分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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《別視点》


第37話  セリカの葛藤

 ――お金がない。お金がないのだ。

 

 財布の中身を何度確認しても、入っているのはわずかばかりの銅貨だけ。村を出たときはあった銀貨はどこにもない。

 

 気が付けば、こうなっていた。

 

 こうなってしまっていた。

 

 最初は冒険者生活に喜びしかなかったのに、一体いつからこうなってしまったのだろうか?

 

 発端は村で無理やり結婚させられるか、そうでなければ貴族の歓待役をやらされるかになったからだけど。

 

 間違いなく、あたしは期待を胸にこのゼルクトの街へやってきた。

 

 冒険者としての生活も順調のはずだった。

 

 おじいちゃんが教えてくれた、かの冒険王ベイスンのように。一人でモンスターと戦い、クエストを達成し、お金を稼げていた。

 

 けれど、そうだ。

 

 おじいちゃんの剣が折れてしまった。そして、ソードウルフの牙を腕に突き立てられて。

 

 それがあまりにも痛くて、痛くて、どうしようもないほどに痛くて。

 

 それから――……

 

 

 

 

 

「これ、持っていきなさい」

 

 故郷であるナリン村を出発するとき、お母さんがそう言って渡してくれた大きな毛皮。

 

 夜中にこっそりと村を出ようとしたあたしを引き留めることなく、ただ心配そうな顔で、お母さんは幾ばくかのお金と家の財産である毛皮を持たせてくれた。

 

 あのときあたしは戸惑いと感謝を胸に受け取った。これから冬が来るからかしら、とそんな風に思って。

 

 けれどあのとき、お母さんにはこうなる未来が見えていたのだろう。

 

 あたしは折れた剣を買い直すために、毛皮を一枚売らざるを得なかった。

 

 正直、毛皮は思ったよりも高く売れた。剣を買ってもお釣りが出るくらいの金額だ。これだけあれば、もう一度やり直せる。それで節約もして、いずれまたこの毛皮を買い直せばいい。そうとすら思っていた。

 

 けれど……

 

 前と同じモンスターの討伐クエスト。それをあたしはこなすことができなくなっていた。

 

 前と同じようにモンスターの前に出れない。斬りこみにいけない。

 

 怖い。そう、怖かった。

 

 モンスターの攻撃が、あたしは怖くなってしまっていた。

 

 運よく討伐することができた日もあったけれど、ほとんどクエストは失敗続き。毛皮を売ったお金が、どんどんと財布の中から減っていく。

 

 節約はがんばってした。ご飯だって減らした。血で汚れた服もそのまま使った。お湯も、頼まないようにした。

 

 けれど、それでも限度がある。

 

 女の身では、最低限の宿である大部屋での雑魚寝はできない。まず間違いなく犯される。それを選ぶくらいなら、ギルドで声をかけてくる奴らにお金を払わせて売った方がまだマシというものだ。

 

 ……マシ? 

 

 なにがマシなんだろう? そんなの全然、マシじゃない。自分の身体を売るという選択肢そのものが、あたしにとっては嫌悪の対象だ。

 

 そのはず、だったのに。

 

「なあ、セリカちゃん。お金がないんだろ?」

 

 黒鉄の鞭とかいうブロンズ冒険者の男が、ニヤニヤとした顔で声をかけてきた。

 

 前から何度も仲間にならないかと誘ってきた男は、今はもう本音を隠そうとすらしていなかった。

 

「銀貨、いや、金貨を払うからさ、一回だけでもやらせてくれよ。な? いいだろ?」

 

「……ふざけないで」

 

 あたしは前のように断った。

 

 当たり前だ。自分の身体を犠牲にできるなら、そもそもあたしは冒険者になってない。

 

 だから断るのは当たり前。当たり前だが……

 

 金貨一枚。

 

 その金額に、思わず喉を鳴らしてしまった。

 

「へっへっへ。その気になったら、いつでも声をかけてくれよ」

 

 そいつはなぜか勝ち誇った顔で、あたしの肩を指で撫でてから去っていった。

 

 その背中に文句を投げかけようとするが、どこからともなく伸びた手が男の首根っこをつかんで、近くの部屋に引きずり込んでしまったため言えなかった。

 

 仕方がない。これは女冒険者の洗礼みたいなものだ。

 

 あの男以外にも、あたしの身体に金額をつけてくる冒険者は何人もいた。金貨一枚という金額をつけるだけ、まだあれがその中では一番マシだった。

 

 だって、金貨一枚あれば、装備だってもっといいものを揃えられるし、回復ポーションだって買える。財布の中身を確認し、細かい半貨や小粒を数えて宿泊費を払わなくても大丈夫になる。

 

 ツヴァイにだって、心配かけずに……。

 

 ツヴァイ。

 

 あたしがゼルクトの街で知り合った、小さくて可愛らしい男の子。偶々宿の部屋が一緒だった、あたしと同じ駆け出し冒険者。

 

 最初は弟みたいだなと思った。ずっと村では家族で一緒に過ごしていたし、中でも年の離れた弟はあたしにべったりで、だからツヴァイのことも弟みたいに世話を焼きたくなってしまった。

 

 あんなに小さいのに、危険な冒険者をやろうとしてるんだもの。しかも武器は木を削っただけの棍棒。気にかけたくなるに決まってる。

 

 宿のお金は払える? ご飯は食べられてる? 怪我はない? 死んだらダメよ。

 

 そんな気持ちで構ってしまった。

 

 でもちゃんと一線は引いていた。冒険者はあくまで自己責任。気にはかけつつも、無償の施しだけは絶対にしなかった。

 

 ついついご飯を奢ってしまった日もあったけれど、それも一回だけ。あくまでも記念日だからということで、本当にその一回だけだった。

 

 残り湯を使わせてあげるときも、洗濯をさせたり、なにかしらの労働を対価にするようにした。夜中、服をかぶって寒そうに眠っていたけれど、毛皮は渡さないようにした。

 

 正直にいえば、渡したらそのまま盗まれると思っていた。

 

 ツヴァイみたいな子供が冒険者をやれるわけがないから、きっと、お金には困っている。相部屋なのだ。やろうと思えば、あたしの荷物を盗めてしまう。だから甘い顔をしないようにしていた。

 

 けれどそんな当初の予想に反して、ツヴァイは冒険者をやれていた。

 

 あたしと同じくソロにもかかわらずモンスターを討伐できていたし、クエストも達成できていた。毎日ちゃんとご飯を食べて、怪我を負うこともなく、休養日を自分で設け、ギルドで講義を受けたり魔導図書館に学びに出かけた。さらには他のアイアンやブロンズクラスの冒険者相手に、講師までやってのける始末。

 

 あたしの心配を他所に、ツヴァイはしっかりと冒険者をやっていた。

 

 それこそ、ギルドでも噂になるくらいに。

 

 最初、周りの眼はあたしに向いていた。可愛い冒険者がいる、というだけではない。将来有望な冒険者がやってきたと。

 

 けれど二カ月以上が経過した今、将来有望な冒険者の名前はツヴァイになっていた。

 

「下にすごい冒険者がいる」

 

「ああ、知ってる。あの灰色の髪のお姫様(シンデレラ)みたいな子供だろ?」

 

「ちげぇよ。いや、違くはないけど、容姿だけの話じゃなくて」

 

「えっ? これまでのクエストノーミス? 全部討伐で? しかもソロ?」

 

「やばいだろ?」

 

「ああ、やばい。色々な意味でシンデレラじゃん」

 

「だから、一部では姫って呼ばれてるぜ。男らしいけど」

 

「男なんだ……そいつが今日一番の衝撃ですよ」

 

 そんな噂があたしの耳にも届いていた。

 

 本人は無頓着だったけれど、あたしはただ顔がいいだけの新人冒険者で、周りの期待の眼差しはツヴァイに向けられていた。前は何度も仲間にならないかと誘われたあたしだったけれど、今あたしに声をかけてくる人は、身体目当てが、そうでなければ全員がツヴァイのことを聞いてきた。

 

「君って姫の仲間でしょ? 二人一緒に俺たちのパーティーに入らない?」

 

「あ、割と前向き? 嬉しいな」

 

「えっ? 姫とはパーティーじゃないの?」

 

「あ、じゃあ、悪いけどこの話はなしで」

 

 そんな風に何度も言われた。

 

「いや、あっちだけなら要らないだろ。顔以外になんかいいとこある?」

 

「しかも最近は、なんか薄汚れてるし」

 

「ただの足手まといにしかならないじゃん」

 

 陰ではそんな風にも馬鹿にされ、あたしもようやく理解した。

 

 ううん、もっと前から気付いてはいたのだ。ただ、気付かないふりをしていただけで。

 

 ツヴァイはすごい。強いのではなく、すごいのだ。

 

 文字の読み書きもできるし、計画的に防具をそろえ、将来を見据えて動くこともできている。

 

 同期の冒険者と情報を交換し、上位の冒険者からは可愛がられ、ギルド職員からの評判も良く、このままいけば問題なくブロンズランクに上がるだろうと囁かれていた。

 

 さすがはあたしのライバルだと思っていられたのは、本当に最初だけ。

 気が付けばどうしようもないほどに、あたしとツヴァイの間には差が出来ていた。 

 

 それでもあたしは、弟みたいな彼を心配はしていたけれど。

 今は、そんな彼に逆に心配をかけてしまっている。

 

 それだけならまだしも。

 

 あたしはツヴァイに、守るべきか弱い存在として憐れまれていた。

 

 

 

 

 

 クエストに失敗し、ノームの宿屋に戻る。

 

「……今日もクエスト失敗しちゃったわね」

 

 ぽつりとつぶやくと、あたし以外誰もいない部屋にむなしく響いた。

 

 ベッドに腰かけ、用意してあった水差しから水をくみ、帰りに買ってきた黒パンをもそりもそりと食べる。

 

 美味しくはない。けれど、今のあたしに買えるのはこれくらいだった。

 

 クエストに失敗している以上、財布に入ってくるお金はなく、ただ出ていくだけ。

 

 そんな状況で贅沢なんてできるわけがない。ツヴァイと前にお祝いしたときみたいなお酒も肉も、今のあたしには手が届かない。

 

 けれどそれはツヴァイも同じだ。

 ツヴァイも昨日、あたしと同じ黒パンを食べていた。

 

 彼もお金がないのだろう。そりゃそうだ。だって、剣だって買ってたし、兜や盾だって買っていた。

 

 それでお金がないわけがない。彼もギリギリの財布事情で、必死に節約してがんばっているのだ。

 

 それにしては、変なアクセサリとか買ってたけれど。

 

 ……そういえば、ギルドではツヴァイがどこかの貴族の隠し子なんて噂があったっけ。

 

 文字の読み書きができて、礼儀作法も学んでいる節がある。剣術も学んでいたと言っていた。

 

 彼がソロでモンスターの討伐をできているのも、実はこっそり貴族の父親が護衛をつけてるからだという噂もあった。あるいは、金の力で魔法をすでに習得しており、それを使っているのだと。でなければ、あの年で一度も失敗することなくクエストをこなせるなんておかしいと。

 

 くだらない噂だと思っていた。

 

 ツヴァイの努力を知らない冒険者の、醜い僻みだと。

 

 ああけれど、もしかしたら本当なのかもしれない。でなければ、あたしがこうして失敗しているクエストを、軽々とこなせているのはおかしいじゃないか。

 

 湯浴み姿を見ているから知っている。今の今まで怪我らしい怪我を一度もしていないのだ。

 

 装備のお陰かもしれない。けれど、その装備を手に入れられたのは親のお陰だったとしたら。

 

 うらやましい。

 

 貴族の子供。それなら色々と納得できる。

 

 お金がある、理由がわかる。

 

 あるいは。

 

 ツヴァイは身体を売ってるのだろうか?

 

 あの容姿で、まだ男らしさとは無縁の体つきだ。あたしがそうだったように、女と勘違いされることも多いと聞く。ならあたしのように、ツヴァイも誘いをかけられた可能性はあるんじゃないか?

 

 男女問わず、性的に狙っている人がいると、レミさんがキレ散らかしていたのは記憶に新しい。

 

 この線の方がありえるか。

 

 貴族の庶子とか、没落貴族で一族再興を目指しているとか、あるいは強力なスキルを持っているとか、そういう眉唾な話よりもよほど現実味がある。

 

 ツヴァイは身体を売っている。

 

 なら、あたしも別に売ってもいいんじゃないか?

 

 一晩だけ我慢すればいい。そうすれば、金貨一枚が手に入る。

 

 金貨一枚。それだけあれば、ツヴァイにだって追いつける。

 

 彼に、あんな可哀想なものを見る目を向けられることもなくなるのだ。

 

「なにを考えてるのよ、あたしは……!」

 

 思い切り、持っていたパンを床にたたきつける。

 

 ふざけないで。ふざけないで。ふざけないで!

 

 なにが身体を売ればいいだ。ツヴァイは身体を売っているだ。

 

 あの子がそんなことしてないのは、あたしが一番よくわかってるのに!

 

 あの子はただがんばってるだけだ! 必死になって努力しているだけだ! 命をかけて、恐怖に耐えて、冒険をしているだけなのだ!

 

 それをずっと横で見ていたのは、他ならないあたしなのだ。それなのに、それなのにあたしは、自分が身体を売ってもいい理由を作ろうとして、それでツヴァイの努力に唾を吐きかけて、馬鹿にして!

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 自分への怒りに暴れまわりたくなる。かといって部屋の物に怒りをぶつけるわけにもいかず、ずいぶんと少なくなった自分の荷物を思い切り蹴飛ばした。

 

 その拍子に、かばんの中から魔導書が転がり落ちる。

 

 それを見て、自分の中の怒りがしぼんでいくのがわかった。

 

「……あたしの魔導書。おじいちゃんの魔導書」

 

 床にぺたんと座り込み、拾い上げた魔導書を開く。

 

 書いてある意味はわからなかった。なにも、わからなかった。

 

 あたしは文字を読めない。読めるのは名前くらいだ。それだけしか、文字を読めたおじいちゃんが生きているときに学べなかった。

 

 けれど、昔おじいちゃんがあたしを膝にのせて、この魔導書を読んでくれたのは覚えている。

 

『じいちゃんが昔、冒険者やってた頃に他のパーティーメンバーと一緒に絶滅領域の廃墟から見つけたもんでな』

 

『みんな必死になって文字を覚えて、全員でこれを読んで魔法を覚えようとしたもんだ』

 

『それで覚えた魔法を、リーダーの奴が……』

 

『全員死んで、じいちゃんもこの腕になって引退するしかなくて。でもどうしても捨てられなくてな』

 

 最初に、そうだ。思い出した。おじいちゃんはそんな風に言っていた。懐かしそうに、けれど忌々しそうな顔で、この魔導書を見つめて。

 

『内容? 内容か。それは、そう、仲間想いのすごい冒険者の話なんだ。だから仲間なんていなければ、きっとあいつは、冒険者の王様にもなれてたのにな……』

 

「……冒険王の物語。あたしの、憧れの冒険の物語」

 

 おじいちゃんの語るこの本のお話が好きだった。

 

 冒険王ベイスンが、多くの敵に勝利する物語。それはモンスターだったり、盗賊だったり、あるいは侵略してきた悪魔だったり。仲間と共に戦い、仲間と共に笑い、そうした旅の果てに、最後は自分の命と引き換えに悪魔を滅ぼす物語。

 

 それを生き残った唯一の仲間が書き残したという、昔、本当にあった物語。

 

 ううん、きっとそういう形で書かれたお話ってだけ。

 

 街にやってきて色々な人に聞いたけれど、冒険王ベイスンなんて人物の話は誰も知らなかった。似たような名前も見つからず、聞いたのは仲間だった魔導師ベルフェゴに似た名前だけ。

 

 全部、おじいちゃんの作り話だった。孫が読んで読んでとねだるから、仕方なく吐いた、おじいちゃんの優しい嘘。

 

 いつかツヴァイが言ったとおり。

 あたしの憧れた、冒険王ベイスンなんて実在しなかった。

 

 あたしの憧れは、最初から夢幻でしかなかったのだ。

 

「……村に、帰ろうかな」

 

 なら全部を諦めて、村に帰ってしまってもいいのかもしれない。

 

 お母さんがくれた毛皮はもう、全部売ってしまった。

 装備だって壊れてしまって、あと売れるものといえばこの魔導書くらい。

 

 でもお金にならないだろうな。

 

 あたしにとっては大事なものだけど、きっと他の人にとってはゴミでしかない。

 

 この街で冒険者を続けようと思うなら、もう本当に身体を売るしかないところまで来ている。それくらいしかもう、あたしに残っているものはなにもなかった。

 

 それで幾ばくかの猶予を手に入れても、根本的な原因を解決しないことには、結局はまた身体を売らないといけない羽目になる。そして次はきっと、こんなにも悩んだりしないだろう。

 

 ならもういっそ、村に帰ってしまえばいい。

 

 そうしたらきっと、あの村長の息子と結婚させられることになるだろうけど。

 

 少なくとも、不特定多数の男に身体を許しながら生きるという、あたしの育んだ価値観からは許せないことをしなくても済む。

 

 だけど。

 

 ああ、だけど。

 

「冒険者……憧れてたんだけどな……」

 

 今、自分が憧れの場所にいることを理解しているのに。

 

 なんでこんなにも辛いのだろう? 苦しいのだろう?

 

 ツヴァイが努力していたのは知っている。だけどあたしだって、あたしなりにがんばってきたのだ。彼と見比べてしまえば拙いものだったかもしれないけれど、それでも足らない頭で必死に考えて、今日までがんばってきたのだ。

 

 あたしの努力に、意味なんてなかったのだろうか?

 あたしのしてきたことは全部、無意味な足掻きでしかなかったのだろうか?

 

 ツヴァイに比べればあたしなんて――冒険者としてなんの価値もないのだろうか?

 

「お願い。誰か、教えてよ……」

 

 懇願に返ってくる声はなく。

 あたしはのろのろと立ち上がり、みっともなく先程捨てたパンを探す。

 

 食べかけのパンは、ツヴァイの荷物の方に転がっていた。

 

 荷物と荷物の間にはさまっていたそれを拾い上げ、埃を払って口に詰め込む。

 

 そのときふと、ツヴァイの荷物が目に入った。小さな袋の中に、さらに小さな袋があった。不用心にも口が開いている。

 

 ツヴァイは微妙に抜けているところがある。いくら自分の宿だからって、相部屋なんだからもうちょっと隠した方がいいのに。

 

 それが財布なら尚更だ。

 

 目に飛び込んでくる銅貨の輝きと、そこに混じるひときわ輝く銀貨の輝き。

 

 いくつあるだろうか? 一枚、二枚、三枚、いやもっと。

 

 たくさん、ある。

 

 黒パンなんて食べなくても大丈夫なくらい、たくさん、お金が……。

 

「ぇ?」

 

 意味がわからなかった。

 

 ツヴァイもお金がないんじゃなかったの、とそういう疑問がなかったわけではないけれど。

 

 それよりも、

 

「なに、この手……?」

 

 そっと財布に手を伸ばしかけていた、自分の手の方に疑問を抱いた。

 

 知らず知らずのうちに伸びていた自分の右手が、ツヴァイの財布からお金を盗ろうとしていた。こんなにたくさんあるんだから一枚くらいばれないんじゃないかと、そう当たり前のように考えて。

 

 その事実に呆然となる。

 

 ……ああ、そうか。

 

 あたしはいつの間にか、お金に目がくらんで、女としての矜持どころか、人間としての最低限の誇りも失っていたのか。

 

「……そりゃ誰もこんな女、仲間になんて欲しくないわよね」

 

 ふふふ、ふふふふ、と乾いた笑い声が口からもれる。

 

 ツヴァイの財布の口をきつく閉じ、自分のベッドに戻り、おじいちゃんの魔導書をもう一度開く。

 

 読めないのにページをめくる。

 一枚一枚丁寧に。意味のわからない記号を、ぼうっと眺め続ける。

 

 どれだけそうしていただろうか?

 

 いつしか文字はぐにゃりと歪み、虫みたいに白いページの上を這いまわって。

 

「エル サルハ グラ――」

 

「ただいま」

 

 慣れ親しんだ声がして、部屋の扉が開かれる。

 

 あたしは慌てて魔導書を閉じ、笑顔を帰って来たツヴァイに向けた。

 

「おかえり、ツヴァイ! 今日は遅かったのね!」

 

「ああ。ただいま」

 

 ツヴァイはもう一度そう言って、部屋の中に入ってくる。

 

 その小さな身体には皮の鎧をつけていた。腕には金属の籠手。腰には剣と棍棒が下げられていて、背中には大きな盾を背負っている。

 

 腕には立派な兜と、それとは似つかわしくない、小さなパンといくつかの果物を抱えている。それと、とてもいい匂いをさせたお肉の串焼きが三つ。

 

 ツヴァイは自分のベッドに行くと装備を下ろし、そのあとあたしの方を見て困ったように頬をかく。

 

「セリカ。そのさ、今日街の方でまた銀の盾の人たちに捕まってさ」

 

「ああ、あの人たちね。それがどうかしたの?」

 

「いやうん、ドミニクさんに無理やりご飯を食べされられたんだよ。それであらかじめて色々と買ってたんだけど、俺はお腹が一杯でさ。このままだと、その、捨てるしかなくて」

 

 そのあとツヴァイが言おうとする言葉に、あたしは察しがついた。

 

 言わないで。そう思った。

 

 そんな目であたしを見ないで。

 そんな顔であたしを見下ろさないで。

 

 お願いだから、あたしをこれ以上、惨めな気持ちにさせないで……!

 

「セリカ。これ、よかったら食べないか?」

 

 ……、……。

 

 ……ねえ、なんで? なんであなたは? なんであなただけ?

 

 ツヴァイ。

 

 ツヴァイ。ツヴァイ。ツヴァイ。ツヴァイ!

 

 ……あたしはね、あなたのことが好きよ。

 

 がんばり屋で、しっかりしていて、でもどこか抜けていて。

 可愛らしいのに誰よりも格好いい、そんなあなたのことが、あたしは大好き。

 

 それが弟へ向けるような感情なのか、それとも別の感情なのかはわからないけど、好きだって気持ちは嘘じゃない。

 

 でもね。思うの。どうしても、思ってしまうの。

 

 あなたさえいなければ、あたしはもっと、楽しく冒険者をやれていたんじゃないかって。

 

 装備を集めて。仲間を集めて。魔法を覚えて。

 

 憧れの冒険王はいない。なら自分こそが冒険王になるのだと。

 そんな風に開き直って、がんばっていけたのかもしれないって思うのよ。

 

 だから、だからね。

 

 あたし、ツヴァイのことが好きよ。

 

 押し倒して。その小さな身体に跨って。そのあと、その細い■に手を添えて。

 

 ぎゅっと力を精一杯こめながら、■してあげたいくらいに。

 

「あはは、ありがとう。うん、テーブルに置いておいて。今はお腹が空いてないけど、もしかしたらあとでもらうかもしれないわ」

 

 あたしは笑った。心に浮かんだなにかを必死に押し隠して。

 

 ひび割れた心で、それでも笑った。

 

 自分の浅ましさに、もう笑うしかなかった。

 

 ……ああ、それにしても。

 

 お金がない。お金がないのだ。

 

 

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