分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第25話  相部屋

 この世界の貨幣。

 

 主に流通しているのは金貨と銀貨、そして銅貨の三種になる。

 

 このうち銅貨に関しては細分化されており、金貨と銀貨と同じ大きさである大銅貨、その半分の大きさである半銅貨、それよりさらに一回り小さい涙の形をした小粒銅貨。この三種類だ。

 

 一般的に、銅貨といえば大銅貨を指す。

 半銅貨は半貨、小粒銅貨はそのまま小粒が何枚と言われることが多い。

 

 物価の違いなどもあり、厳密にはイコールではないのだが、それぞれの貨幣を日本円に換算した場合、おおよそが以下のとおりになる。

 

 金貨 十万円

 銀貨 一万円

 大銅貨 千円

 半銅貨 五百円

 小粒銅貨 百円

 

 貨幣同士の交換レートもそのままだ。小粒五枚で、半貨と同じ価値になる。

 

 日本でいうところの十円や一円硬貨は、自治体によっては独自通貨として存在しているようだが、ゼルクトの街では流通していない。物の売買は最低でも小粒銅貨になるようにまとめ売りされるのが基本らしい。

 

 小粒銅貨一枚あれば、一人分のまずくも美味しくもない黒パンが一日分買える。

 

 この世界は原則として朝夜の二食なので、あとはこれに飲食に適した水や豆のスープをつけたとしても、一日の食費はおおむね小粒三枚を超えることはない。

 

 ただし、肉や魚、果物以外のデザートなどの嗜好品に手を出すと、食費は一気に跳ね上がる。もちろんピンキリではあるのだが、庶民が手を出せる範囲でも、一食で大銅貨は覚悟しないといけないだろう。

 

 三人家族とした場合、一日の食費はおおよそ大銅貨一枚。月に換算すると銀貨三枚の計算になる。

 

 持ち家がなければ、家賃の支払いも生じる。これが大体、銀貨三、四枚。

 

 忘れてはいけないのが税金だ。これも銀貨が飛んでいく。

 服の保全やたまの贅沢、そして今後のための貯蓄などもあわせれば。

 

 合計で銀貨十枚。金貨にすれば一枚。

 

 これが街で暮らす庶民のひと月分の生活費であり、おおよそお父さんが一か月で稼いでくる給料となる。

 

 金貨一枚をどれだけ超えるか、もしくは下回るかで、稼ぎの良し悪しが決まる。

 

 これが俺の教えてもらった地方都市の貨幣価値だった。

 

 これを踏まえた上で、俺の全財産である銀貨三枚。

 

 一人であることを考えれば、一か月近い生活費にはなると思うかもしれないが、俺の場合、宿に泊まらなければ街では生きていけない。そして当然のことながら、賃貸暮らしよりも宿の方が遥かに高くつく。

 

 根無し草の銀貨三枚というのは、一か月分の生活費にはまったくもって足りていないのだ。

 

 そう考えれば、宿の選定は重要だ。

 

 この費用をどれだけ節約できるかで、街に滞在できる期間が決まるといっても過言ではない。

 

 騙されないためにも、いくつかの宿を回って相場を知らなければならない。

 

 そんなわけで、街で冒険者登録をしたあと、俺がまず始めたのが宿探しであり、宿巡りなのだった。

 

 

 

 

 

 街の探索もかねて、分身と手分けしていくつかの宿を巡った結果、ゼルクトの街にある冒険者向けの宿屋のだいたいの相場が判明した。

 

 まず大部屋での雑魚寝。これが大銅貨一枚か二枚。

 

 マジで本当になにもない大きな部屋で、勝手に雑魚寝するだけの最低限の宿。当たり前だが他の宿泊客もいる大部屋なので、プライバシーというものは存在しない。

 

 防犯面でもこれはさすがに無理だ。泊っている客層も、なにかあっても自分の身ひとつでどうにかなりそうな成人男性ばかりだった。

 

 盗られて困るようなものは俺もそんなに持っているわけではないが、ここで一晩過ごして朝を迎えたら、持っているものを全部盗まれていそうである。なんなら命も取られかねない怖さがあった。

 

 次に相部屋。これが大銅貨三枚から四枚。

 

 二人から四人ほどの、あらかじめ決まっている人数で一部屋を使うタイプ。

 使用人数が少ないほど値段が高くなる傾向だが、二人で使用する場合でも大銅貨三枚のところがあった。

 

 他人と一緒に一晩過ごすというのは大部屋での雑魚寝と変わらないが、相手がわかっているなら多少は防犯にもなるだろう。女性客の利用もあるようだ。

 

 最後に個室。これが大銅貨五枚以上。

 

 室内のグレードがどれだけ低くても、大銅貨で五枚を割るところはなかった。

 

 当たり前だが、一番過ごしやすいだろう。

 俺の場合、分身を出して警戒なりをしてもらうこともできる。身の安全だけを考えれば、個室一択だ。

 

 しかし……大銅貨五枚だ。

 

 六泊したら全財産が吹っ飛ぶことになる。

 

 これが相部屋なら、倍の十二泊まで行ける。

 冒険者として明日からどれだけ稼げるかも不透明な以上、個室は贅沢すぎるか。

 

 幸いにも、ゼルクトの街までの道中、夜でも分身を出して警戒してもらっていたのもあり、しっかりと睡眠はとれている。

 

 相部屋でなにかあって眠れなくても、明日の冒険者初日に実害はないはずだ。

 

 というわけで、夕刻の少し手前。

 俺は今日の宿を相部屋を扱っている宿屋に決めた。

 

 名前はノームの宿屋。

 

 大通りから少し外れた場所にあり、小奇麗な外観をしている。広さはそこまではなく、部屋数は十に満たないだろう。

 

 受付には、髭の似合う男店主が控えていた。

 

「すみません。一泊したいんですけど」

 

「一人だけか?」

 

「はい、俺一人です」

 

「そうか。まあ、いいか」

 

 店主は幼い子供一人というところにじゃっかんの引っ掛かりを覚えたようだが、宿の帳簿を開いてみせた。

 

「うちは相部屋専門だ。一人で泊まるなら、他人と一晩過ごしてもらわにゃあかん。それは構わないか?」

 

「大丈夫です。……やばい人と一緒にはなりませんよね?」

 

「なにをもってやばいというかはあれだが、まあ、多少は配慮をしとる。できるかぎり同年代、同性になるようにな」

 

 それもそうか。宿側としても問題は起こして欲しくない。

 あとこの言い方からして、まだ誰と相部屋になるかは決まってないようだ。

 

「しかし、そう上手いこと相性のよい組み合わせになるとは限らんからな。そうなったら、あとは自己責任ということで」

 

「わかりました」

 

 男なので、貞操的な意味では問題ないだろう。

 

「子供は男女問わず性的に狙われやすいから、防犯対策はしっかりとな」

 

「嘘ですよね?」

 

 店主はなにも言わなかった。マジかよ。

 

 ど、どうする? 今からでも個室の宿屋に変更するか?

 

「泊まるか?」

 

「……お願い、します」

 

「はいよ。それじゃあ、記帳に名前を書いて、銅貨三枚を先払いで頼むよ。ああ、名前が書けなければ無料で代筆するが」

 

「大丈夫です。書けます」

 

 本当にフィーネ先生に教えてもらっていてよかった。村では皆無だったが、街ではそれなりにサインすることが多い。

 

 宿泊費を前払いで支払う。これで全財産は銀貨二枚と大銅貨七枚。

 

「食事はついてないから、近くの店で食べておくといい。ああ、飲み水だけは部屋に用意してある。水差しに入っている分は無料だが、二人分だから一人で飲まんようにな。あと半貨一枚でお湯をわかして持って行ってやるがどうするね?」

 

「お湯か」

 

 肌寒い季節になりつつあるが、二日歩き続けてそれなりに汚れているし汗もかいている。身体を拭きたい気持ちはあるが、半貨一枚。燃料を使って沸かす以上、妥当な値段ではあるが。

 

「遠慮しておきます」

 

「そうかい。儂がここにいる間は用意できるから、あとで欲しくなったら言っとくれ」

 

「わかりました」

 

「部屋は階段を上がって一番奥の部屋だ。それじゃあ、よい夜を」

 

「ありがとうございます」

 

 鍵のようなものはなく、部屋に案内もしてもらえなかったので、自分で歩いて部屋まで行く。

 

 ギシギシと音を立てる階段をのぼり、突きあたりの部屋へ。

 

 部屋割は一階に四部屋、二階に六部屋という構造だった。

 

 扉の前を通っていくとき、部屋の中から物音と人のしゃべり声が聞こえてきた。相部屋の宿にしては安いのもあり、防音はあまり期待できなさそうだ。

 

 自分の部屋に入ってみる。

 

 中は非常に簡素な作りだった。

 

 六畳ほどの部屋に小さな窓。内装はベッドが二つと小さなテーブルがひとつだけ。テーブルには水差しとコップが二つ、ろうそくのついてない燭台が置かれている。

 

「う~ん。実にシンプル」

 

 それ以外の感想は浮かばない。

 

 ちなみにベッドといっても、前世のようにマットや布団があったりはしない。木製の寝台の上に、申し訳程度に布が敷かれているだけである。

 

 この上に自分で持ってきた服などを敷き、かけ布団代わりにも自分の服を被る。それがこのレベルの宿の寝方のようだ。

 

 幸いにも、布は清潔で、虫も湧いていないようだった。

 

 これくらいなら全然問題ないな。

 

 ベッドに腰かけ、持っていた荷物を近くの床の上に下ろす。

 

 水を一杯もらう。外気によってそこそこ冷えている。疲れた身体に染みわたるぜ。

 

 ふぅ、と一息つき、ベッドに寝転がる。

 まだ自力で稼いだお金ではないが、自分で選び、自分の金で借りた宿というだけで、なんともいえない嬉しさが込み上げてくる。

 

 とはいえ、このあとやれることは何もない。ガラスではなく、扉によって開閉できる木製の窓の外ももう夕暮れだった。

 

 持ってきた保存食だけ食べて、さっさと眠って明日に備えるか。

 

 明日は朝早く起きて、ギルドに向かわないといけないからな。

 

 そしてクエストを最低でもひとつこなしてお金を稼ぐ。明日どれだけ稼げたかで、今後の生活を考えなければならない。

 

 明日の予定に思考をめぐらせていると、部屋の扉がノックされた。

 

「はい」

 

 身体を起こして返事をすれば、扉が開いて宿の店主が顔をのぞかせる。

 

「相方が決まったから案内してきたぞ」

 

 早いな。あと俺のときは案内してくれなかったのに、そちらは案内するのかよ。

 

 いや、二人目は案内しないと、いきなり見知らぬ人が現れることになるからトラブルになるのか。まあ、いいや。

 

「仲良くやりな」

 

 店主はそう一言だけ残し、さっさと立ち去ってしまう。

 

 代わりに開かれた扉の前に、一人の少女が姿を現す。

 

 癖のあるワインレッドの髪をのばした少女だ。

 

 年齢は十五歳手前くらいだろうか。まず目につくのが、手にもった弓と背負った矢筒。腰には剣をさげ、胸元には皮でできた布鎧をつけている。

 

 勝気につり上がった水色の瞳に、にんまりと得意気に微笑む口元。腰に手を当てて部屋の中を見回す様子は、なんとも小生意気な性格をうかがわせる。

 

「どうもはじめまして! あなたがあたしの同室相手ね!」

 

 溌溂とした声であいさつすると、少女は部屋に大股で入ってくる。

 

「あたしはセリカ! 凄腕冒険者で、未来の大英雄よ! そんなあたしと一緒の夜を過ごせるなんて、あなた運がいいわね!」

 

 うん。

 

 やっぱり、個室にすればよかったぜ。

 

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