分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
「それじゃあ、ツヴァイ。お互いにがんばりましょ!」
セリカは元気いっぱいの笑顔でクエストに向かっていった。
俺も同じく、森に入ってモンスターを狩る。
かなり警戒していたが、冬の森でも俺の力は通用した。これなら大過なく冬を乗り切れそうだ。
七体モンスターを倒したところで帰路に付き、ギルドに戻って報酬を受け取る。
そのとき鼻をくすぐるいい香りがした。
肉の香りだ。ギルド内には食堂が併設されており、そこから漂ってくる。
お腹がぐ~と鳴る。
肉か。久しく食べてないな。
吸い寄せられるように食堂に足を向けると、すでに何人かの冒険者が酒盛りを始めていた。俺が登録したときよりも人数が多いかもしれない。
ギルド内には暖炉があり暖かいからな。他の酒場を寒空の下歩いて探すよりも、多少割高でもギルドの食堂を使おうって冒険者が多いのだろう。
当たり前だが、そういった冒険者は高ランクの冒険者が多い。俺の知ってるアイアンランクの新人たちの姿はなかった。
……シチューの一杯くらいならいけるか。
冬に備えて色々と節約してたからな。なんとかやっていけそうだという気のゆるみもあり、この暴力的な肉の香りに抗えそうにない。
高いステーキはさすがに贅沢だが、肉の入ったシチューなら消費の範囲内でなんとかなる。
我慢できずに頼んでしまった。
料理を待っている間、どこに座ろうかきょろきょろと席を探す俺を、手招きする男の姿があった。
厳ついスカーフェイス。え? しばかれる?
知り合いではない男の手招きに一瞬驚くが、前に会っていたことを思い出す。他でもない冒険者初日、クエストボードの前で会話をした冒険者の男だった。
たしかパーティー名は、銀の盾。
「よう。がんばってるみたいだな」
招きに応じた俺に、エールが入ったコップ片手に男は言う。
「どうも。なにか御用でした?」
「ああいや、特に用があるってわけじゃない。知った顔を見かけたから声かけただけだ。まあ、座れよ」
隣の席をぽんぽんと叩かれる。
男以外にも同じパーティーの仲間たちが同じテーブルを囲んでいた。あのとき目の前の男と一緒にいた、文字の読み書きがどうとか聞いてきた男の姿もある。
「名乗ってなかったよな。オレはドミニク。こいつらは同じパーティーのエルクとシルヴィア、カーマイン。で、ナックルだ」
「やあ、また会ったね少年。読み書きは上達した?」
「この前ぶりね、ツヴァイくん」
「…………」
「どうもっす」
最初に誘ってきた男がドミニク。
読み書きを聞いてきた男がエルク。
紅一点、魔導師の女性シルヴィア。
無言で頷いた寡黙そうな大男がカーマイン。
一番若い十代後半くらいの青年がナックル。
以上五名が、銀の盾のメンバーのようだ。
認識票を見るかぎり、ブロンズであるナックルさんをのぞけば、全員がシルバーランクだ。中でもシルヴィアさんは、一度ギルド内講習ではあるが、お仕事を一緒にしたこともある相手だった。
カーマインさんとナックルさんは初見なので、頭を下げてあいさつをしておく。
「ツヴァイです。よろしくお願いします」
「どうもっす。自分はナックルと言います」
「……カーマイン」
「あ、カーマインさんは寡黙なだけで、別に怒ってるとかじゃないっすから。しかしツヴァイくん、その年齢でアイアンはやばいっすね。自分がアイアンになったのって十七歳のときなんすけど。自信なくすなぁ」
「…………」
無口なカーマインさんと饒舌なナックルさんの組み合わせのようだった。
そのままナックルさんに絡まれていると、料理が運ばれてくる。
黒パンとホワイトシチュー。ごろっとした肉と芋がたまらない。
「おいおい、ツヴァイ。一日冒険をしてきた奴がその量で足りるのか?」
パンをシチューに浸して食事を楽しんでいると、ドミニクさんが自分の皿からふかし芋やら焼いた肉やらを、勝手にシチューに突っ込んできて山を作り始める。
「食べろ食べろ。冒険者はな、食べなきゃやっていけないぞ」
「あ、ありがとうございます」
シチューではなくシチュー味の肉と芋になってしまったが、元々入っていた具材だし、喜んで受け取っておく。
食べきれるかな。いつも少ない量だったから、胃が小さくなってるんだよな。
必死になって口を動かして咀嚼していると、小動物でも見る目を向けられる。これも美味しいわよ、とシルヴィアさんに果物を置かれた。カーマインさんが無言でナッツをその横に置く。
いや嬉しいけど、そんなに食べられない。
あ、持ち帰ってもいいんだ? じゃあ、ありがたく。セリカと分けよ。
「けど実際、よくそんな小さい身体で冒険者やれるっすよね」
俺と同じく、他のメンバーによって多めに料理を食べさせられているナックルさんが口を開いた。
「たしかソロなんでしょ? 危なくないっすか?」
「装備も整えて、安全第一でやってますから」
「だとしても、ソロなんて自分には無理っす。銀の盾に入れてもらう前も、他の人と組んでたし」
「実際、ソロ冒険者はツヴァイをのぞけば、三人くらいしかいないよ」
横からのエルクさんの返答に、ナックルが頷く。
「知ってるっす。一人はツヴァイくんと同じく、アイアンのセリカちゃんっすよね。最初噂になってた可愛い子」
「そういえば、ツヴァイくんとよくギルドでお話してるわね」
同じ女性冒険者として気になっているのか、シルヴィアさんが水を向けてくる。
「仲がいいの? もしかして、冒険者になる前からのお知り合い?」
「いいえ。偶々初日に、同じ宿で同じ部屋になったってだけです。それでなんやかんやで相部屋を続けているので、仲がいいって感じです」
「あらそうなの? それなら一緒にパーティーを組んだりしないのかしら?」
「いや俺は、しばらくはソロでやっていくつもりなんで」
「死ぬぞ」
俺の返答を、ドミニクさんが切って捨てた。
「理由は知らんが、ソロをやってて一年間生き残った奴をオレは二人しか知らん。大体は途中で死ぬか、そうでなくとも限界を感じて他のパーティーに入るもんだ。仲間を作ることは、冒険者としては必須の技能だからな」
言わんとしていることはわかる。俺もスキルがなかったらそうしていただろう。
「もっとも、ツヴァイの場合は、そもそも初日かそこらで死ぬだろうなと予想していたがな」
「結果は大きな怪我もせずに今日まで生きてる。将来有望ですねぇ」
酒をぐびりと飲み、肉をかじるドミニクさんの横から、前みたいにエルクさんが顔を出して話を続ける。
「実際、パーティーに入る予定はある? ないなら、うちに入るつもりはあるかい?」
「銀の盾にですか?」
「そう、ドミニクさんはあれだけど、俺は前から君に目をつけてたんだ。読み書きができて、ソロで十分に稼げてる。つまりモンスターとの戦いもそれなりに出来るってことだ」
思いもよらない誘いだったが、エルクさんは割と本気のようだった。
「銀の盾は今、もう一人か二人仲間が欲しいと考えてる。どうだい? 一人を除けば、全員がシルバーランク。ドミニクさんに至っては、ゴールドも視野に入る実力者だ。ゆくゆくは
たしかに、銀の盾の面々の装備だけを見ても、実力者揃いなのは間違いないだろう。ギルドの食堂でこんな酒盛りができているのを見ても、稼いでいるのは間違いない。
けどスキルがなぁ。
「ブロンズランクだな」
ドミニクさんがそこで口をはさんだ。
「パーティーメンバーについては、基本的にエルクに任せているが、さすがにアイアンは要らん。せめてブロンズランクに上がってからだ」
「あらら、リーダーがそう言い出すとは」
エルクさんが肩をすくめる。やはりドミニクさんが絶対的なリーダーらしい。
「誘った手前、悪いねツヴァイ。だがまあ、君ならブロンズになるのもそう遠くないだろう。そうなったとき、是非ともうちに入る選択肢を考えておいてくれ」
「自分もそのときが来たら歓迎するっすよ」
「ふふふっ、ナックルは雑用を任せられる新人が欲しいだけでしょ?」
「や、やだなぁ。シルヴィア姐さん、そんなことないっすよ」
「…………フッ」
「あ、カーマインさんが笑った。珍しい」
「こんなやかましいパーティーだけどな」
楽し気な雰囲気を醸し出す銀の盾。そのリーダーであるドミニクさんは、酒を飲み干したあと、なおも肉を俺の皿に盛りつつ続ける。
「まあ、あれだ。なにか分からないことがあったらオレに聞け。わかることなら答えてやれる」
「ありがとうございます。そのときは是非」
「相変わらず、馬鹿丁寧な奴だな」
フッ、とドミニクさんは笑う。
最初のとき、悪い人ではなさそうだと思ったのは正しかったらしい。
銀の盾。覚えておこう。仲間にはならないだろうが、この縁故は大事にしたい。
そのあとも彼らの冒険譚などを聞きつつ食事を進めていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
受付のレミさんの声だ。
「セ、セリカさん! その傷、大丈夫なんですか!?」
その声に俺は勢いよく振り返る。
ギルドのクエストカウンターの方では、セリカが腕を庇うように立っていた。
慌ててそちらに向かう。
「セリカ、怪我をしたのか!?」
「あら、ツヴァイ。ちょっと油断してね。けど軽い傷よ。血ももう止まってる」
セリカは腕をおさえていた手をどける。服には血がにじんでいたが、たしかに大怪我という程ではないようだった。ほっと胸を撫でおろす。
「それよりレミさん、報酬の方をお願い」
「わ、わかりました。大声を出してすみません。依頼書を提出ください」
「はいこれ」
「たしかに。少々お待ちください」
レミさんが作業するかたわら、セリカが俺を見た。
「それよりツヴァイ、なんか他の冒険者の人と一緒にご飯食べてたみたいだけど、もしかしてパーティーを組むの?」
「いや、誘われた感じだけど、パーティーを組むとかはないよ」
「……そっか」
「セリカさん、お待たせしました」
レミさんが今回のクエストの報酬を用意し、セリカがそれを受け取る。
ちらりと見えてしまった金額は、大銅貨三枚だった。
つまり成功報酬の大銅貨一枚をのぞけば、モンスターを一体しか倒していないということになる。
油断して怪我をしてしまったからだろう。冬の森というものを、セリカも初体験だったわけだし、一日休んで身体が鈍っていたのものあったんだろうな。
俺はそこまで気にしなかった。
「――今日は三体倒せたわ! 冬の森も大したことないわね!」
実際、その翌日の夜、宿でセリカはそう自慢してみせた。
色々とあったが、前のようにモンスターを狩ることができたようだ。
「でも、節約はしないと、かしらね」
ただセリカはお湯を頼まなかった。
代わりに俺が頼めば、申し訳なさそうに残り湯を使う。
昨日の腕の傷は塞がっていたが、身体には別の傷があった。
一度は綺麗になった肌には、また青あざが何か所もできていた。
「ツヴァイさん、ご相談があります」
数日後、レミさんにそう持ちかけられる。
真剣な顔だった。
「実は冒険者の権利として、他の冒険者がクエストを成功したか失敗したか、申告すればそれを知ることができる権利があります。具体的な報酬までは言わない約束ですが、クエスト失敗時、別の冒険者が代わりを務めないといけないことからも、必要とされている措置です」
「そうだったんですね。でもなんでそれを俺に? あ、もしかして誰かが俺のクエスト成否を調べてたりしてます?」
「ええ、かなりの数が。ですが私が言いたいのはツヴァイさんの話ではありません」
そう言われてしまえば、誰のことかはわかってしまう。
「本来であれば、ツヴァイさんから自己申告してもらう必要があるのですが、そこはこちらでちょちょいとしておきました」
「ちょちょい」
「ちょちょいです。そしてこれが、怪我が治ったあとのセリカさんのクエスト結果になります」
一枚の紙を渡される。セリカのクエストを管理している表にはこうあった。
怪我が治った翌々日。俺もちょうど見ていたその日は、クエスト成功。モンスター討伐が一体。
その翌日。クエスト失敗。
その翌々日、クエスト成功。モンスター討伐が一体。
そのあとの四日間、すべてクエスト失敗という文字が並んでいた。
「これって」
「はい。セリカさんは明らかに調子を崩しています」
「…………」
無言で考える。
セリカは連日、モンスターを狩れたと俺に自慢していた。あれは嘘だったのか。
実際はほとんどクエストに失敗している。成功しているときも、一体しか倒していない。でも大きな怪我をしていないのは俺も確認している。ならセリカのこれまでの戦歴をかんがみれば、モンスターを倒せていないのは明らかにおかしい。
「ツヴァイさん。なにかご存じではないですか?」
「……すみません。俺もちょっと原因はわからないです。怪我をしているわけじゃないってのは確認してるんですが」
「そうですか……」
レミさんは心配そうな顔をしていた。
きっと俺も同じような顔をしているだろう。
セリカの不調。その原因はなんなのだろうか?
「そりゃあれだ。痛みの所為だな」
銀の盾のドミニクさんは、俺の疑問に即座にそう言い切った。
「痛み、ですか?」
「ああ。お前は大きな怪我はしたことないみたいだが、一度モンスターの攻撃を喰らって大怪我をしてみればわかる。あれはな、痛いんだ」
しみじみと語るドミニクさん。
「またその痛みを味わうかもしれないってなると、そりゃ身体が縮こまるもんだ。モンスターと戦うのが怖くなるのも無理ない話だろ?」
「そう、ですかね」
生憎と、俺もサイクロプスにぐちゃぐちゃにされた経験があるのだが、痛いから怖いと思う気持ちはよくわからなかった。
「怪我をしたときはそりゃ痛くて動けなくなるのはわかるんですけど、回復魔法で治してもらったならもう痛くないわけで。身体が動かなくなったりはしないと思うんですけど」
「いやでも、痛いのはやっぱり怖いだろう?」
「……よくわからない感覚です」
だって痛みは消えるものだ。あのときは痛かったと思い返すことくらいはするかもしれないが、そう思い返している自分が痛くてうずくまってるわけじゃない。
「ツヴァイは、痛みに強いタイプなのかもな」
「そういうのもあるんですかね?」
「あるな。育ちで痛みになれてるって奴はいる。元々、兵士の家柄とかな。痛みを乗り越えるのを最初の鍛錬にしているようなところもあるくらいだ」
ああ、なるほど。奴隷時代、俺はけっこう日常的に暴力を振るわれてたからなぁ。痛みに慣れてるって意味ならそうだろう。そういえば、最初のうちは殴られることが怖かった記憶もある。
対して、セリカはそういう経験はなさそうだ。
そうか。セリカにとっては、あの怪我が初めて味わった大きな痛みだったのか。
「実際、大怪我をしてから前みたいに戦えなくなる奴は多い。ツヴァイが相談してきたのも、その口だろうな」
「どうやれば治りますか?」
「こればかりはな。慣れと時間の問題だ」
俺がそうだったように、人は痛みになれるものだ。特にこの世界では治癒魔法やポーションがあるから、痛みには慣れやすい環境といえるだろう。
前みたいに戻れるようになるのに、時間が必要。
そうなのかもしれない。セリカもいずれ、痛みを克服できるだろう。
セリカは今日もクエストを受け、森には向かっていった。最近は剣ではなく、弓をメインに使っているようだ。それで昨日一昨日と、なんとか一体モンスターを倒せている。
セリカも自分で自分の不調を理解し、なんとかしようと足掻いている。モンスターから致命的なまでに逃げてはいないのだ。
だから問題があるとすれば、それまでの猶予が彼女に許されているかどうかだ。
セリカの蓄えは、あとどれだけ残っているのか?
レミさんからも頼まれているので、体を売るってのはしないだろうしさせないが、持ち物を売るという手段はある。
……待てよ。
そういえば、最近セリカが毛皮を二枚使っているのを見ていない気がする。
被っている分の一枚だけで、マット代わりに前は使っていたもう一枚。
あれ? いつから使ってないんだ?
……怪我が治った直後からか。
そういえば、あのときのセリカは少しだけ寝苦しそうだった。俺が毛皮を買ったのを見て、なんか妙な顔をしていた気もする。
見逃していた。
え? じゃあ、あの毛皮を売って剣を買うお金を工面したのか? 前もって蓄えがあったと考えたのは俺の勘違い?
たしかに、あの立派な毛皮を売ればかなりの金額になるだろう。剣を一本買って、そのあと何泊かできるお金にはなる。
でも……無限に使えるような金額でもないはずだ。
そのときセリカがクエストから無事に帰ってきたのを確認し、俺は相談に乗ってくれたドミニクさんに頭を下げ、彼女をこっそりと尾行しつつ宿に戻った。
セリカが宿に入ったあと、少し経ってから俺も宿に入る。
「ツヴァイ。お帰りなさい」
「ただいま、セリカ。今日は何体モンスターを狩れたんだ?」
「えっ? そうね」
セリカは少し目を泳がせたあと、腰に手を当てて胸をはってみせる。
「聞いて驚きなさい! 今日は四体も倒せたわよ!」
「……そっか。そいつはすごいな」
帰り際のレミさんの合図により、俺は今日、彼女がクエストを失敗したのを知っている。
セリカはまた嘘を吐いた。あたかも自分がすごい活躍をしたかのように、大げさな身振り手振りをまじえて俺に語る。
そのあとで、やはりお湯を頼むことはなく。
一枚だけの毛皮に包まり、俺に背中を向けて眠り始めた。
その背中は俺を拒絶しているようだった。
セリカが大怪我をしたときと同じだ。俺はセリカの元気がない様子を見ると、なにを言っていいのかわからなくなる。
ただ、その背中を見ていて気付くことがあった。
セリカは……少し痩せてしまっていた。
栄養が足らず髪や肌がかさつき始めている。
剣は立派な鞘に入ったままベッドに立てかけられていたが、その横に、無造作にへし折れた弓が転がっているのを見つけてぞっとする。
昨日までは壊れていなかったはずだ。見れば、矢筒には折れた矢が二本入っているだけだった。
他の装備もよくよく見てみる。
皮鎧の留め具が壊れていた。ひもでなんとか補修して使っている。その周りに、赤がにじんだ服が丸まって転がっている。いくつかは破れて、もう着られるような状態ではなかった。
俺は馬鹿か。毛皮のことといい、なんで気づかなかった?
いや違う。昨日まではこんな風に荒れてなかった。荷物は整えられて、服だって。
セリカが必死に、俺には気づかれないように隠していたのだ。
けれど。
今はこの有様だった。
取り繕う余裕すらなくなっている。その事実が、なによりも恐ろしかった。
なんとかしないと。
分身スキルがどうこう言ってる場合じゃない。一緒にクエストに行かないか誘ってみよう。
「馬鹿ね。あたしは一人で大丈夫よ!」
俺の決死の試みは、そんな言葉と笑顔で切り捨てられた。
「大丈夫って、大丈夫じゃないだろ!」
「なに言ってるのよ。あたしはツヴァイに心配なんかされなくても大丈夫。大丈夫なの。大丈夫なんだから」
セリカは俺の誘いに決して頷くことはなく、背中を向けたままそう告げた。
「だからついてこないで」
それはセリカが初めて見せた、あまりにも明確な拒絶だった。
なので仕方なくこっそりと後をつける。
一定の距離に近づくとセリカが振り返るので、近づきすぎず、離れすぎずの距離をとって、分身の俺と一緒にストーキングする。
剣を手に森を進むセリカは、なるほどドミニクさんの言うとおりだった。
モンスターと遭遇する際、最初から明らかに腰が引けていた。表情も恐怖がにじんでおり、剣を握る手はかすかに震えていた。
なにより、モンスターに踏み込んで攻撃しに行くことができない。
あれじゃあ、無理だ。
「くっ!」
セリカは結局、モンスターから逃げてしまう。
そうなれば、当然モンスターは追いかけてくる。それを撒く技術こそ素晴らしく上手かったが、あれでは討伐に結び付くはずがない。
分身スキルを使って、セリカを追いかけるモンスターの首を背後から狩り取りながら、俺は考える。
明確にわかった。今、セリカに必要なのは休養だ。そしてその時間を稼ぐためのお金なのだ。
となれば。
俺は先回りして、周囲のモンスターを何体か狩り取り、討伐証明部位を残したまま死体を放置しておく。
まさに冒険者にとって、落ちている小銭を拾うようなもの。
どうぞ持ち帰ってください。
「これって……」
セリカはモンスターの死体を見つけ、きょろきょろと周囲を見回す。
誰もいないことを確認したあと腰の剣を抜こうとして、
「……ああもうっ! ツヴァイに大丈夫だって言ったんでしょ!」
そう叫んだかと思うと、セリカは死体を無視して森の奥へ行ってしまった。
マジか。
マジかよ。
そりゃ、森で討伐証明部位の残ったモンスターを見つけても、他の冒険者が狩ったものだから持ち帰らないでくださいとは言われているよ? あとで取りに戻ってくるケースもあるから、揉め事に発展する危険性はあるよ?
でもほら、前のセリカのように、倒した冒険者が逃げたって場合もあるじゃん。
戻ってこない可能性の方が実際大きいんだよ。
このまま放置するとアンデッドになっちゃうんだから、持ち帰る方が世のため人のためにもなるでしょ?
それなのに……セリカは持ち帰らないのか。
俺に大丈夫だと言ったから。それだけの理由で?
馬鹿だと思った。けれど、セリカらしいとも思った。
そしてそれ以上に俺の胸に去来するのは、ただひたすらに恐怖だった。
……どうしよう。わからない。まったく思いつかない。
それをされてしまうと、セリカを陰ながら助ける術が、今の俺にはまったく思いつかなかったからだ。
結局、その日の俺はセリカを陰ながら見守ることしかできなかった。
最後の最後までセリカは一体のモンスターも狩れず、とぼとぼとした足取りで街に帰っていく。
先回りしてギルドで待てば、セリカは俺を見つけ、疲れた様子ながらも手をあげてあいさつしてくれた。
おかえりと言った俺に、笑顔でただいまと言ってくれた。
帰り道、今日の冒険をやはり笑顔で語ってくれる。俺が心配しなくても、モンスターをたくさん倒せるのだと彼女は笑う。俺はそれに、無理やり作った笑顔で相槌を打つことしかできなかった。
宿に到着したセリカは、疲れた様子でベッドに腰かけた。
二人、無言で帰り道に購入した黒パンをかじる。
ご飯を食べ終えたセリカは、すぐに入浴だけして眠ってしまった。
翌日も、セリカは同じだった。
笑顔でおかえり、ただいまと言ってくれる。笑顔でモンスターを倒したと嘘を吐く。それ以外はずっと、疲れた様子で眠たそうに眼をこすっていた。
悲しいくらい、なにも変わらなかった。
その翌日も。
さらに翌日も。
俺は遠目から見守ること以外、なにもできなかった。誰かが彼女に悪意を向けようとした場合、時にレミさんや仲良くなった冒険者と協力し、こっそりと裏で排除することくらいしかやれることがなかった。
お金は、ある。
中型のモンスターでも、剣と分身スキルがあれば俺は狩れた。怖いといわれた冬の討伐は、予想を超えて俺の懐を温めてくれていたのだ。
だからセリカにご飯を奢ってあげることはできる。
装備を修繕するお金を貸してあげることもできる。
それ以外にも、彼女が望むなら様々なことをしてあげられる余裕はあった。
そうしてあげたい気持ちも、もちろんある。
三か月だ。三か月もの間、俺は彼女とこの宿の一室でともに過ごしてきたのだ。
友情は当然感じている。
力になってあげたいと、心の底から思っている。
だけど……
他でもない、セリカがそれを望んでいなかった。俺の声は、どうしようもなく彼女に届かなかった。
このまま彼女が再起するまで、あるいは擦り切れるまで見守るしかないのか?
それとも、身勝手なやり方でも無理やり助けた方がいいのか?
彼女が危険な冒険に行かないように監禁して、無理やりご飯を食べさせるとか?
あるいはそのプライドをズタズタに圧し折って、俺から平気でお金を受け取るまで逆に追い詰めてしまうとか?
分身スキルがあれば、他の人に疑われないように装いながら、それをできなくはない。
でもそれで、セリカのなにを助けられるっていうんだ? そもそもそれは助けたって言えるのか? そのときのセリカは、本当に俺の大好きなセリカなのか?
わからない。どうすればいい。誰か教えてくれ。
お金がなくて苦しんでいる女の子を、お金以外で助ける方法ってなんなんだ?
俺は、どうすればセリカを救えるんだ?
「けほっ」
何日か経ったある日、セリカは夜中に咳をした。
血がにじんだ服を被って。
寒そうに震えながら。
とても温かかかったセリカ自慢の毛皮は、もうどこにもなかった。
俺がなにかしら決断しないといけないときは、目前にまで迫っていた。