これがたったひとつの正解だと信じたのだ。

 

 慌てて駆け寄ってきた聖女様が、膝をついて俺の身体に触れる。

 

「事情は大体察しています。こんなに傷ついて……がんばったのですね」

 

 優しく、俺の頭を撫でてくれる聖女様。

 

 その手から光が放たれ、俺の全身を包み込む。あれだけ酷かった火傷が、みるみると治っていく。

 

 二度目だけど、すごいな治癒魔法。

 

 だけどこれですべての問題が解決した。あとはフィーネに会いに行くだけだ。

 

 よかったよかった。

 

 ……はて? なにか忘れているような?

 

「……………………」

 

 俺の頭を撫でる聖女様の手が一瞬止まったかと思えば、先程よりも優しく、より労わるように動き始める。

 

「わたくしのこの治癒の力なのですが、実は治癒魔法ではなくわたくしのスキルによるものです」

 

「そうなんですか。すごいスキルですね」

 

「ええ、『診察』スキルと言います。触れることで怪我と病気を癒し、相手のカルテを取得できるスキルです。これは二つがひとつになった力で、怪我の治療だけ、カルテの取得だけ、という使い方はできません」

 

「カ、カルテですか」

 

「そうです。相手の身長や体重、スリーサイズ。身体の異常などに加え、魔力量や習得魔法の数、そしてスキルとその内容も読み取れてしまいますね」

 

「そういえば聖女様にはその力がありましたね」

 

 相手のスキルを読み取る力が。

 

 視界の横で、分身があちゃーと手で顔をおさえる。

 

「せっかく、双子設定で誤魔化しておいたのに……」

 

「いやそんなこと言われても! こっちは大怪我をして色々と限界だったんだよ!」

 

 俺、悪くない。どちらにせよ聖女様の治療がなければ死んでいたんだから、俺、悪くないもん。

 

「そうですね。大変だったのですからね。大丈夫ですよ。よしよし」

 

 えっ? 俺のお母さん?

 

 子供をあやすように抱きしめてくれる聖女様に、混乱のあまり幼児退行しそうになる俺。

 

 分身スキルを持っていることが初めてばれてしまったその人は、思いのほか豊かな胸を押し付けるようにして、力一杯俺を抱きしめてくれる。

 

 気持ちがい……あの、ちょっと、力が強い。痛い! 痛いです!

 

「せ、聖女様?」

 

「ええ、わたくしがあなたの聖女です」

 

 決して俺を離すことなく抱きしめながら、聖女様はおもむろに顔を隠していた布を取り去った。

 

 露になった顔は、声のとおりまだ若々しい少女のもの。

 輝くような金色の髪に、青い瞳をした美しい顔は、神が手ずから作った精緻な人形のような整いようだった。

 

 それ以上に特徴的なのが、その尖った耳。木の葉のような長い耳が、神秘的な印象をより強めている。

 

 そんな耳を犬の尻尾のようにピコピコと動かしつつ、聖女様は名乗った。

 

「改めて自己紹介をさせていただきます。わたくしは六聖教会の聖女アルフィリアと申します。幼くも、気高い意思をもって少女を守ろうとした小さな騎士さん。あなたのお名前を教えてもらってもいいですか?」

 

 ぜ っ た い に 逃 が さ な い か ら

 

 その眼は得体の知れない感情にどろりと濁り、静かにそう物語っていた。

 

 

 

 

 

 ――そうして、ようやく俺はたどり着く。

 

 

 

 

 

 彼女は部屋のベッドの上で毛布をかぶり、じっとうずくまっていた。

 

 小さな背中には後悔の念が見て取れる。

 

 部屋に案内してくれたアロガンドさんが、頼む、と目で訴えかけてくる。

 

 俺は頷いた。任せておいてください。

 

「フィーネ」

 

 彼女の名前を呼ぶ。

 

 俺のお友達は、どうやら俺の声を幻聴だと思ったらしい。

 

「アイン。ごめんね。わたしが、わたしが友達になんてなったから、だから」

 

 ぽろぽろと涙を零しながら、幻の俺に向かって謝っている。

 

「フィーネ」

 

「ごめんなさい。ごめんなさい、アイン」

 

 無視された。

 

 でも俺の辞書に諦めの文字はないのだ。

 

 なにせ慣れている。返事をしてもらうのに一か月もかかったのだ。逃げられないだけ、あのときよりも遥かにマシというものだ。

 

 近づいて、肩を叩く。

 

 あのときとは違い、悲鳴をあげて逃げられたりもしない。

 

 静かに振り向いて、絶望でよどんだエメラルドグリーンの瞳が俺を視界に映す。

 

 幻覚と思ったらしい。

 

「ごめんなさい、アイン。わたしが、友達なんかになったから」

 

 繰り返される謝罪の言葉。

 

 はあ……まったく、しょうがないなぁ。

 

「なにを言ってるんだ。俺はフィーネが友達になってくれて、本当によかったと思ってるよ」

 

「嘘だよ。だってわたし、弱虫だもん。どんくさいもん。面倒くさいもん」

 

「それは否定しないけど」

 

 それ以上にいいところがたくさんあるじゃないか。

 

 俺は手を伸ばし、フィーネをぎゅっと抱きしめた。

 

「俺さ、フィーネがいなかったら、たぶんやばかったと思うんだよね」

 

 分身スキルを手に入れて、成り上がろうと決意して。

 

 現状を変えようと考えて、そのためなら他人をだましてもいいと判断して。

 

 利用しても。悪用しても。犯罪に使用しても。別にいいんじゃないかと、そう思うようになっていた俺を、まともな人間の道に戻してくれたのはフィーネだった。

 

 他者への優しさを、生きることの楽しさを、人というものの温かさを俺にもう一度教えてくれたのは、この自分を嫌悪してやまない少女だったのだ。

 

 もしかしたら俺は彼女をなにかから救っていたのかもしれないけれど――それ以上に、彼女が俺を救ってくれていた。

 

 だから俺はあのとき、あの言葉に頷いたんだよ。

 

「フィーネ。俺はこれから人生をかけてお前を支える。俺に恩返しをさせてくれ」

 

 ある意味でこれは告白だった。

 プロポーズと言ってもいいのかもしれない。

 

 恥ずかしくて、照れくさくて、ドキドキと心臓が高鳴ってしまう。

 

「アイ、ン……?」

 

 その鼓動を聞いて、フィーネもようやく目の前にいるのが生きていた友達だと理解したらしい。

 

 ぎゅっと、俺以上に強く抱き返してくる。

 

「アイン。アイン! 生きてた! 本当に生きてた! 生きててくれたよぅ!」

 

「ああ、こうして生きてる。全部フィーネの勘違いだ」

 

「でも、わたし、わたしが! ごめん! ごめんね! わたし、わたし……!」

 

「いいんだよ。俺はこのとおり無事なんだから。怪我もない。だからもうそんなに謝るな。俺は、フィーネには笑っていて欲しい」

 

「うん、うん。ごめん。ごめんね、アイン。ありがとう。生きててくれて、本当にありがとう」

 

 フィーネが顔をあげる。

 涙に濡れたくしゃくしゃの顔で、それでも笑顔を浮かべて。

 

「ありがとう、アイン。大好きだよ」

 

 その一言で十分だった。

 

 これから先の人生を丸ごと捧げても悔いはない――そう心の底から思えるほどに、それはとっても素敵な笑顔だったんだから。

 

 

 

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