分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
すやすやと、フィーネが俺の膝の上で気持ちよさそうに眠っている。
「アイン……大好き」
「あらあら、可愛らしい寝言ですこと」
馬車の向かいの席に座ったアルフィリアさんが、優しいまなざしをフィーネに向けていた。外ではつけていた顔を隠す布も、今は外している。
「フィーネさん。出発してすぐ眠ってしまいましたが、寝不足なのですか?」
「ええ。どうも最近、夜に悪夢を見て眠れないみたいです。……俺を殺してしまう夢ばかり見るそうで」
「なるほど。夢と見るというよりは、忘れたい現実を忘れられず、思い返しているのですね」
俺の分身スキルを知るアルフィリアさんは、フィーネが実際に俺を殺してなお俺が生きていた絡繰を理解している。痛ましげに、手を伸ばしてフィーネの頬を撫でた。
「心の傷は、わたくしのスキルでも癒せません。こればかりは、時が癒してくれるのを待つしかありませんね」
「はい。それまでは、俺で良ければこうして膝を貸しますよ」
ちなみに夜は高確率で抱き枕にされている。がんばって一人寝に挑戦してもらっているのだが、気が付けば俺のベッドに潜り込んでくるのだ。
「幸せそうな寝顔ですね。フィーネさんにとって、今必要な特効薬はアインさんなのでしょう」
「ですかね」
「そうですよ。安心しきっていますから」
「そうだと嬉しいですけどね」
そう言ってから、改めてアルフィリアさんの顔を盗み見る。
こうしていると、本当に綺麗で優しそうなエルフのお姉さんなのだが。
……人格排出スキルの使い手なんだよなぁ。
いや厳密には違うんだろうけど。
ザリオ隊長の罪は重い。心に秘めるだけにしておけば、あんなことにはならなかったのに。いや、取り巻きの兵士含め、前科が見つかりそうという話だから無理か。
聖女であるアルフィリアさんには、教えてもらった診察スキルの他にもうひとつスキルがあり、それが人を抜け殻に変えたあのスキルらしい。その前段階でザリオをボコボコにしていたのは魔法に過ぎないそうだ。
なお、スキルの詳細は教えてくれなかった。
ただ、人格排出スキルと呼ぶのはやめてくださいね、とだけ言われた。とんだ風評被害だと。
風評被害かな? 割と妥当な評価な気がするけど。
無言でそう思った俺の頬に手を触れて、アルフィリアさんはもう一度「やめてくださいね?」と言った。実は読心スキルでも持っているんじゃないかと疑うくらいの察しの良さだった。
……そんな人に、スキルのことがばれてるんだもんなぁ。
「あの、アルフィリアさん。本当にこっちに来る俺が分身の俺でよかったんですか?」
フィーネが本当に寝ていることを確認したあと、以前も確認したことを改めて確認する。
フィーネと一緒に教会に属する俺と、冒険者となって世界を旅する俺で別れたいという願いを、俺はあらかじめアルフィリアさんに相談していた。
診察スキルでスキルの有無をいつでも確認できる彼女には、そうするしかなかったというのが正しいのだけど、アルフィリアさんは俺の話を聞き、俺の思うままにすればいいと言ってくれた。
「戦力的な意味では、間違いなく本体の俺がここに来てた方がいいはずですが」
「大丈夫ですよ。それにフィーネさんもですが、わたくしはあなた方を対モンスターの戦力として使いつぶすつもりなんて毛頭ないのですから」
フィーネから手を離し、席に座り直したアルフィリアさんが真摯な眼で語った。
「たしかに、お二人のスキルは強力なものです。特にフィーネさんのそれは、対モンスターにおいて無類の殲滅力を発揮するでしょう。力を貸していただければ嬉しく思いますし、少なからず貸してもらわないといけないタイミングもあるでしょう。それは否定しません」
組織に属する以上、やるべき責務は生じる。俺もフィーネも、そこを否定するつもりはなかった。
「ですが、お二人の意思を捻じ曲げ、強制するつもりもありません。お二人は教会の中で、健やかに育ってくださればそれでいいです。そういう意味では、ここにいるのが分身であるアインさんでも問題ないのですよ」
「……はい」
嘘、ではないのだろう。
だがすべてを話してくれたという様子でもなかった。
アルフィリアさんは六聖教の信者。
正確にいうならば、始祖ハルルカンの信奉者だ。
ザリオみたいなただ教会に属しているだけの俗な思惑がある人間とは違う。本当の意味で、教会の人間なのだ。
だから――その心の奥底には、始祖ハルルカンの遺志があるはずだ。
モンスターの駆逐。聖地の奪還。
宿願を叶えられる瞬間を目の前にしたとき、彼女がどう行動に出るかは正直なところわからない。
そういう意味でも、本体は外にいるべきだと考えた。もしも教会のいざこざにフィーネが巻き込まれたとき、教会そのものから守れるのは外で力を蓄えた俺だけだ。
だからがんばれよ、本体の俺。冒険者なんて、足がかりでしかないんだからな!
とはいえ、このアルフィリアさんが俺たちにとって、庇護者であることには変わりない。悪人というわけではないのだし、できるかぎり上手く付き合っていくしかないだろう。
「しかし……これも運命というものなのでしょうね」
アルフィリアさんは俺とフィーネを熱いまなざしで見たあと、そっと自分の長い耳を撫でた。
「永く生きてきましたが、ひとつの時代に六聖のスキルが揃ったのは初めてです。これも始祖ハルルカンの思し召しなのかもしれませんね」
この人、何歳なんだ?
エルフという種族の特徴については聞けていない。前世の知識では、長命な種族のはずだが。
アルフィリアさん自身の外見は、おおよそ十八歳くらいに見えるが、外見年齢からは想像もできないくらい大人びている。
さすがに女性に向かって直接歳なんて聞けないけど、おそらく外見と実年齢は違うのだろう。
それよりも、先の発言で気になったのは。
「六聖のスキルって出揃ってるんですか?」
「そうですよ。この王国に『剣』が」
アルフィリアさんはフィーネを見て、
「教会に『槍』と『鎧』、共和国に『騎馬』と『秘薬』、そして帝国の血に『騎士団』が生まれました」
「けっこう散らばってるんですね」
「国にとっても国防の要になる存在ですから。自国で生まれれば、その時点でどんな条件を出してでも全力で囲い込むのが普通です。六聖がなくとも戦争できるのは、最大の領土と軍事力を持つ帝国くらいでしょうから」
「ええっ? じゃあさらに六聖があるなら、やばいんじゃないですか?」
「さあ、どうでしょうか。六聖の中でも、秘薬や騎士団は直接的な戦闘力という意味では低いですからね。代わりに別の部分がすさまじいのですが……ふふっ、詳細は内緒にしておきましょうか」
「なんでですか?」
「あなたには、フィーネさんをまっすぐ見ていてあげて欲しいのです」
六聖のひとつ【輝ける槍】を持つフィーネはこれから先、そういった各国のパワーバランスに巻き込まれる。それはもう避けようのない未来だ。それくらいはこの世界のことをよく知らない俺でも理解できる。
「フィーネさんがどうやって育っていくのか、どうやって自分の力と向き合っていくのか、アインさんはまっすぐ見て、そして支えてあげてください。他の六聖のことは、会ったときにでも考えればいいのです」
「そういうものですか」
「そういうものです。六聖に限った話ではありませんが、スキルというものは、それぞれに育て方というものがあるのですよ。手元でじっくり育てた方がよいものもあれば、放任した方がよい場合もあります。一人で世界を見てまわり、多くを知り、より多くを積み上げていく方が、成長という意味ではよいこともあるのですよ」
艶やかな流し目で俺を見ると、アルフィリアさんは微笑んだ。
天使のように、あるいは悪魔のように。
そして予言するように、身を乗り出して俺の耳元に顔を寄せると、そっと囁いた。
「特に――騎士団は、ね」