分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第27話  冒険初日

 夜明けとともに目を覚ますと、まだセリカは眠っていた。

 熟睡だ。気持ちよさそうに眠っている。黙ってれば可愛いなこいつ。

 

 水を一杯飲んでから保存食を食べ、宿を出る支度を終える。

 

 セリカを起こす必要は……ないか。

 

 静かに部屋を出て一階におりる。

 受付にはすでに店主さんの姿があった。

 

「もう出ます」

 

「はいよ。また来てくれ」

 

 あっさりと別れ、ギルドに向かう。

 

 まだ朝も早いというのに、すでにゼルクトの街は動き始めていた。かなりの数の人が道を歩いている。中には俺と同じく、冒険者らしき格好の人もいた。

 

 ギルドに足を運べば、すでに何人もの冒険者がクエストボード前に集まっていた。

 

 クエストの貼り出しはまだのようだけど。

 

 場所取りかな。俺も遠慮せず空いている場所に立つ。そのまま待っていると、周囲から視線を感じた。

 

 目立ってしまっている。周りを軽く見回してみても、俺以外に子供の姿はない。

 

 おかしいな。スラムの子供が冒険者になることも多いって聞いてたんだけど。時期の問題か?

 

 腕っぷし自慢で大望を胸に冒険者になる者以外、冒険者を志す人間なんて、今の立場に嫌気がさした農村の次男坊三男坊だろうし。そういった人間は、収穫の時期である今、村を捨ててやってくるなんてことないだろうしな。

 

 あと秋を過ぎれば次は冬だ。

 

 冬の冒険は危険らしい。そういう理由で、冒険者になる人間は春先が多いと聞いている。俺も当初の予定はそうだったしな。

 

 スラムのことはよくわからないが、やっぱり同じように春が多いのかもしれない。

 

 ということは、しばらくは目立つのは避けられそうもないな。

 

 変に絡まれなければいいんだけど。

 

「おい」

 

 そんな風に考えていたのがフラグになったのか、隣に立っていた壮年の冒険者が声をかけてきた。

 

「見ない顔だな。新入りか?」

 

「昨日登録したばかりです。クエストはまだ」

 

 物怖じせず返答すると、軽く眉をあげられる。

 鎧姿で強面の男だ。顔や剥き出しの二の腕にはいくつもの古傷が刻まれている。子供に話しかけたらびびるとでも思っていたんだろう。

 

 怖くないとは言わないが、サイクロプスの方が怖かった。全然平気だ。

 

「ほう。本当に新入りも新入りだな」

 

 俺の返答に、男はギラリと三白眼気味の眼を光らせる。

 

 これは――ついに来るのか! 冒険者の洗礼ってやつが!

 

「クエストの貼り出しのタイミングは知ってるのか?」

 

 内心身構える俺に対し、男が口にしたのはそんな言葉だった。

 

「……知りません。なので、できるかぎり早く来ました」

 

「正解だな。もういくらかしたら貼りだされる。今にここも冒険者であふれかえることになる。なぁ?」

 

「そうですねぇ。君も突き飛ばされたり、足を踏まれないように気をつけなよ」

 

 反対側にいた冒険者も話に加わる。

 隣の男よりもいくらか年下の、冒険者というには飄々とした態度の男性だ。

 

「初心者にオススメなのはやっぱり下水道の清掃だ。きつくて臭くて本当にきついが、金は稼げる。お前、仲間は?」

 

「いません。一人だけです」

 

「じゃあ尚更清掃にした方がいい。モンスター討伐はやめときな。運が良ければ倒して帰ってこられるが、運が悪ければ死体になっても帰ってこられない」

 

「で、稼ぎは実際、モンスター一体くらいじゃ下水道の清掃と変わらないからねぇ」

 

 それだけ討伐が稼げないと言いたいのか、下水道の清掃が稼げると言いたいのか。

 

 どちらにせよ、これはアドバイスだった。

 

 俺が初めて会話した冒険者は、新人いびりの怖い人ではなく、優しいおじさんたちだった。

 

 ……そっかぁ。新人冒険者への洗礼とか、現実にはやっぱりないのかぁ。

 

 いや残念とかじゃないし。うん、朝一に来てよかった。どうやら今ここにいる人たちは、比較的真面目な冒険者という奴みたいだ。

 

「教えてくれてありがとうございます。実際にクエストの内容をよく読んで決めようと思います」

 

「おう、馬鹿丁寧な奴だな。あとクエストだが、はがすときは一枚だけにしておけよ。読めないからって、何枚も受付に持っていくと怒られる」

 

「それは大丈夫です。文字読めるので」

 

「文字が読めるの?」

 

 これまで相槌程度だった仲間の方の冒険者が興味を示す。

 

「字は書ける?」

 

「自分の名前と簡単な単語くらいなら」

 

「そっか。じゃああれだ。報告書とか書けるくらいにもしなったら、俺たち『銀の盾』に話しかけてくれ。もしかしたら割のいい仕事を振ってあげられるかもしれないから」

 

 銀の盾という名前のパーティーらしい。

 

 ていうか、文字の読み書きができるのって、街でも珍しいのか。

 

 惜しいな。結局、勉強も中途半端で終わったからな。当初の予定どおりあと半年あれば、読む方だけではなく書く方もマスターできたんだけど。

 

「ありがとうございます。そのときが来たらお時間ください」

 

「よろしく~」

 

「おう、がんばれよ」

 

 激励をもらい、そこで会話が終わる。

 その頃にはクエストボードの前には多くの冒険者が詰めかけていた。

 

 何十、下手したら百人以上いるんじゃないか?

 

 パーティー全員がここにいるとは思わないが、それでもすさまじい数だ。

 

「はーい、皆さん。クエスト貼り出しますからね! 前開けてください!」

 

 そのときギルドの職員らしき男性が、そう叫びながら紙束を持って現れる。

 

 一気にその場の熱が加速する。

 圧迫感が増し、背中から押されて転びそうになるのを必死に堪える。

 

 何人かのギルド職員が手分けして、掲示板にクエスト用紙を貼りだしていく。

 

 上の方から順番にクエストが並んでいくのを、必死に背伸びをしてすかさず目を通していく。

 

 オークの集団の討伐。他の街への護衛任務。増えたモンスターの調査。ほとんどがブロンズランク以上に向けたクエストだった。

 

 頭を上をいくつもの太い手がのびていき、クエストが次から次へと剝がされていく。隣にいた銀の盾の二人も、相談しながらクエストを決めたようだった。

 

 そうこうしているうちに、クエストが貼り終わる。

 

 俺が受けられそうなホワイトランク向けのクエストは、掲示板の下の方に並んでいた。

 

 下水道の清掃。ペットの捜索依頼。ログレス平原か森でのモンスター討伐依頼。他には肉体労働の仕事がいくつか。

 

 討伐も上のランクの物とは違い、モンスターの指定はなかった。とにかく、平原か森でモンスターを狩って来ればいい、というクエストだ。

 

 成功報酬は大銅貨一枚。ただし、討伐したモンスターによって追加報酬あり。一体あたり、大体が大銅貨二枚。

 

 下水道の清掃は大銅貨四枚。拘束時間は半日。

 

 ペットの捜索依頼は銀貨二枚。ただし拘束時間は未知数で、そもそも見つからない可能性の方が高そうだ。

 

 たしかに銀の盾の人たちが言っていたように、下水道の清掃の方が駆け出し向けのようだった。本当に大変なんだと思うが、討伐と違って命の危険がほとんどない。

 

 ホワイトランク向けの依頼の種類は、合計でたった七枚だけ。ただ、一枚あたりの参加人数の上限が結構ある。討伐依頼に至っては、そもそも上限が設けられておらず、同じクエストが何枚も貼られている。

 

 さてどうするか。

 

 下水道の清掃でも、昨日と同じように相部屋に泊ることができるし、その上で大銅貨一枚分の利益が残る。

 

 いや、保存食もそんなにあるわけではないし、そうなったときは食費がここにプラスされることを考えると、残るのは半貨一枚ちょいくらいか。

 

 最低限、暮らしてはいける。けれど、この先を考えるとダメだな。

 

 やってみようか。モンスターの討伐。

 

 俺は討伐依頼のクエストを一枚はがし、カウンターに足を向ける。

 

「あ!」

 

 すると入口から慌てた様子でやってきた、赤髪の少女と目が合った。

 

 セリカだ。寝癖でぴょんぴょん跳ねた髪を揺らしながら、俺に近づいてくる。

 

「ちょっとツヴァイ。なんで起こしてくれなかったのよ」

 

「? なんで俺が起こさないといけないんだ?」

 

「相部屋なのよ。普通起こすでしょ。お陰で遅くなっちゃったじゃない。ご飯を食べる時間もなかったし」

 

「それこそ自己責任だろ。俺はセリカの親でも友達でもないんだぞ。頼まれてもないのに、世話なんて焼くわけがないだろ」

 

「の、残り湯あげたじゃない」

 

「それならもし今度一緒の部屋で泊ったら、半貨一枚くれ。そうしたら朝、責任をもって起こしてやるよ」

 

「……さすがにそれは高いわよ」

 

 話しているうちに、自分の理不尽さに気づいたのか、セリカの言葉尻が弱くなっていく。

 

「そうよね。ツヴァイはただ宿の部屋が一緒だったってだけなんだし、甘えようとしたあたしが間違ってた。変なこと言って悪かったわね。ごめんなさい」 

 

「いいよ別に。クエストを受けに来たんだろ? なくなる前に選んで来いよ」

 

「うん、そうするわ」

 

 セリカはクエストボードの方へ向かう。

 

 やれやれ、良くも悪くも子供みたいな奴だ。いや、子供か。

 

 俺は今度こそ受付に向かう。

 

 受付にも冒険者が集まっていたが、昨日とは違って受付嬢は何人もいてそれを捌いていた。

 

 昨日と同じ受付嬢さんがいたので、その人のところへ向かう。

 

「おはようございます。このクエストをお願いします」

 

「はい、おはようございます。拝見しますね」

 

 俺が渡したクエストを受け取って、受付嬢さんは内容に目を通す。

 

 そのあとで、微笑のまま俺を見た。

 

「こちらはモンスターの討伐依頼になりますが、内容にお間違いはありませんでしたか?」

 

「はい、間違いないです」

 

「そうですか」

 

 そこで受付嬢さんは笑みを初めて消した。周囲を軽く見回してから、小声で話しかけてくる。

 

「ツヴァイさん。一人でのモンスターの討伐は大変危険です。攻撃を受ければ命を落とすかもしれませんし、そうでなくとも怪我をします。それをわかっていますか?」

 

 当たり前のことを忠告される。

 

 きっと、この当たり前を無自覚に失念している子供の駆け出し冒険者が多いのだろう。そして、そのまま帰ってこなかった冒険者も。

 

 優しい忠告だった。銀の盾の人といい、結構いい人が多いじゃないか。

 

「心配してくれてありがとうございます。でも俺、大丈夫です。前にもモンスターと戦ったことがありますし、そのときに嫌というほどモンスターの強さと現実って奴を理解しましたから」

 

 なにせ殺される一歩手前までいったからな。万にひとつあのまま命だけは助かったとしても、あの怪我では普通の生活は送れなかったって感じの大怪我だった。

 

 モンスターとの戦いはそういう危険を常に孕んでいる。一人なら尚更だ。

 

 俺の場合は分身がいるから厳密には一人ではないのだが、それでもまたサイクロプスと出会った場合、分身と二人がかりでも勝利は難しい。ちゃんとした剣があっても、まるで歯が立たなかったのだから。

 

 それでも逃げるくらいはできるだろう。分身スキルがあればね。

 

「……わかりました。クエストを受諾します」

 

 心配そうな視線を残しながらも、受付嬢さんはクエストを受諾してくれた。クエスト用紙に、判子を押してサインを入れる。

 

 レミという名前らしい。覚えておこう。

 

「こちらの用紙があれば、南の門を通ることができます。その先がログレス平原です」

 

「あ、俺、森の方に行くつもりです」

 

「……奇襲に気を付けてくださいね。ログレスの森は街道を沿って歩いていけばつきます。森の入り口には監視小屋があり、そこにギルドの職員がいるので、そちらの方にこちらのクエスト用紙を見せてください」

 

「わかりました」

 

「それでは、ツヴァイさんのお帰りをお待ちしております。お気を付けて」

 

「はい、無事に帰ってきます」

 

 クエスト用紙を受け取る。

 

 さあ、それじゃあ気合を入れてやってやりますかね。

 

 そう思った矢先、また赤毛の少女が視界に映る。クエストボードの前でむむむと眉をひそめて悩んでいるようだ。

 

 ……仕方ないなぁ。

 

「セリカ。なにを悩んでるんだ?」

 

「あ、ツヴァイ」

 

 セリカはクエストを指さして、

 

「たぶんこれがホワイトランクのクエストだと思うんだけど、討伐依頼ってどれなのかしら? あなた、受付の人に聞いたりした?」

 

 どうやらセリカは文字が読めないらしい。

 

 昨日どこかの村の出身とか言ってたしな。識字率はコルニ村と変わらないらしい。

 

「モンスターの討伐依頼はこれだよ」

 

「そうなの? なにを討伐すればいいのかしら?」

 

「ログレス平原かログレスの森にいるモンスターならなんでもいいって。報酬が大銅貨一枚。それに加えて、倒したモンスターの数一体につき大銅貨二枚が報酬に追加されるって書いてある。大物ならさらに追加分ありだな」

 

「もしかして、ツヴァイ。文字が読めるの?」

 

「一応。完璧じゃないけど」

 

「そ、そうなんだ。ふ~ん。まあ、あたしも自分の名前は読めるけどね」

 

 なにそのライバル心?

 

「じゃあ教えてもらってもいいかしら? あたし的にはやっぱり最初なんだし、ゴブリン退治とかがいいんだけど、そういうのはない?」

 

「ないな。そういうのはもっと上のランクに行かないとないみたいだ」

 

 よくよく考えてみれば当たり前の話で、モンスターを指定しての討伐依頼ということは、あらかじめ被害が出て誰かから依頼されたか、あるいは前段階で調査が入っているということになる。

 

 ホワイトランクのそれとは違い、すでにお金が発生しているのである。そりゃ討伐に確実性も求められるし、上のランクの仕事になるというものだ。

 

「それじゃあしょうがない。これにするわ」

 

 セリカは俺と同じクエストを手に取る。

 

「ツヴァイはどんな依頼を受けたの? 下水道の清掃?」

 

「それ有名なんだな。俺もセリカと同じモンスターの討伐依頼だ」

 

「あれ? もしかして、一緒にクエストを受けたい感じ?」

 

 いやそんなことはまったく考えてませんでしたが。

 

「でも残念! あたしはね、あの冒険王ベイスンみたいに一人で冒険をして英雄になるの! 仲間は募集してないわ! 期待させて悪かったわね!」

 

 なんだろう? 告白してないのに振られた気分だった。

 

 ていうか、仲間いないのか。こいつ大丈夫か?

 

「それじゃあ、あたし受付してくるわね!」

 

 セリカは弾む足取りで受付に向かう。レミさんのカウンターだった。

 

 あの危なっかしい少女を、レミさんが少しでも説得できるように祈っておこう。

 

 無理だと思うけどな。

 

 

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