分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
ゼルクトの街はコルニ村より徒歩二日のところにある地方都市だ。
人口は五千人を超え、隣国と接する国境から一番近い位置にある大きな街ということもあり、立派な城壁で幾重にも囲まれている。
街から徒歩一時間ほどの場所には広大なるログレスの森が広がり、そこから採れる木材と、はびこるモンスターを討伐した際に得られる肉や部位を加工した道具を主な主産業としているため、冒険者の活動も活発となっている。
そんなゼルクトの街のなにより特徴的なシンボルが、街の前で燃え盛る巨大な白い炎だ。
食肉に向かないモンスターの死骸を燃やす、聖なる焔。
炎は朝も夜も、雨の日すら消えることなく、延々と燃え続けている。即ち、それだけの数のモンスターが、燃料として毎日くべられているという証拠であった。
絶滅領域に続くログレスの森をにらむ、戦士と冒険者の都。
それが俺の次の目的地であった。
ゼルクトの街に入るための検問を抜ければ、コルニ村とは比べものにならない人の数と活気を浴びせられる。
これでお祭りでもなんでもないというのだからすさまじい。俺がこの世界に生まれてから出会った人の数を、今日一日だけで何倍にも更新してしまうのは避けられそうにない。
と、お上りさん丸出しで立ち止まっているわけにもいかない。
俺は門番の兵士に聞いた冒険者ギルドがある場所へと足を向ける。
すぐに見えてきた大きな建物。正面にはここがギルドであることを示す剣と盾の紋章が掲げられている。
「よしっ!」
気合を入れ、中に足を踏み入れる。
今が正午ということもあり、建物の中にはあまり冒険者の姿は見られなかった。
それでも複数のいかつい顔の男たちに視線を向けられる。
皆、鎧を身につけ、剣や槍を携えている。いかにもという荒くれ者たちだ。
彼らはギルド内に併設された食堂のテーブル席に仲間同士で固まり、昼間にも関わらず酒盛りをしていた。大きな笑い声を誰にはばかることなくあげては、アルコールの入ったコップをあおり、食事をむさぼるように喰らっている。
市場の活気とは違う、ある種の異世界らしい光景に背筋が震えた。まさに夢にまで見た景色だった。
俺は荷物を背負い直し、入口から見て正面にあるカウンターに向かった。
受付にはしわのない服を身に着け、髪を丁寧に結い上げた、とても綺麗な女性が仕事をしていた。
「あの、冒険者になりたいんですけど」
「はい、ようこそ冒険者ギルドへ」
声をかけると、受付嬢のお姉さんは顔を上げて笑みを浮かべた。
一瞬、俺の姿を見てかすかに眉をひそめたが、態度には出さないようにしている。
先日、誕生日を迎えたとはいえ俺はまだ九歳だ。さすがに年齢不問とはいえ、冒険者の扉を叩くのは早いのだろう。
「冒険者になる登録をしに来ました」
もう一度、今度は間違える余地もなくそう告げる。
「かしこまりました。ではこちらにお名前の記入をお願いします」
受付嬢も理解して、カウンターの中から一枚の紙を取り出した。木を薄く切ってそのまま出したのではないかと思えるような、ゴワゴワとした紙だ。
受け取る際に端の部分がじゃっかん崩れてしまう具合で、保存にはとても向かない低品質。
つまりはこれで十分というわけなんだな。
登録自体が無料なのだし、文句はない。
「大銅貨一枚で代筆を承りますが、いかがされますか?」
受付嬢は笑顔を崩さないまま、そう提案してくれる。
なるほどね。登録自体は無料だけど、名前を書けない人は金を払わないといけない仕組みなのか。
俺は申し出を断って、近くにあったペンを手に取る。
友人と過ごした日々の中で、自分の名前くらいは書けるようになっていたからだ。
とはいえ、名前か。
アイン。それはフィーネのために旅立った、あの俺が名乗るべき名前だ。
もう二度会わないと決まったわけでもない。というか、普通に聖都に到着したら手紙をくれと言ってある。
であるのなら、俺には新しい名前が必要だな。
さらさらと紙に書き記し、俺は名乗りをあげた。
「冒険者志望のツヴァイです。どうぞよろしく!」
木製の板に俺の名前と街の名前、そして焼き印で押されたギルドの紋章。
簡単に複製できてしまうような簡素なそれが、俺が冒険者であることを示す認識票であるらしかった。魔法を使って作るみたいなのを期待していたのだが、それどころか職人の手によるものでもない、非常に手作り感あふれる感じだった。
少しがっかりである。
「それがツヴァイさんがこの街の冒険者であることを証明する認識票です。再発行にはお金がかかりますので、なくさないようにご注意ください」
「わかりました」
受け取って、大事に握りしめる。
よくよく考えてみれば、身分を証明できるものを手に入れたのはこれが初めてだ。
奴隷契約書はあったけど、厳密にはあれは母さんのものだし。
ふっふっふ。思わず笑みがこぼれてしまうな。
現代日本からの転生者として、身分証明書の重要性はよくよく理解しているつもりだ。これさえあれば、俺は自由に、とまではいかないが、ある程度の身元保証を得られる。
まさにここから俺の立身出世が始まるのだ。
「冒険者の説明は必要ですか?」
にやにやと笑っていると、受付嬢さんにそう聞かれる。
「お願いします」
「かしこまりました。それでは」
聞き逃さないように、説明に耳を傾ける。
一応、一時期冒険者をやっていたアロガンドさんから説明自体は聞いているのだが、ダブルチェックは重要だ。
「まず冒険者ですが、ランクによって受けられる依頼《クエスト》が異なります」
受付嬢さんがカウンターの中から、無地の認識票をいくつか取り出して並べる。
鉄製の物。銅製の物。銀製の物。金製の物。その四枚だ。
「上からゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアン、そして今のツヴァイさんのランクであるホワイト。これに加え、六聖教会に認められた者だけがなれるプラチナを含めた六つのランクが冒険者の階級となります」
英雄たるプラチナ。
上位のゴールド。
中堅のシルバー。
一人前のブロンズ。
見習いのアイアン。
そして、駆け出しのホワイト。
わかりやすいランク分けだ。
「上のランクに上がるには、既定の依頼回数をこなした上で、ギルド側の審査に合格する必要があります。アイアンランクに上がるには、ホワイトランクのクエストを十件受けた上で、昇格試験であるモンスターの討伐クエストを達成する必要がありますね」
受付嬢さんは、カウンターから見て右手側にある掲示板を手で指し示した。
「あちらが依頼掲示板《クエストボード》です。各種クエストが貼りだされているので、自分が受けられるものを取ってカウンターにお持ちください。依頼内容を確認の上、問題がなければクエストを受理させていただきます」
「わかりました」
「クエスト受領後は、必要となる達成条件をそろえてカウンターにお持ちください。精査の上、問題がなければクエスト達成として報酬をお渡しさせていただきます。逆にクエストが達成できなかった場合や問題が発生した場合なども、報告に来てください。然るべき対応をさせていただきます。
ホワイトランクのクエストにはありませんが、中には失敗した際の違約金が発生するクエストもありますので、クエストを選ぶ際はよくよく依頼内容を確認するようにしてください」
達成条件か。
人からの依頼であれば、その依頼人の人の署名など。
モンスターの討伐であれば、証拠となるモンスターの部位。
薬草採取などの採取系は、そのまま規定数の提出が必要となるわけだな。
「またギルドでは有料にはなりますが、治療行為をさせていただいております。怪我をした際などはお声がけください。
また、こちらも有料にはなりますが、各種講習会を開かせていただいています。クエストの失敗が続くような場合は、一度参加してみるのも手かもしれませんよ」
それは興味があるな。
どれくらいのお金がかかるのか、あとで確認しておこう。
「簡単にはなりますが、説明は以上となります。なにか質問はございますか?」
「あっと、クエストを受ける際のパーティーになるんですが」
「はい。どなたかパーティーに入れてもらえる約束をされてますか?」
「いいえ、そういうのはないんですけど」
「そうですか。討伐依頼などは一人だと大変危険ですので、可能であればパーティを組むことをギルドとしては推奨しています。複数人でなければ受けられないクエスト等もありますので、パーティーメンバーがそろっていない場合は、街の中で受けられるような簡単なクエストから始めてみるのがいいかもしれませんね」
なんとなくだが、受付嬢さんは俺を心配してくれている様子だった。遠まわしに一人で討伐依頼は受けるなと忠告してくれている。
直接的にやめろ、とは言えないんだろうな。
冒険者はすべて自己責任だ。クエストに失敗して違約金が発生しても、治療の代金が払えず借金を負う羽目になっても、ギルド側は関知しない。
先ほどの登録用紙にそう書かれていた。
俺としても、本当の意味で一人では討伐依頼を受けるつもりはない。分身と一緒にやるつもりでいる。
俺が聞きたいのはそのあたりのことなのだ。
「パーティーメンバーじゃなくて、冒険者じゃない家族や友人にクエストを手伝ってもらうことは問題ありませんか?」
「問題はありません。クエストの達成方法については、冒険者個人に委ねられていますので」
そう前置きした上で、
「ただし、その協力者の方がクエストで怪我などを負った場合、ギルド側としては責任は一切負いかねます。また参加人数に応じて支払われる形の報酬につきましても、冒険者登録をされていない方には支払うことはできません。後で登録をした場合でも、さかのぼっての支払いには応じかねますのでご注意ください」
つまりその方にも冒険者登録をしてもらった方がいいですよ、と言いたいわけだ。
わかってはいるのだが、いかんせん、俺の協力者となってくれる分身の姿形は俺そのものなのだ。二重登録扱いで登録は無理筋だ。
それを避けるには分身と二人で一緒にギルドに来ればいいが、その場合は分身体を衆目に晒すことになる。
双子と言えばばれないとは思うが、分身スキルは俺の切り札だ。安易にばれるような危険はおかせない。
手伝ってもらうこと自体は違法じゃないようだし、受注人数が増えても報酬は一律に決まっているタイプのクエストを受ければいいか。
「他にご質問はありませんか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「それでは、ツヴァイ様。これからのご活躍をお祈り申し上げます」
最後に丁寧にお辞儀をされ、登録作業が完了する。
これで俺も晴れて冒険者というわけだ。
さてさて、クエストはどんなものがあるのかな。
カウンターを立ち去ったその足で、クエストボードに向かう。
昼間ということでクエストはほとんど残っていない。残っているのは上のランクでしか受けられないような、高難易度のものばかりだった。
アロガンドさんの話では、駆け出し向けの肉体労働や清掃依頼みたいなのもあるとのことだったが、そういうのも取られたあとみたいだ。
う~ん、やっぱり朝一で来ないとダメみたいだな。
どちらにせよ、今日はクエストを受けるつもりはなかったからいいか。
クエストボードから視線を外し、先ほど受付嬢さんが言っていた講習会の情報がどこかに掲示されていないか探してみる。
ちょうどクエストボードとは反対側にも掲示板があり、そこに講習会の情報は載っていた。
薬草知識やモンスター基礎知識などの初心者向けの講習で、だいたい大銅貨が三枚ほど。討伐講習、各種武器講習などもあり、こちらは大銅貨五枚。
魔法講習なんてものも中にはあり、こちらは銀貨一枚。加えて、魔導書の持参が必要と書いてある。
う~ん。高いのか安いのか。
必要な知識を教えてくれるというのだから、お金に余裕ができたら受けてみたいが、今の懐事情では厳しいな。
他にも掲示板には、薬草やモンスター素材の買取情報なども載っていた。
クエストのついでに持ち帰れば、お金になるらしい。
一通り目を通したあと、ギルドの出口に向かう。
ひとつの目標だった冒険者登録がこんなにもすんなり終わってしまうとは。
結局、誰かに声をかけられることもなかった。初心者への洗礼みたいなのもなかったのはよかったが、少しだけ拍子抜けだ。
まあ、こんなものなのか。大事なのは明日からの活動だからな。
とりあえず、このあとはがんばって安い宿を探さないと。
食事は用意してきた保存食があるが、宿だけは取らないとどうしようもない。夜の街で野宿なんてしようものなら、殺されても文句は言えないとアロガンドさんからは忠告されている。
現在の所持金、銀貨三枚。
日本円に換算すれば、だいたい三万円ほど。
つまり、このわずか三枚の銀貨が俺にとっての生命線というわけだ。これが尽きる前に、なんとか稼ぐ手段を見つけないと、路頭をさまよう羽目になる。
街に来て冒険者になっても、ギリギリの生活は変わらない。
だけどそれを選んだのは俺自身だ。
やってやろうじゃないか。いざ冒険者生活の始まりだ!