分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第23話  さよならアイン

 非常に唐突ではあるのだが、どうやら今日は俺の誕生日だったらしい。

 

 自分の生まれた日なんて記憶していなかった俺が、どうやってそれを知ったのかといえば、分かってしまったから、としか説明しようがない。

 

 朝、目を覚ました瞬間に、そうだと気付いた。

 

 まるで神様から、誕生日おめでとうと祝われたかのようだった。あるいは、運命にそうしろと言われたかのようだ。

 

 ぎゅっと俺に抱き着いて眠っている、フィーネの安らかな寝顔を見て思う。

 

 ……そうなんだよなぁ。

 

 俺っていう人間は結局のところ、ただそうでしかないんだよなぁ。

 

「ごめんな、フィーネ。俺、やっぱり諦められないみたいだ」

 

 決断はその運命の朝に。

 少女はまだなにも知らず、ただ幸せそうに眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六聖教会がやってきてからの一連の事件を経て、俺はフィーネと共に教会に身を寄せることになった。

 

 そもそもの話。

 

 聖女であるアルフィリアさんがフィーネを探していたのは、彼女を保護する必要があると考えたからだという。

 

「クリスタの街の領主は、あまりにも情報管理が杜撰でした。フィーネさんと魔弾スキルの存在を、多くの人の耳目に晒してしまったからです。魔弾スキルが【輝ける槍】であるのは、知る人は知っている情報ですからね」

 

 そう説明した上で、金貨五〇〇枚だとアルフィリアさんは語った。

 

「フィーネさんの身柄には、今、最低でもそれだけの金額がかけられています。身柄引受人は、大陸の多くの国々と組織です。彼女は今、世界中に狙われている立場なのですよ。中にはそれこそ、アロガンドさんを人質に取ったり、この村を地図から消し飛ばすことも厭わない危険な組織もあります」

 

 フィーネが戦争に参加すれば、単騎で万軍を消し飛ばすことができる。

 

 破格の戦力。狙う人間は、それこそ国も人種も問わないということだ。

 

「どこかの組織に属さないかぎり、彼女を狙う手は止まらないでしょう。また御覧のとおり、かのスキルの扱いには細心の注意が必要です。今回は幸いにも誰も死ななかった、という結末で終わりましたが、少し間違いがあれば大事故につながっていたでしょう」

 

 一度殺されてしまった身としては、その言葉を否定できなかった。

 

「身内の恥をさらした直後にこういうのはなんですが、我々はスキルの扱いについては、世界中のどの団体よりも進んでいるという自負があります。フィーネさんにはせめてスキルを制御できるまでは、我々の元にいてもらいたいと思っています」

 

 ちなみに、拒否されてもしフィーネが森に残ると言い出した場合はどうしたのか聞いてみたら、

 

「そうなったら我々もここに駐屯し、彼女を狙う者たちを迎撃し続けなければならなかったでしょう。聖都まで来てくだされば、確実に我々の手でフィーネさんを守ることができるのですが、このような僻地では難しいと言わざるを得ません」

 

 あくまで強制なんてしませんでしたよ、という顔でアルフィリアさんは言った。

 

「聖都に援軍も求めなければなりません。当然、そうなればこの国の王政府も介入してきたでしょう。隣国である帝国に近い場所にあるのもよくありませんね。下手をしたら、両国ともが軍勢を差し向けてくる可能性すら否定できません。

 そうなったら、この地で戦争が起こったかもしれませんね。お二人としては他に選択肢がなかったとお思いでしょうが、結果的にはとても良い選択をしたとわたくしは思いますよ」

 

 国。軍。戦争。あまりにも大げさに聞こえるが、アルフィリアさんの顔は冗談を言っている顔ではなかった。

 

 フィーネという少女は、この世界ではそれだけの価値があるのだ。

 

「彼女を守るという意味でも、世界の均衡を守るという意味でも、フィーネさんには聖都に来て欲しいというのがわたくしの意思だったのです」

 

 ということだった。

 

 同じことを言われたアロガンドさんも、それで納得するしかなかった。

 

 後から聞いた話だが、説得するのではなく、説得されたらしい。

 

 アロガンドさんもまさか娘に賞金までかけられ、そんなにたくさんの組織に狙われているとは想像していなかったそうだ。

 

 自分たちがこれ以上逃げ続けると、関係のない人にまで被害が及ぶ。そうなったときフィーネが背負うことになる罪悪感を思えば、身の安全が最優先だが、教会に属するのもやむなしとのことだった。

 

 情けない父親ですまない、とアロガンドさんはフィーネや俺に謝ってくれたが、俺もフィーネもそんな風には思っていない。

 

 あなたは十分に立派な父親だよ。

 

 一応、フィーネには今からでも一緒に逃げようかと提案したのだが、それには首を横に振られてしまった。

 

「わたしのスキル、こんなに危険なものだって知らなかった。今回は、アインを傷つけなかったけど……」

 

 フィーネが話の途中で俺の身体をまさぐる。頭の先からつま先までペタペタと。

 

 そのあと俺の存在を確かめるように抱き着いてくる。

 

「本当に傷つけなかったんだよね? 殺してなんかないよね? あの光景は、わたしの見た幻なんだよね?」

 

「そうだよー。もちろんじゃないかー。だって俺はこうして生きてるんだからさー」

 

 フィーネは俺を殺したことがしっかりトラウマになっていた。

 

 実際に見てやってしまったあの光景は、結果的に俺が生きて現れたことで幻と処理されたが、彼女の中ではぬぐえない光景として脳に焼き付いてしまったようだ。

 

 まあ、実際にね。やってしまっているからね。無理もない。

 

 あれからこうして俺の無事を確かめては、胸に耳を当てて鼓動を確かめてくるようになってしまった。

 

 俺は気にしていないが、フィーネがもう終わったことだと処理するには、かなり時間がかかるだろう。

 

 この件もあって、俺は結局、フィーネに分身スキルのことを言えなかった。

 

 フィーネなら秘密をばらしてもいいと思ったが、今ばらすと俺を本当に殺してしまったことにも気づかれてしまう。そうなったとき、フィーネがどういう行動に出るか予想がつかなかったので、俺はしかるべきときまで黙っておくことにした。

 

 俺が生き残った方法については、アルフィリアさんが間一髪間に合ったということになった。怪我もアルフィリアさんが回復させたと。

 

 結果、フィーネの中でアルフィリアさんの株がぐーんと上がった。

 

 思い切り抱き着いて何度も感謝を伝えるほどであり、アルフィリアさんはその頭を優しく撫でつつ、計画どおりだとこっそりほくそ笑んでいた。今回の一件で一番得をしたのは、間違いなく彼女に違いない。

 

 唯一スキルがばれてしまったアルフィリアさんとは、その後色々とお話をさせてもらったが、基本的には俺の思うがままにしていいとのことだった。制限は特に設けないと。

 

 そんな感じで六聖教会、というかアルフィリアさんへの好感度が上がってしまったフィーネは、逃げることをやめたようだった。

 

「わたし、教会でスキルの制御について学ぶよ。それでちゃんと扱えるようになったら、今度こそわたしがアインを守ってあげるからね」

 

 フィーネがそう決めたのなら俺に文句はない。

 

 どこへなりとも一緒に行くさ。

 

 そしてそのためには、やらないといけないことがある。

 

 あれから五日が経った今日。

 

 俺と保護者代わりのアロガンドさん、そして六聖教会の代表としてアルフィリアさんが、コルニ村の村長宅にて村長と向かい合って座っていた。

 

「では、この者の所有権を聖女様にお渡しさせていただきます」

 

「はい。契約はたしかに」

 

 出会ったときと同じように顔を隠したアルフィリアさんが、お金を村長に渡し、村長は一枚の羊皮紙を返す。

 

 俺という人間の所有を証明する契約書。

 こんな一枚の紙きれが、俺を奴隷として縛っていたものらしい。

 

「金貨三枚、か」

 

 俺の人生はそんな三枚の硬貨で買えてしまうものだった。

 

 厳密には俺の母さんの金額なのだが、なんとも言えない気持ちになる。

 

 ちなみに奴隷の金額にしてはそこそこ高いらしい。

 金額を聞いたアルフィリアさんが、あのゴミが三千人買えますねと嗤っていた。怖いよ。

 

「ではアインさん。どうぞ」

 

 契約書を受け取ったアルフィリアさんは、それをそのまま俺に渡してくれた。

 

 俺は頷いて、さっさとそれを破り捨てる。

 

 これで晴れて俺は奴隷ではなくなった。

 

 かといって、未だにどこかの正式な国民というわけでもない。中途半端な位置づけになる。

 

 それでも今の俺の格好は、ボロ布からアルフィリアさんがなぜか用意していた綺麗な子供服に変わっていたし、売れるかもしれないと伸ばすよう指示されたまま放置されていた髪も、きちっと切り揃えられ整えられている。肌も今日という晴れの日のために磨き上げられ、艶々と清潔な輝きを放っていた。

 

 もう誰が見ても俺は奴隷じゃない。ちゃんとした街の子供に見えるはずだ。

 

「アルフィリアさん。ありがとうございます。本当に俺を奴隷から解放してくれたんですね」

 

「もちろんですよ。ただ……」

 

 アルフィリアさんがそっと俺の頬に触れる。

 

「あなたを解放したのはわたくしです。それを忘れないでくださいましね?」

 

 蠱惑的な指使いで頬を撫でられ、ぞくりと背筋が震える。

 

 なんでこの人からの好感度がこんなにも高いのかはわからないが、俺はどうやら一番やばい人に借りを作ってしまったようだ。

 

「本当は、オレがアインを解放してやりたかったんだがな」

 

 そう言ってくれたのは、付き添ってくれていたアロガンドさんだ。

 

 フィーネを立ち直らせたことで、アロガンドさんからの好感度も前にもまして高くなった。涙を流して何度もお礼を言われたものだ。

 

 その一環として、今まで貯めていたへそくりと武器やらなにやらも全部売り払ってまで奴隷から解放しようとしてくれたのだが、残念ながら、アロガンドさんのへそくりや武器はフィーネが荷物諸共消し飛ばしてしまった。

 

 使わなくなった畑の作物を村に売り渡し、今日までの用心棒代を村長からもらったが、それで手にしたのは銀貨三枚だけ。それではまったくもって足らず、結局、当初の予定どおりアルフィリアさんがすべて支払ってくれたのだった。

 

「アロガンドさんのその気持ちだけで十分ですよ」

 

「なにを言うんだ。これで借りを返せたなんて言うつもりはないぞ。それに、アインはオレの息子も同然だからな」

 

 俺の頭を撫でて、アロガンドさんはそう言ってくれる。

 

 照れくさいが、俺もアロガンドさんのことは父親のように慕っているつもりだ。

 

「将来は本当に息子さんになりそうですね」

 

 アルフィリアさんが横からそう口を出す。

 俺はなにも言わないが、アロガンドさんは同意するように何度も頷いていた。

 

 いやいや、未来のことはわかりませんよ。

 

 フィーネは今でこそ俺にべったりだが、将来は他に好きな人ができるかもしれないし。

 

 そのときは、そいつが本当にフィーネにふさわしいか確かめねばなるまい。俺の許しを得ないかぎり、結婚なんて絶対に許しませんよ。

 

 ……なんてね。

 

 ちゃんとわかっているさ。

 

 俺はフィーネのところへ生きて戻って来たし、笑顔も取り戻した。

 

 けど全部が全部解決したわけではない。

 

 率直にいうと、フィーネの俺への依存度がやばい。ほら、今も村長宅の扉の隙間から、綺麗なエメラルドグリーンの瞳がのぞいているよ。

 

 その有様にゾクゾクとしたものを感じている俺がいるのも事実だが、なんとかしなきゃいけないと思っている俺がいるのも事実。こ、心がふたつある。

 

 はい。どちらにせよ、こうなった責任は男として取らせていただきます。

 

「オレのこと、お父さんって呼んでもいいんだぜ?」

 

「恥ずかしいので今は遠慮しておきます」

 

「そりゃ残念。ま、あせる必要はないか。これから先も、長い付き合いになるだろうからな」

 

 当然だが、アロガンドさんも俺たちと一緒に教会へ来るとのことだった。

 

「う~む。一体いつ仲良くなったのやら」

 

 俺とアロガンドさんのやりとりを見て、村長がそうつぶやく。

 

 そりゃ村長からしてみたら、今回の件は青天の霹靂だろう。

 

 自身の用心棒として雇った人の娘が、まさか賞金をかけられるほどのスキル持ちで、聖女様直々に招かれて教会に属することになり。なんかそのついでに、畑で働いているところしか見たことのない農奴が一人、解放されてついていくことになるとは想像もしていなかったはずだ。

 

「灰色。上手くやったな」

 

 そういうことにしておいてくれ。

 

「なんとなく、お前さんはこうなるかもとは思っていたがな」

 

「村長。今更そんな持ち上げようとしなくてもいいですよ」

 

 村長のことは別に恨んでいない。

 本当だ。大嫌いではあったが、恨んではいないのだ。

 

 コルニ村の村長。農奴たちからは蛇蝎のように嫌われている、この村の王様。

 

 けれど。

 

 村人からはけっこう慕われていたりする。

 

 農奴の扱いが悪い代わりに、彼は村人には優しかった。村人の誰かが怪我や病気をしたときは、領主様に頭を下げて高い金を支払い、治癒魔法を使える兵士を派遣してもらったりもしていた。

 

 祖父の残したお金を必死にやりくりして、開拓だって続けている。

 

 若くして頼りになる庇護者を一気に失い、それでも今の今までがんばってこのコルニ村を存続させてきた人物なのだ。

 

 俺が村から出ていく上では、最後の障害になるかもしれなかった人だけど。

 

 村長は、別に邪悪な魔王でもなんでもないのだった。

 

「ここまで育ててもらったのは感謝しています。今までお世話になりました」

 

「ああ。達者でな」

 

 農奴ではなくなった俺に、村長はそう声をかけてくれた。

 

 そのあとで、ポンと手を叩く。なにかを思い出したようだ。年の所為か、最近忘れっぽいんだよなこの人。後継者が馬鹿息子すぎて、未だに村長の座を譲れないのだけは、同情してあげてもいいのかも知れない。

 

「忘れてた。お前さんの父親のことなんだがな」

 

「俺の父親?」

 

 もしかして、村長の息子がそうとか言い出すんじゃないだろうな。俺は信じないぞ。

 

「ちょうど十年くらい前か。お前さんの母さんなんだが、偶々村に立ち寄った旅の騎士様に歓待のためにあてがったことがあってな。どうも時期的に、その騎士様がお前さんの父親じゃないかと思うんだ」

 

 村長が俺の顔をのぞきこむ。

 

「その方もな、お前さんと同じ紫色の瞳をしていた。そんで、その人が去り際に、もしお前さんの母さんが自分の子供を宿したらと、言伝を残していったんだ」

 

 村長は立ち上がると、家の奥からなにかを持ってきた。

 それは手のひら大の箱に入れられた、小さな水晶片だった。

 

「お前さんの母さんが奴隷とは伝えてなかったから、もし彼女や生まれた子供が困ることがあったら、これを持って帝都にいる自分を訪ねるよう促してほしいと言われてな。律儀なことだね」

 

 ほれ、と言って水晶を渡される。

 

 ほれじゃねえよ。もっと早く言え。困ったことなんて五万とあったわ。

 

「けどこんなものを渡されても、どう身分の証明をするんだか。名前だって名乗らなかったし」

 

「俺に言われても」

 

 今解き明かされる俺の出生の秘密。

 今更そんなことを言われても困るというものだ。

 

 適当に売り払ってしまおうかな、と考えつつ小さな水晶片をのぞきこむ。

 

 すると透明な水晶片が淡い光を放ち始めた。

 

「なんだこれ? 光り始めたぞ?」

 

「少し見せてください」

 

 アルフィリアさんが俺の手から水晶片をつまみ上げる。すると光はしぼんでいき、消えてしまう。

 

 もう一度俺の手に乗せると、また光りだす。

 よくよくその光を観察してみれば、なにかの紋章になっていることがわかる。

 

「帝国に伝わる、特定の血に反応して光るマジックアイテムですね」

 

 アルフィリアさんが説明してくれる。

 

「かなり珍しいものだったと記憶しています。持っているのは帝国貴族の中でも相当高位の家か、あるいは皇ぞ――」

 

「お返しします」

 

 俺は水晶片を村長に返却しようとした。

 

「いやいや、これはこの先のお前さんにきっと必要なものだから。私からの、せめてもの餞別と思ってくれ」

 

 村長は決して受け取ろうとはしなかった。

 

 この野郎、最後の最後に変なものを渡しやがって。これ、絶対あとでなんか面倒事になる奴だろ!

 

 このクソボケ村長、本当に大嫌いだ!

 お前なんて、農奴に反乱を起こされてファイヤーされてしまえばいい!

 

 俺の父親の謎は深まるばかりだった。

 

 

 

 

 

 そうこう準備を進め、ついにコルニ村を旅出つ日がやってきた。

 

 村の近くで野営しつつ森でモンスターを狩ったりしていた教会の兵士たちも、荷物をすべて片付け、いつでも出発できる状態だ。

 

 なお、荷車の中に三つほど呼吸音がする死体袋が転がっていたが、その扱いは雑も雑だった。あれ本当にどういう状態なんだろ。怖くて聞けてないんだよね。

 

「それでは行きましょうか。アインさん、フィーネさん、どうぞこちらに」

 

 アルフィリアさんが馬車の中に招き入れてくれる。子供の俺たちはアルフィリアさんと一緒に馬車での移動だ。

 

「目的地である教会の聖都まではかなり長い旅路になりますので、その覚悟だけはしておいてくださいね」

 

「わかりました」

 

「は、はい」

 

 フィーネはまだアルフィリアさんに慣れきってはいないようで、俺の背中に隠れながら頷く。

 

「フィーネさん。これから長い付き合いになるのです。馬車の中ででいろいろとお話しましょうね」

 

 アルフィリアさんはフィーネに布越しでもわかるねっとりとした視線を向ける。

 

 六聖のスキルを持つフィーネは、彼女にとって特別な存在らしい。

 

 その肉食獣のような視線が、尊敬されつつも怯えられている主な理由になっているのだが、気付いているのかいないのか。どうもしばらくは、二人の間で橋渡しの役をさせられそうだ。

 

 さて。

 

 馬車に乗り込む前に、俺は振り返って村を見た。

 

 コルニ村。俺が生まれ育った、故郷の地。

 

 森を切り拓く形で作られた開拓村。住民は農奴を含めても二百人行かないくらいで、豊富な木材と、パンにしても粥にして味の悪い麦を売ったお金で、貧しいながらも平穏な生活を営んでいる。

 

 こんなにも穏やかな気持ちで村を眺められたのは、これが初めてのことだった。

 俺も必死になって手伝った麦畑が、風に吹かれ、黄金の絨毯となってキラキラと輝いている。

 

「さらば、コルニ村。俺の生まれた故郷」

 

 ここを離れることに対する後悔はなにもなく、いい思い出もほとんどないが、それでもこの景色を忘れないでいよう。

 

 前を向き、アルフィリアさんが差し出してくれた手をとって馬車に入る。

 

 そして今度は俺が、続くフィーネに向かって悪戯な顔で手を差し出した。

 

「お姫様。お手をどうぞ」

 

「うん! ありがとう、アイン。わたしの王子様」

 

 二人、決して離さないようにしっかりと手を握りあう。

 

 俺とフィーネの旅は此処から始まるのだ。

 誰に代わることもできない、俺たちだけの永い旅が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去り行く馬車と兵士たちを木の陰から見送って、俺は荷物を背負い直した。

 

「それじゃあ、俺も行きますかね」

 

 持ち物を確認する。

 

 木で作った棍棒と、数日分の保存食。

 森で拾い集めた薬草やそれを加工した物。

 加えて、アロガンドさんがくれたお小遣いの銀貨が三枚。

 

 この三枚はアロガンドさんにもらっておいてくれと言われたものだった。娘を救けてくれたのになにもできなかった父親からの、せめてものお礼だと。

 

 本来であれば、聖都に旅立つ彼が持っていくべきだったのかもしれない。けれど俺たち同士で相談した結果、向こうにはいざというとき頼れる大人が二人いるので、こちら側が持っていくことになった。

 

 代わりに例の水晶片も持っていくことになったけど。それこそそっちが持っていくべきだろうと思ったが、最後の最後で押し付けられてしまった。

 

 けれどこれで武器、食事、現金、すべてが揃った。

 

 そして最後のピースである、スキルの成長。

 

 どうやらスキルの年齢加算による分身の追加は、手にした日から一年間ではなく、俺の誕生した日を迎える度にだったようだ。

 

 つまり一週間前に九歳の誕生日を迎えた俺は、三人目の分身を出すことができるようになった。まさかこんな形で、自分の生まれた日を知ることになるとはね。

 

「分身の術」

 

 忍者のポーズで手を組み、そう唱えれば。

 俺とまったく同じ姿をした、もう一人の俺が現れる。

 

 一人では道中危ないこともあるかもしれないが、二人ならなんとかなる。街で冒険者になったとしても、きっとなんとかやっていけるさ。

 

 一年という当初の予定からはかなり前倒しになってしまったけれど、此処にすべての準備が整った。

 

「じゃあ、行くか。分身の俺よ」

 

「ああ、行こうぜ。本体の俺」

 

 故郷の村を後にして、俺たちはゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 そして――長い、長い、思い出の森を潜り抜ける。

 

 

 

 

 

 まず風を感じた。

 

 遠い彼方より吹きすさぶ風が、髪を揺らし、頬を撫でる。

 

 森の先は草原だった。

 起伏のなだらかな丘の上に、緑の大地が広がっている。

 

 右手側には山が見える。山脈が連なり、遠くまで続いている。

 しかし目の前には視界を遮るものはなにもなく、地平線の彼方まで、ただひたすらに青く、青い、澄み渡る空だけが広がっていた。

 

 手を広げ、風を感じる。

 隣では、やはり分身の俺が同じことをしていた。

 

 顔を合わせ、まったく同じタイミングで笑い、拳をぶつけ合う。

 

 幻覚だろうか。

 もうひとつ、拳を打ち付ける自分の姿が一瞬混ざる。

 

 ……いいや。きっと、幻覚じゃない。

 

 きっと同じ空の下、同じ感動を共有し、同じことをしている俺がいるのだ。

 

 一度だけ、後ろを振り返る。

 

 今はもう見えなくなったもう一人の俺がこの先どうなるか、興味がないと言ったら嘘になる。フィーネのことも心配だし、彼女と別れないといけない事実には悲しみも大きい。

 

 そうだ。嘘じゃない。

 

 フィーネのために人生を捧げようと思った気持ちは、嘘じゃないんだ。

 

 そこにはたしかな幸福がある。あの俺はそれを守るため、最後の最後までフィーネのことを全力で支えるだろう。

 

 それでも。

 

 それでも俺は。

 

 この世界を自分の力だけで自由に見て回る、そんな幸福の形も欲しかったのだ。

 

 

 ――そこで分身の出番ってわけ。

 

 

 分身はもう一人の俺だ。他人じゃない。正真正銘、もう一人の俺自身なのだ。

 

 人生の岐路に立つ度、ひとつの選択肢しか選べないとしても。

 分身スキルを持つ俺ならば、どちらの選択肢も選ぶことができる

 

「アイン――友の守護を願った、一番目の分身体()よ」

 

 本体である俺は絶対に死なないようにがんばるから、そっちの俺はフィーネのことを頼んだぞ。お願いだからまた目の前で死んで、彼女を悲しませるようなことだけは絶対にやめてくれ。

 

 まあ、もしもそんなことになったら、大陸のどこにいたとしても、必ずまた彼女の笑顔を取り戻しに行くけどな。

 

 約束するよ。

 

 俺は――曇らせ絶対晴らすマンだからな。

 

 




今回のお話で、一章『奴隷時代・アイン編』が終了となります。
ここまでお付き合いいただきまして、誠にありがとうございます。

お話自体は、一話間章をはさみまして、そのまま二章『冒険者時代・??編』に続きますので、今後もお付き合いいただければ幸いです。

感想・評価もお待ちしております。
 
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