分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第2話  おやすみなさい

 分身スキルを手に入れて初めにしたことは、仕事を分身に任せて休むことだった。

 

 体力の限界を迎えていた俺には、とにもかくにも休養が必要だ。

 

 倒れても誰も仕事を代わってくれないし、かといってさぼれば飯抜きだ。

 いや、さぼろうとすれば普通に殴り飛ばされ、無理やりにでも仕事をさせられるか。それが俺という農奴の扱いだ。

 

 けれど、今の俺には分身――もう一人の俺がいる。

 

「分身の俺。俺の代わりに仕事に出てくれ」

 

「ま、そうなるよな」

 

 分身体は肩をすくめて頷いた。

 

 こいつはもう一人の俺だ。

 俺と同じ記憶と知識を持っていて、俺と同じ考えを持っている。

 

 それでいて、独立して思考し、動くことができる。

 

「働かないと飯をもらえないから、俺か本体、どっちかは働かないといけない。けどこれ以上働けば、俺たちは普通に倒れて死にかねない。となれば、分身体の俺が働くしかないよな」

 

「そうだ」

 

 手を例の忍者っぽいポーズに組む。

 

 すると分身体が、ろうそくの火が消えるようにふっと掻き消える。

 

「分身の術」

 

 もう一度念じれば、目の前に音もなく現れる。

 

 姿形は俺そっくりだが、普通の人間じゃない証拠だった。

 

「分身体に死の概念はない。いや、死んでも消えるだけか。なら悪いが、死にかねない状況では辛い仕事の方を任させてもらうぞ」

 

「任せろよ、本体。ぶっちゃけ俺も労働は嫌だけど、やるしかないからな」

 

 分身といえど俺なのだ。働きたくなんてないだろう。

 

 それでも働かないといけないなら、働くべきは分身体の自分。そう合理的に考えることが俺にはできたし、なんとしても生き残るという目的のためなら我慢はできる。

 

 実際、昨夜も似たようなことはあった。

 

 分身スキルを使った直後のことだ。

 

 村人が近づいてきたのだが、俺はとっさに分身体を消すことができなかった。

 

 二人してなぜか慌てて近くの茂みに隠れてしまい、たまたま村側にいた分身体の方が見つかってしまう。

 

「なんだ。生きてたのか。死んでたら俺が全部食べられたのにな」

 

 まさかもう一人俺がいるなんて想像もしていないのだろう。

 隠れている本体の俺に気づくことなく、農奴の一人であるその大人は、手に持っていた木の器を乱暴に分身体の胸に押し付けてきた。

 

「途中で倒れたからな。その分、量は減らしておいたぞ」

 

「……わかってるよ」

 

 分身体が食事を受け取る。

 男はふんっ、と鼻を鳴らして去っていった。

 

 完全に見えなくなったあと、茂みから出る。

 

「もういろいろと隠すつもりもないみたいだな」

 

「あからさまに邪魔者扱いだ。泣けてくるぜ」

 

 分身と二人でぼやきあう。

 

 不思議な感覚だ。会話をしているのか、独り言をつぶやいているのか、どっちなんだろこれ。

 

 まあ、目の前に人がいるという意味では、ついつい声が出てしまうのはしょうがない。

 

「ほら、本体。食べろよ」

 

 分身が器を差し出してきた。

 

 いつもより量の少ない粥。けれど腹が空いて死にそうになっている俺には、決して無駄にできない栄養だった。

 

 ぐー、と腹から音が鳴る。

 

 同じタイミングで、分身体の腹からも音が鳴る。

 

「分けようなんて考えるなよ。これはお前ひとりで食べるんだ」

 

 俺がなにかを言う前に、分身はそう言った。

 

「わかってるって」

 

「ああ、わかってるよな。俺なんだから」

 

「それでもなんか心苦しいから、一度消すな」

 

「了解」

 

 器を置いて、忍者のポーズ。分身体が消える。

 

 分身スキルの使い方が自然とわかったように、その能力についてもある程度は把握できていた。すなわち、分身体は自由に消したり出したりすることができる。

 

 一人に戻ったところで、食事をかきこむ。

 

 まったくもって足らないが、それでも多少はおなかが膨れた。

 

「分身の術」

 

 もう一度分身スキルを使う。

 現れるもう一人の俺。そのお腹はもう鳴っていない。

 

 分身スキルで呼び出される分身体は、そのときの本体の状態を参照する。

 

 つまり俺がお腹を空かした状態で喚び出せば、分身体もお腹が空いているし、俺がお腹を満たした状態で喚び出せば、分身体もお腹が膨れているのである。

 

 だから、すべてにおいて優先すべきは本体の俺だ。

 

 その考えのもと、体力回復のためにすぐ眠った俺は、翌朝もう一度スキルを使って分身を作り、畑仕事に送り出したのだった。

 

「頼むぞ、俺」

 

 小さくも頼もしい背中を見送ってから、俺は村近くの森に忍び込んだ。

 

 村の一部から直接入ることのできる森は、具体的な広さは知らないが、木々がうっそうと茂っており、出口を見通せない程度には広い。

 

 浅い部分は村の農奴じゃない子供たちの遊び場にもなっているが、奥の方は村人たちも滅多に足を踏み入れない。

 

 なんでも昔、この森で何人もの村人がモンスターに喰い殺されたらしい。

 

 うん、モンスター。この世界、普通にモンスターがいるんだよな。

 

 俺自身はまだ見たことないので、この村の近くではめったに出ないのだろうが、それでも危ないからと、森の奥にはほとんど村人は近寄らない。

 

 ここなら休んでいても見つかることはないだろう。

 

 見つかったらやばいのはモンスターよりも村人の方だ。

 なにせこの森、本来は農奴立ち入り禁止だからな。

 

 以前、森に逃げようとした奴がいたのだ。

 

 村の中に姿が見えなかったので森も捜索され、結局、見つかってしまったその農奴はきついお仕置きを受けた。

 

 村社会と農奴の人権のなさをなめてはいけない。ガチの拷問みたいなやつだ。

 

 見せしめのため、他の農奴と一緒に一部始終を見届けさせられ、ろくでもない現実というものを嫌というほど理解させられたのはまだ記憶に新しい。

 

 けど俺の場合、分身が畑にいてまじめに仕事をしているわけだ。

 森に入るところさえ見つからなければ、誰も探しになんて来ないだろう。

 

 分身ががんばってくれてる間に体力を回復させる。

 

 普通に動けるようになったら、そのあとは……どうするべきか。

 

 この先やるべきこと。

 

 最終目的は、この世界で幸せになることだ。

 

 なにをもって幸せというかは諸説あるが、少なくとも整った衣食住は欠かせないだろう。

 

 そのためには、個人所有の許されていない農奴のままじゃダメだ。

 

 農奴から解放されるには、当然、お金がいる。

 もしかしたらお金以外にも必要なものはあるかもしれないが、とにもかくにも最初は金だ。

 

 となれば、ここはあれだろう。

 

 異世界転生のお約束。冒険者になってモンスター退治だ。

 

 農奴の一人に聞いたことがある。

 

 他に比べて身体の大きかったその男は、街の方で冒険者をやっていたという。

 

 しかしモンスターとの戦いで怪我をして、治すために全財産を使ったら、今度は武器を買いなおすお金が足りなくなって借金を背負う羽目に。そのあとも上手くいかず、結果として奴隷に落ちてしまったのだとか。

 

 そこを偶々村長に買われて、この村にやってきたとのことだった。

 

 あからさまな転落人生だが、それでも生まれたときから農奴の俺よりは自分の方が偉いと思っていたらしい。適当にすごいすごいとおだてれば、いろいろと教えてくれたものだった。

 

 何気に一番仲がよかった相手といえるかもしれない。

 去年の冬に病気を拗らせて亡くなったけどな。

 

 元冒険者の男曰く、冒険者というのは一攫千金を目指す若者たちが、こぞってなり

たがる夢の職業らしい。

 

 冒険者になるのに身分といった条件はなく、必要なのは腕っぷしだけ。

 

 上手いこと冒険者の中で上り詰めていけば、金と名声と美人なお嫁さんを手に入れることができる。

 

 代わりに、失敗すればご覧のとおり。

 

 ちなみに年齢制限とかもないらしい。

 

 街のスラムのガキが冒険者登録をしては、次の日にはモンスターに殺されてよく死んでたぜ、とガラの悪い笑みを浮かべて脅かされたものだった。

 

 それに対して、俺は田舎の村の農奴じゃなくて、せめて街のスラムの子供に生まれたかったと返した。なにせ命をかけることになったとしても、成り上がりのチャンス自体はあるってことなんだからな。俺よりはよっぽどマシだと思ったものだった。

 

 当時はそんな風にふてくされたが、俺にもチャンスが巡ってきた。

 

 分身スキルを手に入れて、農奴の立場では本来手に入れることのできない、まとまった自由時間を手に入れることができた。

 

 なにもできない状況から、少しだけとはいえ、動き出せる状況を作れたのだ。

 

 できる。

 

 分身スキルがあれば、成りあがることができる。

 

 そのためにも、スキルを授かったことは隠さないといけない。

 

 分身スキルは、他のスキル同様にいくつかの制限こそあるものの、かなりの強スキルだ。

 

 軽く考えただけでも、有効な使い方がごまんと思い浮かぶ。

 

 だからこのスキルを開示すれば、あるいは農奴という立場からは解放してもらえるかもしれない。

 

 けれどその先で待っているのは、村長、あるいはその上の立場にいる人間の元での飼い殺しだ。

 

 俺はきっと、死ぬまで便利に使われ続ける道具になることだろう。

 

 結局は奴隷のままだ。そこに自由はない。

 

 スキルを授かったことはばれてはいけない。

 分身スキルを隠したまま、俺は俺を解放してみせる。

 

 だからまあ、今は未来にそなえて休むとしよう。

 

 これまでの酷使がたたったのか、木の根元に身体を預けて目を閉じれば、すぐに眠気が襲ってきた。人や獣の接近を警戒しないといけないのだが、どうにも我慢できそうにない。

 

 …………すぴー。

 

 

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