分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第32話  運命の魔導書

 結局、俺は魔導図書館で一日を過ごしてしまった。

 

「そんな感じで、魔法の習得はすごく難しそうだ」

 

「それは大変だったわね」

 

 夜になり、大変だったという話をセリカにしたのだが、彼女は俺の苦労を笑いつつも、他の話題よりも目を輝かせて身を乗り出してきた。

 

「でも魔法! いいわよね! あたしも冒険王ベイスンの片腕だった魔導師ベルフェゴのように、いつか必ず魔法を習得してみせるわ!」

 

「やっぱりセリカも魔法には憧れてるんだな」

 

「そりゃあね。冒険者として上り詰めていくなら、奥の手のひとつやふたつは用意しておかないといけないもの」

 

 実際、同期組から教えてもらった話では、冒険者でも上のランク帯の人間には魔導師もいるし、そうじゃない冒険者も魔法をひとつ切り札として覚えている者はいるとの話だった。

 

 装備を向上させていくのとは別のベクトルで、やはり戦いを生業にする者にとって、魔法を習得するというのはひとつの正解なのだった。

 

「金と時間が許せば、また魔導図書館に行こうかな。あれだったら、セリカも一緒に行くか? 占いで男女一緒だと割引があってさ」

 

「あなたねぇ、忘れたの? あたし、文字が読めないんだけど」

 

「あ、そっか。悪い悪い」

 

 半眼でにらんでくるセリカに、軽く謝る。

 奴隷だった俺が読めるなら、ついつい周りもそうだと思っちゃうんだよな。

 

 けど魔導図書館に一日入り浸って、明確にプラスになったと思う点は、俺の文章力が向上したことだろう。

 

 文章を読めはするけど、それを文字に出力しようとすると、知っている単語を無理やりつなげたようなガタガタの文章しか書けなかった俺だが、今まで触れてこなかった形式の本に触れ、なんとなくどういう場面でどういう接続詞を使えばいいのかがわかるようになった。

 

 読んだラインナップから、じゃっかんポエミーな文章になっているかもしれないが、文字の読み書きの上達という意味では、今日という一日は間違いなく意味があった。

 

「まったく、ツヴァイもこの街じゃなくて村の出身なんでしょ? よく文字なんて読めるわよね。あなたのいた村ではそれが普通だったの? それとも、もしかして村長とか豪農の家だったり?」

 

「どっちも違う。偶々近くに文字の読み書きができる子がいて、その子が先生として優秀だっただけだよ」

 

「どちらにせよ、うらやましいわ。あたしが魔法を習得できる日は、ツヴァイ以上に遠そうだもの。でも、あなたほどお金はかからないかもね」

 

「どういうことだ?」

 

 意味が分からず聞き返すと、セリカはにんまりと笑い、自分の荷物に手を伸ばした。

 

「仕方ないわね! そこまで知りたいなら教えてあげる!」

 

 荷物を漁ると、カバンの奥から一冊の古ぼけた本を取り出した。

 

「じゃじゃーん! これこそが、あたしが将来習得する最強魔法の魔導書よ!」

 

「おお! セリカ、魔導書を持ってたのか!」

 

 これは予想外。魔導書という奴は高い買い物だ。まさか冒険者になる前は普通の村人だったセリカが持ってるなんて。

 

「ふっふっふ。実は亡くなったあたしのおじいちゃんが昔、冒険者をやっててね。この魔導書は、そのおじいちゃんが遺したものなのよ」

 

「家族が生前すごく大事にしてた魔導書って奴か。まさに運命的なめぐり逢いって奴だな」

 

「ああいや、大事にしてたかどうかで言うと微妙なんだけど」

 

 得意気な顔から一転、セリカは目を泳がせる。

 

「……お母さんが焚火で燃やそうとしてたのを、あたしが慌てて回収したやつだし」

 

「それって……」

 

 魔導書は高い。それは事実だ。けれど中には安く手に入れられる物もある。

 

 いわゆる、産廃魔法の魔導書という奴だ。

 

 魔法というものは本当にピンキリで、最強格の魔法は下手なスキルよりも強力だが、逆に使い道がなかったりする魔法も存在している。

 

 なんでこんな魔法が生まれたんだ? しかも魔導書を書いてまで残したんだ? もしかして、後世に向けた一世一代のギャグなのか? みたいな物もあったりするのだ。

 

 そよ風を起こす魔法とか。泥団子を綺麗にする魔法とか。家の頑固な汚れを取り除くだけの光を放つ魔法だとか。

 

 いや、最後のは便利か。時間を費やしてまで覚えたいかと言われたら否だが。

 

 家宝だったとか、そうでなくとも大事に保管されていたとかではなく、ゴミみたいに捨てられそうになっていたとすれば、そういった魔導書の可能性が高くなる。

 

「セリカ。その魔導書がなんの魔法のものか確認しようか?」

 

「だ、ダメよ!」

 

 セリカは俺の視線から魔導書を隠す。

 

「これはね、あたしの運命の魔導書なの! 文字の読み書きを覚えるための最強のモチベーションなのよ! 万が一の可能性もあるんだから、あたしに残酷な現実を見せようとしないで!」

 

 その態度はもう、セリカも信じてないって言ってるようなものなんだよ。

 

「そうよ。きっと、これにはすごい魔法が込められているの。魔導師ベルフェゴが作中で使ってる『超波(オメガバースト)』とかなのよきっと」

 

 自分に言い聞かせるようにぶつぶつとつぶやくセリカを苦笑いで見ていると、ふとその魔導書の内容というより、彼女の口にする人物について興味を抱いた。

 

「セリカがいつも言ってる冒険王ベイスンなんだけど、もしかしてその魔導書に出てくる登場人物だったりする?」

 

「えっ? そうだけど、よくわかったわね」

 

「まあな。物語仕立ての魔導書も結構あったから」

 

「そうなのね。でも冒険王ベイスンは創作の登場人物じゃないわ。実在した過去の偉人なのよ」

 

「読めないのにそんなことわかるのか?」

 

「たしかにあたしは読めないけど、まったく内容を知らないわけでもないんだから」

 

 セリカは魔導書を膝の上に置き、ぱらぱらとめくる。

 

「おじいちゃんがね、昔読んでくれたのよ。この本に記された、冒険王ベイスンの物語を。手に汗握る悪魔との戦い、右腕だった魔導師ベルフェゴの策略、そして涙なしでは語れないその最後……どれひとつとっても、すごい冒険なんだから」

 

「へえ、楽しそうなお話だな。そんな物語を読める上に魔法まで習得できるんなら、本当にすごい魔導書なのかもな」

 

「そうなのよ。すごい魔導書なの! おじいちゃんもこの魔導書を読んで、魔法を覚えたって言ってたんだから!」

 

「どんな魔法を?」

 

「……最後まで教えてくれなかったけど」

 

 それはつまりそういうことなのでは?

 

「しかし、そうか。そういうお金の稼ぎ方もあるのか」

 

 セリカの魔導書の悲しき真実はともかく、今までのやりとりで思いついたことがあった。

 

 冒険者には魔法の需要があり、魔法を覚えるには魔導書を読むだけの読解力が必要不可欠。

 

「セリカ。もし……そうだな、一日大銅貨三枚で文字の読み書きを教えてもらえるってなったら、お金を払うか?」

 

「え? そうね。それくらいなら、授業料として支払ってもいいかもね。文字が読めたら魔導書を読む以外にも便利だし。……なに? もしかして、文字の読み方を教えてくれるの?」

 

「ただの思い付きだから、どうしようかな。やるにしても、今日みたいに休養日限定の開催になるだろうけど」

 

 他の初心者講習に興味を示さないセリカがこの反応なら、他の冒険者の食いつきもいいかもしれない。

 

 ただ、他の講習と同じように大銅貨三枚の授業料で開催するとなると、最低でも四人は生徒が集まらなければ討伐の稼ぎよりも低くなるので、どうがんばっても副業にしかならないだろうけど。

 

「ふ~ん。でももし開催するってなったら、あたしに声をかけなさいよね」

 

「参加してくれるのか?」

 

「ううん、そのときはツヴァイ先生の練習台になってあげるわ。授業料は、ご飯一食奢りってところでどうかしら?」

 

「ちゃっかりしてるなぁ」

 

 でも本当にそうなったら、そういう練習も必要かもな。

 

 そんな感じで討伐以外の金稼ぎの方法を模索しつつ、セリカとお互いどんな魔法を覚えたいのか、最強の魔法はなんなのか、そんな話をしながら平和な夜を過ごすのだった。

 

 ところで。

 

「セリカがソロなのって、一人で冒険してた冒険王ベイスンの影響なんだよな?」

 

「そうよ」

 

「でも冒険王ベイスンには片腕の魔導師ベルフェゴがいて、一緒に冒険してるんだよな?」

 

「……そうよ」

 

「矛盾してね?」

 

「……そういえば」

 

「孫に聞かせる寝物語だし、たぶんセリカのおじいちゃん自身の自慢話が混ざってたんだろうなぁ」

 

「な、なにが言いたいのよ?」

 

「いやぁ、冒険王ベイスンって実在したのかと。他で聞いたことないし」

 

 セリカはふて寝した。

 

 ごめんって。つい気になったから。

 

 いるいる。いるよ、冒険王ベイスンは。

 

 セリカの心の中に。

 

 あるいはその魔導書に答えは記されているのだろうが、セリカがそれを知ることができるのは、もう少し先の話になりそうだった。

 

 

 

 

 

「ツヴァイさん。文字の読み書き講習を計画しているというのは本当ですか?」

 

 翌日のクエスト帰り。

 

 セリカが世間話として、あるいは俺に対する愚痴として話したのか、レミさんからそんな風に呼び止められた。

 

「主に読む方だけですけど、なにかまずかったですか?」

 

「いいえ、逆です。講師をやっていただけると、ギルドとしても助かるんですよ」

 

 レミさんに掲示板へ連れていかれて、そこに貼られていたある講習を指さす。

 

 魔法講習。ギルドにやって来た初日に見た、銀貨一枚と他の講習よりも授業料の高い講習だった。

 

「この魔法講習、実際のところは文字を読む方法を学ぶ講習みたいなものなんです。冒険者の方が文字を読めるようになりたいのは、ほとんどが魔法の習得のために魔導書を読めるようになりたいからという理由なので」

 

「なるほど、そうだったんですね」

 

 魔導書を読むのがまず魔法習得の第一歩なので、たしかに魔法講習といっても過言ではないか。

 

「ツヴァイさんは他の講習に参加したことがあるので知っていると思うのですが、基本的にこういった講習は現役の冒険者の方が講師を担当してくださっています。ただやはり、魔法を扱えるような方は高位の冒険者なので、多くの方からの希望に反してなかなか開催することができておらず」

 

「それくらいの冒険者なら、講師になるより普通にクエスト受けた方が稼げますもんね」

 

「はい。なので代わりにギルド職員が、持ち回りで休日返上して代理の講師をしているというのが実情なのです」

 

「あらら」

 

 それは大変だ。

 

「ツヴァイさん。実は私、ギルド職員としてはまだ新人に近い立場でして」

 

 レミさんが姿勢を正し、真剣な顔でそう続けた。

 

「そういう誰もやりたがらない仕事は、新人がやらされがちですもんね」

 

「ええはい、ご理解いただけているようでなによりです」

 

 レミさんが新人なのは察していた。

 

 年齢的に若いというのもあるのだが、冒険者への態度がまさに新人といった感じなのだ。

 

 他のギルド職員さんは、もっとこう塩対応というか、一線を引いているというか、割り切って接しているのがわかる感じなのである。少なくとも冒険者の心配なんてしてこない。

 

 そうでなければきっと、いつ死んでもおかしくない冒険者の対応なんて精神的にやってられないのだろう。

 

 だけどレミさんにはそれがない。俺みたいな子供の冒険者に、こうやって親身になってくれている時点で、まだ色々と割り切れていないのが見ててわかりやすかった。

 

「どうですか? ツヴァイさんが講師の仕事を引き受けてくださると、私としても非常に助かるのですが」

 

「う~ん。この講義、一回で何人くらいを相手にしてるんですか?」

 

「受講料が高いだけはあり、一対一で付きっ切りの場合が多いですね。慣れている方とかですと、三人くらい担当していますが」

 

「レミさんも知ってのとおり、一対一で教えるとなると、討伐任務より稼ぎが減るんですよね。ていうか、授業料の一部はギルド行きでしょ? これ」

 

「一割ほど。ですが、私の好感度は上がります。ギルド職員に顔を売っておくと、後々とても便利ですよ」

 

 それをギルド職員が言ってはダメなのよ。

 

「なんか思ったより切実ですね」

 

「……私が担当した冒険者の方が、授業そっちのけで口説いてきまして」

 

 そうだよね。レミさん、よく冒険者の人に言い寄られているもんね。

 

 受付では笑顔で捌いているようだったが、たしかにむくつけき冒険者と部屋で一対一だと、女性としては怖いよなぁ。

 

 でもなぁ。銀貨一枚の開催でも、お金がなぁ。

 

「わかりました。ではこうしましょう。一回、他の方の講義を見てから考えるということで」

 

 俺が渋い表情なのを察したレミさんが、別の角度から提案をしてきた。

 

「一回だけ、一回だけお試しでやってみるということでいかがでしょうか?」

 

「……わかりました。一回だけですよ」

 

 結局、断り切れずに一度参加してみることになった。

 

「ありがとうございます。講師役の冒険者の方には、こちらから連絡を入れておきますので」

 

 今までにない、自然な笑顔を浮かべて喜ばれる。そんなに嫌な相手だったのか。

 

 まあ、レミさんには今後もお世話になるだろうし、媚のひとつくらいは売っておいても損はないだろう。

 

 実際に講師を引き受けるかは、参加してみてから考えればいい。

 

 

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