分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第35話  冬の到来

 ノームの宿屋に戻り、店主に話を通しておく。

 

 そうか。と一言だけ零し、俺がセリカの荷物を預かっておくならお金は不要だと言ってくれた。

 

 部屋に戻り、いつも使っているベッドではなく、セリカが使っているベッドに俺の荷物を置く。

 

 店主にはこうも言われたからだ。

 もし泊まる客がいれば、俺の同室相手にしておくと。

 

 そりゃそうか。

 

 一日だけとはいえ、個室扱いはできないよな。

 

 というわけで急遽、俺は見知らぬ相手と一晩過ごさなければならなくなった。

 

「こんばんは。一晩だけですが、よろしくお願いしますよ。少年」

 

 相部屋となったのは、くたびれた帽子をかぶった二十歳前半の青年だった。

 若草色の髪に、笑っているようにも見える細い目。土で汚れた旅装姿で、肩には大きな袋を背負っている。

 

「いやぁ、しかし宿が空いていて助かりましたよ。まさかどこの宿屋も部屋がいっぱいとは。この街はいつもこんな調子なんですか?」

 

 青年はベッドに腰かけ、上着を脱いだり、手慣れた様子で荷物を解いたりして寝床を整えながら話しかけてくる。

 

 相部屋って、割と相手に話しかけるのが普通なのだろうか?

 

 わからないが、無視もできない。

 

「俺もこの宿しか使ってないので、他の宿のことは知りませんけど、そういえば割と宿屋は埋まってる印象ですね」

 

 以前、宿の相場を調べたときのことを思い出して返事をする。

 

「さすがは絶滅領域に近い冒険者の街というわけですか。宿を使っている冒険者が多いのかも知れないな。かくいう君も、どうやら冒険者のようで」

 

 俺の荷物にある兜や盾を見て、青年は確信をもってそう尋ねてきた。

 

「はい。冒険者のツヴァイっていいます」

 

「ツヴァイくんですか。ランクを聞いても?」

 

「アイアンですけど」

 

「最初の関門を超えてるじゃないですか。その年でそれは十分すごい。前途有望という奴ですね。自分が前に滞在した街でも、君くらいの歳でものすごく強い子がいましてね。っと」

 

 そこまで話したあと、思い出したように被ったままの帽子をとり、青年は胸にあてた。

 

「失礼。名乗られたのに名乗り返さず。私はカインズと申します。しがない商人をやらせてもらっています」

 

「商人さんなんですか」

 

「旅から旅の遍歴商人ですけどね」

 

 たしかに服の質は俺よりもいいが、高価なものにも見えない。商人だからといって、誰もがお金を持っているわけではないようだ。

 

 ただ口調は丁寧で、物腰も柔らかい。子供相手なのもあるかもしれないが、人当たりのよさそうな雰囲気を醸し出している。

 

「どんな商品を扱ってるんですか?」

 

「おや? 気になります? この出会いを祝して、お安くさせてもらいますよ」

 

「あはは、本当に商人さんですね」

 

「ええ、それはもう」

 

 カインズさんは自分の荷物から、いくつかの商品を取り出して見せてくれる。

 

「私が取り扱ってるのは、食料品を除けばこういった小物ですね。知ってますか?」

 

 そう言ってカインズさんが見せてくれたのは、トップに意匠が施された、木製や金属製のペンダントだった。

 

「タリスマン。ま、いわゆるお守りですね」

 

「あ、それ。俺の友達が持ってました」

 

 剣を模した意匠のペンダントは、以前フィーネがつけていたものとよく似ていた。

 

「どれですか?」

 

「その剣の意匠の奴です」

 

「なるほど。これは王国では一番人気のタリスマンですね。【魔を断つ剣】のタリスマン。無事に大きく育って欲しいと願って、よく親が子に贈ります」

 

「へぇ、元々はそういうお守りだったんだ」

 

「他にも王国では、というより全国的に人気なのがこちら。【不滅の鎧】のタリスマンですね」

 

 鎧という名前とは裏腹に、祈りを捧げる乙女の意匠のペンダントを掲げ、カインズさんが商品説明してくれる。

 

「モンスターを遠ざけ、旅の安全を祈願するといわれています。まさしく人界守護の六聖にふさわしい一品です」

 

「なるほど、六聖のスキルを模したタリスマンなんですね。ってことは、他の四種類も?」

 

「ええ、共和国で人気の騎馬と秘薬を模したものも用意しています」

 

 カインズさんは翼の生えた馬と謎のパイみたいな料理を意匠としたタリスマンを取り出し、テーブルの上に並べる。

 

「あれ? 他の二種類は?」

 

「槍と騎士団ですか? 一応ありますが、他のに比べるとあまり人気がないので。あれ? どこにやったかな?」

 

 荷物をゴソゴソ漁って、カインズさんは他の二種類を探している。

 

「人気ないんだ」

 

 実在する人の者が人気のようなので、槍はしょうがない。フィーネのことはまだ公表されていないようだし。

 

「騎士団は帝国で人気じゃないんですか?」

 

「人気ですか? 全然ありませんよ。帝国で人気なのはこちらですね」

 

「うわっ」

 

 ちょうど手元にあったのか、荷物からひとつのタリスマンを取り出す。

 

 それはなんとも言えない意匠のタリスマンだった。あまり正確に表現はしたくないのだが、どこからどう見ても男性の性器の形をしている。

 

「子宝とスキルに恵まれるとされる、皇帝のタリスマンですね」

 

「……帝国ではこんなのが人気なんですか?」

 

「ええ。今の皇帝は子宝に恵まれてますし、なによりもそのスキルが有名ですからね」

 

「皇帝のスキル?」

 

「本人も公言しているんですが、今の皇帝は『種馬』ってスキルを持ってるんですよ。玉座を継いだときも、『我、至高の種馬なり』だなんて、自慢なんだか自虐なんだかわからない名言まで残してますし」

 

「それはなんとも」

 

 帝国の皇帝、か。ふむ。

 

「種馬スキルって、どんなスキルなんですか?」

 

「詳細はわかりませんが、なんでも高確率で孕ませた子供がスキルをもって生まれてくるんだとか」

 

「それは…いろんな意味でやばいですね」

 

「実際にやばい皇帝ですよ。彼の代で大きく領土が広がりましたし、なによりそのスキルをもって、次代にスキル持ちの子供を何人も作っている。皇子皇女らが大人になり、本格的に表舞台に出てくる五年、十年後あたりは血の雨が降るんじゃないかと周辺諸国は震えています」

 

「それってもしかして、戦争とかですか?」

 

 となると、敵対しているっていうこの王国が危ないんだけど。

 

「それもありますが、皇位継承が血で血を洗う感じになると予想されています。いかんせん、スキル持ちの皇子皇女らは自分こそが次の皇帝にふさわしいと野心を隠していませんし、皇帝も競争を推奨している節があるそうで」

 

 さながら競馬感覚か。まさに種馬皇帝だな。

 

 しかしなぜだろう? ちょっと他人事じゃない気がして、背筋が震えますよ。

 

「ちなみにその皇帝の子供は、当たり前ですけど、全員帝都で生まれ育ってるんですよね?」

 

「ああ、例の『ファムファタールの子供たち』の噂ですか。君も物知りですね」

 

「……ファムファタールの子供たち?」

 

「あれ知りませんか? 今の皇帝が運命の女を探してくるとか言って、素性を隠して大陸各地を練り歩き、たくさんの女を孕ませてた時期があるって噂です」

 

「へ、へー」

 

「ま、さすがに噂に過ぎないとは思いますがね。実際に皇都で現皇帝の庶子が見つかって、皇族に召し抱えられたって話はあったみたいですよ」

 

「ソウナンデスネスゴイゾヤッター」

 

 うん、この話をこれ以上掘り下げるのはやめておこう。

 

 俺にはなんの関係もないことだ。ないんだよ。

 

「というわけで、帝国ではこちらの皇帝のタリスマンが人気というわけです。安くしておきますので、おひとつどうです?」

 

「俺の年齢を考えてくださいよ」

 

「はっはっは、それが普通の反応ですよね。前いた街の君くらい強い子が、速攻で買っていったのでつい。ま、女の子だったからですかね」

 

「はあ」

 

 誰か知らないけど、やっぱり女の子の方がませてるのかな。

 

 まあでも、色々と説明してもらったし。

 

「それは要らないですけど、せっかくなので【輝ける槍】のタリスマンがあったら買わせていただきます」

 

「槍ですか。なるほどなるほど」

 

 カインズさんは細い目をさらに細めて笑うと、

 

「敵や障害を打破する、転じて恋愛成就とされるタリスマンですね」

 

「あ、やっぱり要らないかも」

 

「さらに転じて、モンスターの討伐を祈願する冒険者にふさわしいタリスマンですね! あったはずですからちょっと待って下さい!」

 

 すごい勢い。いやいいんだけど。

 

 カインズさんが荷物の奥から引っ張り出したのは、馬上槍をイメージして作られたであろうペンダントだった。

 

 今まで見せてもらった他の物よりも細工が細かく、なにより素材が木ではなく銀で作られており、一目で高級品とわかる品だった。

 

「いやぁ、【輝ける槍】を模したものはこれしかないんですよねぇ。お買い上げ、ありがとうございます」

 

「ちょ、さすがにそれは……!?」

 

 汚い。さすが商人、汚い。

 

「冗談ですよ。他のと同じお値段で構いません」

 

「えっ? それは逆にいいんですか?」

 

「構いません。これは試作品といいますか、試供品といいますか、普通の値段では取引できないやつなので」

 

「……じゃあ、買わせてもらいます」

 

 実際の値段を聞いても、原価すら割っているんじゃないかという驚きの安さだった。ちょっと怪しい気もしたが、ただのお守りだ。断る理由もなかったので、俺はカインズさんからタリスマンを購入する。

 

「できるだけ、肌身離さず持っていることをオススメします。そうすればきっと、【輝ける槍】の勇者様の加護が、あなたを守ってくださるでしょうから」

 

「そうですね。大事にします」

 

 首にかけ、いつかフィーネがそうしていたように、ぎゅっと手で握りしめる。

 少し派手かもしれないが、なんとも勇気を分けてもらえそうなアイテムだった。

 

「ところで」

 

 カインズさんがさらに荷物の奥底から、長らく売れ残っていたのか、くすんだ色の騎士の姿を模したタリスマンを取り出した。

 

「騎士団のタリスマンも見つかったんですけど」

 

 いやぁ、種馬のチ〇コに負けた六聖の恥さらしは要らないっすね。

 

 

 

 

 

「それではおやすみなさい。よい夢を」

 

「おやすみなさい」

 

 夜も更けたところで、カインズさんとあいさつをかわしてベッドに寝転がる。

 

 しかしあまり寝付けない。

 

 他人と一緒ということで、やはり警戒してしまうのだ。

 

 カインズさんも悪人には見えないし、窃盗は犯罪でそう易々と起こるわけじゃないのはわかっているのだが、それでもセリカの荷物を預かっているということもあり、警戒心は抱いてしまう。

 

 実際に金目なものは袋に入れて抱きかかえ、その上でセリカに使用許可をもらった毛皮を、かけ布団代わりに使わせてもらっていた。

 

 相部屋の宿屋なら当たり前の状況なのだが。

 

 ずっとセリカと同じ部屋で過ごしてきた弊害だな。

 

 カインズさんは慣れているのか、すでに規則正しい寝息を立て始めている。

 

 ……俺も寝よう。明日も早いんだ。

 

 セリカの毛皮は一枚だけで、俺の小さい身体をすっぽりと包み込んでくれた。

 

 思っていた以上に暖かい。

 寒くなってきているし、俺も防寒具で買おうかな。

 

 すんすん、と思わず匂いを嗅げば、セリカの匂いがした。

 

 なんとか眠れそうだった。

 

 

 

 

 

「それではツヴァイくん、また会いましょう」

 

 早朝、まだ日も完全に登りきらない頃。

 カインズさんは朗らかに別れのあいさつを述べ、帽子をかぶって部屋を出ていく。

 

 当たり前ではあるのだが、彼が俺の荷物を盗ろうとする素振りはなく、最後まで一夜の相部屋相手として、無害な存在として去っていった。タリスマン、ありがとうございます。

 

 さて俺ものんびりとしていられない。荷物を片付け、一階に降りる。

 

 明日の分の宿泊費と、荷物を預かってもらう分のお金を支払っておく。荷物はセリカの物だが、そんなに高くないので立て替えておいた。

 

「うわっ、さむ」

 

 宿の外に出れば、昨日以上の冷たさに思わずそうつぶやいてしまう。

 

 一気に寒くなったな。

 

 ゼルクトの街は、冬といっても致命的なまでに寒いわけではない。氷点下に行く日は年に一度か二度で、雪もほとんど降らない。よしんば降ったとしても、都市機能が麻痺するほど積もったりすることの方が稀であるらしい。

 

 これはコルニ村と一緒だ。寒いといっても、なんとか耐えしのげる程度の寒さだった。でなければ、農奴時代の俺は普通に凍死している。

 

 それでも冬は冬だ。外気は冷たい。

 

 以前購入した服を二重に着込んでいるが、それでも寒さに体を震わせてしまう。セリカの毛皮が恋しい。これは本格的に買いだな。

 

 寒さの影響は他にも出ている。

 

 冒険者としての一番の問題は、出てくるモンスターの数が減少することにある。

 

 しかも低ランクの冒険者が狩るような、小動物型のモンスターだけが減る。そういったモンスターは森の奥で冬眠するらしく、活動しているのは一定以上の強さを誇るモンスターばかりということだった。

 

 高ランクの冒険者にとっては、獲物を探す手間がはぶけるからと、冬の狩りを好む者もいるらしいが、俺たち低ランク帯の冒険者にとっては死活問題だ。

 

 強力なモンスターを避けて、自分たちが倒せるモンスターだけを狩るという、いつものセオリーが冬は通じない。必ず、これまで以上のモンスターとの戦いを強いられることになる。

 

 冬を越えられたら一人前の冒険者。

 

 そんな風にも言われているくらいだった。

 

 厳密にいえば、冬に備えてどれだけ準備を整えられるかという部分が見られている。俺もこの情報を知ったあと、できるかぎり装備を整え、お金を蓄えてきた。

 

 その成果をみせてやろうじゃないか。

 

 ギルドに到着する。セリカのことが気になりつつも、時間が決まっているので先にクエストボード前に行き、貼り出されたモンスターの討伐クエストを剥がして、レミさんのところへ持っていく。

 

 もう彼女から討伐クエストについて注意を受けることはなくなった。積み重ねてきた信頼の賜物だ。

 

 しかし今日は受理作業の最中、レミさんは注意を呼び掛けてきた。

 

 俺のことではなかったけれど。

 

「セリカさんなのですが、すでに退院しています。さすがに今日は冒険に出るのをやめて、剣を新調しにいくと言っていました」

 

「そうなんですね。良かった。本当にちゃんと剣を買う金は貯めてたんだな」

 

「そこなのですが」

 

 レミさんはカウンターから少し身を乗り出し、小声で囁くように言った。

 

「こういうのはギルド職員として言うべきではないのですが、私が把握しているかぎり、セリカさんに怪我の治療をした上に剣を再購入するお金はないはずです。冒険者になる前の貯蓄があったということならいいのですが、そうじゃない場合は……ええと、少しあれな手段でお金を稼ぐ人もいるので」

 

「犯罪に出るってことですか? セリカはそんなことしませんよ」

 

「ああいえ、そちらではなく、女性特有の手段といいますか。いえ女性だけの手段ではありませんけど」

 

「? ……ああ、はい、なるほど。そういうやつですね。俺も前に他の冒険者に誘われたことがあります」

 

「本当に理解されています?」

 

「残念ながら。俺みたいな小さい男の子も需要があるようで」

 

「他の冒険者と言いましたよね? 今度、詳しく教えてください。要注意人物として目をつけておきます」

 

 レミさんは大問題だと目を釣り上げる。

 

「セリカさんが村を出た理由的に、そういうことは絶対にしないと思いますが、ツヴァイさんが声をかけられたように、弱みに付け込もうとしてくる輩はいます。なので、ツヴァイさんも気にかけてあげてください」

 

「わかりました。できるかぎり見張っておきますよ」

 

「……本来は、あなたのような子供に頼むことではないのですけどね。どうにも、大人と話しているような気分にさせられてしまうので」

 

 レミさんにそう言われたのはこれが初めてだった。

 

「頼りにされて嬉しく思ってます!」

 

「そういうところですよ。……冬の森は危険なので、気を付けてくださいね」

 

 笑みをこぼしたレミさんの真摯な忠告のあと、いつも通りの言葉で見送られる。

 

 街の門をくぐり、一時間かけて歩いてログレスの森に。

 

「分身の術」

 

 盾を手放した状態でスキルを使い、分身を呼び出す。

 

 頭に兜をつけ、皮鎧と金属の籠手を身に着けた分身が現れる。手には剣を持ち、拾い上げた盾を装備した姿は、まさに冒険者だ。

 

 自分で言うのもなんだが、背が小さいのは目をつむるにしても、なかなか立派な冒険者になってきたんじゃないか?

 

「自分の装備を整えれば、それが分身にも適応されるのはいいよな。一個の装備を買うお金で、実質パーティー二人分の装備が手に入っているようなもんだ」

 

「これなら行けるかな、ゴブリン」

 

「まだやめておくのが無難だな。せめて毒対策ができてからじゃないと危ない」

 

「ポーションには解毒ポーションもあるから、貯蓄を残しつつそれを手に入れるのをしばらくの目標にするか。ゴブリン相手に使わなくても、絶対に腐らない」

 

「いや待て、ポーションって腐らないのか?」

 

「あー、消費期限か。あるかもな。今度調べておこう」

 

「期限がないなら、普通の回復ポーションも欲しいな。本体が傷つくときが必ず来る。そのときのために」

 

「セリカもそうだったからな」

 

「剣、本当に買えたかな?」

 

「セリカは最初の装備からして、ある程度準備をしてから冒険者になったと思う。だから剣を買う金くらいは前もって蓄えてる、と思いたい。まあ、今日宿でもし剣を買えてなかったら、そのときはお金を貸してあげよう」

 

「セリカが素直に借りると思うか?」

 

「思わない」

 

「俺からお金を借りるくらいなら、セリカは棍棒で我慢するだろ。それで無茶して死なれるのが、俺は一番怖いよ」

 

「無茶か。それ、俺の所為なところあるよな」

 

「俺は悪くはない。けど、相部屋相手が俺じゃなかったら、セリカはもうちょい素直にパーティーとか組んでたと思いはするな」

 

 セリカがソロ冒険者をやっているのは、憧れの存在もあるが、同じタイミングで冒険者になった俺がソロで活動し続けているのも大きいだろう。

 

 彼女の宣言どおり張り合っているのだ。

 

 俺みたいな自分よりも小さい子供がやれているのだから、自分もと思い込んでいる可能性は否定できない。

 

 しかし。

 

 今こうしているように、俺は分身と話しながらでも見つけたモンスターを討伐することができてしまっている。

 

 独り言にも等しい会話をしていようと、俺と分身の俺はモンスターを発見した瞬間、当たり前のように合図もなく動き出し、声掛けすら不要で連携し、モンスターの攻撃を盾で受け、手に入れた剣をもって首を狩りとっている。

 

 倒せないモンスター相手は分身を囮にして逃げ、危ない場面は分身を矢面に立たせ、盾にし、肉壁にし、美味しいところだけを本体の俺が貰っていく。

 

 冒険者の戦闘スタイルのひとつに、奴隷を用いたやり方がある。

 

 購入した奴隷を矢面に立たせ、危険な場所を任せることで効率よくモンスターを狩っていくやり方だ。

 

 この世界では合法であり、奴隷の購入費を差し引いても実際にやっている冒険者がいるくらいには儲かる。俺がやっているのはそれと同じようなものなのだから、そりゃお金も稼げるというものだ。

 

 つくづく思う。スキルは反則だと。

 

 セオリーを無視し、ただの子供を要領のいい冒険者に押し上げている。

 

 そりゃみんな、スキルが欲しいスキルが欲しいとぼやくはずである。

 

 俺にはスキルがあった。だから今、冒険者をこうしてやれている。冬の到来も関係なく、この調子ならモンスターを五体以上狩れるだろう。倒したモンスターの種類から、報酬は合計で銀貨二枚も狙えるかも知れない。

 

 それが事実であり、そしてセリカはそうじゃない。

 

 彼女はきっと、スキルを持っていない。

 

 その身ひとつで、この冬に立ち向かっていくしかないのだ。

 

 

 

 

 

「見なさい、ツヴァイ! これがあたしの新しい剣よ!」

 

 セリカ復活! セリカ復活!

 

 クエストを終えてノームの宿屋に戻れば、セリカが新調した剣を手に高らかに笑っていた。

 

「やっぱり新しい剣はいいわね。前のも思い入れはあったけど、この輝きを前にしては霞んでしまうわ。ふふふっ、これならどんなモンスターでも切り裂けるわね」

 

 うっとりとした顔で剣を眺めるセリカ。

 その顔に曇りはなく、翳りもない。ていうか頬ずりはやめておけよ。危ないぞ。

 

「高そうな剣だな」

 

「実際そこそこの値段したけどね。今の私が手を出せる範囲では、間違いなく最高の買い物をしたと言い切れるわ」

 

 自信に満ちあふれた顔で、セリカは剣を鞘に戻す。

 

「明日からは、あたしもクエストに戻るわ。見てなさい。前以上の私の活躍を見せてあげるから!」

 

 セリカは一日剣を求めて店を周っていたようで、どこでどんな武器が売っていたか、どれだけがんばって値切ったか、そんなことを楽しそうに話してくれる。なお、最終的にはサラマンダーの武器屋で買ったらしい。

 

 本当によかった。ひと安心だ。

 剣もちゃんと買えてるし、俺の心配は杞憂だったようだ。

 

 そうこうしているうちに夜も更けていく。

 

「あ、そろそろ寝ないといけないわね」

 

「あれ? セリカ、湯浴みは?」

 

 いつもなら寝る前にお湯を頼んでいるセリカだったが、今日はしないまま寝床に入ろうとしていた。

 

 気になって指摘してから、言うべきではなかったと俺は後悔する。

 

 案の定、セリカは視線を泳がせた。

 

「あー、今日はクエストに出てないから、要らないと思って」

 

「たしかに。気軽に手を出せる値段でもなくなったしな」

 

 冬の影響はここにも出ている。

 暖を取るため、木材が豊富なゼルクトの街でも燃料代が上がっているのだ。

 

 店主に言われたが、宿で用意できるお湯の代金も、半貨一枚から半貨一枚と小粒二枚に値上がりしていた。

 

「ま、俺も別になければないでいいしな」

 

「あたしが言うのもあれだけど、身体は清潔にしておいた方がいいわよ。特にモンスターの血を浴びるかもしれない冒険者のあたしたちはね。傷からよくないものが身体に入って、手や足が腐り落ちることもあるんだから」

 

 お? セリカはよく湯浴みしていたが、ちゃんとそういう衛生観念の下にやっていたのか。

 

「実際、冒険者をやってたあたしのおじいちゃん、腕を片方なくしてるのよ。それで小さい頃から、口酸っぱく身体は綺麗にしなさいって言われて育ったわけ。村には泉があって、気軽に水浴びできたし」

 

「なるほどな」

 

「……今更だから言うけど、今日だってツヴァイが帰ってくる前に、水で湿らせた布でちゃんと身体自体は拭いてるもの。だからツヴァイも、軽くでもいいから身体は綺麗にしておいた方がいいわよ」

 

 このノームの宿屋には井戸があり、少しの時間であれば、店主に頼めば貸してくれたりする。

 

 しかしこの時間帯で井戸の冷たい水を使うのは、ある種の拷問だろう。

 

 かといって、セリカの言わんとしていることはわかるつもりだ。

 細菌の存在を知らないとしても、身体を綺麗にする目的としてはセリカが正しい。

 

 ……仕方がない。

 

「下でお湯をもらってくる」

 

「そうした方がいいわ。……と、ところで」

 

「わかってる。これまで散々残り湯を使わせてもらってきたんだ。今日はセリカが俺の残り湯を使ってくれ」

 

「いやぁ、悪いわねぇ。やっぱり水とお湯じゃ気持ちよさが全然違うから」

 

 まだ起きていた店主に代金を支払ってお湯を沸かしてもらい、それを使って身体を拭く。

 

 いつもよりも温かなお湯で身体を綺麗にし、セリカに残り湯を使ってもらう。

 

 今日のセリカの肌はとても綺麗だった。傷ひとつない。

 

「治癒魔法の力ってすごいんだな」

 

「ああ、身体の傷? 全部なくなったわよね」

 

 怪我した右腕をあげ、自分の身体を見て、セリカも驚きを隠せないようだった。

 

「治癒魔法を使ってもらったのは昨日が初めてだったけど、なんかもうすごかったわよ。たぶん腱かなにかが切れて腕が動かせなくなってたんだけど、魔法をかけてもらったあとは痛みもなくなって、ちゃんと動かせるようになってたから。怪我する前より、よっぽど今の方が元気になったわ」

 

「そりゃよかったよ」

 

 見ていて痛々しかったからな。

 

「ツヴァイも油断しないようにね。あたしだから腕一本で済んだけど、ツヴァイだったら身体が真っ二つになってたかもね」

 

「言ってくれるじゃないか」

 

 実際、今日一回分身が真っ二つになりかけたけど。

 

 オーガやばいよオーガ。

 

 サイクロプスほどじゃないが、巨躯の人型モンスター。前に倒した冒険者の物か知らないけど、普通に大剣を使ってきた。分身の俺の渾身の突貫から即逃げしたが、やっぱり冬の冒険は侮れないと身に染みたものだ。

 

「ふぅ、さっぱりした。ありがとう、ツヴァイ」

 

「どういたしまして」

 

 湯浴みを終えたセリカが服を身に着け、ベッドに戻る。

 

 もう夜も遅い。俺もさっさと寝よう。

 

 湯冷めしないよう、ベッドに座った俺は毛皮にくるまる。

 

 ふっふっふ。そう、毛皮だ。今日のクエストのあと、ちゃっかり毛皮を一枚店で購入しておいたのだ。

 

 セリカが使っているよりもかなり小さいが、それでも想像していたよりも高かった。けどこいつさえあれば、部屋の中なら十分暖かい。

 

 そういや、昨夜毛皮を使わせてもらったことは一応言っておいた方がいいか。

 

「セリカ。昨日の夜だけど、お言葉に甘えて毛皮を使わせてもらったから」

 

「え? うん、全然いいけど」

 

 ちょうど荷物から毛皮を取り出すところだったセリカは、俺のかぶっている毛皮に気づき、

 

「……どうやら、贅沢を覚えさせてしまったようね」

 

「高い買い物だった。けど後悔はしていない」

 

「……そ。お互いにいい買い物ができてよかったわ。それじゃあ、お休み」

 

 セリカも一枚の毛皮にくるまり、ベッドに横になる。

 

 もぞもぞと寝返りを何度か打ったあと、ベストポジションを見つけたのか、俺に背中を向けた体勢で目を閉じる。

 

 俺もベッドに横になる。すると今日は、昨日と違ってすぐに眠気が訪れた。

 

 セリカが隣にいて安心できたからかも知れない。恥ずかしくてそんなことはとても口にはできないけど。

 

 いやいや、きっと毛皮のお陰だな。

 

 やはり毛皮。毛皮の力は素晴らしい。

 この温もり、一度味わってしまったらもう手放せそうにないぜ。

 

「…………ねえ、ツヴァイ」

 

 うとうとしてきた頃、眠ったと思ったセリカが小声で話しかけてきた。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「その、ね。今日、すごく高そうなペンダントしてたじゃない」

 

「ああ、あれ。うん、昨日買ったんだよ」

 

「……あんな冒険に関係ないものを買って、お金は大丈夫なの?」

 

「うん? お金は、全然……」

 

 あまり働いていない頭で答える。

 

「あんなの、安い買い物だったから」

 

「…………そっか」

 

 セリカは、なにかを察したようにつぶやく。

 

「……………………そっかぁ……」

 

 それがどこか泣きそうな震え声だったのは、きっと眠りに落ちる寸前の俺が聞いた空耳だったに違いない。

 

 

 

 

 

 ――あとになって思えば。

 

 俺はもっと、そのとききちんと考えて返答をするべきだったのだろう。

 

 そして気が付くべきだったのだ。

 

 その夜――セリカが毛皮を一枚しか使っていなかった事実に。

 

 

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