分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第41話  そして運命の魔導書

 あまりにも突然の贈り物に、俺は驚いてセリカを見返す。

 

「セリカの魔導書を、俺に?」

 

「うん。あたし、ツヴァイにもらって欲しい」

 

 セリカは笑顔のまま頷くと、俺の手に魔導書を預けるように渡してきた。

 

「でもこれ、セリカにとって運命の魔導書なんじゃあ」

 

「そうだけど、ううん、だからこそツヴァイにも読んで欲しいの。あたしが憧れた、冒険王ベイスンの物語を。

 もちろん、中身はどうせろくでもない魔法だろうし、覚える必要なんてないけど。おじいちゃんの作り話で、冒険王なんていないのかもしれないけど。それでもよければ、ツヴァイに読んで欲しいの」

 

「そういうことなら」

 

 あの日のプリーストさんの話も気になっていたし。

 

「受け取らせてもらう。ありがとな」

 

「いいのよ。むしろ、これくらいじゃお礼にもならないんだけど」

 

「そんなことないさ。もしかしたら、本当にすごい魔法が書かれてるのかも知れないからな」

 

 早速、魔導書を開いてみる。

 

 魔導書で覚えられる魔法は、表紙や背表紙ではなく一頁目に書かれていることが多い。期待半分、セリカのいうとおり産廃魔法で彼女が悲しまないか心配する気持ち半分で、俺は目を通した。

 

「あれ?」

 

 しかし、そこには魔法の名は記されていなかった。

 

 代わりに、大きく、たった一行の言葉。

 

 ――亡き王の最期の輝きを、この書に記す。

 

 不思議と引き込まれる、そんな筆者の言葉がそこには綴られていた。

 

「ツヴァイ? そんな変な魔法の魔導書だったの?」

 

「ああいや、違うよ。一頁目に魔法の名前がなくってさ」

 

 やはり気になるらしく、恐る恐る聞いてくるセリカにそう返す。

 

「どうやら、ある程度読み進めないと魔法がわからないタイプの魔導書らしい。そういうのもあるって聞いたことがある」

 

「そうなんだ。じゃあ、どんな魔法なのかわかるのは、もう少しあとってことか」

 

「そうだな。もう夜も遅いし」

 

 窓の外と、消えかけのろうそくを見て、

 

「今夜の勉強はここまでにして寝ようか」

 

「わかったわ。今日もありがとうございました、ツヴァイ先生」

 

 ぺこりと頭を下げて、セリカは自分のベッドに腰かける。

 

 俺も魔導書が気になりつつも、眠る支度を整えることにした。

 

「ね、ねえ、ツヴァイ」

 

 毛皮を取り出したところで、セリカに熱っぽい声で話しかけられる。嫌な予感。

 

「どうした? 一緒になら寝ないぞ?」

 

「先に言わないでよ! まだ肌寒いんだし、もう一回くらいなら一緒に寝てくれてもいいじゃない!」

 

「よくない」

 

 前に一度だけ、セリカとは一緒のベッドで寝たことがあるのだが、それがよくなかった。

 

 あの夜はとびきり寒く、俺の持っていた二枚の毛皮だけじゃ足りず、同じベッドで身体をくっつけることで暖を取った。それ自体は緊急避難措置みたいなものだったので仕方ないのだが、セリカはこれ幸いと俺を抱き枕にしてきた。

 

 そして俺の耳元で、小声で囁いてきたのだ。

 

『ね? ツヴァイ。暖かいわね』

 

『もっとぎゅっとしていい? それか、もっとぎゅっとして』

 

『ありがとう、ツヴァイ。ずっとこうしていられるといいのにね』

 

 悪夢にうなされたフィーネがベッドに入ってきたときとは訳が違った。

 

 セリカは発育もよく、抱き着かれると色々なものが色々なところにあたってくるのだ。その柔らかさと甘い匂いと熱い吐息は、なんていうかやばかった。あのときセリカにその気があったら、行くところまで行ってしまっていただろう。

 

 なので二回目は絶対に遠慮したい。

 

「セリカだって毛皮を買ったじゃないか」

 

 より正確にいうと俺が買わせたんだが。

 

「でもこれ、前のと違ってあんまり暖かくないし。一度人肌の温もりを知っちゃうと物足りないのよ」

 

「じゃあ俺の毛皮一枚貸してあげますおやすみなさい」

 

「わぷっ」

 

 食い下がるセリカの顔に、俺の毛皮を軽く投げつける。

 

 そのままろうそくの火を消してベッドに寝転がれば、セリカも顔に毛皮を乗せたまま、渋々という態度でベッドに横たわる。

 

「すんすん」

 

 不意にセリカが鼻を鳴らしたかと思うと、素早い動きで俺に背中を向け、無言で腰から太もものあたりに自分の毛皮をかける。

 

 もじもじもじもじ、というかすかな身動ぎ。

 

 そのあと、葛藤するような長い沈黙。

 

「…………あのね、ツヴァイ」

 

「まだなにか?」

 

「その……もしかしたら、なんか変な声が聞こえてきたり、変な水音が聞こえてくるかも知れないけど、できれば気にせずにいて欲しいというか。こっちを絶対に振り向かないで欲しいというか」

 

「…………ア、ハイ。ワカリマシタ」

 

 えっ? 嘘でしょ? セリカさんマジなの?

 これまでも夜中にゴソゴソしてるときはあったけど、宣言するのは違うじゃん。

 

 俺は、どうすればセリカを救えるんだ?

 

 二カ月ほど前にも思ったことをまた思いつつ、俺はセリカに背中を向け、残った一枚の毛皮を頭までかぶった。

 

 それでもやがて、なにかが後ろから聞こえてくる。

 必死に噛み殺したような切ない声で、時折名前を呼ばれる。

 

 いや無理。これを無視しろというのはさすがに無理です。眠れるわけないだろ!

 

 これがセリカの策略というのなら、手放しでほめるしかない。

 自らぐいぐいと来ないときのセリカさんは、マジエロいとしか言いようがない。

 

 くそっ、こうなったら別のことをして意識を逸らすんだ!

 

 暗闇にも目が慣れてきた。俺は絶対に後ろを振り返らないようにして、先程受け取った魔導書を手元に寄せる。

 

 俺のわずかな身動ぎに、セリカが都度変な反応を示すのに気づかないふりをしつつ、枕元でページを開く。

 

 ――亡き王の最期の輝きを、この書に記す。 

 

 その一文から始まる、王の物語を読み解いていく。

 

 ――王は救世主として生まれ、育てられた。

 

 ――すべては我らが千年楽土を侵さんとする、悍ましき侵略者たちを倒すために。

 

 ――邪悪なる、あの悪魔を討ち滅ぼすために。

 

 それは筆者の視線で語られる、ある一人の王の物語。

 救世主として生まれ育ち、そして救世主として散った、偉大なる王の物語だった。

 

 そこには筆者がどれだけ王を敬愛し、侵略者のことを憎悪していたかが千の言葉をもって綴られていた。

 

 特に侵略者たちの首魁である悪魔と呼ばれる存在などは、文字通り人外の怪物として語られていた。

 

 手からは山をも消し飛ばすビームを放ち、その手を潰せば足からビームを放ってくる。ならばと四肢を粉砕すれば、身体のどこかから謎の器官が生えてきて、そこからビームを放ってくる。

 

 それでもなんとかがんばって肉体を消し飛ばせば、どこからともなく無傷に回復した状態で現れて、再びビームを乱射してくる。

 

 そもそも一体倒すだけでも、王の軍勢は何百の雑兵と、鍛えに鍛えた優秀な騎士を消費せねばならないというのに、敵は次から次へと復活してはやってくるし、倒せなくても増え続ける。

 

 さらに踏み荒らした大地を王たちの踏み込めぬ瘴気あふれる土地に変え、正面からの攻略を諦めて兵糧攻めを行えば、やはりどこからともなく無限にも等しい食料をあふれさせて腹を満たし、果実や土くれから取り出した剣を手に、夜空を横切る流星と化して進軍してくる。

 

 人知を超えた化け物。悪魔という言葉すら生ぬるい、地上に降り立った神といっても過言ではないチート生物だった。

 

 そんな侵略者を相手に敗走に敗走を重ね、王とその軍勢はわずかばかりの配下を残すのみとなる。

 

 それでも王は諦めなかった。

 

 敵の弱点を探るため、その仲間を言葉巧みに操り、時には人質に取るなどの悪辣な手段にも手を染めて。

 

 悪魔がその実、核たる心臓はひとつしか持たぬと突き止める。

 

 その在処を見つけ出すと、残った全戦力を束ね、最終決戦に挑む。

 

 残った配下もただ一人を残してすべて討ち死にするという、その最大最悪の戦いを潜り抜けて。

 

 あるひとつの幸運にも助けられ、王はついに悪魔の息の根を止めて見せた。

 

 そのときに使った最後の一撃こそ、自分の命を破壊に変えて解き放つスキル。

 

『自爆』スキル――おおよそ王たるものが有すべきではない、生涯たった一度だけしか使えぬゴミスキルだった。

 

 だがそれをもって、王は輝きとなった。

 

 最初から最後まで付き従った、その最後の配下の目の前で。

 

 王は永遠に失われぬ光となったのだ。

 

 ゆえに、その王の最期の輝きこそ、すべての絶望を打ち払う救世の光。

 

 ――我が死をもって、破滅を遠ざける(エル サルハ グラム ケルセルフ)

 

 この書によって記された、究極の魔法の形である。

 

 

 

 

 

 だから死ね。すぐに死ね。愛しい誰かを、大切な仲間を、巻き込んで道連れにして死に絶えろ。

 

 

 

 

 

 お前らに許されているのはそれだけだ。

 

 美しいものを知っただろう? 尊いものを知れただろう?

 

 王の光輝に触れたなら……その光に焦がれて死ぬことが唯一の贖罪だと、ああ、どんな塵芥のような存在でも理解できたはずだ。

 

 ゆえに――死ね。

 

 死ね! 死ね! 死ね!

 

 貴様ら人間は一匹残らず死に絶えろ! 肉片も残すな! 血の一滴も残すな! すべてを我が王への供物と捧げて死に続けろ!

 

 エル サルハ グラム ケルセルフ

 

 エル サルハ グラム ケルセルフ

 

 エル サルハ グラ ム

 

 ……、……。

 

 ああ、悍ましき悪魔の末裔どもよ――

 

「――俺と一緒に、絶滅しろ」

 

「っ!? ツヴァ、ィ……!!」

 

「ほへ?」

 

 突然大きな声で名前を呼ばれ、素っ頓狂な声とともに我に返る。

 

 気が付けば、俺はベッドの上にいた。

 いや、最初から俺は、ベッドの上から一歩だって動いていなかった。

 

 枕元には、最後まで読み終えられた魔導書が転がっていた。その最終ページは黒塗りになっており、暗闇の中にぼんやりと浮かぶような白い字で、ひとつの魔法の名前が記されていた。

 

 これがこの魔導書の魔法。

 

 そして。

 

 エル サルハ グラム ケルセルフ

 

 脳裏に浮かんできた、その詠唱を頭の中で繰り返す。

 現実には存在しない意味のない言葉の羅列は、しかし俺の魂と呼ぶべきものにはっきりとなにかを刻みつけていた。

 

 ……どうやら長い間、俺はこの魔導書にのめりこんでいたらしい。

 

 恐る恐る背中側を振り返れば、俺の渡した毛皮に顔を埋めるようにしたセリカが、とても満足そうな顔で寝息を立てていた。

 

 さっきの大きな声は、えっと、うん、深くは考えないようにしよう。

 

「セリカ、お前は立派な凄腕冒険者だよ」

 

 いろんな意味でな。

 

 あとこの魔導書は、残念ながらセリカが求めるような最強の魔導書ではなかったようだ。

 そして冒険王ベイスンの存在も記されておらず、いたのはベイスングと呼ばれていた、もっと別の王様だけ。

 

 読み物としてはある意味大変興味深く面白かったが、最後の最後に記されていた魔法は、あまりにも馬鹿げた代物だった。

 

 なにせ、人生でたった一度しか使えない魔法なのだ。

 

 なのに習得がとても難しいとされる、自分自身を対象とした魔法。

 

 自分の命を爆弾に変える変身魔法。

 

「――『自爆(ヘブンズゲート)』、か。セリカがこれを覚えなくてよかったよ」

 

 本当によかった。

 

 俺なんかより運命的なめぐり逢いをしているセリカだったら、もしかしたら一回読んだだけで魔法を覚えてしまったかもしれないからな。

 

 なにせ、俺が一回読んだだけで覚えてしまったくらいなんだから。

 

「フッ……自爆魔法、覚えちゃったんだぜ」

 

 格好つけても時は巻き戻らない。

 魂に刻まれた詠唱を胸に、俺は一人、どうしたものかとベッドの上で頭を抱えるのだった。

 

 

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